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2017.07.27 「李下=国家戦略特区」に冠を正し、「瓜田=加計学園」に履を納(い)れた安倍首相は、もはや「丁寧なウソ」をつくしかなかった

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 7月24日、25日の衆参予算委員会審議のテレビ中継を断続的に見て、もはや安倍内閣は退場するしかないとの感を一層強くした。「丁寧に説明する」とは「丁寧にウソをつく」ことだったのであり、裏付けのない発言を「性懲りもなく繰り返す」ことだったのである。

 一連の審議を通して、安倍首相が「国家戦略特区=李畑」を利用して加計学園獣医学部新設の申請に対して特別の便宜を図り、一方「加計学園=瓜田」のなかではお友達とのバーベキューパーティーやゴルフを思う存分楽しんでいたことが明らかになった。首相にとっては「瓜田に履を納(い)れず」どころか、「加計瓜田」の中に首まで浸かるズブズブの関係だったのである。

 それにしても、この人物の身勝手さと厚顔ぶりは目に余る。全ての発言が自分に降りかかった国政私物化疑惑を否定することから始まっているのであり、それが全てと言ってもいい。これまで加計学園との関係については「一点の曇りもない」と断言してきたので、今回の審議でもそのための口実や言い訳を「丁寧に説明する」ことになったのだろう。それが、安倍首相が学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を知ったのは「今年1月20日が初めて」というトンデモナイ答弁だったのである。

 国家戦略特区諮問会議の議長は安倍首相自身だ。会議の前には必ず事務方から詳しい事前説明があり、会議進行についての打ち合わせが行われる。首相官邸のホームページによれば、今治市が国家戦略特区に新学部の申請を出したのは2015年6月、翌年1月には今治市が同特区に指定され、11月には国家戦略特区諮問会議が獣医学部新設を認める規制緩和を決定した...とある。自分が議長として決定し、国の公文書としても掲載されている加計学園獣医学部新設計画について、内閣府・文科省・獣医師会など関係者は全て知っていたのに、安倍首相だけが今年1月20日まで知らなかったなどということはあり得ない。同じウソでもう少しましなウソはつけないものか。それともこの期間はすべて海外にでも行っていて知らなかったとでもいうのか。

 しかし、事実は雄弁だ。2015年6月の加計学園の特区申請を契機にして安倍首相と加計学園理事長との会食やゴルフが一段と頻繁になり、2015年から16年にかけての会食やゴルフなどは実に10回を数える。この中には、昭恵夫人がフェイスブックに掲載した安倍首相と加計学園理事長を含む4人組の有名な集合写真もある。すでに「加計瓜田」に首までズブズブに浸かっていた安倍首相には、「腹心の友=加計孝太郎氏」と「加計学園理事長=国家戦略特区利害関係者」との区別がつかなくなっていたのである。昭恵夫人に至っては、もともと「公私」は一体の概念だったのだろう。

 だがここにきてやっと、安倍首相は利害関係者である加計理事長と会食やゴルフを繰り返してきたことや、ご馳走(供応)までしてもらっていたことが明るみに出ることは困ると思い至ったのだろう。大臣規範には「国務大臣等は、国民全体の奉仕者として公共の利益のためにその職務を行い、(中略)廉潔性を保持することとする」と規定し、関係業者から供応接待を受けることを禁じていることを遅れ馳せながら思い出したのだ。

 そこで「大臣規範違反」の疑いを避けるため、安倍首相は、加計学園が国家戦略特区の獣医学部新設に関わっていることを知ったのは、今治市とともに行った申請が決定された「今年1月20日」だったと答弁したのだが、このお粗末極まる答弁は、過去の答弁との矛盾を引き出しただけだった。今年6月16日の参院予算委員会においては、社民党の福島瑞穂議員の質問に対して、安倍首相は「構造改革特区で申請されたことについては承知していた。その後に、私が議長を務める国家戦略特区に申請するとすれば、私の知り得るところになる」と答えている。福島議員はさらに「首相は加計学園が今治市に獣医学部を新設したい意向を知ったのはいつか」と質問主意書を出し、これに対し政府は「第2次安倍政権の2013年、14年、15年の構造改革特区申請に書かれている」と答えている(閣議決定)。安倍首相は「今年1月20日」よりはるか以前の2013年段階では、加計学園獣医学部計画を熟知していたのである。

 国政の最高責任者である首相には、もう少しましな人物を選んでほしかった。安倍首相が国民に与えた教訓は、「李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず」を律することのできる人物が必要だということだ。如何なる内閣改造が行われようと、安倍首相自身が退場しない限り国民の追及が止むことはない。この教訓を噛み締めたのが衆参予算委員会の2日間にわたる国会審議だった。
2017.07.23  「本日休載」
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2017.07.16  「本日休載」

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2017.07.14 モスル解放を祝う!住民復帰と再建は歴史的大事業
ISはバグダディの生死にかかわらず衰退していく

