2022.05.14 ウクライナ戦争と憲法九条と専守防衛の間で迷うこと
――八ヶ岳山麓から(374)――

阿部治平 (もと高校教師)

 夏の参議院選挙を前にして国民世論が右傾化し、憲法を擁護する立場の立憲民主党・共産党など革新勢力の後退が危ぶまれている。わたしは、ウクライナ戦争の今、日本の革新勢力が安全保障問題について有権者にわかりやすく説明して支持を拡大するようにとねがっている。

 3月23日のわが国会で行われたウクライナ大統領ゼレンスキー氏の演説に対して、細田・山東衆参両院議長は祖国防衛戦争を戦うウクライナへの連帯を表明した。立憲民主党代表泉健太氏も共産党委員長志位和夫氏もゼレンスキー演説を支持した。志位氏は「ロシアによる侵略と戦争犯罪に対する深い憤りとともに、祖国の独立を守り抜く決意がひしひしと伝わってくる」と述べた(赤旗2022・03・24)。
 4月24日志位氏は、同党の参議院選挙予定候補者会議において、「急迫不正の侵略には、(共産党が参加した)民主的政権として、自衛隊も含めてあらゆる手段を行使して命と主権を守る。自衛隊を活用する」と述べた。ウクライナが自衛戦争をやっているように、急迫不正の侵略には日本も専守防衛戦を戦うべしということである。

 ところが志位氏は同じ会議で「(相手国に対して)通常兵器であれ、核兵器であれ、軍事的抑止力で対応するという立場を私たちは断固拒否する」と発言し、さらに敵基地攻撃能力を備えることにも反対した。「軍事に対して軍事――抑止力で対応する」のではなく、外交に尽力して戦争を避けるという。
 では、外交に尽力しても相手が武力行使の意思を捨てないときは、自衛隊を活用して専守防衛戦をたたかうことにならざるをえない。ところが現代戦では、ゲリラでは(有効な場合もあるが)決定的抵抗力にならない。すくなくとも平時から一定の通常兵器を装備した自衛隊がなければ「急迫不正の侵略」に対処できないことは、現ウクライナ状勢を見ればあきらかである。
 「自衛隊をふくめて……命と主権を守る」ことと「軍事に対して軍事――抑止力では対応しない」ことが両立する理屈を説明してほしい。そうしなかったら有権者を納得させられない。

 2月19日衆議院予算委員会で、立憲民主党の長妻昭氏が「敵基地攻撃」の手段として「相手国の領空内に戦闘機が入って爆撃をする。……これについては(検討の選択肢から)排除するのかしないのか」と質問したのに対し、岸防衛相は「排除しない」と答弁した。
 自民党は4月27日、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えたうえで、さらに指揮統制機能を含む他国領域への打撃能力を保有すること、5年以内に防衛費をGDPの2%以上に増額することを岸田首相に要請した。立憲民主党も共産党も、これこそが憲法9条が禁じた戦争だとして敵基地攻撃能力の保有に反対している。
 では事態が一歩深刻化して、相手がミサイルを日本に向け、それが発射されたら大量の死者が生まれることがわかっていても、敵基地を攻撃することは許されないのか。これは明確な答えが必要な「問い」である。

 この種の「問い」は昔からあったが、安倍晋三氏以前の歴代保守党内閣は、自衛反撃は憲法上は許されるが、敵基地攻撃までの政策は(現実的でないから)とらないという方針だったと記憶する。ところがウクライナ戦争の今日では現実味を帯びてきた。
 ウクライナ軍は、4月中旬ロシア海軍黒海艦隊のミサイル搭載巡洋艦モスクワを地対艦ミサイルで撃沈した。旗艦モスクワはキエフから100キロ以上離れたウクライナの領海外にあった。旗艦モスクワ撃沈は、敵ミサイル基地と指揮統制機能を破壊したことになるが、日本では保守派はもちろん革新勢力もこれを支持した。
 では、ウクライナの敵基地攻撃を支持しておきながら、なぜ日本が敵基地攻撃能力を持ってはいけないのか。保守派の宣伝が優越する今、有権者に対して丁寧な説明をしてほしい。
 「憲法9条を守れ」という常套句だけでは、これからの言論戦を競り勝つことはできない。

 現在のウクライナの戦況は、明日の東アジアの安全保障への不安をかきたてずにはおかない。
 共産党の志位氏は先の会議で「日本が攻撃されていないのに、アメリカ軍が軍事行動を始めたら、自衛隊がアメリカ軍と一緒になって『敵基地攻撃』で相手国に攻め込む。その結果戦火を日本に呼び込む。これが日本が直面している最大の現実的な危険だ」と発言した。
 その「最大の現実的な危険」に最も接近しているのは、台湾有事である。
 中国軍による台湾の「武力解放」は差し迫っているわけではない。また外交努力によって回避できるかもしれない。だが、中国国家主席習近平氏らが台湾侵攻をたびたび発言している以上、可能性として考えるべきことである。
 ウクライナ戦争によって、バイデンのアメリカは核大国ロシアの侵略に直接には参戦しないことが明らかになった。だから同じ核大国中国による台湾の「武力解放」でもアメリカが軍事介入しない事態は十分に考えられる。
 だが、ウクライナと台湾とは違うとして、アメリカが直接軍事介入に踏み切ったとき、新安保体制下では自衛隊は何らかの形で「参戦」せざるをえない。日本の参戦によって、沖縄はもちろん佐世保など日本中の軍事基地は中国軍のミサイル攻撃の対象になるだろう。これが志位氏のいう「最大の現実的な危険」である。
 革新勢力が「軍事に対しては軍事で対応しない」という方針を貫き通すならば、台湾海峡の戦争では、ウクライナにおけるオーストリアのように、日本は軍事的中立を保つべしと主張するのがすじだと思う。
 台湾は事実上の独立を維持し民主主義を実現してきた。軍事的中立は、その台湾を見殺しにするという「冷酷な仕打ち」を意味する。日本の安全のためには、それでも仕方ないというのが、「軍事に対しては軍事で対応しない」という論理の行き着くところである。
 だが、これでは有権者の支持を得られないかもしれないとわたしは迷う。皆様はどうお考えだろうか。                  (2022・05・06)


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