2024.03.26  4年ぶりの全国都道府県学習・教育部長会議で志位議長は何を語ったか、「開拓と苦悩の百年」の党史を強調するだけでは国民の共感を広げられない、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その19)

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
         
 この3月15日、共産党の全国都道府県学習・教育部長会議が4年ぶりで開かれたという(赤旗3月16、21日)。私はこのような会議があること自体を知らなかったので興味深く記事を読んだが、その中の志位発言には強い違和感を覚えた。相前後して、3月19日に行われた田村委員長の日本記者クラブでの記者会見の様子も掲載されたが(赤旗3月20日)、彼女の発言もいささか物足りなかった。加えて、田村委員長の記者会見と志位発言を紹介する紙面に倍以上の開きがあることも気になった(もちろん志位発言の紙面が大きい)。田村委員長は、依然として「表紙」以上の役割を与えられていないのだろうか。

 今回の会議開催の目的は、2月の幹部会が提起した「2月中に党大会決定の討議・具体化を全支部で開始し、3月中に読了でまず5割突破をはかる」という課題を実現するため、実践的な意思統一をはかるためだという。このような会議が開かれること自体、党大会決定の討議がなかなか進まないことの表れであり、3月中旬になっても党大会決定が党員の3分の1に届いていないという事実はかなり深刻だ。何しろ4割を超える党員が赤旗日刊紙を購読していないのだから、党大会決定の周知徹底が上手くいかないのだろう。

 それに、届けても「積読(つんどく)」だけでは意味がないので、「読了」までもっていかなければならない。3月中旬現在、読了はまだ4分の1にも達していないというのだから、これから先が思いやられる。党勢拡大の先頭に立つ先進支部(2~3割)では読了も早いが、残り大多数の支部(7~8割)では支部会議が定期的に開かれていないとか、会議に参加せず党費も納めていない未結集党員がいるとか、それ以前のいろんな難しい事情を抱えているので、党大会決定の周知徹底どころの話ではないからである。

 今から10年前、2014年1月に開かれた第26回党大会では11万9千人の「実態のない党員」が離党者として整理され、党員現勢は40万6千人(2010年1月)から30万5千人(2014年1月)に激減した。現在も党員の4割以上が日刊紙を購読していないので、これに党費未払いと会議不参加のケースを加えると、「実態のない党員」は半数を超えているかもしれない。だが、これらを全て離党者として整理するとなると、党は「骨と皮」だけになってしまう。いくら何でもこれほどの荒療治は無理なので、学習・教育活動によって党員を鍛え直すことになったのだろう。そこで「4年ぶり」に全国都道府県学習・教育部長会議が開かれたのである。

 この会議がどれだけ重視されているかというと、志位議長や山下副委員長(党建設委員会責任者)などの党中央幹部が直々に参加していることでもわかる。志位議長は討論のあとの発言で「どういう党をつくるか」という角度から党大会決定の徹底、学習・教育活動の根本的な意義を語り、以下のような「三つの合言葉」を提唱した。
 ―― 一つ目は「どんな困難にも負けない党になろう」です。日本共産党の歴史には順風満帆な時期はひと時もない。つねに迫害や攻撃に抗しながら自らを鍛え、成長させ、新たな時代を開く――私たちはこれを『階級闘争の弁証法』=『政治対決の弁証法』と呼んでいますが、そうした開拓と苦悩の100年でした。
 ――戦前・戦後の党のリーダーだった宮本顕治さんが1975年の論考「知を力にして」において、小林多喜二ら戦前の党員が厳しい弾圧に屈せず、苦難の道を昂然と選ぶことができたのは、「資本主義社会から社会主義社会への必然的な変革の理論的展望を法則的に示す科学的社会主義の理論への確信、侵略戦争と天皇制の専制支配に反対して民主的日本への道を開く党の歴史的使命を、自己の血肉にしていたからです」と述べた一節は今も胸を打つものです。戦前の党員の伊藤千代子さんが獄中でも『資本論』を離さず、情熱的に学び続けていたことも、時代は異なりますが、理論的確信によって困難に負けない党をつくることは、いま特別に強調されなければなりません。

 一連の志位発言の台本になっているのは、2023年7月25日の記者会見「『日本共産党の百年』の発表にあたって」である(赤旗7月26日)。志位委員長は記者会見で、百年史は「党創立百年の地点で、わが党が到達した政治的・理論的・組織的到達点を踏まえて、百年の歴史の全体を振り返り叙述したもの」と述べ、この百年は「開拓と苦悩の百年」であり、『百年史』ではそのことが浮き彫りになるような構成と叙述となるよう努めたと力説している。冒頭の第1章では、早逝した女性党員4人の顔写真を掲載し、「わが党の戦前史は、党創立のはじめから天皇制権力によるくりかえしの迫害や弾圧を受け、それを命がけで抗しながら、自らの路線、理論、運動、組織を発展させていった、文字通りの開拓と苦悩の歴史であります」と強調した。

