2022.02.12
北京五輪・高梨選手の失格事件に思う
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
北京で開催中の冬季五輪のスキージャンプ混合団体で女子選手に5名のスーツ失格者が出て、この競技を台無しにしてしまった。これは明らかにFIS(国際スキー連盟)の失態である。厳しいスーツ規制が存在するのは良い。問題はその運用である。競技を終えてから、「貴方の競技は無効です」と通告するのは興ざめである。まさに「後出しじゃんけん」である。問題は規則の運用にある。
スーツの厳格規制を行うなら、事前にスーツを審査して、使用するスーツに許可を与えるべきだろう。体格(体重や足回り、胴回り)が変化するなら、W杯が始まる前とシーズン中間時点で体格の測定を行い、その時点で許可されるスーツのサイズを選手ごとに決めるべきだ。五輪なら、すべての競技が始まる前に、使用できるスーツに許可証を与えるべきだ。その際に、寸法があっているスーツに認可マークを取り付ければ良い。それをしないで、競技を終えた後に、ランダムに「貴方のスーツは規格外でした」というのはあまりに杜撰な管理である。一にも二にも、運用方法が杜撰である。日本スキー連盟は「規則は規則」という事なかれ主義で何もしないのではなく、運用改善を提案すべきだろう。日本のスポーツ連盟は国際化が遅れているから、こういうところが抜けている。
ジャンプ競技に男女混合団体という新たな競技が導入されたのは歓迎すべきだ。新鮮な視点でジャンプ競技を楽しむことができる。ただ、女子選手間のレベルの違いが大きく、女性選手の力関係で競技の勝負が決まる。女子選手強い国は上位に立つようになっている。だから、一つのジャンプが取り消されても、日本がカナダやロシアに肉薄することができた。それでも、普段は注目されないカナダや低迷が続いているロシアに、それなりのレベルを持った選手が出てきたのはジャンプ界にとって良いニュースである。
いかんせん、スキージャンプは誰もができる競技でなく、子供の時から訓練していないとできない特殊な競技である。間違えば、命に係わる事故が起きる。大金を稼げるようなスポーツでもないから、競技人口がきわめて少ない。スイスのように、男子選手はいるが、女子選手がいない国もある。一昔前は、フィンランド、イタリア、フランスも男子団体を組んでいたが、近年は団体メンバーを組めない状態続いている。まして、男女混合となると、チームを組める国は10か国を超えることはない。その10か国の間でも、実力の違いはきわめて大きい。そのこともあって、混合競技は技術の差が広がるラージヒルの台ではなく、飛距離の差が小さいノーマルヒルの台が使われている。しかし、女子でもラージヒルの大会が主流になっているから、これからはラージヒルで混合競技が見たい。ラージヒルの場合にはさらに実力差が出てしまうが、見る者としては、こちらの方がジャンプのダイナミズムを堪能できる。
今次の五輪で初めて採用された混合競技で、強豪国のオーストリア、日本、ドイツ、ノルウェイの女子選手がスーツ違反に問われた。長いW杯の歴史で、一つの競技でこれだけ多くのスーツ違反が出たことはない。そのために、興ざめた競技になってしまった。わずかに、日本が踏ん張って、もう少しで銅メダルというところまで追い上げたのが見どころになった。
競技人口が少ないと、スポンサーを獲得するのも難しい。ドイツ、オーストリアだけでなく、五輪でメダルをとったカナダやロシアの企業がスポンサーになってくれれば、賞金額を上げることができる。日本では人気がなく、日本企業がFISのスポンサーになっていないが、スキー競技は欧州で人気がある冬のスポーツである。多くの競技がEurosportチャネルを通して放映されている。欧州に拠点をもつ日本企業が、もっと冬のスポーツのスポンサーになったらどうか。

プラニツッァ・フライングジャンプ台
五輪後のW杯男子スキージャンプはフライング大会が多く組まれている。ラージヒルの倍近い距離を飛ぶスキーフライングは壮観である。ノーマルヒルの飛び出しは87kmh前後、ラージヒルのそれは90kmh前後だが、フライング台の飛び出しは100kmhを超える。とくに3月末のW杯最終戦が行われるスロヴェニアのプラニッツァ(Hill Size 240m)は、日本にとっても思いで深い台だ。1997-98年のW杯総合優勝は最終戦まで、船木選手とペテルカ選手(スロヴェニア)の双方にチャンスがあった。最後の最後に、同僚の葛西選手のこの日のジャンプで優勝さえしなければ、船木選手がスロヴェニアのペテルカ選手をわずかに抑えて総合優勝が決まるところまできた。ところが、フライングが得意な葛西選手がこの最終戦に優勝して、船木選手は総合得点19点差でペテルカ選手に次いで2位で当該シーズンを終えた。葛西選手が優勝しなければ、船木選手は総合優勝を手にするはずだった。なんとも消化しきれない運命のめぐりあわせだった。
船木選手も葛西選手もなしえなかったW杯総合優勝は、小林陵侑選手が2018-19年のシーズンに達成した。小林選手はプラニッツァジャンプ台の252mのhill recordを持っている。今年は、フライングが得意な小林選手の二度目の総合優勝がみられるW杯後半戦である。期待したい。
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