2009.08.18
極眠老人は怒る
極眠荘主人(エッセイスト)
海抜1300㍍の山中に住み着いて10年余。インドの先哲に倣って「林住期」を体験しているつもりである。「林住期」とはすなわち、学問に励む「学生(がくしょう)期」、家庭を守り子供を育てる「家住期」を終えた人間は、人里離れた林中に住んで瞑想に励み、いずれ訪れる「臨終期」を安心立命の境地で迎える。それが古代から何千年もインドに伝えられた人生の理想だと、いつの日か習い覚えていたからである。
ところが、林の中に住むことは難しくないが、瞑想一途の生活をすることはとても難しい。臍下丹田に力を込めて大きく腹式呼吸を繰り返し、静かに瞑想に入ろうとするのだが凡夫の浅ましさ。瞑想はいつの間にか妄想に代わり、あれこれの妄念が去来する。妄念を散らそうとしているうちに眠くなる。それならばいっそのこと眠ってやろう。眠りから醒めると頭が冴えたような気分になる。そこでもう一度瞑想を試みる。しかしこれぞ凡夫の浅ましさ。再び妄想の世界へ。
それなら、いっそのこと眠りを極めてやろうか。これは瞑想より極めて簡単。「老人性ナントカ睡眠症候群」とやらですぐ眠くなる。いつの間にか眠っているが、これまた「ナントカ症候群」で1時間かそこらで目が覚めてしまう。かつての青春時代、一度眠ったら最低8時間はぐっすり眠れた我が身が懐かしい。用を足してもう一度目をつむる。すると、いつの間にか眠っている。残念ながら眠りは浅いが、何度でも眠れる。そうだ、わが庵を「極眠荘」と名付け、眠りを極めて「林住期」を過ごせばいいではないか。
「そうだ」と、ようやく少し悟った気分になったのに、このところ下界からしきりに雑音が流れてくる。例えば「責任力」の大見出し。「責任」「責任感」「責任能力」は聞いたことがあるが「責任力」とは何なんだ。1ページ広告をつらつら眺めると、つい麻生(アソウ)ではなく阿呆(アホウ)と言いたくなってしまう御仁の率いる政党のコピーであった。戦後64年経つと日本全体がマンガっぽくなって、「責任力」なぞというおかしな新語を、広告ページとはいえ一流全国紙が許すのか。これでは極眠老人も目を覚まして怒らざるを得ないではないか。
新語と言えば、数年前から若者たちが流行らしたという「KY」がある。極眠荘主人も、中学生の孫に教えられて「KY」が「空気読めない人」と教えられて、膝を打った。近頃の若者もなかなかやるではないか。ところが最近では「空気読めない人」だけではなくて「漢字読めない人」のことでもあるそうな。誠にいい歳をしたオッサンが公式の席で「ミゾユウ」(未曾有)とか「ショウセキ」(傷跡)とか読んで、テンとして恥じないのだからわが愛する日本語はどうなってしまうのか心配になってくる。孫たち世代の日本語のことを考えると、さすがの極眠老人も目が冴えてしまうのだ。
それだけではない。極眠老人を怒らせる全ページ広告が先日、事もあろうに日本経済新聞に掲載された。幸福実現党とかいう、宗教法人「幸福の科学」がバックになった新党の広告だった。日経に全国全ページ広告を載せるには何千万円かかるというが、税金のかからない宗教法人は大金持ちだ。だから「幸福の科学」は、値段の高い広告を大新聞に掲載することができる。この宗教法人の資金を基に「9条を廃して北朝鮮に対抗できる核兵器を持つべきだ」と叫ぶ右翼政党が誕生した。とんでもないことだ。
極眠老人をさらに怒らせているのは、第2次世界大戦を知らない世代が日本の4分の3を占めるようになった結果、日本も核戦力を保持して北朝鮮や中国に対抗すべきなどと言う小児病的言論が横行し始めていることだ。明治維新以来150年近く、日本が帝国主義に走って大失敗した歴史を体験した生き証人がまだ生きているというのに、アソウ首相以下のグループは、次世代の日本人に過った歴史を教えるのでなく、日本は有史以来常に正しかったという、インチキ教科書を各地の教育委員会に採択させようと躍起になっている。
その先兵になっているのが松下政経塾で学んだ野郎ども、急遽辞任表明した某横浜市長とか、某杉並区長とかである。明治から大正、昭和にかけて営々辛苦して日本的経営を大成させ、勤勉日本の物造りを代表するパナソニック・ブランドを立ち上げ、松下政経塾を興した松下幸之助翁がこれを知ったらどれだけ嘆くことか。
松下翁に成り代わって言えば、麻生クンといい鳩山クンといい、あれこれのマニフェストを掲げながら、なぜ21世紀の日本が立つべき長期戦略を示せないのか。国内総生産(GDP)世界第2位と言い暮らしてきた日本は、間もなく中国に第2位の座を譲る。麻生クンの祖父吉田茂首相が進めた「軽武装・産業国家」モデルで成功した日本の「GDP第2位」神話は、とうとう寿命が尽きようとしている。この時政権を担おうとする政党にとって最も必要なのは、21世紀の東アジアで生き続けるべき日本の長期戦略である。
それなのに麻生クンも鳩山クンも、日本は中国、韓国、北朝鮮、ロシア、モンゴルなどの隣邦諸国とどういう関係を持つべきなのか、グランド・デザインを示していないのだ。中国、韓国に配慮して、8月15日の靖国参拝を慎んだというだけでは、日本のこれからが隣邦諸国に理解できないだろう。いったい、日本は中国や韓国、北朝鮮とどのようにつきあおうというのか。高速道無料化とか育児手当支給とかより、これからの日本がアジア諸国とともにどう生きようとするのか、その大局を示さない政党に投票するわけに参らないではないか。
かくて極眠老人は眠れず、怒りは高じるばかりである。
極眠老人をさらに怒らせているのは、第2次世界大戦を知らない世代が日本の4分の3を占めるようになった結果、日本も核戦力を保持して北朝鮮や中国に対抗すべきなどと言う小児病的言論が横行し始めていることだ。明治維新以来150年近く、日本が帝国主義に走って大失敗した歴史を体験した生き証人がまだ生きているというのに、アソウ首相以下のグループは、次世代の日本人に過った歴史を教えるのでなく、日本は有史以来常に正しかったという、インチキ教科書を各地の教育委員会に採択させようと躍起になっている。
その先兵になっているのが松下政経塾で学んだ野郎ども、急遽辞任表明した某横浜市長とか、某杉並区長とかである。明治から大正、昭和にかけて営々辛苦して日本的経営を大成させ、勤勉日本の物造りを代表するパナソニック・ブランドを立ち上げ、松下政経塾を興した松下幸之助翁がこれを知ったらどれだけ嘆くことか。
松下翁に成り代わって言えば、麻生クンといい鳩山クンといい、あれこれのマニフェストを掲げながら、なぜ21世紀の日本が立つべき長期戦略を示せないのか。国内総生産(GDP)世界第2位と言い暮らしてきた日本は、間もなく中国に第2位の座を譲る。麻生クンの祖父吉田茂首相が進めた「軽武装・産業国家」モデルで成功した日本の「GDP第2位」神話は、とうとう寿命が尽きようとしている。この時政権を担おうとする政党にとって最も必要なのは、21世紀の東アジアで生き続けるべき日本の長期戦略である。
それなのに麻生クンも鳩山クンも、日本は中国、韓国、北朝鮮、ロシア、モンゴルなどの隣邦諸国とどういう関係を持つべきなのか、グランド・デザインを示していないのだ。中国、韓国に配慮して、8月15日の靖国参拝を慎んだというだけでは、日本のこれからが隣邦諸国に理解できないだろう。いったい、日本は中国や韓国、北朝鮮とどのようにつきあおうというのか。高速道無料化とか育児手当支給とかより、これからの日本がアジア諸国とともにどう生きようとするのか、その大局を示さない政党に投票するわけに参らないではないか。
かくて極眠老人は眠れず、怒りは高じるばかりである。
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