2008.12.12
わくわくする時代だぞ!シンポジウム報告
暴論珍説メモ(51)
9日夜、立教大学キャンパスの一角で一つのシンポジウムが開かれた。テーマは「マスメディアと市民メディア 何が伝えられるの?」。われわれの文章もしばしば紹介してくれる「NEWS FOR THE PEOPLE IN JAPAN」、わが「リベラル21」、それに「JAN JAN」など合わせて5団体の共催。私もパネラーとして参加させてもらった。
マスメディアへの疑問と、真実を求める声が高まっているなか、市民メディアへの期待を記者、OB、研究者の方々がわかりやすくお話くださいます――ということで、共同通信社会部の美浦克教氏、弁護士の日隅一雄氏、フリー・レポーターの下村健一氏が私以外のパネラー、コーディネーターは立教大学社会学部の服部孝章教授であった。
最初に主催者を代表して弁護士の梓澤和幸氏が「恐ろしい経済危機の中で1000万人もの新しい貧困層が生まれている現状」において、マスメディアはいかなる役割を果たしているか、果たすべきかと問題を提起して、それに答える形で各パネラーが発言した。
美浦氏は現役記者の立場で現在のマスコミ各社を取り巻く状況を報告し、下村氏は市民メディアの活動振りを語り、また日隅氏は「マスコミはなぜマスゴミと呼ばれるのか」という著書の作者らしい辛らつな批評を展開された。
田畑光永 (ジャーナリスト)
9日夜、立教大学キャンパスの一角で一つのシンポジウムが開かれた。テーマは「マスメディアと市民メディア 何が伝えられるの?」。われわれの文章もしばしば紹介してくれる「NEWS FOR THE PEOPLE IN JAPAN」、わが「リベラル21」、それに「JAN JAN」など合わせて5団体の共催。私もパネラーとして参加させてもらった。
マスメディアへの疑問と、真実を求める声が高まっているなか、市民メディアへの期待を記者、OB、研究者の方々がわかりやすくお話くださいます――ということで、共同通信社会部の美浦克教氏、弁護士の日隅一雄氏、フリー・レポーターの下村健一氏が私以外のパネラー、コーディネーターは立教大学社会学部の服部孝章教授であった。
最初に主催者を代表して弁護士の梓澤和幸氏が「恐ろしい経済危機の中で1000万人もの新しい貧困層が生まれている現状」において、マスメディアはいかなる役割を果たしているか、果たすべきかと問題を提起して、それに答える形で各パネラーが発言した。
美浦氏は現役記者の立場で現在のマスコミ各社を取り巻く状況を報告し、下村氏は市民メディアの活動振りを語り、また日隅氏は「マスコミはなぜマスゴミと呼ばれるのか」という著書の作者らしい辛らつな批評を展開された。
その中で話題になったのは、さきごろ渋谷の麻生首相邸を見学しようと市民有志が渋谷駅から歩き始めたところを警官隊が公務執行妨害で制止行動に出て、3人を逮捕した件で、マスメディアは警察発表だけで記事を書いたが、歩いているだけの人たちを突然警官隊が逮捕し始める模様をビデオに撮っていた人がいて、それをU−TUBEに流したところ、30万ものヒット数があり、それが警察にも影響を与えたという出来事。市民メディアの役割、その限界などをめぐって、参加者を含めて活発な討論が行われた。
私は大要こんな話をした。「今、確かに経済危機だが、だからといってまだ儲けている会社が儲けが減りそうだという理由で、大手を振って首切りを行うのをマスコミが当然のように報道する姿勢は問題だ。非正規切り、新しい貧困にはきちんとした対策を講じさせなければならない。が、同時に現在は胸がわくわくする時代だとも感じている。
私は1960年にTBSに入ったが、あの頃は、世の中は変わる、変えられるという希望があったように思う。しかし、その後の歴史はその希望とは裏腹に一向に変わる気配はなく、一つの道と見られていた社会主義はほとんど地上から消え去って、資本主義、市場万能主義がわが世の春を謳歌する時代が続いた。
ところが、にわかに百年に一度の経済危機だという。これはいよいよ大きな世界的変化の前触れではないか。目の黒いうちにその大変化を見たいと胸をわくわくさせている。
もう一度、1960年に話を戻すと、当時、日米安保条約改定反対のデモ隊が毎日、国会を取り囲んだが、時の岸信介首相は『今、聞こえるのは声ある声だけだ。後楽園球場では大勢が野球をみているではないか。声なき声というのもある。私はそれを聞く』と言った。マスメディアだけが世論をリードしているが、民衆には別の声があるはずだというわけだ。
しかし、今は違う。マスメディアにかかわる人間ばかりでなく、あらゆる人間がインターネットで自分の声を発信できる時代になった。選挙のない中国では、温家宝首相は民意を知るために毎日インターネットを見ているといわれるが、日本の政治家もマスメディア同様に、あるいはそれ以上にインターネットで国民の気持ちを探っているのではないか。
マスメディアと民間メディアがそれぞれの領域で、今、迎えようとしている時代の大変化を促進できるのではないか。胸がわくわくする。」
かなりの雨にもかかわらず、百人ほどの人が最後まで聞いてくれた。ネットでの告知だけでそれだけの人が足を運んでくれたのは、多いと言うべきか、少ないと言うべきかは分からないが、また二度目をやろうということには関係者一同異議はなかった。
私は大要こんな話をした。「今、確かに経済危機だが、だからといってまだ儲けている会社が儲けが減りそうだという理由で、大手を振って首切りを行うのをマスコミが当然のように報道する姿勢は問題だ。非正規切り、新しい貧困にはきちんとした対策を講じさせなければならない。が、同時に現在は胸がわくわくする時代だとも感じている。
私は1960年にTBSに入ったが、あの頃は、世の中は変わる、変えられるという希望があったように思う。しかし、その後の歴史はその希望とは裏腹に一向に変わる気配はなく、一つの道と見られていた社会主義はほとんど地上から消え去って、資本主義、市場万能主義がわが世の春を謳歌する時代が続いた。
ところが、にわかに百年に一度の経済危機だという。これはいよいよ大きな世界的変化の前触れではないか。目の黒いうちにその大変化を見たいと胸をわくわくさせている。
もう一度、1960年に話を戻すと、当時、日米安保条約改定反対のデモ隊が毎日、国会を取り囲んだが、時の岸信介首相は『今、聞こえるのは声ある声だけだ。後楽園球場では大勢が野球をみているではないか。声なき声というのもある。私はそれを聞く』と言った。マスメディアだけが世論をリードしているが、民衆には別の声があるはずだというわけだ。
しかし、今は違う。マスメディアにかかわる人間ばかりでなく、あらゆる人間がインターネットで自分の声を発信できる時代になった。選挙のない中国では、温家宝首相は民意を知るために毎日インターネットを見ているといわれるが、日本の政治家もマスメディア同様に、あるいはそれ以上にインターネットで国民の気持ちを探っているのではないか。
マスメディアと民間メディアがそれぞれの領域で、今、迎えようとしている時代の大変化を促進できるのではないか。胸がわくわくする。」
かなりの雨にもかかわらず、百人ほどの人が最後まで聞いてくれた。ネットでの告知だけでそれだけの人が足を運んでくれたのは、多いと言うべきか、少ないと言うべきかは分からないが、また二度目をやろうということには関係者一同異議はなかった。
Comment
| Home |






私のページ「明日も晴れー大木晴子のページ」
フォーラム(ひろば)にリンクさせていただきました。
記事のタイトルは『「NPJ」第2回勉強会の記録』です。
ありがとうございました。