2022.04.01 ウクライナ降伏論をめぐって
          ――八ヶ岳山麓から(367)――
                              
阿部治平 (もと高校教師)


 3月4日、「羽鳥慎一モーニングショー」で、ロシアによるウクライナ侵略について、テレビ朝日職員の玉川徹氏が「戦力は圧倒的にロシアの方が上だから、ウクライナの民間人死者が桁違いに増える戦争になる可能性が高い。だからどこかでウクライナが降伏して人命を救わなければならない」という趣旨のことを述べた。
 さらに「死者が増えないようにするのは指導者の大きな責任だ。太平洋戦争の時は、日本が「もっと早く降伏すれば、例えば、沖縄戦とか広島、長崎の犠牲もなかったんじゃないか」ともいった。
 玉川氏は、テレビのニュース解説者としては、数少ない、調査の行き届いた、わかりやすく鋭い言説の持主である。だが、この発言には、その場にいたロシア専門家の小泉悠氏(東京大学先端科学技術研究センター専任講師)もびっくりしたらしく、「日本の場合は、自分から戦争を始めて、アメリカにすごい反撃を食らったのだが、ウクライナには何の罪もないのに、ロシア側が侵攻した。早く降伏すべきだというのは道義的に問題がある」と批判した。
 つづいて長嶋一茂氏も玉川氏に反論したが、玉川氏はなお、同じ趣旨の降伏論を繰り返した。また玉川氏はベルギーを例に引いて、第二次大戦の時、いち早くナチスドイツに降伏し、国民の命を救ったといい、ドイツが破れてのちベルギー人は今日の国家をきずいたという趣旨のことも述べている。

 高校教員時代の授業を思い起すと、ベルギーは第一世界大戦・第二次世界大戦で2度ドイツ軍によって占領された。2度ともロンドンに亡命政権を樹立したが、第二次大戦では国王レオポルド3世が自分の判断で早々ドイツに降伏した。これが戦後に国王の権限逸脱行為として問題になり、1950年には君主制の是非を問う国民投票が行われた。その結果かろうじて君主制は認められたものの、レオポルド3世は退位し、ボードワン1世が国王になった。
 ドイツが敗北したからベルギーは国家を回復できたが、ウクライナ戦争ではノルマンディー上陸作戦もベルリン陥落も存在しない。戦争に勝者も敗者もないという人がいるが、ウクライナ戦争は帝国主義国間の戦争ではない。ここには侵略と被侵略があり、勝者と敗者が存在する。降伏をしたらウクライナは終る。
 ウクライナ人にはソ連時代の記憶がある。ロシアに占領されたらどうなるかわかっている。いったんソ連を離脱し独立を遂げた東欧の人々にとって、ソ連時代は、ナチス支配下と同様の災難だった。ウクライナは農業地帯でありながら、1917年の革命と1930年代2回、何百万という餓死者を出す、すさまじい飢餓に見舞われた。第2次大戦でドイツとソ連の軍はウクライナの大地を戦場にした。
 ようやく勝ち取った独立を失いたくはない。必死の抵抗になるのは当然である。
 ウクライナがプーチンのいう停戦条件「ウクライナの非武装・中立化」「NATO不加入」「ロシア語の公用語化」という条件を飲んで降伏すれば、かりに命を長らえる人が多くいたとしても、ウクライナ民族はプーチンの独特のロシア民族論によってもともと存在しないことになり、国家としてのウクライナもウクライナ共和国というロシア連邦の地方行政単位となるだろう。
 ウクライナの子供たちはロシア語の強制によってウクライナ語と歴史と文化を奪われ、ウクライナ人は2世代で地球上から消えるだろう。わかりやすいのは中国のモンゴル・ウイグル・カザフ・チベットなどの少数民族である。
 彼らの子供たちはいま漢語を強制され、民族語文の教育は制限され、自民族の歴史も文化もわからなくなっている。なお民族主義的で反抗的な少数民族は、長期徒刑か強制移住、悪質とみられれば死刑、というのが相場である。彼らの国家など百年経っても実現しない。ウクライナも同じ運命をたどるのである。

 わたしは玉川氏の発言を聞いたとき、すぐに村の九条の会での参加者の一人の発言を思い出した。それは、おおまかには「『ひとつの中国』という原則からすれば、台湾は中国の内政問題だ。中国共産党による台湾の統一によって、台湾の民主主義が圧殺されることになってもやむをえない。中国もやがては民主化されるだろうから、それを待つべきだ」というものであった。
 この考えには、国民党の一党支配から脱却しようとした台湾人の悪戦苦闘もひまわり革命も存在しない。ご存じの通り、中国の直接統治がはじまると、香港ではたちまち政治運動や言論、出版の自由は奪われ、デモも警察力でねじ伏せられた。
 これをみているから台湾人には中共統治下の未来図がわかっている。台湾の世論調査では大陸との統一を望まない人がほとんどだ。中国が、独立するなら侵攻するぞと脅迫しているから、独立を口にせず、現状維持をというのである。
 台湾人にとってウクライナ戦争の行く末はわがことである。習近平の中国が台湾を武力で攻略したとき、台湾人に対しても、死者を少なくするために抵抗しないほうがよいといえるだろうか。
 玉川氏の発言は、ウクライナ人への同情と善意にもとづくものであろう。しかし、ウクライナ戦争はプーチンという独裁者がはじめた戦争である。玉川氏にしたがえば、軍事大国に攻められたときは、小国は人命救助のためにすみやかに降伏することになる。そうなると、地球上の小国はことごとく大国の指導者に屈服し、小民族は大民族の膝下におかれる。
それはないだろう、というのが私の感想である。(2022・03・26)

Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack