2009.05.02 日本経済回復楽観のシナリオ
―叶芳和教授の中国デカップリング論―

半澤健市 (元金融機関勤務)

《明るい経済展望はないのか》
07年秋から「リベラル21」で展開している私の世界経済悲観論は変わっていない。09年3月20日の「日本経済最悪のシナリオ」では、早大野口悠紀雄教授による、5%から10%のマイナス成長予想を紹介した。しかし日本経済の実体は更に悪く、OECD(経済開発協力機構)とIMFはともに09年(暦年)に、6%台のGDPマイナスを予想している。1年前なら全国民が仰天する数字だが人々は鈍感になっている。慣れは恐ろしい。

どこかに明るい希望はないのか。それがあるのである。
平成帝京平成大学教授で中国経済に強い叶芳和(かのう・よしかず)氏の論である。叶教授は中国経済が今年の4~6月期にV字型の急回復をするという。「世界同時不況の突破口」と題して、季刊総合誌『現代の理論』(09年春号、4月15日発行、明石書店)に掲載された叶論文に従って、この「明るい見通し」を検証する。
叶教授の主張は三つある。
一つは、中国が「外需依存型経済」ではなく内需による急回復が期待できること。
二つは、世界経済の相互依存関係が激変していること。
三つは、中国回復に引っ張られて日本経済は意外に早い回復に向かうこと。
以下、氏の言い分を紹介する。

《中国経済は外需依存型ではない》
第一。中国は外需依存経済ではない。  
世界不況の影響で輸出依存度の高い中国経済が大きく落ちこむという通説は誤認である。中国の鉄鋼生産は5億トンで日本の5倍だが輸出依存度は10%で日本の30%より小さい。自動車の生産台数は935万台で日本に匹敵するが輸出依存度は1割未満である。これらの中国産業は内需依存型である。むろん、比較優位の軽工業―繊維産業や白物家電など―の輸出依存度は高い。しかしオール中国経済が日本経済以上に「外需依存」型だという「仮説」は当たらない。
世界銀行は、購買力平価で中国のGDPは7兆ドル(07年)と推計している。日本の5兆ドルを上回る。購買力平価で換算すると人民元の価値は2.2倍になるのだ。
それは何を意味するのか。少しのカネ(外貨)で多くのモノが買える。少しのモノを売れば多くのカネが入るということである。この計算で見た輸出依存度は、中国17%、日本16%とほぼ同じになる。GMもトヨタも国内市場を狙って中国進出したのである。それなのに何故、中国は「外向型」経済だというのか。こういうダブルスタンダードの論は感心しない。
現在、中国の不況は、「ホームメイド型」と「米国金融危機」の2種類に分かれる。
前者は過熱経済を冷却する政策から生じたが、リーマンショック以後中国政府は大きく政策を転換した。4兆元(57兆円)を投じる内需振興策の発動である。この総額は大きく、若い中国経済に―たとえば日本経済の昭和40年頃に匹敵―大きな乗数効果が期待できる。4~6月期から中国経済はV字型の復活を示すだろう。

《大きく変貌した世界貿易構造》 
第二.中国経済の急成長により21世紀に入り世界の相互依存関係は激変した。
中・米・日の輸出入の貿易関係の現状は次の通りである。

①貿易総額(07年、単位:億ドル、カッコ内は95年)
 中国と米国 4050 (600)
 中国と日本 3390 (580)
 日本と米国 2120(1920)
②輸出の依存関係(07年、単位:億ドル)
 中国から米国への輸出  3400
 米国から中国への輸出   650
 中国から日本への輸出  1290
 日本から中国への輸出  1100
 日本から米国への輸出  1490
 米国から日本への輸出   630

この貿易数字およびその他の統計から次のことがわかる。
・米中の相互依存関係は著しく高まり、いまや米中関係は日米関係より緊密である。
・日本貿易の対米依存度は24.8%から16.4%に低下した。アジアへの依存度は39.7%から46.8%へと上昇した。特に対中貿易の比重が7.2%から18.1%へと上昇した。いまや日本貿易は対米より対中のほうが大きい。
・日本の対EU貿易依存度は46%から35%に低下した。
・いまや日本はアジアの地域国家的存在になりつつある。
・中国の日本への依存度は大きく低下している。EU向けは拡大している。中国はアジアへの依存度を低下させグローバル化している。日本は中国への依存度を高めている。要約すれば、米中関係の緊密化、日本のアジア地域国家化、中国のグローバル化である。

《中国向け輸出による早期回復の可能性》 
第三.日本国内の不況調整スピードは早く中国向け輸出で回復に向かう。
米国金融危機初期に日本は金融部門の傷が浅く景気後退は軽微だと見られていた。だが気が付けば日本経済は世界最弱である。「外需依存型」経済の弱点が露呈した。この逆V字型落ち込みは悲観材料ではない。企業防衛のために経営者は、「モラルハザード」を伴いながら「ナリ振り」構わず行動している。「100年に一度の危機」は誰もがひれ伏す「葵の御紋」になった。経済の調整スピードは早く、キッカケを掴めば回復は早い。日本経済の景気回復のパターンは一貫して輸出主導型であった。03年からの「長期好況」も結局、米中の好況に依存した輸出による景気回復であった。小泉内閣の「構造改革」が説明要因に入る余地はない。
従って今度も景気回復は輸出主導となるだろう。論文は次のように結ばれる。(中国のV型の回復に)「引っ張られて日本経済も回復に向かう。中国に近いという地の利を得て、〈先進国〉では一番早く回復に向かうであろう。これが唯一の日本の景気回復のシナリオであろう」。

《明るい気分と他力本願の悲しみと》 
以上の長い要約に対する私の一、二の感想を述べる。
一つ。叶教授の「楽観論」の特徴は、中国経済へのほぼ手放しの回復期待である。中国経済の自立力に対する強い信頼である。国内の格差拡大やそれに起因する政治的混乱には言及がない。明るい中国論の欠落点だと思う。
野口教授が対米輸出の崩壊を見て輸出立国への懐疑論へ転じたのと対照的に、対中輸出への期待から日本経済の早期回復を予言する。叶版「デカップリング」(米国経済依存からの脱却)論である。いくつかの危うさにも拘わらず、叶説は一定の説得力をもつと私は感じた。昨今は企業もメデイアもにわかに中国期待論が増えている。(たとえば毎日新聞社『週刊エコノミスト』の09年4月28日号のカバーストーリー「中国一極経済」)。上海のモーターショーはデトロイトの規模を上回ったそうである。
二つ。この10年にみる世界の貿易構造の変貌を我々は十分認識していない。特に日米同盟堅持論者がそうである。貿易構造の変化は自然現象のように起こったのではない。中国と米国の外交、内政の周到な戦略の結果と見るべきである。その間、この国で小渕内閣は何をしてきたのか。森内閣は何をしてきたのか。小泉内閣は何をしてきたのか。安倍内閣は何をしてきたのか。福田内閣は何をしてきたのか。麻生内閣は何をしてきたのか。
麻生太郎首相は靖国神社に真榊を奉納した。中国の反応は「抑制的」なものであると報道されている。上記の貿易構造の変化に照らせば、中国には「歴史認識」を対日外交カードとして納めておく余裕が生まれたのであろう。

叶教授の日中経済回復論は、我々に「明るい希望」とともに、「戦略なき国家」の悲しみを感じさせる。中国専門家の多い「リベラル21」同人の声を聞きたいと思う。

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() 2009/05/06 Wed 09:46 [ Edit ]
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