2022.07.06 二十世紀文学の名作に触れる(32)
 ゴールディングの『蠅の王』――少年漂流物語の体裁で追究する人間の根源悪

横田 喬(作家)

 1983年にノーベル文学賞を受けたイギリスの作家ゴールディングの代表作が表題の『蠅の王』だ。「蠅の王」とは、聖書に出てくる悪魔ベルゼブル(ベルゼバブ)を指す。この作品は、ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』を架空の未来に移して翻案。少年たちの根源悪が生々しく噴出する様(私はプーチン・ロシアのウクライナに対する蛮行を想起した)を衝撃的に描いた問題作だ。新潮文庫(平井正穂:訳)版を基に概要を紹介してみたい。

 金髪の逞しい少年ラーフは南太平洋の孤島の浜辺で、似たような年頃で太っちょ・近眼のピギー(豚ちゃん)と出くわす。(原爆投下が疑われる)近未来の第三次世界大戦の最中、イギリスから疎開する少年たちを乗せた飛行機が敵の攻撃を受け、島に不時着したのだ。
 海岸は辺り一面椰子の木で覆われ、酷熱が漂っていた。ラーフは十二歳と数か月、両肩の幅や頑丈さは、将来,ボクサーになれそうだった。沖合に珊瑚礁が広がり、円弧を描く珊瑚に囲まれた礁湖が静まり返る。泳ぎの得意なラーフは礁湖の底からクリーム色の大きな法螺貝を拾い出す。吹く要領がわかった彼は深い、つんざくような音を辺り一面に響き渡らす。

 音は椰子の木陰に轟き、鬱蒼たる森の中へと広がってゆく。鳥が黒雲のように梢から飛び立ち、得体の知れぬものが叢の下でキーキー鳴いて逃げていった。六歳位の少年が椰子の木の間から姿を現す。金髪で、衣類は破れ、こちらの高台の方へとことこ歩いてくる。生ける印が砂浜一帯にはっきり現れ、多くの少年たちが酷熱の砂地を蹴って、近づきつつあった。
 ピギーは集まった子供たちの間を動き回り、名前を訊いて暗記しようと渋面をつくっている。子供たちは、ピギーの言いつけに素直に従った。ある者は裸になって衣類を手に抱え、学校の制服を半ば着て半ば脱いでいる者も。頭の髪も、褐色あり、金髪あり、黒髪あり、栗色あり、鼠色あり。ぶつぶつ言う者、囁いている者、何か思案している者、各人各様だ。最後の二人は双生子のサムとエリック。ずんぐりとした元気いっぱいな体つきをしている。

 少し間をおいて、一風変わった服装の少年たちがほぼ二列縦隊で行進して来た。半ズボンやシャツなどを手にぶら下げ、銀のバッジの付いた四角な黒い帽子をかぶっている。体は喉から足首まで、すっぽり黒い外套で覆われていた。左胸には長い銀の十字架が、そして首の所にはハムの紙飾りみたいな襞飾りが付いている。焼けつくような砂浜での汗水たらしての行進で、少年たちの顔は洗い立てのスモモのように真っ赤だった。
 ジャック・メリデューと名乗るリーダーの少年は、独りだけ帽子のバッジが金色。背が高く、瘦せて、骨ばっている。髪の毛は赤く、そばかすだらけの顔は愚かさのない醜悪な容貌を呈していた。傲慢さをさらけ出し、ジャックは「隊長になる」と名乗り出るが、選挙で決めることに一決。挙手の結果、法螺貝を吹いた特別な存在のラーフが隊長と決まり、ジャックの顔は屈辱のため紅潮した。ラーフはジャックが率いる合唱隊の指揮は任す、と約束する。

 ラーフにジャック、そして元気の良さそうな小柄な少年サイモンの三人が島の状況を調べに出発する。少年たちは山へ登る近道を探し、険しい登攀に挑む。崖を登り、かなり広闊な森の中へ出る。さらに山腹の窪地を越え、四角な山頂を極めた。青い花が咲き乱れ、一帯は蝶々の群れでいっぱい。島は舟の形をしていて、無人島らしかった。森の中で一か所、裂け目が見え、何かが引きずられた跡があり、飛行機の不時着した所らしかった。帰路、三人は森の入り口付近でつる草に絡まれ、キーキー悲鳴を上げている仔豚を見かける。

