2022.02.09  ハンガリー政情報告 オルバン・ヴィクトルの打算と誤算
  -オルバン首相はプーチンの靴を舐めたのか

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)

 2月2日、ハンガリーのオルバン首相はモスクワを訪問し、プーチン大統領と長時間の会談を行った。とくに緊急の課題があったわけでもない。にもかかわらず、オルバン首相がこの時期に、敢えてプーチン大統領を訪問しなければならなかった理由は何か。オルバン流の瀬戸際外交の見せ場が来たと直感したのだろうか。それならば北京五輪にかこつけて、プーチンと習近平との北京ダブル会談でハンガリーの独自性を誇示する絶好のチャンスがあった。しかし、北京を選ばずモスクワを訪問した。北京から良い返事がなかったのだろうか。今回のモスクワ訪問の背景には何があるのか。

天然ガス交渉の不可思議
 ロシアとの天然ガス供給契約期限が切れた昨年9月、ハンガリーは新たな15年(10+5年)契約を締結した。長期間にわたる交渉の結果である。ハンガリーはロシアから年間45億立方メートルを輸入することで合意し、契約書に署名した。天然ガスの市場価格が高騰しているとはいえ、前の契約書の合意を変更する緊急性はない。にもかかわらず、オルバン首相は将来的な需要増を見込んで、さらに10億立方メートルの追加輸入を求めるためにモスクワへ飛んだと説明されている。
 しかし、誰もこの説明を信じていない。契約書の書換え要請を受ければ、ロシア側は見返りを要求することは目に見えている。天然ガス交渉という名目で、ハンガリーの東方外交とオルバン首相の存在感を高めるための政治ショーと考えれば納得がいく。
 実際、両首脳の記者会見で、プーチン大統領はNATOがいかに不当に旧社会主義国やソ連邦共和国へ勢力を拡張したかを延々と説明した。オルバン首相の意図にかかわらず、ロシアの強面路線の正当性を誇示する会見になった。オルバン首相は、今回の訪問は平和外交の一環でもあったと説明したが、現実はロシアの政治姿勢をヨイショする役割を負わされただけだ。
 さらに、プーチン大統領はロシアがいかにハンガリーに有利な条件で天然ガスを供給しているかを説明し、ハンガリー側の要求を検討する用意があることを表明した。そのなかでプーチン大統領は、ハンガリーは市場価格の八分の一の価格で天然ガスを輸入していると説明したが、この説明はかなり誇張されたものだ。
 輸入価格の決定は契約にもとづいて厳密な算定方式で決定され、それ自体には政治的な配慮の余地はない。現在の急騰したエネルギー市場価格から見れば、ハンガリーの輸入価格は低いが、しかし八分の一という極端なものではない。
 明らかに、プーチン大統領は「ハンガリー政府」の要請を逆手にとって、オルバン訪問を利用したのである。ロシアと友好関係を結んでいれば、こういう恩恵を得られることを誇示する記者会見になった。意図したかどうかにかかわらず、オルバン首相は国際的に窮地に立つプーチン政権の引き立て役を演じることになった。 ハンガリーの国益(FIDESZの党益)を理由にロシアに忖度するという見え透いた意図は、誰に目にも明らかだった。

停滞する中国案件
 ハンガリーのFIDESZ(フィデス・「キリスト教民主国民党」)政権は欧州主流である社会民主主義との距離を明確にすることで、自らの独自性を際立たせることができると考えている。この確信にもとづいて、西欧的な左翼的自由主義ではなく、家族、地方、民族を大切にする保守主義と民族主義を標榜することで、国民の支持が得られ権力が安定すると考えている。西欧の社会民主主義ではなく、ロシアや中国へとシフトするハンガリーの瀬戸際外交は、この路線の示威行為である。
 ソロス財団が設立した中欧大学(大学院大学)をハンガリーから追い出した後の施策が上海の復旦大学の誘致だった。習近平との直接交渉で約束した案件である。ところが、この案件の雲行きが怪しくなってきた。ブダペスト市長カラチョニが提案した復旦キャンパス反対の国民投票が、4月の総選挙と同時投票になりそうなのだ(現在、選挙管理委員会が国民投票要求署名簿をチェック中)。
 ハンガリー政府が18億ドルに上る建設費を負担し、その8割を中国からの融資で賄うという信じがたいプロジェクトである。ハンガリー国民の税金を使って、授業料が高くてふつうのハンガリー人学生が入学できないような大学を作り、かつハンガリー国民は長期にわたって融資を返済しなければならない。
 このキャンパス構想で得られるハンガリー側のメリットはない。ただでさえ中国共産党の監視下にある大学への疑念が消せないプロジェクトである。国民投票が実施されれば、政府は敗北する可能性が大きい。そうなれば、開校を断念するしかない。国民投票の結果だと言えば習近平の怒りを買うこともないだろうが、オルバン政権の失態であることに変わりはない。
 さらに、もう一つの中国案件であるブダペストとセルビアのベオグラード間の鉄道の近代化投資が、行き詰まっている現実がある。これも総額5900億Ftの投資の85%を中国からの融資で賄うプロジェクトである。ところが、融資締結契約からおよそ2年も経った最近になって、未だに中国からの融資が実行されず、建設を請け負う下請け事業者との契約が締結されていないという状況が明らかになった。
 セルビア側の建設工事が数年前から進んでいるのにたいし、ハンガリー側の工事がまったく進んでいないのだ。もともと投資の採算性が疑問視されていたプロジェクトである。貨物輸送の速度をこれまでの時速60kmから100~120kmに上げるための投資としては採算が合わない。
 アドリア海沿岸への旅行ならいざ知らず、観光スポットでもないベオグラードに旅行に出かけるハンガリー人はまずいない。中国側(中国輸出入銀行)が融資の返済見通しに疑念を持ったのかどうかは分からないが、予定通りに建設が完了することはすでに不可能になっている。
 オルバン政権はこの二つの中国案件が頓挫する可能性を見込まなくてはならない。そうすると、ハンガリーの瀬戸際外交の重要部分が失われることになる。だから、オルバン政権としてはロシアとの関係を強化することで、中国リスクを補填する必要がある。それが今回のモスクワ訪問の真の目的である。その意図を見透かされたオルバンが、プーチンによって手玉に取られた。

