2024.03.23  トランプ政権の再現はあるか?
  アメリカ大統領選挙を占う

小川 洋(教育研究者)
 

2016年大統領選挙で考えたこと
 2016年11月、トランプ当選の報道があった時、ある語学学校の教室にいた。教師は民主党色の強いハワイ出身で、根っからの民主党支持者であった。ネットで先に情報を知った生徒から選挙結果を聞いた彼女は一瞬絶句し、空を仰いだ。その後、教師を囲んで我々はしばらく議論した。筆者は「日本にとっては必ずしも悪いことではないかもしれない」と述べた。

 当時、トランプ氏は、各国政府が米軍の駐留経費負担を増やさなければ米軍を撤退させる、と主張していた。在日米軍の撤退とまではいかずとも、沖縄を中心とした米軍基地の縮小が期待できるのではないかと考えたからである。
 しかし、周知のとおり安倍政権は、半ば不良在庫として積みあがっていたアメリカ製武器の「爆買い」や、「天皇の即位式はスーパーボール(全米アメリカンフットボールの決勝戦)の100倍面白い」として、天皇・皇后との面会を設定するなど、ひたすらトランプ氏のご機嫌をとる努力をした。アメリカ軍の居座りは続いている。

トランプ氏の挫折体験
 次いで在日米軍基地縮小の期待を持たせたのは、トランプ氏と金正恩氏との3回に渉る直接会談だった。アメリカが朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を承認し国交を樹立すれば、それは朝鮮戦争の終結を意味する。あまり知られていないが、横田基地の他6ヶ所の主要米軍基地には国連旗が掲げられている。休戦中である朝鮮戦争の国連軍基地の位置づけである。朝鮮戦争が正式に終われば、在日米軍を含めた極東米軍の大幅な改編は必至であり、日本政府も全国の基地の見直しを迫られるのである。
 「チビのロケットマン」とか「老いぼれ」など、国家元首同士としては品位を欠く言辞のやり取りをしていた両者が、2018年、突然、直接対話をすることになった。トランプ氏の動機はノーベル平和賞を欲しがったことだ、とする説が説得的である。「アメリカは北朝鮮と60年以上、休戦状態にあるが、これを解決したらノーベル賞ものだ」と囁いた側近がいたのだろう。成算もなく飛びついた。
 
 シンガポール、ハノイ、板門店と3回の会談が行われたものの、繰り返されるほどに成果が見込まれないことが明らかになった。トランプ氏にしてみれば、相手が独裁者であり、お得意の”Deal”(取引)の条件を繰り出せば、不動産取引のように即決で問題を解決できると考えていたのであろう。しかし素人政治家の悲しさで、大げさな舞台を用意したものの、なんの成果も得られないままの幕引きとなった。

トランプ氏の失敗-官僚・軍人のサボタージュ
 David Vineの”BASE NATION-How U.S. Military Bases Abroad Harm America and the World”(2015)を読んだとき、もっとも強い印象を受けたのが、「軍隊は巨大な官僚組織である」という結論だった。軍隊はしばしば軍事的合理性からは理解できない動きをする。軍も官僚組織としての自律性があり、最高司令官(大統領)の命令どおりに動くわけでもない。沖縄・普天間基地の県外移動を公約に掲げた鳩山内閣は、外務官僚から虚偽の報告を与えられて断念させられた疑惑があるように、官僚は組織を守るためには首相さえ騙す。

 アメリカ政府と軍は近年、「台湾危機」を始めとして中国との緊張を高める動きを強めているが、これも朝鮮戦争の終結を見越したうえでの極東軍事態勢の再構築を手探りしていると考えると分かりやすい。軍人も自分が期待する上級ポストが消滅するような事態は避けたい。朝鮮戦争が終結すれば極東のアメリカ軍組織は大幅な改編(縮小)を迫られ、将校たちのキャリア・パス(昇任)が失われることになる。だから基本的には、現状維持が好ましい。
 長く複数の糸が絡み合った朝鮮情勢の解決は、四則計算がやっとのトランプ氏にとって微分積分の知識が必要な問題が出されたようなものだ。軍も国務省官僚も高みの見物を決め込んでいただろう。トランプ氏はノーベル賞の機会を潰したのは国務省と軍部だと、逆恨みしたはずだ。それが、現在の再選運動のエネルギー源のひとつになっていると思われる。

 トランプ氏は自分が当選した暁には、ワシントンの官僚の総とっかえをすると唱えている。ワシントンでは政権交代のたびに、数千人の高級官僚が代わるといわれるが、トランプ陣営は数万人の規模で代えるとうそぶいている。2016年に発足したトランプ政権では、最後まで省庁の上級ポストの多くが埋まらなかった。トランプのような何を言い出すか分からない人物の下で働くぐらいなら、民間の仕事を探すという官僚が多かったのだろう。

 トランプ氏が政権復帰したとしても、この構図は変わらない。彼が当選したとしても、大統領権限で直ぐにできる国際組織からの脱退などは実行に移されるだろうが、議会対策が必要な案件、また複雑な外交交渉や手続きを必要とする案件は、いくら官僚を代えてみたところで、スムーズに実現できるものではない。数万人といえば部長・課長クラスまでになろう。万一実現しても、そのような俄か仕立ての官僚組織が機能するわけがない。

バイデン再選か? 箍の外れたトランプ氏の暴言
 トランプ氏が何を言おうと誰も驚かなくなっているのだが、共和党の大統領候補指名を確実にした直後の3月16日のオハイオ州の集会での演説は、高揚感もあったのだろうが驚くべきものだった。
 第一に、2021年1月6日の議会襲撃事件で有罪となって収監されている者(最高22年の禁固刑)を念頭に、彼らは「真の愛国者だ」、「不当に扱われている」、「彼らは人質になっている」などと、事件を全面的に正当化した。トランプ氏が「hostages」の語を使ったことから、大統領に復帰した際には、彼らに恩赦を与えて釈放する意図が示された。この事件では、事後の自殺も含めて4人の警察官が死亡し、暴動に参加した側にも数人の死者が出ている。トランプ氏本人も暴動を扇動したとして刑事訴追されている。
 この発言はヒトラーの1923年のミュンヘン一揆と呼ばれるクーデター未遂事件を想起させる。ヒトラーのデモ隊に銃撃が加えられ、19人が死亡した(うち3人名は警官)事件である。ヒトラーは政権獲得後、この時の死者たちを「殉教者」として称え、毎年、大々的に追悼行事を実施した。トランプ氏のこの発言は、大統領になったら彼はヒトラーのような独裁権力を掌握しようとしているという印象を与えた。ナチスの歴史を知る市民にとっては、聞くに堪えない暴言である。
 
 第二にトランプ氏は、メキシコ国境からの不法入国者を念頭に、彼らを「animal」と呼び、人格を否定した。ナチスがユダヤ人たちを動物扱いしたことを思い起こさせるおぞましい言葉遣いである。

 第三に今年11月の選挙で自分が当選しなかったら、「流血の大惨事(bloodbath)」が起きるだろうと、二回も繰り返したのである。もし落選という結果となったら、それは不正選挙であり、21年に起きたような暴動が各地で発生すると威嚇するものと受け止められた。
 
 一連の発言は、即興で飛び出したのではなく、プロンプター(原稿表示装置)を脇に置いた演説のなかで出たものだ。原稿は選挙参謀たちが用意したものに違いない。聴衆の反応を計りながら今後も過激な発言を繰り返す可能性が高い。選挙まであと7ヶ月ある。このような発言はコアの支持者の支持を固める効果はあるだろうが、穏健な共和党支持者の気持ちは離れていく。その結果は81歳のバイデン氏の再選となるだろう。もしトランプ氏が再選された場合、一度目も喜劇だったが、二度目は馬鹿馬鹿しさに輪かけた喜劇になるほかない。

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