2022.01.24 新自由主義しか知らない若い大統領登場へ

~「新しいチリ」を目指す~

後藤政子(神奈川大学名誉教授)

 南米のチリで、去る12月19日、35歳のガブリエル・ボーリチ(Gabriel Boric. 日本ではボリックと表記されているが、ここでは現地の発音に従う)が大統領に当選した。就任する3月11日には36歳1か月である。「チリ史上最年少の大統領」と言われているが、むしろ重要なのは、新自由主義時代しか知らない世代の若者が、まさに新自由主義体制を転換し、新しい社会の建設に乗り出そうとしていることである。しかも、そのような大統領を実現したのは、既成の政党や組織とは無関係の中高生や大学生、そして女性を中心とする一般市民の運動であった。若い世代が目指す「新しいチリ」とはどのようなものだろう。
 
1.それは「ペンギン革命」から始まった
 ボーリチは1986年にチリ最南端の町プンタ・アレナスで生まれた。チリで新自由主義体制が本格的に始まったのはピノチェ軍政下の1980年であるから、そのただ中で育ってきた世代である。アジェンデ時代はもちろん、軍政時代もほとんど記憶にないであろう。2012年にはチリ大学生連合(FECH)の委員長として学生運動を指導し、13年には27歳で下院議員に初当選した。17年には学生時代の同志とともに結成した拡大戦線(Frente Amplio)から出馬し再選を果たしている。
 大統領選挙には共産党とエコロジスト政党のFRVSとともに「人間の尊厳を求めて」(Apruebo Dignidad)という名の選挙連合を形成し、立候補した。11月21日の第一次投票ではいずれの候補者も過半数の票を獲得できなかったため、12月19日に上位2者の間で決選投票が行われ、ボーリチが55.8%を獲得し、当選した。若者と女性の支持が多かったという。過激なピノチェ派と言われる、対立候補のカスト(キリスト教社会戦線)は44.14%。低所得層地域や農村部での支持が高かったが、これを半数弱の国民が未だに軍政を支持しているとみなすか、40年も続く新自由主義体制への「慣れ」や「諦め」がカスト支持に向かったのかは、詳細な分析が必要である。

 ピノチェが大統領続投の是非を問う国民投票で敗れて大統領を辞任し、民政移管が実現したのは1990年。以来、アイルウイン政権、フレイ政権とキリスト教民主党政権が続き、2000年には政権は社会党の手に移り、ラゴス政権、次いでバチェレ政権が成立した。しかし、民政下でも「何も変わらなかった」。与党連合の「民主主義のための政党連合」(2013年に「新多数派」に改名)内では新自由主義派のキリスト教民主党が力をもっていたためである。ミシェル・バチェレはクーデタ時にグリマルディの強制収容所に連行された経験があり、期待が寄せられたが、同様であった。その後は軍政派のピニェラ政権、次いで第二次バチェレ政権、さらに第二次ピニェラ政権という風に、民意は揺れ動いてきた。
 左翼組織は軍政下で壊滅していた。ピノチェ政権時代の恐怖の記憶は人々の心から消えず、「軍政が再来したならば…」と多くの市民は口をつぐんでいた。そのなかで資源開発に苦しむチリ南部のマプーチェ族が果敢な抵抗を繰り広げたが、警察隊や軍の弾圧や虐殺にさらされた。
 そこに起きたのが2006年の中高生の「ペンギン革命」である。セーラー服を身に着けた中高生たちが、儲け主義教育反対、教育の質の向上、教育の平等、公教育の再生などを訴え、デモ行進や校舎の占拠、ハンストなどを繰り広げた。教育問題を切り口に新自由主義体制の転換を求めるものであった。2007年には大学生の運動も加わった。
 ピノチェ政権下では「教育の自由化」が進められ、公立の小中学校は国から市町村に移管され、私学が振興された。利益の追求に走る私学も増えた。バウチャー制がとられ、公立校、私立校を問わず、生徒数に応じて助成金が与えられ、貧しい地域の公立校は衰退した。国立大学も有償化され、授業料は高騰し、学生たちは多額の債務に苦しんだ。

 激しい弾圧にさらされる学生運動に対して市民の支援運動が高まり、それは様々な人々の、多様な運動へと発展していった。コロナの感染が拡大した20年3月には、フェミニスト団体の女性たちが、「何もしない」政府に対し対策の実施を求める「命のためのデモ」を呼びかけると、首都では数十万人のデモに膨れ上がり、全国へと拡大していった。
 新憲法制定を求める声も高まっていった。ピノチェ憲法と言われる1980年憲法の改定や廃止は民政移管以来、ずっと課題になっていたが、保守派の牙城である上院が壁となり、実現しなかった。市民運動の高まりを前にピニェラ大統領も新憲法制定の是非を問う国民投票の実施を受け入れざるを得ず、国民投票は20年10月25日に実施された。賛成票が78%、国民が選出する制憲議会の設立を求める票も79%に達した。制憲議会選挙は21年5月15~16日に行われ、総議席数155のうち抜本的改憲を求める勢力が圧倒的多数を占め、保守派は37議席にとどまった。
 制憲議会の選挙制度も画期的なものとなった。議員は男女同数とされ、17議席の先住民枠(このうちマプーチェ族に7議席が与えられた)が設けられた。無所属の立候補も認められた。ピノチェは軍政憲法の維持のために選挙制度に様々な歯止めを課して去っていったが、その一角が崩れたことになる。
 新憲法草案は1年以内に作成され、2022年半ばには国民投票にかけられる。

