2022.07.29 中国から見た安倍施政下の安全保障政策
         ――八ヶ岳山麓から(386)――

阿部治平 (もと高校教師)
 
 安倍晋三氏殺害事件の16日前、中国人民日報の国際版「環球時報」に、安倍晋三施政下の安全保障政策の変化の過程を分析した論文「日本が直面する最大の脅威」が現れた(2022・06・22)。
 著者は、清華大学当代国際関係研究院教授の劉江永氏である。劉氏は、1979年北京外語大日本語科卒。中国現代国際関係系研究所研究員、東亜研究室主任を歴任した日本問題の専門家である。
 氏は、「東京はすでに、自衛隊の『専守防衛』厳守でも、平和外交でもなくなった」「日本外交と防衛はなお別物ではあるものの、軍事・安全を離れて日本外交を語ることはできない」とし、特に対中国外交に関してはもはや軍事を抜きには本質や全貌を明らかにできないと結論付けている。

 劉氏は、当然のことながら、この変化を主導した人物は、安倍晋三氏だとする。
 第一、2007年第一次安倍内閣の時、防衛庁を防衛省に昇格させた。
 第二、12年末第二次安倍内閣で、「国家安全保障会議」を成立させて外交と安全を総覧する司令塔とした。そして13年戦後初めて日本の「国家安全保障戦略」を策定した。
 第三、防衛大臣の発言権を一段階上昇させた。これによって日本の外務省と防衛省はほとんど一体となって対外戦略を決定し、運用体制を形成するようになった。
 そして「岸田文雄内閣は、(この路線を引き継いで)22年内に新しい日本国家安全保障戦略・防衛改革大綱・自衛隊中期装備5か年計画を決定する予定である」という。

 劉氏は、今年4月の自民党政調会の「国家安全戦略」が中国を「重大な脅威」と位置付けたことをあげ、日本外交は従来「日米同盟を堅持するとともに、中国との関係改善を求める」という基本路線だったのが、いわゆる「自由で開放されたインド太平洋」戦略に変ったという。
 さらに「国家安全戦略」が、「日米同盟を核心として多くの国家と準軍事同盟を結び、米中対立を利用して、戦後のタブーを突破し、公然と台湾海峡・東シナ海・南シナ海に関与し、軍事的に各国共同して中国を押さえつけようとよびかけた」と指摘している。

 劉氏の議論で注目すべきは、「日本の上述の国家戦略目標の設定は単にアメリカに追随するというものではない」という指摘である。
 2007年に安倍内閣のもとで、「価値観外交」と「自由と繁栄の弧」構想が提起された。16年には安倍氏は中国の「一帯一路」に対抗する、いわゆる「自由で開放されたインド太平洋」戦略を提唱し、17年には、アメリカを誘って中国に対抗する「インド太平洋戦略」を設定した。
 「かくして、今日いわゆる『インド太平洋地域』は、すでにバイデン政権が認定する戦略の核心地帯となった」

 劉氏は、岸田内閣は年内に提起する新国家安全保障戦略で、NATO軍事力の「インド太平洋地域」への進出を提起する可能性がある、中露朝にたいする日米欧の軍事大連盟を打ち立てASEANと韓国をその中に入れようと企んでいると説く。
 「日本は、敵国指揮中枢を攻撃するいわゆる『反撃能力』を保有することを決定し、5年以内に防衛費をGDP比の1.24%から2%に拡大し、さらに憲法の規制を突破しようとしている」
 氏は、これを「日本の国家安全問題全体から言えば、疑いもなく最高のコストであり、低安全の持続しがたい危険な道だ」という。
 「特に日本経済・財政の成長が鈍っている状況で、突然5年先に防衛費を倍増する計画を提起したのは戦後初めての現象である。もしこれによって日本政府の民生面での財政支出が減少するならば、岸田氏が提起するいわゆる「(アベノミクスとはことなる)『新資本主義経済』政策は失敗に帰するであろう」

