2022.07.04  習近平とNATOの「体制上の挑戦」
      「体制上の挑戦者」と言われた習近平の胸中は
            ―驚き?怒り?冷笑?無視?

                             
田畑光永 (ジャーナリスト)


 6月29日の本ブログで、私は今年の中国共産党の創立記念日、7月1日がどんな行事になるか、習近平がどんな振る舞いに出るかを注目している、と書いた。ロシアのウクライナ侵攻の肩をもったばかりに、世界の世論の少数派に回ってしまったことを彼自身はどう思っているのか、自らこの記念日に明らかにするのが自然だと考えたからである。
 7月1日は香港が中国に返還されて25周年の記念日でもあり、習自身が香港へ赴くという見方もあった一方で、いやそちらは今流行りのオンラインですませて、やはり北京で本人から一言あるのでは、という予測もあった。
 私の見方は後者だった。というのは、プーチンのウクライナへの武力侵攻という、どう見ても理不尽な行為を非難どころか批判もできないところに身を置いた習近平の判断に、いくら総書記だからと言って異論、批判がないはずはないからである。
 たとえば、外交部筆頭副部長(次官)の楽玉成という、ロシア語組の筆頭格で、2月4日の習近平・プーチン会談の後、「中ロの友好に上限はない!」と記者団に言い放って注目された人物が、突如、国家ラジオ・テレビ局の副局長に異動になったとか、あるいは首相の李克強が5月25日にオンラインで開催した経済政策についての講演会に全国の各級幹部が10万人も参加したとか、どことなく曰くがありそうな出来事もあった。だから習近平はおそらく北京でなにか一言あるだろうと思ったのだ。
 結果は、というと、7月1日、習近平は香港へ行って、返還25周年の記念式典に参加し、また新しく就任する李家超行政長官の就任宣誓式にも出席した。勿論、それぞれの場面で発言はしたのだが、ウクライナに触れるような言葉はなかった。
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 なぜそんなことを考えていたかというと、6月30日に北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が採択した今後約10年の指針「戦略懸念」が、ロシアを「欧州・大西洋地域の平和と安定に対するもっとも重大で直接的な脅威」と位置づけたのは当然んとしても、加えて初めて中国を取り上げ「体制上の挑戦をもたらす国」と警戒対象に名指ししたからである。
 この言い方はロシアのような直接的な脅威ということでなく、中国の「強権体質」が他国へも影響することを問題にしているのであろうから、NATO加盟諸国がそれに「懸念」を持ったとしてもそう驚くほどの話ではないかもしれない。
 それにしてもこういうふうに煽られると、冷戦後忘れていた主要国が連合して本格的に戦火を交える「大戦」の時代が再来するような恐怖を覚える。わが国では確かにウクライナ以後、にわかに敵基地攻撃能力だの、防衛費2倍増だの、核共有論だのという言葉が、待ってましたとばかりに政治家の口からポンポン飛び出すようになった。
 一方では平和憲法、非核三原則、専守防衛といった言葉がなにか時代遅れの死語のように影がうすくなり、今、戦いの地であるヨーロッパでのNATOの会議にアジアの日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳までが参加したとなると、なんだか「世界戦争迫る!」と煽られているようで腰が落ち着かなくなる。
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 しかし、ちょっと待ってほしい。こんなことを言っては、たくさんの死者と膨大な被害を蒙っているウクライナの人たちに申し訳ないのだが、今、プーチンがしていることは世界をどうのこうのというような大それた話ではない。彼はウクライナのゼレンスキー大統領をひと睨みして、あるいは頭にごつんと一発くらわして、「お見それしました。子分にしてください」と言わせるのが目的だったはずだ。
 なんのためにそんなことをするかと言えば、国民に「やっぱりプーチンはたいしたもんだ」と思わせたいからだ。2014年にウクライナ領のクリミア半島を強引に併合して、大喝采を浴びたあの経験が忘れられないのだろう。そして2024年の大統領選挙に文句なしの大勝をおさめたいのだ。
 なにしろプーチンは今世紀に入った2000年に大統領に就任して以来、2008~2012年の4年間、憲法の3選禁止規定のためにメドベージェフに席を譲っただけで、12年にあらためて大統領に就いたから、2024年の次回選挙時にはすでに合計20年間も大統領職にあったことになる。さらにそれから6年ないし12年も続けようというのだから、なまじのことでは安泰とはいえないのだろう。
 習近平も状況は似ている。2012年、当時の中国共産党の内規(といえるだろう)に従って、胡錦涛が2期10年で共産党総書記を退き、それを受けて具体的にどういう談合が行われたかはまだ明るみにでていないが、後任に習が選ばれた。そして2017年に無事再選され、2022年、今秋の党大会でハッピー・リタイアメントというのが常識というか決まりというか、になっていた。
 しかし、習はやめたくない。2017年に再選され、残り5年となってから、辞めたくない、辞められないという彼の思いが外からでも見えるほどになった。その理由は推測するしかないのだが、就任1期目に彼が強力に推し進めた「反腐敗」政策の反動におびえているというのが、私の見方だ。
 どういうことか。中國共産党に腐敗が多いのは常識だ。「不反腐亡党(腐敗をなくさなければ中國共産党は滅びる)」という言葉があるが、これには「反腐亡国(腐敗をなくすと、国もなくなる)」という下の句がついて、人口に膾炙していた。「腐敗をなくせば、国中から役人がいなくなる」という意味だ。
 その腐敗に習は立ち向かった。直前まで党政治局常務委員という最高幹部を務めた大物から、中央軍事委員会副主席という軍の制服組のトップを2人までも、さらに前政権の党弁公庁主任という中枢幹部も、という最高級から一般幹部まで無慮数万人から10数万人が失脚した、といわれるくらいの反腐敗旋風を習は巻き起こした。「習近平はなかなかやるじゃないか」、という声がひろがった。しかし、それは盾の一面であった。
 摘発された大小の幹部たちはみな悪いことをしていただろう。が、悪いことをしていた人間はほかにもたくさんいるはずだ。しかし、それを全部摘発することは不可能だ。なにしろ「反腐亡国」なのだから。
 となると、摘発された側は「不公平だ!という憤懣」から逃れられない。オレがやられて、なんでアイツはやられないのだ、と。その「不公平」の被害者の決定に習およびその周辺の権力がまったく無関係だったとも言えないはずだ。
 それを一番よく知っているのは習近平自身だ。だから彼は今の地位を離れるのが恐ろしくてたまらないのだ。習の「反腐敗」で摘発の陣頭指揮を執ったのは王岐山(習の第1期政権で党政治局常務委員)だが、2017年秋の党大会でいったん党の役職から離れ、引退したかに見せかけて、翌年春の全国人民代表大会で国家副主席に復活した。高級幹部の退職年齢の68歳はとうに過ぎていたが、「反腐敗」の執行人をボディガードのいない(か手薄い)ただの引退幹部にするのは危険すぎるための措置と私はにらんでいる。
 ともかくこのところ習近平が打ち出す「政策」は、すべて自分の「三選」に役立てようとするものに見える。「共同富裕」を掲げて、庶民に希望を持たせ、一方では巨利を上げているネット産業には脱税などを理由に巨額の罰金を科す、金持ちの子供が有利となる高額予備校など受験産業をなくす、子供が勉強しないと頭を抱えている親たちのために、子供のネット・ゲームを規制する、はては芸能人のファン・クラブが募金競争を展開して、人気の度合いを競うのをやめさせる・・・など。
 なかにはどういう効果があるのかさっぱり分からない「政策」もあったが(たとえばテレビ・ショッピングの人気プレゼンターの脱税摘発など)、ともかく手を変え品を変えて、習を「庶民の味方」「やり手」というこれまでの中国の指導者にはなかった側面を表に出したりもした。
