2008.12.11 黒澤明『七人の侍』をみる
阿部治平 (中国青海省在住、日本語教師)

日本人留学生に珍しいDVDを買うのが上手な人がいて、彼女は旅行の道々「愛のコリーダ」「さくらん」などからはじまって黒澤明シリーズの海賊版DVDまで買ってきた。
中国では大きなスーパーなどでも白昼堂々海賊版を売っている。海賊版は安いから学生でも買える。これで日本のアニメやJ-POPなども知られるようになった。中国で海賊版がなくなったら、そのぶん中国人の日本文化との接触は細いものになるだろう。
わたしは日本にいても映画などほとんど見たことがないが、娯楽に餓えているからさっそく彼女から黒澤明シリーズを借りた。これには「七人の侍」「野良犬」「隠し砦の三悪人」「生きる」「悪い奴ほどよく眠る」「赤ひげ」などが入っていたが、繰返し見たのは「七人の侍」である。

この映画をはじめて見たのは40年くらい前だが、このたびあらためて感動した。そして黒澤監督をはじめ出てくるほとんどの俳優が亡くなっていたのには過ぎ去った時間の長さを痛切に感じた。
とにかくおもしろい。日本語教材として使えるかもしれない、どう教材化しようかとおもってくりかえし見た。見ているうちに少しずつ不都合が現れた。
まずいけないのは、セリフが聞取りにくいことだ。過酷な生活を訴える女のことばはもちろんのこと、水車小屋の爺さんのほかは農民同士の話し方は絶叫に近いところがかなりある。字幕に英語と中国語がついているから学生は話の筋は理解するだろう。だが日本語学習を始めて1,2年の学生に教材として見せるのはとうていむりだ。
と、おもったとたんアラがあちこち見えてきた。
以下私の感想と、この稿を書くまえにいっしょに見た人たちの意見です。

道化役の菊千代と農民のことばが「おらはしんじまっただ」式で、「住所不定」ではないか。武士たちは東京アクセントの「武士ことば」を話すが、農民のことばは平板アクセントらしいから舞台は北関東か東北南部かともおもうが、どこかわかりにくい。
「方言の身許調べをすることはないでしょ。せりふの意味が分かればいいんですよ」と、いっしょに見た人の一人。
では、それはいいことにしましょう。

麦刈り、そして最終画面の田植。この風景を見ると、室町末期とすれば米麦二毛作のかなり先進的な村である。
「七人の侍」は離れ家と水車小屋を見放して集落を川と柵と水田で囲んだ砦にする。野武士が武装偵察に来て、ひとりが田んぼの水深をはかる。「七人の侍」の一人五郎兵衛がそれを柵のなかから弓を引いて一矢で倒す。
弓はよほど接近して急所に命中させればともかく、一矢でたおせるほど威力のある武器ではない。ほかにも似た場面があるが不自然だ。それに弓は何張りかあるのだから、柵に接近する山賊になぜもっと射掛けないか。しかし、武士が弓を引く姿はいずれも美しい。撮影のときさぞかし優秀な弓道師範が指導したものだろう。
剣術使いが野武士から「種子島」火縄銃を奪ってくる場面がある。ところが彼は弾丸と黒色火薬を入れた袋を持ちかえらない。これでは「種子島」も役立たず、英雄もかたなしだ。
菊千代は追われて逃げながら奪った銃を発射し、反動でひっくり返る。走りながら火縄銃を打つことはできない。火縄銃は先込めだから静止して操作しなければならない。が、「弓矢も鉄砲もちっとも不自然じゃありませんよ。おかしいというほうがおかしい」といっしょに見た人。

野武士集団の馬は大きすぎる。馬は昔小さかったという認識が黒澤明になかったか、それとも撮影に在来馬が使えなかったのだろうか。この映画が撮られた当時まだ木曽馬はかなりいたはずだが。
「木曽馬なんて知らないな。ここはアラブであろうが、サラブレッドであろうが、道産子だろうが関係ない。野武士の威力がわかればいいんですよ」
いわれてみればそうかもしれません。

野武士集団は騎馬で柵に突撃してくる。これはいけない。当時、馬に乗るのはしかるべき身分のもので、家の子郎党のほうは徒歩で騎馬武者に従った。騎馬武者も戦闘になるとたいていは馬から下りて徒歩で戦った。フランシスコ=ザビエルもルイス=フロイスも、ローマ法王庁方面にそう報告している。
黒澤明晩年の「影武者」をおもうと、長篠合戦の「定説」によってこのようなイメージを作ったかもしれない。「定説」では、織田徳川連合軍が怒涛のように突撃する武田の騎馬隊を三段構えの銃列を作り、連続射撃でなぎたおしたという。だが当時は武田を含めてどの戦国大名にも騎馬隊などなかった。山賊野武士に騎馬隊があるはずがない。
わたしは日本史の教師ではなかったが、1970年代の終わり、長篠合戦の「定説」に対する異論をいくつか読んだ記憶がある。
「その不満は『あと知恵』ですよ。新説が出る前の映画に何をいっても仕方がありませんよ」

でも、時代考証の点でいえば、同じ黒澤明の「赤ひげ」などハナから問題があります。
原作者の山本周五郎が悪いのかもしれないが、江戸時代にあんなヒゲもじゃはいなかった。口ヒゲもなかった。あごヒゲは許されたらしいが、ほかは禁止されていたはずだ。
これには同意する人がいました。「わたしも本で読んだ。一応知ってる」
(こうしたことは鈴木眞哉『鉄砲と日本人』(ちくま文庫)にまとめて書かれているからご不審のむきはご覧あれ)

「七人の侍」側は、騎馬で突撃する山賊の先頭の一騎を村なかへ通して、後続騎馬武者を阻止する作戦を立てる。一人ずつ殺そうというのだ。
これがわたしには解せない。集落はかなり堅固な野戦築城がなされている。しばらくすると野武士側は食糧不足で仲間割れもあるとわかる。ここは当然籠城して持久戦に持ち込むべきだ。洋の東西をとわず守備側の数倍の戦力がなければ城攻めは成功しないものという。この映画でも野武士が夜襲をかけて失敗する場面がある。なんといっても野武士側は腹が減っている上に小人数だ。
「籠城しては勇ましい場面がなくなります。斬り合いをやらなかったらおもしろくない」
そうかもしれないが、そのあとの戦術も疑問だ。
戦国時代だと槍と弓矢、柄の短いなぎなた、それに投石が主な武器である。やがて鉄砲が登場し盛んに使われる。そういう目で見ると村なかの戦闘は双方おそろしく下手だ。
守る側は柵を開けて「まず1騎通すぞー」と叫ぶ。1騎通すと、鉢巻、竹槍の農民集団がどっと跳びだし、竹槍で「槍ぶすま」を作って後続の騎馬の列に挑みかかる。
こんなことをするのはとんでもなく危険だし、第一勇気がいる。1騎でも2騎でも通してから即座にマセンボウをかえばいいじゃないか。マセンボウは外来語でいえばバーだ。
丸太の両端を縄でしばり、縄を道の両側の木の枝にかけてつるべ式に2、3人で引上げる簡単な装置を作る。先頭の騎馬が道に置いたバーを越したら、一気に後続の馬の胸までバーを引上げる。横から棒を馬の前に突込んでもいい。馬はぜったいに止まる。
中学1,2年のとき、春先の村の道を馬が暴走したことがあった。わたしのうちには馬がなかったので、土ぼこりを巻上げて走ってくる馬が怖かったが、友だちのヒロチャは勇敢にも両手を広げて馬の前に立ちはだかった。馬はヒロチャの手前で止まり、わたしはおそるおそるたづなをつかんだ。
この映画では刀を振回すチャンバラが多く、野武士に対して槍でむかうことが少ない。刀で騎馬武者にむかって勝てるか。守る側は馬にも矢やつぶてを浴びせ、横っ腹や尻を竹槍で突くべきだ。女も石を投げることはできる。
「そんなことをしたら撮影に使う馬が怪我します」
なるほど。そういう理由ですか。

