2022.04.26 「防衛費2%以上、5年以内」(自民党)だと!
ウクライナ戦争がもたらした「新しい戦争」が見えないのか
―習近平政権の2022年(5)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 自民党安全保障調査会が4月21日に了承した提言案は、防衛費増強に関し「国内総生産(GDP)比2%以上」との水準に言及した上で「5年以内」の達成を目指すとした(4月22日『毎日』)、そうである。
 ウクライナ戦争が始まって2か月余、われわれはこれまでにない身近さで現代戦の恐ろしさを実感すると同時に、それを受け止める側にもある種の新しさが生まれてきたことに気づく。戦争を防ぐ、起こさせない可能性が広がりつつある。ところがそれに気づかないふりをして、すぐに武器や装備を買い増そうというところにしか頭がいかない政治家には無性に腹が立つ。
 この戦争が始まってすぐ、われわれは突然殴りかかった方と殴られた方、双方の代表の顔を間近に、それも頻繁に見ることになった。そしてどちらに理があり、どちらに非があるかもおのずと明らかになった。われわれのいるところと戦場は離れているが、距離の長短は理不尽なものを見る腹立たしさの強弱に影響しない。そこには隣町もウクライナない。
 今度の戦争で世界の総人口の8割くらいはプーチンを嫌い、憎むようになっただろう。そうならなかったのは実態を映した映像を見ることが出来ない人々にほぼ限られるはずだ。その証拠にはウクライナへの援助、それもいわゆる救援物資に限らず、重火器までもが、心理的抵抗なしに提供されている。もっと欲しい、というウクライナの悲鳴も抵抗なく各国に受け入れられている。
 これは大げさに言えば、人類の初体験である、と私は思う。これまで無数の戦争が戦われてきたが、ほとんどの場合、当事者と当事者以外ははっきりと分かれていた。当事者にされた民衆も自分の所属するサイドによってくっきりと敵味方に分かれ、多くはそれをうたがわなかった。
 反戦運動というものは勿論あったが、それは当事者の内部にいて、「味方」の戦争目的に賛成できないいわば「反乱分子」の行為であった。広く第三者が戦争の一方を非として、是とする側を物心両面で応援しているのが今回の戦争である。
 これは今後、一国の防衛政策にも当然反映されるべきものと私は考える。現行の防衛思想は一国で武器を整え、兵を養うのが基本である。日米安保条約のような同盟関係はあくまで一国単位の防衛思想を複数国に拡大したものに過ぎないが、今後はなるべく多数の国の参加を求めて、戦争が起きた場合、それぞれの国民が是非を判断して、是とする側を応援し、非とする側に戦闘をやめるよう働きかけるべき、である。
 このやり方は一見、非常識で実行不能に見えるかもしれないが、開戦前に国内外の世論の支持を得なければならないから、少数の政治家や軍人の独断による戦争が避けられる。それに国際的に支持を得られない開戦は圧倒的に不利な戦いになることが明らかであるから、容易に戦争を「国際紛争解決の手段」とすることが出来なくなるという利点がある。
 ウクライナの戦争ですぐ防衛費倍増(2%へ)という発想そのものが、戦争の悲劇を招くと言っても過言ではないと私は考える。
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 習近平政権の2022年を考える、と言いながら、なぜ戦争抑止の話を持ち出したか。じつは今年、台湾海峡が本当に危ないと私は考えていて、習近平にとっては、ウクライナ戦争は「台湾海峡の前座」といった位置づけだろうと思うからである。
 2月4日、冬季五輪のために北京を訪れたロシアのプーチン大統領は中国の習近平主席と歴史に残る会談をした。会談後、両国の固い協力関係を謳った共同声明が発表されたが、ロシアのウクライナ侵攻後は、この会談でプーチンは習近平に「ウクライナの武力統一」計画を話したかどうかが話題になった。
 私は100%話したと思う。その中身はよく言われるように「電撃作戦でウクライナの現政権を倒し、傀儡政権を建てて、それと統一協定を結ぶ」といったものであろうと推測する。そしてプーチンから習近平に出した条件は「最後までロシアを支持すること。その代わり、中国が台湾統一の行動にのり出した時は最後まで支持する」というものであったろう。
 なぜか。2人とも似たような状況にあるからである。プーチンは2024年に通算5期目を目指す大統領選挙に勝たねばならない。習近平も今秋の中国共産党大会で前例のない3期目の総書記に当選し、そのまま来春の全国人民代表大会で国家主席に留任したいからである。
 プーチンにとっては、2014年にクリミア半島をウクライナから力づくで奪い取った時の国民の熱狂が忘れられないだろうし、習近平にとっては今秋に備えて昨年から「共同富裕」をはじめ、さまざまな「刺激策」を打ち出してみたものの、さっぱり効果がないので、今年、一気に台湾統一が出来ればこれに勝る特効薬はない。
 しかし、プーチンのウクライナ戦略は軍事的にはともかく、侵攻によってプーチン自身の世界的イメージは地に落ちた。そのことをロシアの国民は今はまだよくわかっていないとしても、いずれは知れ渡る。それを知れば、習近平もおいそれと台湾海峡を戦場にすることはできないはずだ。とくに今回、ウクライナへ多数の国から武器支援が行われたように、台湾が国際的に同情を集めるような事態にでもなれば、習近平の評価は中国で地に落ちる。無選挙でトップの座に居座り続けるわけにはいかないだろう。一国で武器を増やすよりも、理不尽な現状変更には被害国に武器を支援する国際的申し合わせをなるべく多くの国と作ることで、野心家の手を縛ることが、これからの安全保障だろう。
 習近平はプーチンとの約束を守って、ロシアのウクライナ侵攻そのものに対して、いまだに一言も批判、非難の類いを口にしない。そこで最近は昔を思い出したように、ウクライナでも「アメリカ帝国主義が諸悪の根源」のようなとんちんかんな論議を始めている。
 戦争に世界の「民意」がものを言う世の中になるとすれば、今年のウクライナの悲劇は世界史に大きく記録されることになるのだが。(220423)

Comment
疑問。戦争を「受け止める側」に生まれた「ある種の新しさ」とは何か。むしろいまメディアにあふれるのは、「敵」を非人間的なものに単純化・一般化して(ロシア人は人間じゃない、「暴露膺懲」)たたこうとする古さの再現ではないか。「すぐに武器や装備を買い増そうというところにしか頭がいかない政治家」に腹を立てながら「重火器までもが、心理的抵抗なしに提供されている。もっと欲しい、というウクライナの悲鳴も抵抗なく各国に受け入れられている」状況を、戦争への反応の「新しさ」としてするとすれば、矛盾がある。その「武器や装備」が今後ウクライナのような国に送られるのはいいことになるのではないか。日米安保を例に挙げ、「今後はなるべく多数の国の参加を求めて」とする。冷戦後のNATOの拡大は、では評価できるのか。きょうの新聞にも「もっと武器を」という大統領のことばを聞きながら、暗澹たる思いである。
関稔 (URL) 2022/04/26 Tue 12:16 [ Edit ]
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