 しかし、それで習近平人気が高まったか、というと、そう効果的であったようには見えない。その手詰まり感の中で行われたのが、2月の北京冬季五輪であり、その直前のプーチンとの首脳会談であった。
 そして、その場でプーチンはウクライナ侵攻計画を習に明かしたと私は見ている。それを聞いて習は、文字通り耳よりの話と受け取ったはずだ。もし事態がプーチンの計画どおり、ロシア軍の電光石火の「特別軍事行動」でウクライナをロシアの一部に再び取り込むのに成功し、それに対して国際社会もこれといった実力行動に出ることなく、結果を追認するとなれば、手詰まりの台湾海峡にも明るい光が差し込んでくる・・・。
 しかし、その後の経過は見ての通り。まだ最終結果は出ていないが、すくなくともウクライナという独立国を再びロシアが懐に抱え込んでプーチンが21世紀のピョートル大帝を気取るという夢は実現しそうにない。
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 さてそこで、6月30日のNATOの「戦略懸念」である。ロシアを支持した中国を「体制上の挑戦をもたらす国」と位置付けた。これは習にとってははなはだ迷惑千万な話であろう。プーチンがうまくやったら、こっちにもチャンスが回って来るかも、という期待で、プーチンを支持しただけなのに、これではまるで共犯者ではないか、と。
 そこで習近平が見せる可能性のある態度を「驚き」「怒り」「冷笑」「無視」の4タイプのどれかと想像してみたのだが、これもまだ結論がでていない。
 私はプーチンや習近平のために弁解するつもりは毛頭ない。しかし、彼らが「世界」を支配しようと野心を燃え上がらせているとは思えない。プーチンにしても例えばウクライナの次はバルト3国を狙おうとか、習近平も台湾を統一した後、どこか他国の領土を「征服」しようとしているとは思えない。
 彼らが望んでいるのは、国内での自分の地位と権威をできるだけ(できれば終身)長続きさせることだけのはずだ。大雑把な話になるが、この百年ほどの間、中国もロシアも政治が安定していた時期はそう長くない。トップの座をめぐる争いが表面で噴火したことも多いし、表向きは一見平穏に見えても深部では激しい争いが通奏低音のごとく流れているのは常態といってもいいだろう。
 結論を急げば、ウクライナも台湾もプーチンと習近平の自己保身の勲章候補と見られているだけなのだ。中國が台湾は中国の国内問題だから、他国は干渉しないでくれと言い続けるのは本音である。
 それにしては中国は世界のあちこちに手を伸ばして、勢力圏を広げようとしているではないか、と言われるかもしれない。自然資源を手に入れよう、中国の物を買わせようという欲は当然あるだろうが、だからと言って、昔の東西対立の再現のように他国の体制を自分に似たものに変えよう、つまり民主国家を強権主義国に変色させようなどという「野心」はない。せいぜいが援助と引き換えに「習近平礼賛音頭」の一節でも歌ってもらいたいというにすぎない、と私は見ている。
 したがって、実際にミサイルをウクライナに打ち込んだプーチンと、台湾を手に入れるのに力を使っていいものかどうか、逡巡している段階の習近平を一緒にすることはよくない。その意味で今回のNATO首脳会議に日本をはじめアジアの主要国が参加し、「懸念対象」とはいえロシアと中国を並列したのはよくなかった。
 まして日本がその尻馬に乗って、防衛費倍増だの核共有論だのと騒ぐのは、この時期、習近平を喜ばせるだけの愚行である。それは中国を警戒させ、とくに習近平が国民の警戒心をあおり、国内を反民主陣営に結集するのを助けるだけだからである。
 今、必要なのはロシアでも中国でも、その国民が自分の国のトップの行動をこれでいいのかと考え直してくれるように仕向けることである。それにはどんな方法がいいのか、いやそもそも方法は存在するのか、私にはいい答えがないのが残念だが、ともかくプーチンや習近平が「西側がわれわれに攻めかかってくる」と自国民を欺く逆宣伝をするのに都合のいいような材料を与えることは避けてもらいたいものだ。
 


 

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