最後の決戦では野武士側はもっとひどい。何騎かまとまって村へ突っ込んでくる。旧日本軍のバンザイ攻撃を除けば、敵が待ち受けているところへやみくもに突撃する兵はまずいないだろう。
戦いは梅雨のぬかるみの中だ。この映画は雨の場面がやたらと多いが、麦刈りのあとの梅雨だからこれは理にかなっている。
この天気では火縄や火皿が濡れて火縄銃は発射できないはずだ。だが、雨のなか剣術使いが打たれ、菊千代も小屋の中から狙撃されて倒れる。
火縄銃は至近距離でなければなかなか命中しないものだというが、この映画ではやたらに命中する。「七人の侍」のうち倒れた4人は全部銃で打たれた。
「命中しなかったら話が進まないでしょう」
ところが、このアホ戦術のために野武士集団は「玉砕」したらしい。普通は、勝目なしとおもえば、残り大勢は逃げるんじゃないかなあ。

最後の場面で、この村の農民はじつに恩義をわきまえない、不人情な連中だとわかる。さんざん世話になった生残りのサムライが村から去るのを横目でみながら、田植に忙しくて見送りもしない。少年武者を誘惑した娘も知らんぷりで田植歌なんか歌っている。
「こうしなかったら、勝ったのは百姓だ、ということばが生きないでしょうが」
わたしはこれもとってつけたような、キザなセリフだとおもうが。
「これは映画ですよ。面白ければいいんです。リアリズムなんか問題じゃないです。そんないいがかりをつければ、日本のほとんどの歴史ドラマはなりたちませんよ」


Comment
試しにあなたが監督した映画を見てみたいけど、ものの5分で飽きるだろうなぁ、というのが記事を拝読した感想です
自分は八年前に英国で初めて「七人の侍」を観ました。まず馬についてですが、この時代には実在しなかったサラブレッドを使っているということについては、当時の撮影に拘わった野上照代氏の「天気待ち」や黒澤氏自身の著作やインタヴューでも「この時代の馬はもっと小さかった」と述べられてます。
そもそも「百姓が侍を雇う」という、時代柄有り得もしない発想が功を得たと、シナリオを書いた橋本忍氏が述べていますが、そういう作品に時代考証を求める人って大丈夫なのか?と思いました。
「七人の侍」以外の黒澤映画で、撮影上多くの馬が必要な場合、喧嘩にならないよう雌馬ばかりを揃え、それでも足りず、足した牡馬たちを去勢して使用したこともあったようです(因みに彼ら…彼女ら?は撮影後、一頭残らず牧場などに終の棲家を見つけ得たそうです)。
そのような特別な処置を、貴重な木曽馬に出来たと思えません。

動きに迫力が欲しい為、わざわざ撮影現場で新規調教した馬を使ったり、馬の声が物足りないので、発情したオスのいななきを録音して利用したり、全て種明かしされているもので、少しでも「時代資料」としてではなく「映画」として「七人の侍」を調べた人間なら、この程度は誰もが持ってる知識です。
時代考証を言い出せば「用心棒」では卯之吉がピストルを持ち、スカーフを締めてますよ。
黒澤氏は「時代には合わせてないよ、西部劇の決闘シーンを意識してそうしたんだよ」とインタビューで笑ってました。

普通は、勝目なしとおもえば、残り大勢は逃げるんじゃないかなあ。…これ、逆でしょう。
野武士は「俺たちの方が百姓みてえな水っ腹で…」の台詞で解る通り、めちゃくちゃに飢えています。農民たちと違い食糧備蓄もない。改めて他の村を襲おうにも人数不足、酷い飢餓と疲れから仲間割れも起きている。籠城など出来るわけがないんです。
スタコラ逃げられるのは金そのものが目的であるうちだけ。餓死が絡めば、例え人間じゃなくても、やけくそで攻撃してきます。
バンザイ攻撃も特攻も、旧日本軍も余裕があるうちはやってません。戦局が変わり敗戦色濃厚になり、食糧自給力が低い為に飢え、経済封鎖で石油も金属も切らし、兵士も丙種まで狩り出すようになって始めた戦法です。
これは米国も認めており、だから戦後は日本の食糧自給率を上げるために、真っ先に農業に梃を入れたのです。

