2007.07.19 lame duck (レームダック)脚の不自由なアヒル 転じて「死に体政権」
伊藤力司 (ジャーナリスト)

こんな言葉が! (12) アメリカで

 このごろ日本の新聞にも、レームダック(死に体政権)という言葉が載ることがある。言わずと知れたアメリカのブッシュ政権を形容する言葉だ。lame duck の文字通りの意味は「脚の不自由なアヒル」だが、政治用語としては「求心力を失ったよたよたの政権」を意味する。

 任期4年のアメリカ大統領は再選までで3選はできないから、最長でも8年で退任する。有能で人気の高い大統領でも、2期目任期の最後の年には求心力を失う。特に任期が残り半年を切ると、レームダック化するのが普通だ。

 アメリカ大統領選挙は4年ごとの11月第1火曜日に行われ、当選者は翌年の1月末に就任する。したがって再選された大統領も2期目の任期が終わる半年前、つまり最後の年の7月頃からレームダックと呼ばれるようになる。

 2004年に再選されたブッシュ大統領の任期は2009年1月までで、残り任期は今から1年半もあるのだが、早くもレームダックと呼ばれ始めた。言うまでもなくイラク政策の失敗で人気を落とし、このところ各メディアで発表される世論調査で支持率がいずれも30%を切っているからだ。

 アメリカの中枢を狙った同時多発テロ「9・11事件」直後の2001年秋、ブッシュ大統領が反テロ戦争を号令、アフガニスタンに侵攻した当時の支持率が90%を超えていたことを想い出すと、まさに天国と地獄の開きだ。

 世論の支持率だけではない。このところブッシュ大統領は、イラク政策を支持してきた与党共和党からも見放され始めている。例えば、上院共和党の重鎮ルーガー議員(前外交委員長)とウォーナー議員(前軍事委員長)の二人が7月13日、イラク駐留米軍の年内撤退開始を大統領に要請することを盛り込んだ法案を準備しているとの声明を発表したことだ。

 昨年の中間選挙で上下両院を制した野党民主党はさる4月、ブッシュ政権がイラク戦費を賄うために提出した約1000億ドルの補正予算案に、来年3月中にイラク駐留米軍を撤退させるとの条件を付けて可決した。ブッシュ大統領は撤退期限付きは受け入れられないと直ちに拒否権を行使、民主党は大統領拒否権を覆すに必要な3分の2以上の賛成票は集められないため、妥協に応じて補正予算を通した。その妥協とは9月中に、米軍撤退が可能になるかどうかを見定めるために、イラクの政治・軍事的改善度を政府が議会に報告するというものだった。

 ブッシュ政権は、2月から開始した3万人の米戦闘部隊増派作戦の成果を見る必要があるとして、問題の先延ばしを図った。そして7月中旬にはペトレアス・イラク駐留米軍司令官とクロッカー・イラク駐在大使から中間報告が届いたが、18項目中改善とされたのは8項目だけだった。

 イラク情勢の泥沼化が深まる中で、共和党内部でもブッシュ政権のイラク政策に批判的な空気が広がっていたのだが、ルーガー、ウォーナー議員のような大物が、米軍撤退の期日設定に動き出したことは重大だ。両議員はイラク戦争開始前、大統領に戦争権限を与える議会決議に賛成した多数派の指導的立場にあった人物だが、開戦後4年余りを経たイラクの現状から、これ以上大統領に追随できないことを鮮明にしたのだ。

 ブッシュ大統領のイラク政策に愛想を尽かしたのは政治家だけではない。これまで大統領支持一本槍だった軍人家族やイラク帰還兵の間にも反戦ムードが広がり始めている。ニューヨーク・タイムズとCBS放送が5月に実施した、軍人と軍人家族を対象にした世論調査によると、イラク戦争はうまく行っていないと答えた人が67%(1年前は53%)、アメリカのイラク侵攻は正しかったと答えた人が半数以下(1年前は半数以上)に落ちたという。

 ニューヨーク・タイムズ電子版(7月16日付)によると、アメリカの軍人家族と帰還兵の反戦運動が広がり始めているという。Military Family Speak Out(軍人家族は発言する)という反戦組織は2002年秋に発足して現在3500家族が参加しているが、うち500家族は今年1月からの新参加者だという。

 こうした軍人家族の反戦運動は全体からすればごく少数派で、ベトナム戦争当時のような大規模な反戦運動ではない。しかしアメリカ国民の68%がブッシュ政権のイラク政策を信用できないと感じている中で、これまでイラク戦争を正しい戦争と信じてきた軍人や軍人家族も離反するのは自然な流れだろう。

 脚の不自由なアヒルの歩く様を想像してみよう。lame duck という言葉はユーモラスでもあり、「死に体」などという即物的な表現よりずっと示唆に富む。早くもレームダックと呼ばれるようになったブッシュ大統領が、あと1年半の間にイラクの失敗を挽回することは至難の業だろう。ウォーターゲート事件で失脚したニクソン大統領は、これまで20世紀以降のアメリカ最低の大統領とされてきたが、ブッシュ大統領こそ最低の大統領になるだろうと予言する声が、一部アメリカの学者から聞かれるようになっている。


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