2.若い世代が目指す「新しいチリ」とは?
 第一次大統領選挙を前にボーリチは「人間の尊厳を求めて」の政府綱領を発表している。内外の3万人以上の市民にオンライン・アンケートや対話集会「市民テーブル」を実施し、その提案をもとに決定されたものである。大統領候補者も、また大統領選と同日に行われた上下両院議員や知事選の候補者も、こうした市民参加方式で決定されたという。
綱領では、「持続的発展と環境保護を基礎とし、社会の建設原則を市場原理に求めない、人間を中心としたディグニティと福祉の社会の建設」が謳われ、そのための53の政策が掲げられている。これらの政策を貫く理念は4つ、「フェミニズム、エコロジー、地方分権、人間らしい労働の保証」であるという。
 53の政策は、新自由主義体制の不公正な制度を是正しようとするもので、医療や保健や年金などの社会制度の改革、公教育の再生、団体交渉権など労働者の権利回復、富裕層や大企業への課税強化を中心とする税制改革、中小企業の育成、鉱業における国家の経済主権の回復などが挙げられている。注目されるのは、女性労働者の保護が特に重視されていること、また、政権発足後100日以内にパンデミック対策や経済再生のための「社会対話委員会」を設置するとされていることである。

 経済政策について重要なのは、「自然資源採取型」の経済構造は限界に達しているとして、その転換が掲げられていることである。チリといえば、銅やリチウム、果実やワインなど、鮭やアワビ、パルプなどが有名だが、こうした一次産品の輸出を基礎とした経済発展は、環境破壊、所得格差の拡大、過酷な労働、貧困層の増大等々、様々な歪みをもたらしている。近年ではGDP成長率も低迷し、2020年には、コロナ禍の影響もあって、−5.77%となった。それだけではなく、成長率は軍政時代から一貫して大幅な上下動を繰り返しており、果たして「奇跡の成長の国」と言えるのかどうか、疑義が呈されている。
 政治綱領から浮かび上がってくるのは、ボーリチがその冒頭で「漸進的転換」と語っているように、新自由主義体制の不公正な制度を一つ一つ是正していき、それを抜本的体制転換につなげていくという戦略である。しかし、裏を返せば、いずれの制度も新自由主義体制の軸を成すものであり、それに手を付けることは保守派の強い抵抗を招く。

3.市民運動と議会制度の狭間で
 新政権の前に立ちふさがるのは議会の壁である。上院では、終身議員は2006年に廃止されたが、依然として保守派の牙城となっており、キリスト教民主党の勢力も大きい。上院で3分の2の賛成が得られなければ重要な法案は通らず、政府は「何もできない」。わずかな変化の兆しがあるとすれば、昨年末の選挙で「人間の尊厳を求めて」の5議席のうち共産党が2議席を占めたことだ。共産党は50年ぶりの上院復帰である。
 下院でも保守派は153議席中48議席と減少したが、ここでもキリスト教民主党、社会党、急進党などの中道派が37議席を占める。これに対し与党連合は36議席である。キリスト教民主党は決戦投票ではボーリチを支持したが、選挙結果が判明した直後に、必ずしも協力するわけではないと明言している。政策実施のためには野党との提携が不可欠だが、妥協を優先すれば、政権の基盤である市民運動の不満を生む。逆に市民運動に大きく依拠すれば、保守派や中道派は離反する。なお大統領の任期は4年。再選は禁止されている。

 一方、米国のバイデン大統領はボーリチに当選祝福の電話をかけ、今回の大統領選挙はラテンアメリカ諸国の模範であると持ち上げた。しかし、その真意はどこにあるのか。米国政府は、民主党、共和党を問わず、「裏庭」のラテンアメリカにおいては新自由主義体制を取らない政権の存在を決して認めず、その排除のためにあらゆる手段を尽してきた。
 ラテンアメリカでは1990年代末から2000年代にかけて米国と距離を置く中道左派政権が圧倒的多数を占めたが、その多くは2010年代に入り、姿を消した。国際経済の低迷により経済情勢が悪化すると、「経済運営能力の欠如」、「政治腐敗」、「人権や自由の弾圧」などの批判が高まり、選挙で敗北したのである。背後にはメディアやSNS、時には司法当局をも巻き込んだ、米国の「ソフトな」介入政策があった。しかし、それから10年の歳月を経た今、対米自立を目指す政権や運動が徐々に再生しつつある。ボリビア、ブラジルなどの例に見られるように、これらの諸国に共通するのは、市民参加制度や地方分権が進んでいたこと、また自立的な社会運動が発展していたことである。
 チリでも今年半ばには、市民との対話委員会が動き出し、体制転換の法的基盤となる新憲法も成立する。市民運動に支えられた若い大統領は、立ちはだかる困難を克服し、「新しいチリ」を建設できるだろうか。
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