ラストで百姓娘が若侍を避けていた場面や、種子島に命中した者が悉く死んだ(特に剣客として無敵だったはずの久蔵が銃で倒れた)場面は、一緒に観た英国人の方が、あなたよりも作品内に書かれたメッセージを理解していました。

娘に誘惑される若侍勝四郎は、親の反対を振り切って武士を目指してきた郷士の息子、つまり本来は良家の跡目だったお坊ちゃんという設定です(黒澤氏は一人一人の侍に全て背景を設定している)。野武士に村が荒らされるという特殊なことがなければ、百姓娘が目を合わせることすら許されなかった身分の若者でした。物語の途中でも娘は「お前は侍で、おらは百姓。でも、先でどうなったって構わねえ」と述べている。娘は相手との身分差を弁えた上で、結婚して貰えない(遊ばれて終わりかもしれない)と知りつつ、性的交渉を持ったのです。

映画のラストでは、一瞬だけ二人の目は合い、娘の瞳に眼光が宿りますが(この撮影の為に女優さんが目を傷めたほど、黒澤氏はこの目の光に拘ったそうです)すぐ顔を伏せて駆け出してしまいます。
男の方から求婚でもしてくれない限り、娘の方からは何も言い出せない。娘は「あの晩のことはもう忘れていい」という様子を見せようとしつつ、内心では男からのプロポーズを待ちわびており、男は侍をやめて彼女と一緒になろうか、迷っている場面です。
恐らく若侍は愛する彼女と結婚し、刀を捨てて妻も子もいる平穏な途を生きることになるのだろうことを暗示し、それを百戦錬磨の年上の侍二人が複雑な表情で見ながら「また負け戦だったな。勝ったのは百姓たちだ(侍の時代も終わりだ)」と呟いているのです。若侍は結局、無茶な時代に生きた彼らの後継者にはならず、百姓たちに「取られて」しまうのですから。
侍は今の時代、もう存在しない職種。だが人間が存在する限り、農民が時代遅れの職業になることは決してない。弱いように見えて、何だかんだで強いのは農民。それを象徴的に表した台詞だと思いましたが。

リメイク版「荒野の七人」では、若者は生き残りのガンマン二人に別れを告げ、若者から目を反らして農作業を続ける娘の元へと、歩み寄ります。
「荒野の七人」こそ、メキシコ人を侮辱し、白人を神格化した最悪の映画でしたが、この部分に関しては米国人の方が、あなたよりも黒澤映画を理解していたようですね。

百姓たちが侍たちに「有難うごぜえますだ」と、姿が消え去るまでぺこぺこ土下座をしているシーン、娘が男の胸に飛び込んでゆくシーンの方が良かったでしょうか?
自分は見たくないですね、そんなラスト…

一流の剣士であり、遂に自分では一度も鉄砲を手にしなかった久蔵が射殺された場面もそうで、刀が銃の前に敗北する、つまり武士(刀)の時代が終わりを告げ、銃の時代がいずれ来る、という時代の流れを暗示した演出です。

土砂降りの中の戦いは、時代考証に合わせたのではなく、砂塵舞う西部劇には絶対真似できないことをやりたいという黒澤氏の考えのもとに構成されたものです。

時代考証なんか言い出したら、ハリウッド映画なんか一分も観てられないどころか、西洋の文学、美術表現全部が白人の都合のいいようにしか書かれてない(中世絵画に描かれたアダムとイヴやモーゼが金髪碧眼なのだって、本当は中東の人なのだから、悉く描き換えるしかない)と思うのですが、いやはや無粋な方もいるものだと思いました。
ハンパな教養なんか、ない方が人生楽しく生きられそうです。
由良 (URL) 2018/11/02 Fri 06:30 [ Edit ]
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