 ラーフは高台に少年たちを集合させ、今後の事を諮る。みんなで山の頂上に登り、薪用に枯れ木を引っ張り上げる。ピギーの眼鏡のレンズを利用して薪に点火し、ラーフは言った。
 ――狼煙をしょっちゅう上げていれば、大人たちが救助にやってきてくれるに違いない。いつかは救助されると思う。ただ(しばらくは)待っている必要がある。
 それから少し経ち、ラーフが水平線を見つめ、「煙だ!煙だ!」と叫ぶ。煙の下には煙突とおぼしき小さな点があった。サイモンとピギーは山頂を見上げる。火は消えていて、煙の跡かたもなく、狼煙の番人たちの姿もない。ラーフは狼狽し、地団駄ふんだ。
 ――畜生!狼煙を消しやがって!
 任務を放擲した狼煙の番人たちは隊伍を整え、豚の死体を担いで帰還する。顔を隈取したジャックが槍を高々と掲げ、意気揚々と叫ぶ。「どうだい!豚をしとめたんだぞ」。ラーフが詰る。「君たち、火を消してたじゃないか」「船が沖を通ったのだぞ」。ジャックは言い返す。「ぼくがみんなに肉を食べさせてやったんだ」「海辺近くで取り囲み、僕が喉をかき切った」。

 小柄な瘦せた少年サイモンは、独りで森の中へ入った。やがて棒切れの先に晒首になった豚の頭と対面する。黒山のように蠅がたかり、ぶんぶんと鋸の唸っているような音をたてていた。面前には蠅の王が棒切れの上に晒され、静まり返り、にやにや笑っていた。サイモンは絶望的になり、後ろを向く。蠅の王と沈黙の声を通して対話し、体が硬直する。巨大な口の中を覗き込んでいるのに気づき、彼はぶっ倒れ、意識を失ってしまう。
 目を覚ましたサイモンは気を取り直して森の中を進み、パラシュートと絡み合う腐りかけの死骸と遭遇する。みんなに早く伝えねばと気が焦り、山を駆け下りようとよろめき歩く。

 礁湖の方へ伸びている岩場では、ジャックたちが焚火を燃やし、豚肉を炙って宴を開いていた。急に雷鳴が轟き、大粒の雨がばさっばさっと音を立てて、降ってくる。稲妻が閃き、落雷の物凄い音が轟く中、少年たちの詠唱が甲高い調子で響き渡る。「豚を殺せ!ソノ喉ヲ切レ!」「豚を殺せ!ソノ喉ヲ切レ!」。その時、何物かが森の中から這うようにして出てきた。暗闇の中、棒切れが滅多打ちに振り下ろされ、「獣」は必死に這いだし、少年の一団は後を追って殺到する。惨劇の後、なんとサイモンの死骸が浜辺に漂っていた。

 ラーフとピギー、そしてサムにエリックの四人は隊伍をととのえ、城岩に立て籠るジャックら一味を訪ねる。奪われたピギーの眼鏡を返させる必要があったからだ。「泥棒!」と詰られ、ジャックは槍で激しく突いてき、ラーフが応戦。ジャックの指示でサムとエリックが一味に縛られてしまう。ロジャーが錯乱し、梃子を使い、絶壁の上の赤い大岩を落下させる。
 岩は顎から膝にかけ、掠めるようにしてピギーの体に衝突した。彼は四十㌳下へ墜落し、四角な赤い岩の上に仰向けに落下。頭が割れ、中身が飛び出し、真っ赤になった。ジャックがラーフに向かい、狂ったように喚く。「どうだ。君には一人も部下はいない」。はっきり殺意を込め、凄まじい勢いで槍を投げ、恐怖を感じたラーフは一目散に森の方へ逃げ出す。

 ラーフは果樹地帯へ出て、意地汚いくらい貪り食った。樹影の下にうずくまり、しみじみと自分の孤独をかみしめた。「さ、持ち上げろ!よいしょ!よいしょ!」。城岩の頂上から赤い大岩が持ち上げられ、落下。ラーフは弾き出され、枝にぶっつけられた。ぱちぱちいう音がし、煙が白と黄の筋となって、忍び込んでくる。ラーフは一目散に駈け、鬱蒼たるジャングルの中へ飛び込む。槍を握る追手は包囲線を狭め、激しい火勢を背に身近に迫ってくる。

 絶望的な恐怖に苛まれ、彼は森を駆け抜け、海辺へと向かった。木の根につまずき、転倒。立ち上がると、軍装に身を固めた1人の海軍士官が砂の上にいる。浜辺にはカッターが引き揚げられ、二人の水兵がいた。士官が笑顔で尋ねる。「君たちの煙が見えたんだよ。戦死者はいないだろうな?」
 ラーフは答えた。「二人だけ死にました」。(サイモンが死んだ。そして、ピギーも。――ジャックのやつが・・・)涙がとめどなく流れ、彼は体を震わせて嗚咽した。悲しみの激しい発作に、彼は身を委せて泣いた。この激情につりこまれて、他の少年たちも体を震わせて嗚咽し始める。士官は、心を動かされ、かなりどぎまぎした。

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