 これまでの『五十年史』『七十年史』『八十年史』は、いずれも当時の過酷な政治情勢や党活動への厳しい弾圧・迫害状況を述べているが、その論調は歴史的事実を客観的に叙述することに重点が置かれていて、今回のような情念の籠った書き方にはなっていない。しかし、志位委員長肝いりで書かれた『百年史』は、党創立百年という歴史的節目を意識したのか、それとも現在の党の現状に苦悩しているのか、その論調を大きく変えて感情的に「開拓と苦悩の百年」をことさらに強調するものとなっているのである。

 言うまでもなく、敗戦によって戦前の天皇制権力は解体され、新憲法の発布によって日本は民主国家への第一歩を踏み出したのである。共産党が政党として公然化されたのも戦後体制の下であり、戦前戦中と戦後では「国のすがた」は根本的に異なっている。敗戦を機に日本の政治情勢は革命的とも言える変化を遂げ、日本は新しく生まれ変わった。だから、これが連続しているかのように見なす考え方は歴史的事実に反するし、歴史観としても間違っている。志位委員長自身も記者質問に答えて、「100年前は、日本は天皇絶対の専制国家でした。国民の基本的人権は事実上ありません。国民は絶えず弾圧と迫害の対象にされてきました。(略)日本軍国主義の敗北によって、天皇絶対の専制国家から、国民主権の民主主義の国に変わった」ことを認めている。

 ところがその一方、党史に関しては、上述したごとく「わが党の百年を振り返ってみて、党が躍進した時期も、困難に直面した時期もさまざまですが、党にとって順風満帆な時期はひと時としてありません。つねにわが党の前進を恐れる勢力からの非難や攻撃にさらされ、それとのたたかいで自らを鍛え、成長させながら、新たな時代を開く――私たちはこれを「階級闘争の弁証法」=「政治対決の弁証法」と呼んでいますが――、そうした開拓と苦悩の百年でした」と、戦前戦中と戦後があたかも連続しているかのような表現になっているのである。

 また、21世紀の現在においても(以前と同じように)支配勢力の激しい反共攻撃が継続しており、「この攻防のプロセスは決着がついておらず、現在進行形で続いています」とも書かれている。この点に関して、記者から「次の100年に向けて、党を継承して発展させていくということが書かれています。反共勢力との攻防のプロセスの渦中にあるということですが、次の100年に向けてこのプロセスをどうやって決着させようと考えていますか」との質問に対して、志位委員長は次のように答えた。
 ――日本共産党は、矛盾に満ちた現状に決して甘んじないで、「もとから変えよう」と言っている党です。この志を変えることはありません。そうである以上、古い政治にしがみつく勢力からすれば、やはり脅威ですから、この攻防はずっと続くと思います。どう決着をつけるということでは、日本共産党が力をつけていく。国民としっかり結びついた、強く大きな党をつくっていく。その力で国政でも地方政治でも躍進をかちとっていく。情勢に即して国民との共同――統一戦線を発展させ、政治を変える多数派をつくっていく、ということによって、次の決着がつけられるんだろうと思っています。

 階級闘争にもとづく政治対決は、階級が消滅しない限りなくならないのかもしれない。しかし、戦前戦中と戦後とでは政治構造が根本的に異なっている以上、その違いを認識できなければ、「現代」という時代に即した政治運動や政党活動を展開することはできない。「日本軍国主義の敗北によって、天皇絶対の専制国家から国民主権の民主主義の国に変わった」という根本的な違いを捨象して、戦後においても戦前戦中と同じような「開拓と苦悩の歴史」が続いていると強調し、あまつさえ「政治対決の弁証法」として普遍化しようとすることは、歴史認識論としても政治運動論としても明らかに間違っているのではないか。戦前戦中と戦後では「政治対決」の性格や様相が決定的に異なっているのであって、それらを同一視することは、戦前戦中の経験が戦後においても通用するとの誤解を生じさせかねないからである。

 また、「階級闘争」と「政治対決」を同義語として並べることは、階級闘争が政治対決の「すべて」であるかのような印象を与えることになり、現代社会における多様で複雑な政治対決の様相を単純化してしまうおそれがある。全ての政治対決は階級闘争に帰着するといった一面的な「基底還元主義」は、おそらく国民の共感を呼ぶことはないだろうし、支持を得ることも難しい。階級が消滅したとしても、社会が多様な階層から構成されている限り政治対決は無くならないだろうし、また無くなることが必ずしも好ましいとは言えない。互いの違いや意見の隔たりを認めながら(リスペクトしながら)活発な論争や政治対決が繰り広げられることは、政治社会を発展させていく日常的契機となり、民主主義を発展させる上でも好ましいことだからである。
 
