2022.05.20 中国にまた現れた異論――ロシアの敗北をめぐって
――八ヶ岳山麓から(376)――
                
阿部治平 (もと高校教師)

 中国政府は、このところ対露貿易を拡大して経済的にロシア支援を強化しているように見える。政府系メディアも相変わらずロシア支持、反アメリカ、そしてNATO批判を展開している。
ところが、またまた中国公式筋とは全く異なる言説がネット上に現れた。高玉生氏の「ウクライナ戦争の趨勢と国際秩序に与える影響」である。中国の政府系調査研究機関・中国社会科学院などが内部向けに開いたとみられるオンラインの討論会での発言を著者本人が整理したものだという。
 
 「ウクライナ戦争の趨勢と国際秩序に与える影響」における高玉生氏のプーチンのロシア帝国再建の野望、緒戦の失敗と長期戦の不利といった分析は、すでに紹介した胡偉氏や馮玉軍と共通するものがある(「八ヶ岳山麓から」365・372)。
 高氏は、まずロシアの貧困を旧ソ連時代からの継続と強調し、その貧困ゆえにロシア軍は敗北するとしている。また今後戦争は激しさを増し長期戦になるだろうという。最後にロシア敗北後の国際関係の変化について独自の見解を示す。
 本論文の最後の一行で、高氏は西側によって「民主対専制」の線引きがされ「ロシアなどいくつかの国家が排除される」という。だが、肝心の中国が国際的にどのような位置を占めるかは判断を避けている。
 こうした公式見解とは異なる言説がしばしばネット上に現れるのは、著者あるいはその周辺によるリークは当然だが、習近平政権に何らかの意図があるからかもしれない。
 同時にこの現象は、言論統制のうらでブレーン集団内部では活発な討論が行われていることを示している。

 高玉生氏は、1982年北京大学経済学部世界経済学科修士課程修了。駐ロシア中国大使館参事官、トルクメニスタン大使、ウズベキスタン大使、ウクライナ大使、のち上海協力機構副秘書長を歴任した人物だから、ベテランの外交官であり、ロシアとその周辺国家の専門家といえよう。
 原文は香港の鳳凰網(フェニックスネット (ifeng.com))に5月11日掲載されたが、すぐに削除された。また高氏のほかの発言もみな削除されたという。以下字数の都合で要約を示す。( )内は阿部。

 「ウクライナ戦争の趨勢と国際秩序に与える影響(要約)」

 ロシアとウクライナの戦争は、冷戦後の最も重要な国際的事件であり、冷戦に続く時代を終わらせ、新しい国際秩序を開くものである。
一、この戦争においてロシアは、ますます受動的になっており、すでに敗勢は明らかである。このロシアの失敗の主な理由は何か

第1に、ロシアの貧困。
 ロシアの貧困はソ連解体前の衰退状態を継続したものだが、ロシア支配集団の内外政策の誤りも関連している。プーチンの下での(石油・天然ガス価格上昇による)いわゆるロシアの復興は、いわば虚像であった。ロシアの衰退は、経済・軍事・科学技術・政治・社会など、あらゆる領域で現れ、ロシア軍とその戦力にも深刻なマイナスの影響を及ぼしている。西側の制裁は、この歴史的傾向をより著しいものにした。

第2に、速戦速決の電撃戦に失敗したこと。
 ロシアは軍事超大国にふさわしい経済力がない。そのために毎日数億ドルを費やすハイテク戦争を長期にわたって戦うのは困難である。ロシア軍が貧困ゆえに敗北するといった状態は戦場の至る所で見られ、作戦が一日遅れるごとに負担はそれだけ重くなっている。

第3に、アメリカなどNATO諸国の優位性。
 これは、武器・技術・装備、さらに軍事理論や作戦モデルなどの領域にわたるものである。ロシアの軍事力はウクライナと比べれば優勢だが、ウクライナの頑強な反撃と、西側諸国による巨大で持続的効果的な援助によってすでに相殺されてしまった。

第4に、現代戦がハイブリッド戦争であること。
 これも、軍事・経済・政治・外交・世論・宣伝・機密情報・報道などあらゆる分野を含むものだが、ロシアは戦場だけでなく、(ロシア軍ゲラシモフ参謀総長が提唱したにもかかわらず)これら分野でも劣勢である。だから敗北は必至で、残るはただ時期の問題だけである。

