2009.01.09 官は言うのみ民は聞くのみ
――チベット高原の一隅にて(34)――  

阿部治平 (中国青海省在住、日本語教師)

「文化大革命」末期、国民党独裁下の台湾へ行った。台北の空港につくとそこから台南までいたるところにスローガンがあった。蒋介石は亡くなっていたが、たいていは大陸反攻のスローガンだった。大概忘れたが、「●(草冠に呂)(キョ)に在るを忘る勿れ」というのだけはうろ覚えに覚えている。春秋戦国の時代、燕によって斉が山東半島の●(草冠に呂)に追いつめられ後に反撃する故事からか。
そして1981年はじめて大陸へ行った。上海から南京までの道すがら、町並みは台湾より暗いものの、人民大衆に呼びかけるいろんなスローガンを見て、さすがは漢民族、同文同種だと感心したものである。

青海省西寧盆地周辺の山々には水平の縞模様がついている。斜面に等高線状に溝を掘って、ポプラやマツやモミの仲間を植えたからだ。縞々の間に「封山育林」というスローガンがある。このあとに「用のないもの入るべからず」とあるが、ハイキングに行くのをとがめられたことはない。「封山」は綿羊やヤギが対象でしょうね。
「生態環境を保護し子孫後代に福を作る」
「北山の造林を早め、生態バランスを促進しよう」
という大看板がある。当然の宣伝文句である。しかし、よくよく考えると「生態環境の保護」と「生態バランスの促進」は同じか違うのか。

北山急斜面の優先種はイネ科のハネガヤやシバムギモドキ、ピラカンサによく似た低木の「沙棘」のなかまである。北山の生態環境を元来の生態系に戻そうというのなら、たきぎ取りと放牧をやめれば数年で環境に適応したこれら草木は元に戻る。灌漑なしでも枯れないし、根が深い植物が多いから崖の崩落も防ぐことができる。
ところが北山にも押上げポンプの水道管が山の稜線まで延び、稜線には潅水用タンクがある。大看板を書いた当局のねらいは、水やりを前提にした新たな生態環境を作り出そうということか。とはいえ、植物に水をやるための施設が急斜面のところどころに大小のガリー(溝)を作り、それが裸地拡大のモトになっている。
ところどころ「沙棘」のなかまを切って積んである。植えたポプラやマツやモミなどの邪魔になるからだろうが、急斜面の原住民を追い出しては生態保護が泣く。
新しい生態系を作るとしても、乾燥地帯に「白楊」などポプラのなかまの植樹はよくない。ポプラは根付きもいいし成長も早いが、周囲の植物よりは葉面からの水分の蒸発量が大きいから土地の乾燥化を進める。「白楊」の寿命が短いのは土壌水分が早くなくなるからだとおもう。
なにやら治山治水の努力が裏目、植物への親切が仇になっている感じです。

ところどころ「林区の火遊び放火と同じ」「火の危険を冒す責任は泰山より重い」という立看板がある。だが、山東の名山なんか問題じゃない。焚火のあとが尾根筋のところどころにあった。
さらに「墓で紙を燃やすな」というタテカンもある。これは漢民族向けである。あちらこちらの山の墓地には先祖供養のために「紙銭」を燃やしたあとがあった。
「山に墓を作るな」というのもあった。漢回両民族は墓を山の傾斜地に作る。スローガンをあざ笑うかのように新しい墓がある。風水先生に占ってもらえば山のどこでも墓地にできるのか。官は言うだけ民は聞くだけらしい。

山から下りると、街頭にはおなじみの「人民に貢献しよう」(「為人民服務」)がある。革命以前に毛沢東が中共党員に垂れた教訓だ。この看板は古びて小さい。いまもってこのスローガンの緊急の必要性はありながらも、諸般の事情で無視されて有効性を失い、遠慮しているらしい。
町の通りには昔ながらの一人っ子政策の宣伝がある。「国家の計画産児政策を安定し、ともに調和に満ちた家庭を築こう」というのは胡錦濤の「和諧社会」(調和のとれた社会)を借りてきたものである。「和諧」ということばはいまや社会のいたるところに引用される。解釈はそれぞれのようですよ。
高速道路のトンネルの壁にも赤いペンキで大書したスローガンがあった。
「一人っ子家庭なら満60歳で補助がある。子ども一人でもご心配なく、お上が奨励金をくれるから。息子も娘もみな同じ。良い子を産んでよい子に育てる、これがカギ」
(「独生子女家庭戸 年満60領補助 独生子女請放心 政府発給奨励金 生児生女都一様 優生優育是関鍵」)
韻を踏んでなかなか調子のよいスローガンなのに、翻訳がまずいので原文を書いておきます。
補助金は親が60歳になったらもらえるのか、一人っ子が60歳まで待たないといけないのかちょっとわからない。「ご心配なく」のところは「請放心」だが、そこを誰かが見え隠れにガリガリ削ったあとがある。全部削らないところ、なかなかのセンスの持主とお見受けした。