与党対野党を右翼対左翼にすり替え
 オルバン首相の権力への執着は異常なほど強いことは周知の事実だ。権力を維持できるのであれば、イデオロギーの宗旨替えなど朝飯前である。政権奪取前の2007年、オルバンは「ロシアがハンガリーをガスプロム(ロシアのガス会社)の陽気なバラックにすることを許してはならない」と叫んでいた。ところが、現在、ポピュリスト政策の一つである電気ガス料金の10%割引政策を維持するために、ガスプロムから有利な条件で天然ガスの供給を受けることが至上命令になっている。なんとも節操のないことだ。
 政権政党FIDESZは設立理念を投げ捨て、西欧的な社会民主主義とは異なる、民族主義にもとづく保守主義を掲げることで自らのレーゾンデートルを証明できると考え、反左翼反自由主義を党是に据えた。左翼的自由主義がFIDESZの最大の敵であり、家族第一・民族主義を対置している。4月の総選挙で野党の統一首班候補が擁立されたことに危機感を抱くFIDESZ政権は、YouTubeや巨大ポスターを使って、野党統一首班候補マルキ-ザイを貶めるキャンペーンを張っている。その一つが、マルキ-ザイはジュルチャーニ(元社会党党首で首相)の傀儡(ミニ・ジュルチャーニ)だとする品のない攻撃である。
 公共放送TVでは、統一された野党勢力を左翼と名付けて、政権政党の意向に沿ったニュース番組を編成している。「左翼」をイデオロギー的な対立物として設定し、それへの感情的な反発を狙っている。しかし、FIDESZ政権が行っている政策の多くは、旧体制時代の社会主義政府が行っていたものにますます類似してきた。そこにはイデオロギー的な整合性はまったくない。

権力維持が至上命令
 オルバンFIDESZ政権は4月の総選挙に勝利するために、なり振り構わぬバラマキ政策を実行している。2月3日に国民登録データ(メイルアドレスが不可欠)を使って、各戸に政府からメイルが届いた。2月中に、子供(18歳未満)をもつ家庭の両親が支払った2021年中の所得税の還付(平均所得にたいする税額分)、本年1月より25歳未満の就業者の所得税免除、年金生活者への13ヶ月目の年金ボーナス支払い実行の確認通知である。
 昨年11月には1リッター当たりのE95ガソリンの上限価格を480Ft(フォリント・1Ft≒0.38円)に設定する政令を出し、今年1月には白糖、小麦粉、ひまわり油、豚肉、鶏肉の価格を、2021年10月15日水準に固定する政令をだした。
 これらのバラマキ政策を次々に実行し、政権が代わると、電気ガス料金の10%割引とともに、これらの国民保護の政策が撤廃されると宣伝している。そこにはイデオロギーではなく、権力維持のためには手段を選ばない必死さが窺える。
 上限価格制定や固定価格導入はまさに旧社会主義時代の価格庁(体制転換で廃止)が行っていた政策である。反社会主義反左翼を唱えながら、社会主義時代の政策を導入している。要するに、反社会主義反左翼はお題目に過ぎない。権力維持のためなら「何でもあり」なのである。

東方政策は権力維持と利権のため
 中東欧の政治家が親ロシアや親中国になるのは、究極のところ、「カネ」である。ロシアや中国には市民社会的な倫理規範が存在しない。あうんの呼吸で、裏表のルートを使って裏金にありつける。チェコ大統領のゼマンが親ロシア親中国になったのも、政権奪回のための政治資金を手にできたからである。だから、事あるごとに、プーチンを訪問し、習近平を拝謁する。北京五輪にも、中東欧から唯一国家元首として参加する。
 オルバン首相はなぜ北京に行かなかったのか。それは重要な中国案件が二つとも暗礁に乗り上げているからである。本来であれば、契約を締結したばかりの天然ガス問題より、重大な外交案件であるはずだ。しかし、中国を避けて、モスクワを選んだ。復旦大学、鉄道改修の2つとも約束が履行できない可能性を説明する行脚は荷が重いからである。
 他方、すでにFIDESZは中国とのワクチンと人工呼吸器ビジネスを通じて、充分に裏金を蓄えた。野に下っても困らぬ財産を蓄えた。対中国はとりあえず「これで良し」としなければならない。中国ワクチンや人工呼吸器の評判も良くないから、ここらあたりが引き際かもしれない。定住権付の国債販売と同じスキームである。
 野党が政権を取れば、中国ビジネスによる裏金形成が追求される。その前に、中国ビジネスを仲介した会社を清算させ、中国との関係といったん手仕舞いしようとしているのだ。中国依存を減らし、ロシアの対外政策に理解を示し、ロシア製ワクチンのライセンス生産でプーチンをヨイショすれば、別のルートも開かれる。だから、今回はプーチン訪問が必要だったのである。
 しかし、世の中、それほど甘くない。ハンガリーでは「オルバンはプーチンの傀儡」とうキャッチフレーズが生まれてしまった。総選挙を前に、「オルバン=プーチンを選ぶのか、ヨーロッパの一員であることを選ぶのか」という路線選択肢ができた。国民の知的レベルを見誤ったオルバンの誤算である。

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