 氏は、台湾と尖閣諸島(釣魚島)問題について、「日本はアメリカに絶対に追随するというだけではなく、積極的に米中の戦略的対立を利用して漁夫の利を得ようとしている」と判断している。
 「今年に入り、日米首脳あるいは日米濠防衛大臣の共同声明では、幾度も台湾を議題にし、『海峡両岸問題の平和的解決』を望むとした。しかし、日本はいまだいわゆる『平和的解決』は、大陸と台湾の平和的統一を意味するとは明言していない。これでは、『台湾の平和的独立』の意図を隠しているに過ぎないと誰もが考える」
 「日本人の中には米中という第二次大戦の戦勝国が台湾問題で衝突し、両方負けるか損害を出せば日本は漁夫の利を得られると内心期待している者がいる。このような背景のもと、今年以来安倍晋三と蔡英文はテレビ会談を行い、何回も『台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事だ』と称し、アメリカに『(台湾についての)あいまい政策』を改めるよう督促し、アメリカを台湾の戦火に導き入れようと誘っている」

 氏は、尖閣問題では、日本は台湾問題よりもっと積極的にアメリカを共同防衛に抱きこんでいると主張する。帰属問題でアメリカは日中どちらの領土とも言っていないが、日本はアメリカを味方につけようとする一方で、中国にたいしては支配の「困難を知って退く」つまりあきらめさせようとしているというのである。
 「2014年、(釣魚島紛争で)安倍はオバマ米大統領に初めて『日米安保条約』第5条の適用を発言させた。これでアメリカが日本管轄下の領域では日米の共同防衛を認めたことになる。また釣魚島の主権問題ではアメリカに『中立的立場』を間接的に放棄させたもの」と主張している。
 劉氏はまた、このようにもいう。
 「アメリカは日本に同調させられたくはないが、大国権力政治の覇権論理に陥るのは免れがたいし、またこれから抜け出すことも難しい」
 「だから日本を中国牽制の最大の助手として日本と相互利用し、日本の国家戦略転形のために、軍備を拡張させようとしている。アメリカの戦略家はかつて日米同盟は軍国主義復活防止の『瓶の栓』だとしてきたが、実際には日米同盟は鰐の卵だ。日本は内外環境を利用して『戦争のできる軍事大国』へ孵化しようとしている。殻を破って、最終的にはアメリカの戦略への依存を減少させようとしている」

 ここまでの記述では、劉氏はかなり的確に日本の安全保障をめぐる新たな段階への飛躍をとらえているということができよう。特に日本がただアメリカに従属しているというのではなく、自らの意志で行動しはじめているという指摘は重要である。
 ところが安倍内閣が2013年特定秘密保護法を制定し、14年集団的自衛権の行使を閣議決定で可能にし、15年の「日米新ガイドライン」の作成、同じ年いわゆる安保法制を強行採決したことなどがすっぽり抜け落ちている。
 これによって集団的自衛権の行使が一部可能になり、安倍内閣は自衛隊の海外派兵への道を開いた。これは従来の「解釈改憲」と呼ばれた状況を越え、事実上の改憲を行ったに等しいくらいの変化だが、劉氏はどういうわけか言及しない。

 一方、この間の中国人民解放軍の増強はめざましい。空母3隻を建造して、近海海軍から第一列島線を越えた遠洋海軍への脱皮を図っている。それにともない、ソロモン諸島とカンボジアに補給基地を建設するというニュースもある。
 日本への挑発も多発している。昨年10月中露の軍艦各5隻計10隻が1週間にわたって日本列島周辺を一周するという示威行動を行なった。バイデン米大統領の韓日歴訪最終日の今年5月24日には、中露の爆撃機・戦闘機合わせて6機が日・韓両国の防空識別圏に侵入した。さらに7月4日、中国とロシアの軍艦が尖閣諸島付近の海域に相次いで接近した。
 中露だけではない。日米側も南シナ海で軍艦をたびたび遊弋させている。日本が南西諸島に設置する地対艦ミサイルは、中露の共同行動に対抗するものになるだろう。
 こうなると、日米中3国が軍拡のディレンマに陥り、互いに軍事的緊張を高めあっていることは確実である。東アジアは、どこか1国の軍拡だけを批判することはできない状況にある。


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