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 イラク第2の都市モスルが、偏狭・残虐なイスラム過激派「イスラム国(IS)」の支配からついに解放された。着の身着のままの女性たち、子供たち、ひげぼうぼうで、中には銃を掲げている市民たちが歓喜する姿を映像で見ながら、「よく生きていたね」「大変だね」と心から思った。
 本欄でも、2014年6月のISによるモスル占領以来、同市の過酷な支配と、シリア国境に近い町シンジャルでの、少数宗教ヤジディ教徒の虐殺、女性の性奴隷化と人身売買について、何回も書いてきた。約200万人の市民が住んでいた、この歴史と文化豊かなイラク第2の都市のIS支配下で、数千人の市民が殺され、約92万人(国連機関統計)が脱出して難民生活を送っている。そして、最後の攻防戦で、市の大半とくにISが多数の住民を人質にしてたてこもった市西部の旧市街は、激しい戦闘と米軍の爆撃でひどく破壊され、がれきの山になった。
 2014年6月、ISの指導者バグダディがモスルの歴史あるモスクで宣言した「イスラム・カリフ(首長)国」は、イラクではモスルを失い、支配地域は中北部の石油都市キルクークに近い一部地域とシリア国境に近い町数か所とその周辺だけ。シリアではISの“首都”だったラッカ市はクルド人主体の反IS・反政府のシリア民主軍に包囲され、支配下にあるのは北部・東部の小都市数カ所を含む砂漠地帯。最後の戦場はイラク・シリア国境地域になりそうだが、イラクでも、シリアでもISからの脱走が増えている。脱走するIS兵士たちのうち、チュニジア人らアラブ人は難民の中に潜り込むこともできるが、欧州諸国出身者らは移民出身であってもすぐ見分けられるという。
 イラク、シリアでのIS壊滅は遠くないとしても、ISはそれで消滅するのではない。ISは、イスラム教徒が多数を占める国―アフガニスタンやシナイ半島(エジプト)、内戦が続くリビア、イエメンなどで、さらにはフィリピンのイスラム教徒にまで手を伸ばし、「イスラム・カリフ国」の拡大に努めてきた。しかし、現地のイスラム過激派との協調や合体はどこでもあまり進んでいない。イラク、シリアとは事情がさまざまに違うのだ。
 イラク、シリアはイスラム教のカリフ制国家の長い歴史を経験してきた。第1次大戦でドイツとともに敗北したカリフ制オスマン・トルコは消滅。その後の英仏支配から両国は独立、やがてどちらも民族主義のバース党が権力を握った。イラクでは少数宗派スンニ派のフセインによる独裁支配がつづいたが、2003年、ブッシュ政権下の米国による「大量破壊兵器」疑惑を掲げたイラク戦争で壊滅。2005年の主権回復に伴う選挙で多数宗派のシーア派主導の政権となり、米軍の治安支援の下、シーア派優遇の政治が始まった。
 これに対し、地下に潜行した旧フセイン政権の軍と支配政党バース党の残存勢力が強力な反米武装闘争を継続。一方で故ビンラディンが組織したアルカイダとつながるイラクの反米イスラム過激派組織も武装闘争を継続。米軍の鎮圧作戦の拡大の中で06年、反米イスラム過激派組織が軍・バース党の残党勢力の一部を吸収して、最高指導者バグダディが現ISの前身組織「イラク・イスラム国」を宣言。2011年の「アラブの春」へのアサド政権の弾圧で内戦状態になったシリアに翌12年、侵攻、組織名を「イスラム国」に改称。反政府勢力の弾圧に全力を注ぐアサド政権軍が手薄となった北東部の油田地帯、イラク国境地域を占領した。14年6月にはイラクに逆侵攻してモスルを占領、バグダディをカリフ(首長)とする政教一致の「イスラム・カリフ国」の樹立を宣言したのだ。
 このようにイラクとシリアで、ISは生まれ、成長し、支配地域を拡げ、「イスラム・カリフ国」を宣言するまでになったのであり、他の国、地域とはイスラム教徒の人口が多くても、条件が異なっている。ISの定着、拡大は容易ではない。イラク、シリアでの縮小で、ISの本拠地からの支援も縮小している。他の国でも同じ道を歩むだろう。
 バグダディがすでに死亡しているとの、情報が多くなった。モスルを占領した直後、同市を象徴するモスクで「カリフ国」設立を世界に向かって宣言したバグダディが、その後、「カリフ」なら当然現れるべき機会にも全く姿を現さず、モスル攻防戦の最後には、ついにISにとって最も重要なはずの歴史的モスクまで、自ら爆破してしまった。いつ死亡したのかは不明だが、後継カリフを名乗れるような宗教的権威を持つ指導者が全くいなくなったことだけは確かだ。ISは衰退していくに違いない。