第5に、ロシアが戦争の主導権を失ったこと。
 これによって主要な既得成果を確保したうえで、戦争を速やかに終わらせる望みを失った(ロシアは長期戦に転換せざるを得ない)。

二、この戦争の次の段階におけるウクライナ側の抵抗とその強さは、さらに一段と戦争のレベルを上げる可能性がある

 いうまでもなく、ウクライナとロシア双方の目標が対立しているからだ。ロシアにとって最低限の停戦条件は、クリミアの帰属とウクライナ東部の占領地域を確保することである。だがウクライナはこうした妥協はできない。彼らは戦争によってドンバス地方とクリミアを奪還する決意を固めている。
 アメリカ・NATO・EUは、プーチンを打ち負かそうと決意している。アメリカ大統領国家安全補佐官サリバンは、最近、目標三つを明らかにした。第一は独立と自由のウクライナ、第二は弱まり孤立したロシア、第三は強大で団結し強固な西側の存在である。
 こうした目標を達成するため、アメリカとNATO、EU諸国はウクライナへの援助を拡大し、アメリカ議会は第二次大戦後初めてウクライナ援助のいくつかの法案を通過させた。さらに4月21日の41ヶ国防衛相会議でウクライナへの援助を国際化し制度化した。重要なのは、西側諸国が戦争に直接関与する程度を高め、範囲を拡大したことだ。

三、ウクライナ戦争後、新しい国際秩序はどうなるか

 ウクライナ戦争は、ヤルタ体制と冷戦の残余を完全に終わらせ、世界は新しい国際関係の構造と秩序に向かって動き始める。
ロシアは、ソ連時代の国連安全保障理事会常任理事国と軍事超大国としての地位を継承し、同時に国内政治、経済、社会、文化、イデオロギーなどの分野でも大量の旧ソ連の遺産と影響力を相続した。したがって、ロシアの対外政策は旧ソ連とツアーロシア帝国の混合物である。
 ロシアは、ツアーロシア帝国や旧ソ連の国際的地位と影響力を回復し、既存の国際秩序を打破し、ユーラシア大陸と世界の地政学的な地図を変え、旧ソ連諸国を再結集し、同盟や帝国を復活させることに執着している。
 だから、プーチンはしばしば約束を反故にし、旧ソ連諸国の独立、主権と領土の一体性をまともに認めず、(グルジア戦争・チェチェン戦争のように)頻繁にそれら諸国の領土と主権を侵害してきた。これはユーラシアの平和・安全・安定にとって最大の脅威となっている。
 ウクライナは独立後、特に2000年以降はウクライナ国内の親露・親西側の勢力はほぼ均衡状態で、政権は選挙のたびに交代したが、2014年にロシアがクリミアを併合しウクライナ東部を占領してからは、反露感情が高まり、親露勢力は縮小し、国民の多くはEUとNATOへの加盟を支持するようになった。戦争勃発後は、ウクライナは党派・地域・階層を問わず、一致団結、抗露救国に向かった。
 同時に、ベラルーシを除く旧ソ連諸国は、みなロシア支持を拒絶するようになった。 ロシアの敗北は、旧時代の国土の回復と帝国再建の可能性を完全に失うことを意味する。

四、ウクライナ戦争後の国際秩序の変化に関するいくつかの主な可能性

1. ロシアの国力はさらに衰弱し、重要な国際機関から追放され、国際的地位が著しく低下する可能性がある。
2.ウクライナは、ヨーロッパの家族すなわち西側の一員になる。
3.他の旧ソ連諸国は、程度の差こそあれ脱ロシア化し、国によってはより積極的に西側に接近する可能性がある。
4. 日本とドイツは、第2次世界大戦の敗戦国の束縛から完全に自由となり、軍備を充実させるとともに、さらに政治大国としての地位を積極的に得ようとする。
5.アメリカなど西側諸国は、国連やその他の国際機関の改革を推進する。そしてアメリカと西ヨーロッパは、いわゆる民主・自由のイデオロギーによって線を引き、ロシアなどいくつかの国家をそこから排除するだろう。                      (2022・05・15)
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