 志位氏はなぜ、ことさらに「開拓と苦悩の百年」を強調し、「政治対決の弁証法」に固執するのだろうか。それは、「党はなお長期にわたる党勢の後退から前進に転ずることに成功していません」という、否定しがたい現実に直面しているからだ。彼の委員長在任中(23年余)に入党(18万4千人)を4万人近くも上回る大量の離党(22万1千人)が発生じ、(一切認めようとしないが)「長期にわたる党勢後退」の最大の原因になっているからである。そのことが志位氏のトラウマになり、「開拓と苦悩の百年」を力説する心理的背景となっている。志位氏が「強い党づくり」を希求し、「艱難辛苦」「臥薪嘗胆」といった一昔前の古臭い心構えに連なる「開拓と苦悩の百年」をことさらに強調するのは、それゆえなのである。

 しかしながら「長期にわたる党勢後退」が否定しようもない現実である以上、本来ならば原因を抜本的に究明し、新しい方針によって党活動の転換を図るのが筋というものだろう。ところが、志位氏は党創立100年という時点においても「党の理論的・政治的・組織的方針は間違っていない」と断言し、方針の誤りを認めることもなければ、方針を転換することもなかった。そこから生まれた苦肉のシナリオが、「開拓と苦悩の百年」を強調して党の原点である革命的気概を呼び起こし、「どんな困難にも負けない党」をつくることを強調するものだった。志位氏にはそれ以外に方策がなかったからであり、それ以外の発想が生まれようがなかったからであろう。

 だが、こんな時代離れの文句が戦後生まれの党員の心に響くはずがない。私のような戦前世代なら修身教科書にあった文句を思い出すこともできるが、戦後世代にとってはそんな言葉を聞いたこともなければ、その意味を理解することも難しいだろう。さすがの志位氏もこれだけでは拙いと思ったのか、今回の学習・教育活動の合言葉には、第2の言葉として「知的魅力によって国民の共感を広げる党になろう」を、第3の言葉としては「学習・教育によって一人ひとりが成長する党になろう」を付け加えている。

 通常、国民の共感を広げるような知的魅力といえば、現代市民社会における多様な価値観に幅広く対応しながら、人々の理解を広げて共通の認識を導くことのできる「知性=感性と能力」を意味する。しかし志位氏の場合は、「綱領と科学的社会主義の立場に立ち、国民の〝なぜ〟に答え展望を示すことが、党の知的魅力となった国民の共感を広げることになります。大会決定はその宝庫です。人間は進歩的組織とともにあってこそ、人間としての自由を獲得し自己を成長させることができる」――と、全てが党の綱領と大会決定の教宣活動に限定されている。

 志位氏が提唱するこうした学習・教育活動は、結局、人間の全面的発達を党綱領と大会決定の狭い枠に閉じ込め、外部からの批判を全て「反共攻撃」と見なす偏狭な政治意識を育てることにしかならない。そこには社会の批判を柔軟に取り入れながら、それを契機に自らを成長させていくような「開かれた民主的感覚」が育つことは難しいのである。今からでも遅くない。志位氏はもう「開拓と苦悩の百年」を強調することを止め、「明るい開かれた未来」を実現する新たなシナリオを語るべきではないか。

 そんなこともあるのか、田村委員長は3月19日、日本記者クラブで記者会見し、「自民党政治を必ず終わらせ、希望の政治へ時代を動かす」と宣言し、「暮らしでも平和でも希望が見える新しい政治へ」と題して、「暮らしと経済の再生」「憲法9条を生かした外交ビジョン」「ジェンダー平等」の三つの改革を提案した(赤旗3月20日)。このことは、「志位一色」に染められた党の重い空気を変えるための発言とも受け取れるが、「開拓と苦悩の百年」を強調する志位体制の下での実現は容易でないだろう。記者との一問一答では、「自民党への支持率が完全崩壊状況ですが、共産党を含め野党の支持率も上がっていません」との問いに対して、次のように答えるしかなかった。
 ――党の姿を訴えることが圧倒的に足りていないというのが思いです。SNSも含め日本共産党を知らせる活動を独自の努力でしていかなければいけない。「政治は変えられる」「あなたが主権者」「政治に参加することが政治を変える道だ」とのメッセージをあげていきたい。「一緒に変えよう」ということをもっと迫っていきたい。

 共産党の支持率を上げるうえで肝心なことは、田村氏が言うような今のままの「党の姿」を訴えるのではなく、訴えることができるように「党の中身」を変えなければならないということだ。それは「国民を導く党」から「国民と共に生きる党」への劇的な転換である。国民の自覚と成長は支配勢力の攻撃と妨害によってなかなか進まない――といった「上から目線」の認識を改め、国民の批判を謙虚に受け止めながら、国民とともに成長しようとする党への脱皮である。田村委員長がそれをできるかどうかを国民は目を凝らして見ているのであって、それができなければ、共産党の「長期にわたる党勢後退」が加速することはあっても減速することはない。

 今年第100回を迎えた選抜高校野球大会(春の甲子園)の開会式において、選手代表となった青森山田高校主将は、これまでの常套句だった「死力を尽くす」に換えて「全力で楽しむ」という印象的な言葉で宣誓した。若い世代の時代感覚はつねに先に進んでいる。田村委員長は、党活動を「全力で楽しむ」ためにはどうすればいいのか、いまそれを語らなければならない。(つづく)

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