2022.06.27  あの時は仕方なかった
        韓国通信NO.699

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 「どうして戦争したの」
 「戦争に反対できなかったの」
  こんな質問をして大人たちを困らせた記憶。無謀な戦争をして負けた。上野駅の戦災孤児と新宿駅ガード下の白衣の傷痍軍人から敗戦のみじめさが伝わってきた。負ける戦争なら、しなければよかったのにと子ども心に思った。
  大人たちは「負けるとは思わなかった」「あの時は仕方なかった」と言い訳したが、そんな情けない言い訳を子どもたちにしたくないと切に思う。
 
<高校の同窓会誌>
 最近送られてきた高校の同窓会誌のある記事が目にとまった。タイトルは「東京電力福島第一原発事故対応の『生き証人』として」。ある卒業生の近況報告だ。
 1972年卒。私の11年後輩である。様々な部門を担当して福島第二原発の所長として3年勤務。本社に転勤した翌年に東日本大震災が発生した。
 「安全神話」で福島県民に嘘をついた後悔の念を拭い去ることができず、「残りの人生は福島に捧げる」決意をした。東電を退職後、償いのために福島に移住、福島復興のために奔走する毎日が続く。原発事故直後、東電の職場は大混乱、多くの社員が将来を悲観して退職していった。高校の一年先輩である広瀬直己社長から優秀な社員の退職を慰留するよう頼まれた。その社員も同じ高校の卒業生である。だが、後輩には東電のために働く意思はない。意気投合して一緒に福島の復興に取り組むことになった。原発事故の事故対応の生き証人として、被害者に寄り添う覚悟が力強く語られている。

 原発事故直後、電力会社への風当たりは強く東電の解体が俎上に上るほどだった。10年以上たった今では国の後押しで「完全復活」の勢いだ。
あの時は仕方なかった

 職場を失いたくない社員の気持ちもわからないではない。だがあれほどの事故を起こした会社の社員が何を感じ、何を考えているのか皆目不明。彼らはかん口令が敷かれたように沈黙を続けた。同窓会誌の小さな記事から人間の苦悩が垣間見えた気がした。
 記事には福島で活躍する二人と広瀬社長が登場するが、実は業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久元東電会長も同窓である。また勝俣氏と同学年には原発をテーマした朗読劇『線量計が鳴る』の公演を続けている俳優中村敦夫氏がいる。私より3年先輩だ。
 三年ほど前に東京の笹塚で朗読劇を見た。体力的な限界がささやかれていた先輩を応援しにでかけた。福島生まれ福島育ちの中村敦夫が政治家として、俳優として行き着いた朗読劇は木枯し紋次郎のセリフ「あっしには 関わりねえ事で ござんす」の真逆、原発の非人間性、原発に潜む不正を暴き世に問うことだった。全国各地で上演を続け、コロナ休演を挟んで100回の公演を目指している。
  「再稼働しねえと飯が食えねえと言い張る人がまだいる。んだら、聞くがね、あんたさえ飯が食えれば、周囲の人間や子孫がどんな目にあっても いいのげ?」― 朗読劇から
 朗読劇のDVD発売中 定価1650円 ネットから購入可
 さらに同窓には原発に厳しい発言を続けている音楽家の坂本龍一がいる。偶然ではあるが母校が「原発銀座」みたいに見えなくもない。坂本は「生き証人として」活動を続けている元東電社員と同学年である。演劇や音楽の世界は眩しいばかりだが、私個人としては東電の中から聞こえてきた声に強く惹かれる。

 <管理社会のなかで>
 子どもから年寄りまで生きづらさを感じる社会。思考を停止すればそのまま流されそうな気配も濃厚だ。会社勤めで経験した緊張と不安とどこか似ている。限りない競争と出口の見えない不安な職場は憲法や労働基準法とは無縁で黙って働くだけの社畜の世界だった。 
 職場の様子は送られてくる社内報以外に手掛かりはない。カタカナ言葉で溢れ、「コンプライアンス」(法律順守)、SDGs(持続可能な開発目標)」を看板に掲げる一方で「もうかる銀行」への執念が伝わる。ものわかりの良さそうな役員と明るい表情の社員たちから職場の実態は見えない。時間外労働は多いのか、手当はきちんと払われているのか、休暇は取れるのか、コース別選択による男女差別賃金は改善されたのか。不都合な真実が隠されていないか、人生を楽しんでいるのか。
 東電に話をもどそう。
 原発事故の被害を一番わかっているはずの東電の社員が沈黙を続け原発にしがみつく姿は不気味だ。進んで企業責任を認め、自然エネルギーへの転換を主張してもよさそうだがそんな話はない。彼らは自分の頭で考えない管理された優秀なロボットに過ぎない。
 1970年代、東京電力で思想信条の自由をめぐる事件が法廷で争われたことがある。社員の思想傾向を嗅ぎ当てた東京電力は165人の社員を差別した。和解によって決着したが、かつての東京電力が行った自由にモノが言えない、言わない社会が日本中に広がっているように見える。生きづらい社会の到来である。
 ウクライナ戦争を奇貨として原発の稼働、軍備増強、核保有と先制攻撃、改憲が世論となった。だが目を凝らし、耳を澄ませば、流されず発言し行動する人たちの存在が見えだしたのも事実だ。同窓会誌で発見した元東電社員もその一例と言える。安倍、菅に比べると岸田首相のほうが「まし」という理由で支持する人が結構いるらしい。この人たちには棄権してもらいたい(そんな発言をした首相がいた)。争点なき参院選挙などと言い出したマスコミはどこに目を付けているのか。「お前の目は節穴か」が口癖だった亡父の叱責を思い出す。
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