2022.03.28  何べんでも「戦争でウクライナのこどもをころすな」と言う
 
米田佐代子 (女性史研究者)

 19日の土曜日、吉祥寺の駅前で「ロシアのウクライナ侵攻に抗議しよう」というアピールをしている人たちに会いました。ちいさなチラシを配っていたので「ご苦労様」と挨拶して、もらいました。ロシア大使館の住所やメールアドレスが記されていて、「ここへ意思表示を」とあります。意見をつたえようと思いながら、もう一人の自分が「今のロシアは、何を言っても聞く耳を持たないよ」とささやいています。ウクライナのニュースを見るたびに絶望的な気分になるのは、「一人でも多くの人間が声を挙げなければならない」と思いながら、「子どもたち」と地面に書いてあった避難施設の劇場まで爆撃され、子どもたちが殺されたと報道されることにいたたまれない気分になるからです.

何べんでも「戦争でウクライナのこどもをころすな」と言う

 数日前には同じ駅前で「ウクライナに人道支援を」と募金していた日赤奉仕団の方たちがいました。バス待ちしながら見ていたのですが、みていた数分の間にカンパをする人が誰もいなかったのに心がいたみました。しない人を責めているわけではありません。他でカンパしているかもしれないし。わたしも日赤ではなく「現地に直接出て行って支援活動している」という団体に「ウクライナの子どもたちのために」と添え書きしていささかの寄付を送ったばかりです。でも、通り過ぎていく人があまりにも多いので気が気ではなくなり、「ちょっぴりでごめん」といいながら今夜のおかずを買おうと思っていた分を募金箱に入れてしまった。帰りに、スーパーには珍しく一切れだけパックになっていた魚の切り身(割引で200円)を買って夕飯を済ませた次第です
 国内で「ウクライナは核放棄したから攻撃されている」と日本の核武装論や「核共有論」まで取りざたされています。岸田首相は「憲法改正」を主張しました。「火事場泥棒」みたい。しかし、以前から「憲法九条は守りたいけれど、北朝鮮が怖い」という友人もいて、今は現実に戦争を始めたプーチン大統領が核攻撃をちらつかせるのですから、こんなに怖いことはない。ウクライナではロシアが「極超音速ミサイル」なるものを初めて発射したのではないかと伝えられ、これは時速1万キロを超える超音速で飛ぶため「迎撃困難」でしかも核弾頭搭載可能だそうな。こんな「最新兵器」に、日本の自衛隊がどうやって対抗できるのか。「日本国憲法九条」はもはや無力になったのだろうか。
 しかし、前広島市長の秋葉忠利さんが呼び掛けた「プーチン大統領は核兵器を使用しないと約束せよ」という署名は、1週間たたないうちに10万近く集まりました。著書『市民とジェンダーの核軍縮』以来ファンになった川田忠明さんは、ヨーロッパではNATOという軍事同盟が大きな位置を占めているが、東南アジアではASEAN(東南アジア諸国連合)を中心にした「平和の枠組み」があると指摘、中国の南シナ海進出で緊張が高まって1988年に中国とベトナムの海戦が起こったが、それ以後この地域で戦争は起きていない(この間ヨーロッパでは戦争が繰り返された)と言っています。武力行使を禁じ、紛争の平和解決を原則とした「東南アジア友好協力条約」(1976)があるからだ、と(全国商工新聞2022年3月21日付)。
 なるほど。わたしたちも日中韓三国の歴史研究者や市民活動家たちと協同してまったく自主的な民間の「歴史認識と東アジアの平和」フォーラムという集会を毎年持ち回りで開いてきました。「東北アジア」と言っていいかもしれませんが,この地域は、核保有国中国や、北朝鮮を含むから「平和構築」構想は複雑です。それでもコロナで対面集会が困難になった昨年もオンラインを活用して三国の参加者と交流してきました。わたしもずっと参加してきましたが、コロナ以降は参加していません。実行委員会も降りることにしました。しかし、世界が核戦争で破滅するかもしれない危機をはらんでいる今、たとえ中国からの参加者が核兵器禁止条約にきっぱり「賛成」と言えない事情があるにしても、毎年会う参加者とあいさつをかわし、話しあい、リアル集会の時は最後に肩を組んで歌い、つないできた親近感は何物にも代えがたかった。今年は日本で開会しますが、やはり海外からの参加は難しいそうです。オンラインの普及は、わたしのようなITオンチでも遠地の会議に参加できる利点をもたらしたが、やはり顔を見合って話せる機会も必要だと思う。ロシアの侵略と核恫喝は批判しなくてはならないが、「だから日本も核武装を」といった発想を乗り越えるために。「武力に拠らない平和」は今無力に見えるかもしれないが「武力による平和」はそもそもあり得ないと思うから、ころされたたくさんの子どもたちがウクライナから訴えていると思う。あの原爆をうたい続けた詩人峠三吉の詩「墓標」にある済美国民学校の子どもたちのように。原爆で殺された子どもたちに呼びかける1節を。
 君たちよ
もういい だまっているのはいい
戦争をおこそうとするおとなたちと
世界中でたたかうために
そのつぶらな瞳を輝かせ
その澄みとおる声で
ワッ! と叫んでとび出してこい
そして その
誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ
たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ
ぼくたちはひろしまの
ひろしまの子だ と
みんなのからだへ
とびついて来い!
(峠三吉『原爆詩集』より)
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