2024.05.07 なぜ中国では習近平賛歌が盛んなのか

           ーー八ヶ岳山麓から(468)ーー
                   
阿部治平 (もと高校教師)
 

 中国経済がコロナ禍からの回復が遅々として進まないなか、メディアによる中国共産党習近平総書記への賞賛の言葉がますます拡大している。

 さきに、タカ派軍人として知られる劉明福・中国軍上級大佐の著書を紹介したが、じつは、その対米強硬発言、台湾武力制圧論は習近平礼賛を伴っている。
 「中国共産党の3人の偉大な領袖は、中国人民を引き連れて中華民族の偉大なる復興を実現し、世界一の富強の国を建設する過程において3つの奇跡を生みだした。毛沢東は天地を切り開いて新中国を建国するという奇跡を実現した。鄧小平は天地を一変させて改革開放を実行して『立ち上がる』から『豊かになる』という奇跡を生みだした。
 そして習近平は天を支えて大地に立ち、14億人の中国人民が『中国の夢』『強軍の夢』の推進のために闘い、そして地球上の80億の人々が人類運命共同体を構築するという『世界の夢』を実現するために奮闘している」
さらに、劉明福はいう。
 「2012年11月8日、第18回共産党大会で習近平時代が始まった瞬間から2049年の新中国建国100年に至る37年間は、輝かしい時代となるだろう。この37年間で「中国の夢」と「強軍の夢」を同時に実現していくのだ」(『中国「軍事強国への夢』文春新書 2020)。

 習近平礼賛は、極端な思想を持つ個人だけではない。メディアも習近平の政治・経済・医療・食料など広い分野の業績を高く持ち上げている。さまざまな習近平礼賛の中で極めつきは、昨年末の中央電視台(CCTV)の「人民の領袖、改革の指導者習近平」と題する番組ではないかと思う。以下、ネッㇳからとびとびに引く。
 「世界中を見渡しても、当今の中国のように、改革を推進できる国は見当たらない。中国の全面的な改革の深化は、10年にわたる道のりを歩んできた。世界注視のなか、新時代の改革指導者である習近平は、重圧にもかかわらず改革を推し進め、国と社会は歴史的な変化を遂げた」
 「習近平は断固とした改革指導者である。『改革開放は現代中国の命運と中国式現代化の成否を左右する重要な一手であり、停滞と後退では活路はない』と述べた。これは、中国と世界の全般的な発展の趨勢を深く考察し、戦略的な活力と先見性を備えた大国の指導者が下した重要な判断である」
 そしてCCTVは、習近平が地方幹部として歴任した河北省正定県・福建省厦門市・福建省寧徳・福建省福州市のほか、省長・党書記などの仕事をした福建省、浙江省での業績を称賛し、さらに、かつて32の貧困県、12万8000の貧困村、1億人近い貧困層があったものを、習近平が指揮して全党と各民族の人民を率いて緻密な貧困削減戦略で8年間の貧困との戦いに勝利したという(23・12・22)。

 まるで堯舜の時代の老百姓のように「日が出りゃはたらき、暮れればねむる。井戸掘りゃ水湧き、田をすきゃみのる。天子のおかげが何あろう」と歌える世が来るといわんばかりである。だが、かりにそうなるとしても、「天子のおかげが何あろう」ではなく、「なんでもかでも天子のおかげだ」と歌わなければならない。
 なぜならば、2023年12月中国国家安全部(日本の旧特高に相当)は、「経済安全保障の防壁を断固として築き上げる」と題した文書を発表し、中国の特色ある社会主義体制を攻撃し、中国経済をおとしめる意図を持つ各種の論調を「国家の経済安全を危害するもの」として徹底的に取り締まると宣言した。習近平にとって不都合な事実は、真実であっても書いてはならぬ。書けば、犯罪として摘発するというのである。
 さらに、中国国家統計局も「全局員が思想・行動の両面で、習近平総書記と党中央との高度な一致を保たなければならない」「数字の公布と解釈を良くし、社会の予測と期待を正しく導く」という工作方針を明らかにした。ありていにいえば、統計に携わるものは習近平に奉仕し、景気不振の数字は出すな、統計はごまかせというのである。

 なぜこういうことになったのか。2012年秋、習近平が胡耀邦の後継者として中国共産党総書記になったとき、中国史上最も脆弱な帝王と呼ぶ人がいた。彼の前任者江沢民と胡錦涛は、当時の最高指導者鄧小平の推挙でその地位に登ったのに、習近平は有力長老の支持を得たわけでもなく、李克強のように評判の秀才でもなく、派閥抗争の中で妥協によって出てきたという経緯がある。
 かれは自分の地位が脆弱であることをよく知っていた。そこで、中共総書記に就任するや、役人の汚職に嫌気がさしている国民の声援を背に、「虎も蠅も叩く」として四川省党書記の薄熙来をはじめ高官の贈収賄・スキャンダルを摘発し、ライバルになりそうな人物を片っ端から追放した。
 その一方、かれは改革・民主の理解者であった父習仲勲とはちがって、言論統制に執着した。リベラルな週刊紙「南方周末」の記事を差し替えさせ、憲政・民主を主張する月刊誌「炎黄春秋」を廃刊に追い込んだ。まもなく国務院総理李克強の権限を削りとって権力を自分に集中させ、香港の「一国二制度」をひねりつぶし、「世界最強の国家」「世界最強の軍」を語り始めた。
 ところが、習近平の政治が始まって間もなく、中国経済は高度成長の時代が終わり、リーマンショック以来の過剰投資のつけが明らかになった。「一帯一路」政策でも問題が解決せず、深刻な不況が始まり、コロナ禍後も回復は遅れ、都市青少年の失業率は15%と高水準にとどまっている。外資は中国市場への投資を減らし、なかには逃げ出すものがある。
 習近平は「共同富裕」をとなえたが、経済格差は依然として大きく、この20年間ジニ係数(社会の所得・資産の分配をしめす指数、0は平等、1に近づくと不平等がたかまる)は、社会不安が起きるという0.4台がつづき、近頃は0.5に近い。
 習近平政権は、若者をはじめ社会全体に不満が広がっているのは百も承知だ。一党支配の正統性を経済の繁栄、軍備の増強に求めてきた中共としては、はなはだ都合が悪い。そこで反スパイ法の強化など言論統制・治安対策を強化した。

 いまにも唐朝の「貞観の治」あるいは清朝の康熙帝後3代にわたる「盛世」がくるかのように習近平をたたえ、毛沢東や鄧小平と並ぶ「偉大な領袖」と持ち上げることも、統計をごまかし、治安対策を強化し、言論を統制することも、ただただ習近平政権の権威を維持、強化するためである。だが、21世紀の中国国民はそれで納得しているだろうか。
 習近平に対する礼賛はかなり長い間つづくだろう。同時に、在外中国人が帰国して行方不明になるとか、中国で働く外国人がスパイとして逮捕されるといった事件は頻発するるだろう。                  (2024・04・30)

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