いま西寧の町にあふれる真新しいスローガンは「衛生」「清潔」である。「西寧は我家、衛生は皆さんで」「文化的な市民となって衛生都市を建設しよう」
 10月になってから掃除夫の街路掃除が頻繁になり、町内会と小学生も文化的市民になってほうきとちりとりを持って道路に出てきた。ほこりの中で何かいってゲラゲラ笑う。かたわらの人に聞くと、
「強衛、強衛、加強衛生」(チアンウェイ、チアンウェイ、ジアチアンウェイション)とのことだった。
「強衛」は青海省党書記の名前である。彼の「国家レベルの衛生都市を建設しよう」という強い意向で街の掃除が始まったからだ。だが、高速道路路脚の側溝は立派なウンコの行列だ。ここまでは「加強衛生」の権威が及ばない。
掃き清められた歩道には早速タンやツバキだ。そこで職場や学校の「やたらに痰を吐く勿れ」という昔ながらの看板もまだまだ有益である。実に習慣の力はおそろしい。

スローガン倒れでなく、ある程度実現されているものもある。
「老人妊婦に席を譲れ」である。わたしもマダラながら白髪頭になったおかげで3、4年前からバスのなかで若者から席を譲られるようになった。はじめはなんだか恥ずかしかった。オリンピックのとき日本の北京特派員が席を譲られ、驚いて記事にしたけれども、日ごろ彼らはバスや地下鉄に乗らないから知らなかっただけの話である。

チベット高原の東部で、いままで見たスローガンのうちもっともインパクトの強いものは、
「地下の武器工場をつぶせ」「銃の密造は厳罰に処す」「秘密工場を摘発し報告せよ」
西寧から3千メートル余の峠を越えて黄河のほとりに出ると、化隆県ジュンカル(群科)郷である。そこかしこにこの種のスローガンがある。回族である。信仰の違いがあって黄河の向こうのチベット人とは犬猿の仲だ。
聞くところによると、この地方では昔から武器の密造が行なわれている。回族軍閥馬歩芳が台湾に逃亡してから、西寧にあった武器工場の工人がジュンカルに移住して技術が普及したという。
道路ぎわの真新しい看板にも家の塀にも武器工場を殲滅する趣旨が大書してあるから、文字通りの地下に設置された工場がいまなお極秘裏に操業しているらしい。
お得意先は多分彼らと仲の悪いチベット人だとおもう。草原の放牧や冬虫夏草をめぐってチベット人同士でドンパチやっているから。
「法治国家」の中国で、小銃やピストル、弾丸などの地下工場がどうしてすべて摘発できないのかわからない。

忘れられないのは、江蘇省の大学の「エイズ予防撲滅週間」である。
キャンパスに、突然赤の地に白抜きで「エイズを予防せよ」「エイズを撲滅せよ」と書いた大きな横断幕が張り巡らされた。中央ビルの前には十数枚の大パネルが並んだ。なかには男女の潰瘍のある性器を大写しにしたものがいくつかある。淋病か梅毒らしい。
そのほかは、講演もなければ宣伝放送もない。上級からいわれるから義理でやってるんだという感じである。
日本人教師のアライさんが怒った。これでは学生は救われない。彼女は教室でエイズの初歩的知識を披露した。学生は性についてまともな話を聞くのははじめてらしく、シーンとして聞いていた。中国では「男女のことは自然にわかる。口に出すものではない」というのが一般的である。
「キスなど単純な接触ではうつらない、注射のときは使い捨ての針を使うこと、セックスのときはコンドームを使うこと、コンドームを嫌がる男は愛情がないのだ」
わたしはそれをあとで聞いて感動したものだった。
この大学では、環境保護などの運動も横断幕が構内の臭気に満ちたどぶ川の上にへんぽんと翻っただけだった。

そうはいっても、日本でも「スローガン倒れ」はいくらでもあるから他人のことは笑えない。とくにいまどきの弱者救済に関しては。

Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack