2014.08.29  やっぱり怖い!農薬類の汚染(全4回)
    その3 悩みが深い化学物質過敏症の人たち

岡田幹治(フリーライター)


◆「シックハウス症候群」とも呼ばれる
 みなさんのまわりに「化学物質過敏症」の人たちはいないだろうか。非常に微量の化学物質に曝露しただけで、さまざまな症状が出てしまう人たちたちである。新築や改築後の建物に入居して発症した場合は「シックハウス症候群」と呼ばれ、学校が原因になった場合は「シックスクール症候群」と呼ばれることもある。

 具体的な症状としては、眼、のど、皮膚が刺激されて苦しくなるほか、頭痛、倦怠(けんたい)感、記憶力・思考力の低下、めまいなど多様な症状が現れる(アレルギーやうつ病の症状と重なりあう場合も多い)。
 原因となるのは「揮発性有機化合物(VOC)」と総称される農薬類である。VOCとは常温で蒸発(気化)する有機化合物の総称で、数えきれないほどの物質が開発され、使用されている(注7)。

(注7)化学物質過敏症患者の反応を引き起こす主な化学物質は、以下の通りだ
・家庭用の殺虫・殺菌・防虫剤類
・香水などの化粧関連用品類
・洗剤類(衣料用・住居用の洗剤や洗浄剤)
・防臭・消臭・芳香剤類
・タバコの煙
・シャンプーなどボディーケア用品類
・灯油などの燃料類
・ペンなどの筆記用具類(とくに油性のもの)
・印刷物類(インキ・紙)
(NPO法人化学物質過敏症センターによる)

 化学物質過敏症の患者に関する全国的な調査は行われていないが、少なくとも人口の1%、100万人程度はいるとみられる。瀬戸博・千葉大学予防医学センター特任教授によれば、化学物質に対する感受性が高い人は全体の3割もいるから、過敏症患者は今後も増え続けそうだ。だれがなってもおかしくないのだ。

◆過敏症の子どもたちのつらい日々
 化学物質過敏症の子どもが学校生活を送るには、学校側の理解と協力が必要だ。教室の換気を増やし、農薬やワックスはもちろん油性マジックなどの使用も避けてもらう。教科書は特注のものを使う。
 この子どもたちは学年が上がるにつれて悩みが深刻になる。香料入りの柔軟剤や制汗剤を使う生徒が増えるからだ。とくに6月になってエアコンを使うため教室を閉め切るようになると、登校できない日が増えていく。

 化学物質過敏症の患者・支援者でつくる市民団体などが2013年10月、「学校等における香料自粛に関する要望」を文部科学省に提出した。強い香りが漂う製品の使用を自粛してもらうため、ポスターを校内に掲示し、患者の苦しみを児童・生徒に理解させてほしいと求めている。

◆悲劇生んだ校舎改修の例も
 シックハウス症候群は、環境化学物質が増え、省エネのために部屋の密閉性・断熱性が高くなった1990年代に深刻になった。このため関係の官庁が対策に乗り出した。
 たとえば厚労省は、接着剤や塗料に含まれるホルムアルデヒド・トルエンなどやシロアリ防除剤のクロルピリホスなど13物質について「室内濃度指針値」(ヒトがその濃度以下の曝露を一生受け続けても健康への悪影響はないだろうと判断される値)を決めた。国土交通省と文科省もこれに準じた基準を決めている。

 この結果、関係業界はこれら13物質の使用を抑えるようになり、被害は減りつつあるが、なくなってはいない。規制13物質に代えて未規制の代替物質が使われるようになったからだ。こうしてシックハウス問題はより厄介な段階に入っている。

 その一例が岩手県奥州市の胆沢(いさわ)第一小学校の場合だ。
胆沢第一小学校は2009年秋からの改修工事で教室の壁や床を一新したところ、翌年3月に当時4年生の女児が頭痛を訴えた。「改修工事後に出始めた化学物質が原因」との診断書が出たので、市の教育委員会は文科省の定めるホルムアルデヒドなど五つの「特定測定物質」の濃度を測ったが、国の指針値を超える値は出なかった。このため大型扇風機で換気を強める程度の対策しかとらなかった。
 ところが、その後も体調を崩す児童が相次ぎ、結局、74人が体調不良になり、22人がシックハウス症候群と診断された。その後、化学物質過敏症になり、苦しみ続けている子どももいる。何らかの未規制物質が原因とみられるが、その物質は特定されていない。

◆守られない農水省・環境省の「局長通知」
 日本は農地面積当たりでみると、世界で1、2を争う農薬使用大国だ(注8)。農地の近くに住む人もいるし、有人・無人のヘリコプターを使った空中散布も多くの農地や松林で行われているから、化学物質に感受性の高い人たちの悩みは深い。

(注8)経済協力開発機構(OECD)の2010年の発表によると、農地面積当たりの農薬使用量は、韓国が1位、日本が2位だった(中国は未加盟なので、調査対象外)。韓国や日本は東アジアのモンスーン地帯にあるうえ、狭い耕地で多量の収穫をめざす集約型農業をしているため、単位面積当たりの農薬使用量は多くなりがちだ。ただ、このことと個々の作物に残留する農薬濃度や残留基準とに直接の関係はない。

 農薬類の散布は大勢の人々が利用する空間でも行われる。これによる健康被害をできるだけ減らすねらいで、農水省と環境省は「住宅地等における農薬使用について」という局長通知を出している。

 この通知は自治体などに対し、学校・病院・街路・公園や住宅地周辺の農地では、病害虫対策はできるだけ農薬を使用せず、別の方法で行なうよう求めている(たとえば虫がいたら、ヘラでかき落としたり、枝を切り落としたりする)。これに加えて環境省は「公園・街路樹等病害虫・雑草管理マニュアル」を公表し、詳細な方法を示している。
 だが、通知もマニュアルも自治体などの担当者にさえあまり知られておらず、守られてもいない。

2014.08.27  やっぱり怖い!農薬類の汚染(全4回)
    その2 登録農薬だって安全とはいえない

岡田幹治(フリーライター)

◆ADIは目安にすぎない
 すべての「登録」(認可)された農薬は、定められた使用方法で使っている限り安全であり、したがって残留農薬基準も安全だ――と政府も農薬メーカーも強調する。
そうした安全性評価の拠りどころになっているのがADI(その1の注1)だが、これは限界のある指標であり、平久美子医師によれば、「この量を慢性的に摂取した場合、中毒になる可能性があることを示す目安程度のものにすぎない」。

 農薬登録に当たって農水省は、マウスやラットを使った急性毒性試験や慢性毒性試験(発がん性試験など)をメーカーに義務づけている。ADIはそれらで得られた「無毒性量」(これ以下なら健康への悪影響はない量)のうち最も低い値を、「安全係数」の100で割って算出される。
 しかし、動物実験ではヒトで問題になるような微妙な神経障害などはつかめない。また安全係数の100は、実験動物とヒトとの種の差を10倍、ヒトの個人差(人種差や年齢差など)を10倍とみて決められたものだが、たとえばマウスとヒトの毒性発現の差がなぜ10倍なのか、科学的な根拠はない。個人差にしても、たとえばアレルギー反応には100万倍もの個人差がある。さらに、一つの作物には複数の農薬が使われるのがふつうだが、それらを一度に摂取したときの「複合毒性」は調べられていない。

◆「ホルモン攪乱作用」と「発達期毒性」
 そもそも「無毒性量より少なければ健康にはまったく影響しない」という前提自体が時代遅れだ。近年の研究によって農薬類には、無毒性量以下でも毒性を発揮する「低用量作用(影響)」のあることがわかっている。

 その代表が、非常にわずかな量を体内に取り込んだだけで体の働きが狂ってしまう「ホルモン攪乱物質」(いわゆる環境ホルモン)だ。その危険性が1996年出版の『奪われし未来』で警告され、日本でも大きな問題になった。しかし、日本では間もなく「から騒ぎ」とされ、その後はマスメディアもほとんど取り上げなくなった。
しかし世界では研究が続けられ、その影響は生殖系だけにとどまらないことが明らかになっている。そして2013年2月に発表された国連環境計画(UNEP)と世界保健機関(WHO)の報告書によれば、この作用をもつ疑いのある化学物質は約800もあるという。

 低用量作用では近年、「発達期毒性」も注目されている。子孫を残すための「生殖系」、脳の命令を体の各部に伝える「神経系」、外来の病原菌や異物から体を守る「免疫系」などは胎児や乳幼児の時期に急速に発達するが、その時期に(母体を通じたり、食べものや環境中から摂取したりして)ごく微量でも体内に取り込むと、それらの発達を阻害する農薬類があるのだ。
 これらの発達阻害が深くかかわっている考えられる疾患などが、過去20~30年間に急増している。たとえば生殖系では「尿道下裂」(陰茎が異常な形で生まれる)など「先天異常」が急増し、「精子数の減少」なども報告されている。また神経系では「発達障害」の急増が、そして免疫系では「アレルギー疾患」の急増が顕著だ。アレルギー疾患は、気管支ぜんそく、花粉症、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎などとして現れている。

 しかし日本の農薬登録では、ホルモン攪乱作用に関する試験も、発達神経毒性や発達免疫毒性に関する試験も義務づけられてはいない。いくつかの農薬では、これらの試験が自主的に行われているが、それらは十分なものではない。

 以上をまとめると、「すべての登録された農薬は定められた方法で使っている限り安全だ」という政府や農薬メーカーの主張には根拠がない、ということになる。農薬はできるだけ摂取しないようにすべきなのだ。

◆食べるより吸う方が危険
 ここまでは食品に残留する農薬を中心に述べてきたが、健康に悪影響を及ぼす農薬類(化学物質)はそれだけではない。化学物質は身の周りの多種多様な製品に含まれており、それらから環境中に放出された成分(環境化学物質)を私たちは知らぬ間に取り込んでいる。日本では食品からの摂取がもっぱら問題にされるが、実は吸う方が食べるよりずっと危険なのだ。
 ヒトが一日に食べる食物は約1kg、摂取する水は約2kg(約2l=リットル)であるのに対し、空気は約20kg(約15立方メートル)も吸い込んでいる。しかも、食べる場合は肝臓などである程度解毒されるが、口や鼻から吸い込むと成分が肺に行き、そこから直接、血液に入って全身に回る。

◆身の周りは農薬類だらけ
 農薬類はどんなところに使われているだろうか。住・衣・食の順にみてみよう。
まず住まいをみると、基礎工事部分には防腐剤・防虫剤・防カビ剤・土壌処理剤・保存剤、建材にはそれらに加えて接着剤や塗料、床にはワックスやコーティング剤、そして床下や壁裏にはシロアリ駆除剤が使われていることが多い。これらの成分が環境中に流れ出してくる。
 室内では、家具に接着剤や塗料、カーテンには難燃化剤が使われ、ときには殺虫剤がスプレー缶から散布される。電気製品のプラスチックには可塑剤が使われており、パソコンなどにスイッチを入れて基盤が熱を持ってくれば、成分が放出される。おもちゃにはプラスチック製のものがあり、ペットのノミ取りの成分も農薬類である。

 トイレには芳香剤や消臭剤が置かれ、化学物質が常に蒸発(気化)している。洗濯・炊事・風呂などに使われる合成洗剤には、ホルモン攪乱物質を含むものもある。
 職場へ行けば、プリンターやコピー機があるほか、床にはカーペットが敷かれているが、そこには殺虫剤や防ダニ剤が使われることが多い。とくに病院は、感染症防止のために殺虫剤を定期的に使っている。文房具では筆記用具や墨汁に化学物質が使われており、書籍や印刷物にもインクや接着剤が使われている。

◆柔軟仕上げ剤や制汗スプレーにも
 衣類に目を転じると、最近急増しているのが洗濯のさいの柔軟仕上げ剤だ。なかでも強い香りが長持ちすることうたった「高残香性柔軟剤」には、多種類の化学物質を組み合させた人工香料が大量に使われている。クリーニングに出せば、化学物質が使われることが多い。
 化粧品も化学物質の固まりで、茶髪や制汗スプレーにはホルモン攪乱物質や重金属が含まれているものもある。

 食についていえば、ほとんどの加工食品には食品添加物が使われており、抗生物質が使われている食肉もある。アメリカ産牛肉には成長ホルモン剤が使われているのがふつうだが、これはがん細胞を刺激するなどの問題があり、EUは成長ホルモン剤使用のアメリカ産牛肉の輸入を禁じている(日本では、国内での使用は禁止しているが、輸入は認めている)。プラスチックでできた食器もある。

2014.08.26  やっぱり怖い!農薬類の汚染(全4回)
    その1 危険な残留農薬基準がある

岡田幹治(フリーライター)
                 
◆はじめに
 私たちは、さまざまな汚染物質に囲まれて暮らしているが、そうした「複合汚染」のうち、農薬をはじめとする合成化学物質(以下「農薬類」と略す)による汚染は、その危険性がほとんど知られていないものだろう。
 それは低濃度の場合、被害を感覚で知覚することが難しく、測定には特殊な計器が必要だ。被害が時間をおいて、ときには世代を超えて現れることもあるから、一層やっかいだ。その意味で、低濃度の放射能汚染に似ている。

 農薬類の汚染は、2013年末に発覚した「アクリフーズ(現マルハニチロ)の冷凍食品事件」のように、少量を口にしただけで嘔吐(おうと)・腹痛・下痢などが起きるほど高濃度の場合を除き、マスメディアに取り上げられることもない。
この事件の場合、有機リン系の農薬マラチオン(商品名はマラソンなど)が最大1万5000ppm(1.5%)も混入していたのだが、このような超高濃度の汚染は犯罪でもなければ起こりえない。

 しかし、ふつうに売られ、私たちが日々食べている食品などにも危険は潜んでいる。農薬類は政府が安全と保証している量や濃度以下でも決して安全とはいえないのである。その実態を4回にわたって報告する。

◆高いネオニコチノイド系農薬の残留基準
 まず政府が定めた農薬の残留基準(ここまでなら農薬が残留していても安全とされる濃度で、作物ごとに決められている)にはきわめて高いものがある。

 たとえば、近年使用が急増しているネオニコチノイド系農薬のアセタミプリド(商品名はモスピランなど)をとってみよう。この農薬のブドウの残留基準は5ppmだが、この基準ぎりぎりのアセタミプリドを含んだブドウを、体重が15キログラム(kg)の子どもが1日に300g(一房の半分強)食べると、急性の中毒(毒性をもつ物質が許容量を超えて体内に取り込まれ、体の正常な機能が阻害されること)を起こす可能性がある。
 「体重1kg当たり1日0.1ミリグラム(mg)」という食品安全委員会決定のアセタミプリドのARfD(急性中毒基準量=注1)で計算すると、そうなるのだ(注2)。これでは安心して子どもにブドウを食べさせることもできない。

(注1)ARfD(急性中毒基準量)は急性毒性の指標で、24時間以内に急性中毒が発症する恐れがある農薬の量(「急性参照用量」と訳されているのは誤訳)。これに対し、ADI(1日摂取許容量)は慢性毒性の指標で、1日にこれ以下なら一生涯摂取し続けても安全と推定される量。

(注2)アセタミプリドのARfDは体重1kg当たり0.1mgだから、体重15kgの子どもは0.1×15=1.5mgで急性中毒になる可能性がある。一方、ブドウに5ppmのアセタミプリドが残留しているとは、ブドウ1gにアセタミプリドが5マイクログラム(μg)残留していることを意味するから、ブドウ300gにはアセタミプリドが1500μg=1.5mg残留していることになる(μgは1000分の1mg)。

◆とくに高い茶葉の残留基準
 茶葉の残留基準をみると、アセタミプリドは30ppm、同じネオニコチノイド系農薬のクロチアニジン(商品名はダントツなど)は50ppmに設定されている。表1に示すように、欧州連合(EU)やアメリカの残留基準と比べてケタ違いの高さだ(これとは逆に、アメリカの方が日本より高い場合もたくさんある=注3)。
岡田 やっぱり怖い
*1 輸入食品を対象に設定された値(インポート・トレランス)
*2 検出限界(日本の一律基準に当たる)
*3 単位は、体重1kg1日当たりmg
出所:日・米・EUの規制当局にサイトなどから作成。

(注3)アメリカなどから輸入される穀物や果物には、輸送中の害虫やカビの発生を防ぐため、収穫後に農薬が使用されることが多い。これを「ポスト・ハーベスト農薬」といい、国内では禁止されているが、輸入品には許されている。その中には、(オレンジやレモンに使用されるイマリザルのように)日本では農薬としての使用が禁止されているものもあり、それらは「食品添加物」として認可されている。このような輸入食品はもちろん避けた方がよい。

◆茶飲料を飲み続けて中毒の女性も
  その影響だろう。次のような症例が報告されている――。
 群馬県の34歳の女性は、3か月前からボトルの茶飲料(残留農薬基準は未設定)を毎日600~1000ミリリットル(ml)飲み続けていたら、2か月前から頭痛、不眠、だるさを自覚するようになった。4日前にモモ1個、前日にナシ1個と緑茶500mlを摂取したところ、昼寝の後、頭痛、腹痛、胸痛がひどくなり、脳外科を受診したが、脳のCTは異常がなかったため、別の診療所を受診した。

 女性はこのとき、軽い意識混濁があり、脈は遅く、発熱、手指の震え、筋肉のけいれん、心電図異常が見られ、嘔吐するまで話もできず、前日の食事内容も思い出すことができなかった。
この診療所では、症状がアセタミプリドに曝露(体内に取り込むこと)した患者の症状に似ており、他の病気の可能性が低かったため、ネオニコチノイド系農薬の亜急性食中毒と診断し、茶飲料と果物の摂取を禁止したところ、1週間後には記憶も正常になり、翌日には心電図所見も改善した。その後の尿の分析でネオニコチノイド系農薬の代謝物(農薬などが体内で変化したもの)が検出され、診断の正しさが裏づけられた。

 この症例を検討した平久美子医師(東京女子医科大学)は、日本ではネオニコチノイド系農薬の茶葉や果物の残留基準がきわめて高く設定されているので、茶飲料や果物は大量に摂取し続けないほうがよいと言っている。

◆残留基準決定のからくり
  なぜ、このように危険な残留農薬基準が認可されているのだろうか。
 簡単にいえば、農薬メーカーや農業生産者が農薬を使いやすいように残留基準が決定され、その基準に厚生労働省が安易に安全のお墨付きを与えているからだ。

 農薬メーカーが農薬の新規登録や使用方法の変更を申請すると、農林水産省は新しい残留基準の案を定め、承認するよう厚生労働省に要請する。そのさい、新基準案はメーカーが実施した残留試験で得られた最大残留値の約2倍(1.5~3倍)に設定される。こうしておけば、最大残留値を超えるような散布が行われた場合でも違反にならないからだ(これら一連の実務は、独立行政法人農林水産消費安全技術センター=FAMIC=の農薬検査部が担当している)。

 要請を受けた厚労省は、その基準案の実施によって国民の健康に悪影響がないかどうかを、関係の審議会に諮ったうえで判断するが、影響ありと判断されることはまずない。ここにもからくりがある。
 厚労省はまず、日本人一人が一日に食べる作物の平均値(フードファクター)を使い、当該農薬が基準案通りにすべての適用作物に残留したと仮定して、一人一日当たりの当該農薬の「総摂取量」を出す(注4)。そしてこの数値を、慢性毒性の指標であるADI(一日摂取許容量=注1)に日本人の平均体重(約53kg)をかけて算出した「摂取許容量」と比較し、その80%以下であれば健康に影響なしと判断するのだ(注5)。

(注4)厚労省によると、フードファクターは「1998~2000年の11月の調査(特定の1日×3年)」から推算していたが、これでは平均的な摂取量を求めるのに適切でないと判断し、2014年2月に新方式に改めた。新しい値は「2005~07年の食物摂取量調査(4季節×3日間)」から推算している(反農薬東京グループ『脱農薬ミニノート4 農薬も一緒に食べる?』)。厚労省の安全性評価はこんな点でもいい加減だ(この記事では旧値を使っている)。

(注5)「総摂取量」が「摂取許容量」の80%を超えた場合は、適用作物に残留試験の平均残留値が残留したと仮定して計算するなど、いろんな便法を使って総摂取量を少なくし、摂取許容量の80%以下に抑えてしまう。このようなケースは「珍しいことではない」と厚労省は言っている(反農薬東京グループの上記冊子)。

◆からくりの問題点
 しかし、一食にたべる個々の作物の量は、年間の平均値であるフードファクターより多いのがふつうだ。また子どもは体重当たりでは大人の約2倍食べるのだが、そうしたことへの配慮もない。その意味で厚労省の作業は机上の空論にすぎないともいえる。
 また、世界では1990年代以降、慢性毒性に加えて、一度にたくさんの量を食べたときの急性毒性も注目されるようになり、その予防に役立てるねらいでARfD(注1)という指標が開発された。この指標をEUはほとんどの農薬に定めているが、日本ではアセタミプリドなど2農薬について試験的に設定されているだけだ。残留農薬の設定に当たっても急性毒性への配慮はない(注6)。

(注6)厚労省は2014年3月、残留基準の安全性審査は今後、従来の慢性毒性に加えて急性毒性も考慮して行なうと発表した。そのため食品安全委員会に対し、優先順位の高い農薬から順次、ARfDを設定するよう要請した。ただ、これによって残留基準がこれまでよりどの程度厳しいものになるかどうか分からない(ARfDが緩やかな数値に設定されれば、残留基準は変わらない)。

(『子どもと健康』第99号=2014年7月、労働教育センター発売=に載せた解説記事に加筆・修正したものです)

2014.07.16 違法輸入がはびこる放射線照射食品・下
照射食品は「健全な食べもの」なのか

岡田幹治(フリーライター)


◆利用が急増する中国
 食品への放射線照射は「原子力の平和利用」として始まり、原子力関係者の強力な後押しを受けて、多くの国に広がっている。
世界の事情に詳しい久米民和・元日本原子力研究開発機構研究員によれば、世界の年間処理量(照射食品生産量)は2005年の約40万トンから10年には47万トン以上に増え、さらに12年には100万トンに達したと推定されている。

最大の処理国は中国で、ニンニク、スパイス・乾燥野菜、健康食品、穀類、肉類など多種多様な食品に照射している。近年は農薬類の過剰投与が問題になったため、それに代わるクリーンな方法として増加が著しい。コバルト60γ線照射施設が200基以上あり、処理量は12年には76万トンにまで増えたと、照射食品関係の国際会議で報告されている。
近年、ベトナムやメキシコなどアジアや中南米での処理量も急増しているが、これは主に米国へ熱帯果実を輸出するためだ。米国は世界有数の処理国であると同時に、世界最大の照射食品輸入国でもある。

◆「健全性に問題はない」と国際機関
世界ではこれほどまでに増加した照射食品だが、そもそも「健全な食べもの」といえるのだろうか。三つの視点から考えてみよう。
一つは安全性である。
照射食品を食べたからといって、すぐに健康に悪影響が出ることはない。ただ照射食品が登場して以来、摂取すると健康に悪影響があることを示す動物実験がいくつも発表され、論争が続いてきた。

そうしたなかで国連食糧農業機関(FAO)・国際原子力機関(IAEA)・世界保健機関(WHO)の合同専門家委員会は1980年に「10kGy以下の照射食品の健全性(毒性学的・微生物学的安全性と栄養学的適格性)に問題はない」との見解をまとめた。さらに97年にはWHOが「10kGy以上照射しても食品の健全性に問題はない」との見解を発表している。
しかし、原子力関係者を含めた合同専門家委員会の見解には多くの疑問が出されている。また、WHOの見解について欧州連合(EU)の食品科学委員会は「いかなる線量を照射した、いかなる食品も安全である」という見解を受け入れず、安全性は個々の食品ごとに調べる必要があるとしている。
日本の厚労省は「安全性や品質に与える影響に関しては、現段階では十分な評価がなされていない」との立場だ。

◆オーストラリアでネコ怪死事件
照射食品の安全性に疑問をつきつける事実も次々に明らかになっている。
たとえば「人類への警告かもしれない」とされるオーストラリアでのネコ怪死事件だ。同国で2008~09年の半年間に95匹のネコが神経症状を起こし、37匹が死亡した。調べると、同国政府が防疫のため高線量の放射線照射を義務づけていた非加熱の飼料(ペットフード)を与えられていた。政府は09年5月、キャットフードへの照射義務づけを中止した。
これまでのところネコにしか確認されていないが、EUの科学専門委員会は「健康への有害影響の可能性を示すエビデンス」だとし、ヒトの健康への関連性を評価するためさらなる研究が必要としている。

このほか、食品照射でできる副生物(分解生成物)の「2-アルキルシクロブタノン」が発がん促進作用をもつ可能性が指摘されている。
また、放射能汚染食品が誘導放射能(放射線を出す力)をもち、体内被曝を増加させるのに対し、照射食品は放射能を帯びることはないというのが通説だが、これに疑問を示す調査論文も発表されている。
1950~60年代の米国陸軍の研究所の実験で、国際的に認められている放射線照射でも、食品に含まれる元素によっては放射能を帯びることが明らかにされていた――軍のベールの中で行われ、ずっと伏せられていたこの研究を、日本の国立医薬品食品衛生研究所の宮原誠研究員が発掘し、同研究所報告『国立衛研報』第127号(2007年)に発表しているのだ。

◆食品の品質が低下する
二つ目の視点は有用性・必要性である。
国際食品規格委員会(コーデックス委員会)は10kGy以下の照射を認めつつ、それは「衛生管理や製造管理の代用として用いられるべきではない」との条件をつけている。しかし、世界で実施されている照射の多くはこれらの代用として使われているのが実態だろう。
照射によって食品の内部では大きな変化が起き、たとえばビタミンB1、ビタミンC含有量は減少するし、食材によっては風味などが変化する。また生鮮食品に照射すれば、いつまでも新鮮に見え、結果として消費者をだますことになる。

「こうしたことが水面下で行われれば、食品の質は低下していく。たとえばフンまみれの鶏肉を照射すれば、殺菌はされるが、フンは残り、口に入るのです」と久保田裕子・国学院大学教授(消費経済論)はいう。
食品の衛生安全を保つ技術は次々に有効な方法が開発されている。消費者にとって放射線照射は必要のない技術なのだ。
そして三つ目が、食べものの本質に関する視点だ。食べものは単なる物質ではなく「生命(いのち)の糧(かて)」である。そのようなものと、原子力技術が生みだした放射線照射とは相容れないものではないだろうか。

◆表示の厳格化で需要が激減
EUは中国などとは対照的に、照射食品の導入に慎重だ。1999年に統一規制を定め、照射原料を使った製品も含めて厳格な表示を義務づけたところ、処理量が激減した。需要が激減した結果とみられる。同時に認可品目リストの拡大も目指したが、これまでのところ認可されたのは「スパイス・ハーブ類」だけである(このほか加盟国が国別にいくつかの品目を許可している)。
消費者が受け入れないのは韓国も同じで、少量添加物にも表示が義務づけられた直後の2010年から需要は激減し、いまや壊滅的な状態になっている。

◆日本ではジャガイモの発芽防止だけ
日本では1972年にジャガイモの発芽防止用が許可された。北海道・士幌町農協に全国でただ一つの照射施設があり、74年から運営されている。
厚さ2メートルのコンクリートで遮蔽された照射室の中心にコバルト60が装備され、1・5トン入りコンテナ19個に入れられたジャガイモがその周りを一方の面から1時間、反転して他方の面から1時間回ってγ線を照射される。

照射ジャガイモは「芽止め・ガンマ線照射済じゃがいも」の表示つきで販売されているが、需要は表示のない加工食品が中心だ。年間出荷量は目標よりはるかに少ない6000トン前後(ジャガイモ全体の約0.3%)にとどまっている。
2000年に全日本スパイス協会が、トウガラシやコショウ、ニンニク、ゴマなど94品目の香辛料への照射を認めるよう政府に申し入れた。これを受けて原子力委員会は06年に推進を促す文書を厚労省などに通知。これに対して厚労省が10年に、安全性審査に進むにはまだ資料が不十分との趣旨の通知を原子力委員会に返し、そこで表立った動きは止まっている。

◆牛の生レバーで研究が進行中
いま注目されているのは、生の牛レバー(肝臓)への照射だ。牛レバーの生食の販売・提供が2012年7月から禁止されているが、照射によってそれを解禁させようという動きが進んでいる。
厚労省が主導し、国立医薬品食品衛生研究所などが2012年9月から15年まで実験中だ。これまでの実験で、死者も出た食中毒の原因になった「腸管出血性大腸菌」の除去に必要な放射線照射量の大枠は把握したといい、さらに研究を続けている。

関係業界は早期の解禁を要望しているが、仮に解禁されたとしても、照射費用に冷凍状態を維持するためのドライアイス費用などを加えると、コストは1kg当たり100~200円かかる見通しだ。風味が微妙に変化するという見方もあり、どこまで消費者に受け入れられるだろうか。
照射食品を増やそうという国内の動きについて、中村客員教授は「個々の品目ごとに毒性検査を丁寧に実施することが最低限必要」といい、久保田教授は「予防原則に立ち、いっさい認めるべきでない」という意見だ。

2014.07.15 違法輸入がはびこる放射線照射食品・上
米国産の青汁粉末が回収されていた!

岡田幹治(フリーライター)


◆三越と東急百貨店に「お知らせ」
 東京都内の三越と東急百貨店の健康食品売り場に、「AFCこだわり青汁」という青汁製品の自主回収を知らせる小さな「お知らせ」が出ている。
青汁粉末といえば、いま人気の健康食品だ。回収の理由について三越は何も記しておらず、東急は「原材料の一部に不適切な部分があることが判明いたしました」と記しているだけだ。原料がどう「不適切」だったのか説明はないが、実は原料の米国産大麦若葉が「放射線照射食品」だったのだ。

◆放射線照射食品とは何か
放射線照射食品といってもピンとこない人が多いだろう。
原発事故でやむなく放射能を浴びたのが汚染農産物だが、それとは違い、病原菌を殺したり、発芽組織を破壊したりするねらいで、意図的に食品に放射線を浴びせるのが食品照射だ。
使われるのは、コバルト60が出すガンマ(γ)線や電子加速器が放出する電子線で、照射線量は次のようになっている(kGyはキログレイで、グレイは吸収線量の単位)。
・保存中の発芽防止(ジャガイモ、ニンニクなど)=0.15kGy
・植物検疫処理(熱帯果物、食肉・魚介類など)=0.1~1kGy
・食中毒防止(赤身肉、冷凍エビ・魚介類など)=1~5kGy
・乾燥食品原材料の殺菌(スパイス・ハーブ類、乾燥野菜など)=10kGy以下
・無菌化=滅菌(病人食、医薬品、無菌動物用飼料など)=20~50kGy
哺乳動物の致死線量は0.05~0.1kGyだから、人間に有害な線量よりはるかに高線量の放射線を使うわけだ。

放射線照射は、衛生上問題がある「汚い」食品でも簡単に殺菌し「きれい」にできる。温度が2度程度しか上昇しないから、生鮮食品や冷凍品の処理に使える。高温殺菌すると品質が変わりやすい健康食品には、とくに便利だ。
しかし日本の食品衛生法は、ジャガイモの発芽防止目的を除いては、食品照射を製造・加工・保存に使うことを禁じている。
健康によいと信じて「AFCこだわり青汁」を飲んだ人たちは、実は食衛法違反の食品を連日、口にしていたことになる。「申し出た顧客はごくわずか」(両デパート)だから、大多数の購入者は照射の事実さえ知らないに違いない。

◆発見したのは都内の女性
今回の青汁の場合、見つけたのは、大麦若葉青汁の原料の輸入販売を始めようとした都内の女性Yさんだった。米国ユタ州産の原料を取り寄せてみると、品質はすばらしいが、微生物汚染の程度を示す「一般生菌」の数がきわめて多い。
同じ原料を輸入販売しているグリーンバイオアクティブ社(GBA社、東京都港区、七尾博社長)が、国内ではゼロ近くにしているのはなぜか。他社に尋ねると、「放射線照射処理をしているに違いない」。

そこで市民団体「照射食品反対連絡会」に相談し、GBA社の系列会社から「グリーン・ジュース・バーレイ」を通販で購入して検査に出したところ、「照射済み」という結果が出たので、3月13日に厚生労働省に迅速な対処を申し入れた。
照射食品反対連絡会は、同じGBA社の原料を使っているエーエフシー社(静岡市)の「AFCこだわり青汁」を三越銀座店と東急東横店で買って検査に出し、こちらも「照射済み」だったので、4月8日に厚労省に申し入れた。この健康食品がデパートの店頭やネット通販からいっせいに撤去されたのはこの直後だ。

◆手ぬるい行政の調査
厚労省は東京都に調査を指示し、管轄するみなと保健所がGBA社に問い合わせたところ、昨年2月~今年3月に輸入した約20トンの粉末について照射の事実を認めたので、4月14日に自主回収するよう指導した。
Yさんが厚労省に申し入れてから一か月も経っていた(5月2日に回収命令に切り替え)。

GBA社は青汁粉末のほとんどを各地の健康食品会社などに販売済みで、そのすべては保健所も把握しきれていない。大半はすでに消費されたとみられる。
GBA社は間もなく連絡不能になり、5月14日には東京地裁で破産手続きの開始が決まった。保健所の追及は行き詰まっている。
GBA社は資本金1000万円、従業員5人の小さな会社。米国カリフォルニア州のラクソン・コーポレーションから大麦若葉粉末を輸入していた。ラクソン社の松崎秀樹社長がGBA社の取締役を兼ねており、両社が謀って何年も前から照射食品の輸入を続けていたとの見方が業界には強い。

◆発覚したら破産、おとがめもなし
海外からの照射食品の輸入はもちろん違法だが、「今度の青汁事件はたまたま表面化しただけ。違法輸入はたびたび起きている」と、食品の安全が専門の中村幹雄・鈴鹿医療科学大学客員教授はみる。
放射線照射による食衛法違反は2000年から昨年までに26件摘発されているが、うち16件までが中国産だ(厚労省の輸入監視統計)。品目はボイルシャコ、ウーロン茶、乾燥ケール粉末など多岐にわたる。米国は2件だった。
厚労省の検疫は文書確認が中心で、ときどきモニタリング(抜き取り)検査をする。同省の輸入食品安全対策室によると、米国産の健康食品原料(乾燥品、粉末)については2007年以降、文書によって照射されていない旨を確認しており、今回も文書で確認していたという。しかし、それは何の役にも立たなかった。

中村客員教授によれば、10回の違法輸入のうち、仮に厚労省のモニタリングで1回違反が発覚し、廃棄損を出しても、十分に利益が出る。
稼ぐだけ稼いで、発覚したら破産で帳消し、大したおとがめはなし――が通用する世界なので、事業者任せでは違法輸入はなくならないという。
照射食品は見た目では判別できないから、私たちは知らないうちに口に入れている可能性がある。

◆有機JAS認証も当てにならない
今回の事案について東急百貨店広報部は「原料がアメリカで有機認証を得ていたことや、GBA社が日本有数の認証機関から有機JAS認証を取得していたことを確認しており、照射原料が含まれているとは認識できなかった」という。
有機JAS認証も当てにならないのだ。
三越伊勢丹ホールディングスのコーポレートコミュニケーション担当は「AFCこだわり青汁は2012年に取り扱いを始める前にAFC社より説明を受け、安全上の問題はないと判断した。今回このようなことになったが、回収に努めることで販売企業としての責任を果たしていると考えている」としている。
「関係者、とりわけ健康食品の専門会社であるAFC社が放射線照射で殺菌していたことを知らないはずはない」との見方も強いが、AFC社は取材に応じていない。

2014.05.20  市民の声が厚労省を動かした
   ネオニコ系農薬の残留基準緩和に「待った」

岡田幹治(フリーライター)

 以下は、日本の官僚が前例踏襲の行政を漫然と続けているのに対し、市民たちが事態の深刻さを正確に認識して声を上げ、政策を変えさせた一つの事例の記録である。

◆残留基準は使用者の便宜優先で決められる
 厚生労働省が3月18日、①いったんは承認した農薬の残留基準の大幅緩和案を再審査する、②残留基準の安全性審査を4月から厳しくする――と発表した。昨年10月に実施したパブリックコメント(意見募集=以下パブコメ)を受けての方針変更で、パブコメが形だけのものになっている霞が関では異例の対応だった。この方針変更はなぜ行われ、どんな意味を持つのだろうか。

 問題になったのは、農薬のトップメーカー住友化学が「ダントツ」などの商品名で販売しているクロチアニジン。世界で販売が急増している新世代の農薬・ネオニコチノイド(以下ネオニコ)系の一つだ。
住友化学はこの農薬の販売を促進するねらいで「登録内容(使用方法)の変更」を農林水産省に申請した。たとえばホウレンソウなら、アブラムシ防除徹底のため、収穫前日まで4回も使用できるようにするといった内容だ。
こうすれば、野菜には虫食い穴などがつかず、高く売れるようになる。半面、作物に残留する農薬が増え、現行の残留基準を超えてしまうので、緩和(引き上げ)が必要になる。
このような場合、認可の手続きは図のように進められる。
残留農薬図面125%
まずメーカーが作物別の残留試験成績を添えて農水省に申請。すると同省傘下の独立行政法人・農林水産消費安全技術センター(FAMIC)が、新しい残留基準値の案を定め、厚労省に承認を要請する。そのさい新基準は、メーカーの残留試験で得られた最大残留値の約2倍(1.5~3倍)に定められる。使用者の便宜を考えての措置だ。
今回のホウレンソウの場合、最大残留値が27ppmだったので、その約1.5倍の40ppmが基準案とされた。現行の3ppmに比べ13倍にもなる大幅緩和で、FAO・WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)が定めた国際基準(2ppm)と比べても桁違いの高さだ。

要請を受けた厚労省は、その農薬が基準案通りに、すべての適用作物に残留していたとしても、国民の健康に影響はないかどうかを、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会農薬・動物用医薬品部会に諮って結論を出すが、影響ありと判断されることはまずない。
厚労省は残留農薬量が、慢性毒性の指標であるADI(一日摂取許容量=注1)に日本人の平均体重(約53キログラム)をかけて算出した「摂取許容量」の80%以下という条件さえ満たしていれば、影響なしと判断するのだ。
クロチアニジンの残留基準案はこの条件を満たしていたため、昨年6月の農薬・動物用医薬品部会で承認された。ふつうならこれで手続きは事実上終わるところだった。

◆子どもにホウレンソウを食べさせられなくなる!
ところが、昨年10月にパブコメが始まると、異変が起きた。危機感をもったグリーンピース・ジャパンや反農薬東京グループなどの環境NGOが意見の提出を呼びかけたところ、厚労省に反対意見が殺到したのだ。
通常は10件程度の意見が寄せられるだけなのに、1か月の募集期間内に1656件もの反対意見が届いた。一方、賛成はたったの1件だった(内訳は情報開示請求をしたグリーンピース・ジャパンによる)。

反対の主な理由は二つだった。一つは、わずかな量を子どもが食べただけで急性中毒を起こす可能性があるほど危険な残留基準が、ホウレンソウなどいくつもの作物に設定されていたことだ。
世界では1990年代以降、慢性中毒に加え、1度にたくさんの量を食べたときの急性中毒も注目されるようになり、欧州連合(EU)はほとんどの農薬についてARfD(急性中毒基準量=注2)という指標を定めている。
この指標で計算すると、40ppmのクロチアニジンが残留しているホウレンソウを子ども(1~6歳、平均体重約16キログラム)が食べる場合、たった40グラム(1株半くらい)で急性中毒を起こす可能性がある(注3)。これでは安心して子どもにホウレンソウを食べさせられなくなってしまう。

もう一つの理由は、EUがネオニコ系農薬への規制を強めつつあることだ。
ネオニコ系は農家には便利な農薬だが、殺虫力が強く、重要な授粉昆虫であるミツバチ大量死の原因の一つと指摘されている。この点に注目してEUは昨年12月、クロチアニジンを含む3種類のネオニコ系農薬の使用を厳しく制限する規制を始めた。
さらにネオニコ系農薬については近年、ごく低濃度でも胎児や乳幼児の脳神経系の発達に影響を及ぼす可能性のあることが分かってきた。このため、欧州食品安全機関(EFSA=日本の食品安全委員会に当たるリスク評価機関)は昨年12月、現行の許容基準では安全性が十分ではないとし、アセタミプリド(日本曹達が開発、商品名はモスピランなど)を含む2種類のネオニコ系農薬についてADIなどの引き下げを勧告している。

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2014.04.19  農薬類は微量・低濃度でも安全とはいえない
 
岡田幹治(フリーライター)


 アクリフーズ(現マルハニチロ)群馬工場で製造された冷凍食品の農薬混入事件が発覚したのは昨年末。それから容疑者が逮捕された今年1月末にかけて、さまざまな視点から大量の報道が行われたが、どのメディアも報じなかった重要な事実がある。農薬をはじめとする有害化学物質(以下、農薬類と略す)は、政府が安全と保証している量や濃度以下でも決して安全とはいえないことだ。
この事件では冷凍食品から最大で1万5000ppm(1.5%)ものマラチオン(有機リン系農薬、商品名は「マラソン」など)が検出された。このような超高濃度汚染は、犯罪でもなければ起こりえない。しかし、普通に流通し、私たちが口にしている食品などにも危険は潜んでいる。

◆ボトル飲料を毎日1リットル近く飲み続けたら――
まず政府の定めた「残留農薬基準」(ここまでなら農薬が作物中に残っていても安全とされる濃度で、作物別に定められている)には相当に危険なものがある。
たとえばアセタミプリド(ネオニコチノイド系農薬、商品名は「モスピラン」など)のブドウへの残留基準は5ppmだが、これは体重が15キログラムの子どもが1日に300グラム(一房の半分強)食べると、急性中毒を起こす可能性がある濃度だ(注1)。
また茶葉への残留基準は、クロチアニジン(ネオニコチノイド系農薬、商品名は「ダントツ」など)が50ppm、アセタミプリドが30ppmと、欧米の基準よりはるかに高く設定されている。その影響だろう。ボトルの茶飲料(残留基準は未設定)を約3か月、毎日1リットルほど飲み続け、さらにモモとナシを食べたら、突然めまいが起き、発熱、腹痛、頭痛、胸痛などに苦しめられた30歳代の女性の症例がある。
女性の尿からネオニコチノイド系農薬の代謝物(その農薬が体内で変化したもの)が検出されたため、医師は同農薬の亜急性食中毒と診断。解毒剤を処方し、茶飲料と果物の摂取をやめるよう指導したところ、快方に向かった。

◆使う側の都合で決められる「残留農薬基準」
 なぜ、このように高い基準値になるのか。農薬メーカーによる残留試験で得られた残留値のうち、もっとも高い値の約2倍(1.5~3倍)を残留基準にしているからだ。こう定めれば、よほどのことがない限り残留基準違反は起こらない。メーカーと農薬使用者にとってまことに都合のよい決め方である。
そして政府は、このように残留基準を定めても、その農薬の総残留量が、慢性毒性の指標であるADI(1日摂取許容量=注2)に日本人の平均体重(約53キログラム)をかけて算出した「摂取許容量」の80%以下になるようにしているので、安全上の問題はないと説明している。

◆ADI(1日摂取許容量)は問題だらけ
 しかし、そのADIは問題だらけの代物だ。
ADIは、動物を使った慢性毒性試験から「無毒性量」(これ以下なら健康への悪影響はない量)出し、それを安全係数(100)で割って算出される。しかし、動物実験ではヒトで問題になる微妙な神経障害などはつかめない。また安全係数の100には何の科学的根拠もない。さらに、一つの作物には複数の農薬が使われるのが普通だが、それらを一度に摂取したときの「複合毒性」は調べられていない。
 そもそも「無毒性量より微量なら健康にはまったく影響しない」という前提自体が時代遅れである。近年の研究によって農薬類には(無毒性量以下でも毒性を発揮する)「低用量作用(影響)」があることが明らかになっているからだ。
たとえば、ごく微量の摂取でホルモンを攪乱する物質(いわゆる環境ホルモン)があるし、胎児や乳幼児の脳神経系の発達を阻害する農薬類も明らかになっている(注3)。
そうした研究を検討した欧州食品安全機関(EFSA、欧州連合=EU=のリスク評価機関、日本の食品安全委員会に当たる)は、アセタミプリドとイミダクロプリド(商品名は「アドマイヤー」など)いう二つのネオニコ系農薬について発達神経毒性をもつ可能性を認めた。そして、現行の許容基準では安全性が十分でないとし、ADIなどの引き下げを勧告している。昨年12月のことだ。

◆食べるより吸う方が危険
ここまで食品を中心に述べてきたが、農薬類は害虫用殺虫剤や防虫剤、ペットのノミ取り、シロアリ駆除剤など、身の周りにあふれる多種多様な製品に含まれており、環境中に放出されたその成分を私たちは知らぬ間に吸い込んでいる。
日本では食品からの摂取ばかり問題にされるが、実は吸う方が食べるよりずっと危険なのだ。それは、ヒトが1日に食べる食物は約1キログラム(水は約2キログラム=約2リットル)だが、空気は約20キログラム(15立方メートル)も吸い込んでいることから理解できるだろう。しかも、食べる場合は肝臓などである程度解毒されるが、口や鼻から吸い込むと成分が肺に行き、そこから直接血液に入って全身に回るのだ。

◆「発達障害」急増の原因の可能性
いまアメリカや日本で「発達障害」の子どもたちが増えており、日本では小中学生の約1割が軽度の発達障害だと推定する専門家もいるほどだ(注4)。なぜ急増しているのか。農薬類の低濃度での曝露(体内に取り込むこと)が原因であることを示唆する研究が、いくつも発表されている。
たとえば、アメリカの普通の家庭で暮らす8~15歳の子どもを対象にしたハーバード大学チームの研究(2010年)では、有機リン系農薬の代謝物の尿中濃度が平均以上の高さだった子どもは、発達障害の一つである「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」になる割合が、代謝物が検出されなかった子どもの約2倍だった。有機リン系農薬は「農作物中の残留農薬」や「家庭で使用される殺虫剤」に含まれているとみられている。
 これを含む数多くの研究を踏まえ、アメリカ小児科学会(AAP)は2012年に「子どもが農薬に曝露されることは可能な限り制限されるべきである」という声明を発表している。
私たちは、農薬類の毒性にもっと敏感にならなければならない。とりわけ乳幼児や妊娠中の女性がいる家庭は、十分な注意が必要だ。

(以上のような実態を、環境の変化に敏感な生きものであるミツバチの助けも借りて詳しく解説したのが、筆者の『ミツバチ大量死は警告する』=集英社新書、2013年12月発行=です。ご参照ください)。

注1 日本ではアセタミプリドのARfD(1日にこれ以上摂取すると急性中毒を起こす可能性がある量、急性中毒基準量=急性参照用量と訳されているのは誤訳)が未設定なので、EUのARfD(体重1キログラム当たり1日0.8ミリグラム)を使って計算した。日本の1~6歳の子どもの平均体重は約16キログラム。

注2 ADIは、生涯にわたって毎日摂取しても健康に悪影響はないと推定される量。

注3 日本の農薬の安全性審査では、発達神経毒性、発達免疫毒性、ホルモン攪乱毒性などに関する試験は義務づけられていない。

注4 発達障害とは、子どもの発達途上で、特定の領域に限って社会的適応が困難になる症状。他人の気持ちを読むことができず、人との付き合いがうまくいかない「広汎性発達障害」、知的水準が低いわけではないのに読み・書き・計算などができない「学習障害」、じっとしていられず、衝動的に行動してしまう「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」などがある。

2013.12.20 問題が噴出する遺伝子組み換え(GM)作物 その4=完
  完全禁止へ動くEUに続こう=表つき

岡田幹治(フリーライター)

7 汚染が広がる輸入大国・日本
◆年間1700万トンも輸入
 日本は世界最大のGM作物輸入国だ。「日本の作物ごとの輸入量」と「輸出国でのGM作物の栽培割合」から推定すると、GMトウモロコシは年間に約1230万トン、GM大豆は約220万トンも輸入されており、GMナタネやGMワタの輸入を加えれば合計約1700万トンになる(2011年)。コメの年間生産量が約800万トンだから、その2倍以上だ。

 これらはさまざまな食品になって食品売り場や外食産業のメニューに登場する。スーパーで売られる食品の8割近くにGM作物がかかわっているというのが天笠啓祐(遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン代表)の推定である。
 たとえば菓子や清涼飲料水の糖分は、GMトウモロコシが原料のコーンスターチからつくられる。加工食品の増量剤や乳化剤には、GM大豆でつくられたタンパク質やレチシンが用いられ、即席カップめんや(ソバなどの)つゆには何種類ものGM作物が使われている。GM作物とは無縁に見える手延べそうめんにも、食用植物油として用いられている。

◆例外だらけのGM表示
GM食品がこれほどあふれていながら、大多数の消費者にその実感がないのはなぜだろうか。日本にGM表示制度はあるものの、例外だらけの「ザル法」であるため、ほとんど表示されないからだ。
最大の例外が「検査で検出できない食品」である。これによってGMナタネなどを原料とする食用油や、GM大豆が原料の醤油やコーンフレークが対象外になる。表示の対象は、大豆なら豆腐、納豆、味噌など、トウモロコシならコーンスナック菓子程度になってしまう。

第2の例外が表示対象を重量で限っていることだ。加工食品は多種類の原料からつくられているが、表示対象になるのは上位3品目だけだ。さらに、5%までの混入は許容という抜け穴もある。
そのうえ(EUでは禁じられている)「不分別」というあいまいな表示(たいていはGM作物を含む)まで許されているから、消費者にはわけが分からない。

◆自生するGMナタネ
 GM作物の大量輸入は遺伝子汚染をもたらす。その一つの現れが、日本では栽培されていない除草剤耐性のGMナタネ(「ラウンドアップ耐性ナタネ」=モンサント社と「バスタ耐性ナタネ」=シンジェンタ社の2種類)の自生である。港に陸揚げされた種子が食用油工場などに輸送される途中こぼれ落ち、自生したものだ。
その実態を明らかにする調査を全国各地の市民団体が2004年から続けている。これまでにGMナタネの自生が全国のほぼ半分に当たる23都道府県で確認され、二つの除草剤に耐性をもつナタネ(2種類のGMナタネが混在して自生し、交雑したとみられる)や在来のナタネとの交雑種が見つかっている。

地域の生物多様性の攪乱が始まっているわけで、放置すれば大きな問題になりかねないのだが、農林水産省は独自の調査を基に「GM植物が在来種を駆逐して繁殖している可能性は低い」とし、生物多様性への影響はないとみている。汚染拡大の既成事実をつくろうとしているとも受け取れる。

◆沖縄に未承認のGMパパイア
未承認のGMパパイアが沖縄で栽培され、食べられていたことが2011年4月に明らかになった(注9)。
農水省によると、2005~09年に台湾から輸入された「台農5号」というパパイア種子がGM種子だった。沖縄などの種子企業4社が輸入し、果実は年間約100トン流通していた。農水省は直ちに種子企業に在庫の破棄と販売先の報告を求め、沖縄県はGMパパイアの木の伐採に乗り出した。

沖縄県のパパイア生産農家の多くは収穫・販売ができなくなり、木の伐採分も含め損害額は7000万円にもなったが、苗について補償があっただけだ。
GMパパイアは、パパイアを病気にするウイルスに抵抗性をもたせたもので、食べるとアレルギーを引き起こす可能性が指摘されている。台湾では開発はされていたが、栽培はされていなかった。

GMパパイアの木は約8000本が2011年の末までに伐採されたが、GM種が根絶されたかどうか不明だ。農水省の2013年3月の発表によると、前年の2~9月に沖縄県の道端や空き地、民家の庭先などに生えている696本のパパイアの木を調査した結果、59本(約9%)がGM種だった。発見直後の調査では約20%がGM種だったので、割合は下がっていると農水省は指摘している(注10)。

◆未承認のGM食品添加物がぞろぞろ
2011年12月には、未承認のGM食品添加物が長年にわたって輸入されていた事件が発覚した。GM添加物はGM微生物を使って製造する食品添加物で、製造のさい不純物が混じる可能性がある。
厚生労働省の12月5日の発表によると、未承認の「グアニル酸」と「イノシン酸」が7年近くの間、年間600~700トン違法輸入されていた。これらはうまみ調味料として、だしやスープ、かまぼこ、ハムなどに使われていた。

次いで同月25日には、医薬品の原料になる「リボフラビン」と、パンをつくるさいの酵素となる「キシラナーゼ」の違法輸入が発表された。
前者はBASFジャパンが過去3年間に約82トン輸入していた(うち約36トンは食品添加物として使用)。バイオメジャーが「未承認添加物の輸入・販売」と「医薬品原材料の食品添加物への転用」という二重の違法行為をしていたわけだ。

これらの違法輸入に対して厚労省は、輸入量が3年間に0.6トンと少量だったキシラナーゼについてだけ、それを使った食品の販売停止を命じたが、その他の3添加物については添加物の輸入・販売の中止という措置をとるにとどめた。そしてすぐに食品安全委員会に安全性審査を要請し、事後承認の形をとった。法治国家とは思えない対応である。
GM食品添加物に関する限り、日本の検疫所は何の役にも立っていない。この添加物は検出では発見できないので、EUではトレーサビリティ情報(GM由来に関する記載)を義務づけているが、日本はそうした義務づけをしておらず、事実上ノーチェックなのだ。だから違法輸入は後を絶たない。2012年4月には、人工甘味料アスパルテームに使われる「フェニルアラニン」(必須アミノ酸の一つ)の違法流通が発覚している。(注11)

8 ひたすら米国追随の日本政府

◆問題だらけの安全性審査
 日本では2013年10月17日現在、8品目283品種ものGM作物が食品・飼料としての安全性を承認され、輸入・流通が認められている(注12、他に16品目のGM添加物が承認されている)。その多くは試験栽培と商業栽培の承認も受けている。食品・飼料の安全性は食品安全委員会が審査し、厚労省と農水省が承認しており、生物多様性への影響は農水省と環境省が審査し、問題なしと判断したものだ。
政府によるGM作物の審査については、審査開始(1996年)直後に河田昌東(遺伝子組換え情報室)が申請書類を調べ、問題だらけだと指摘している(注13)。

最近も機械的で形ばかりの審査が続けられているようだ。その典型例がダウ・ケミカル社申請の「除草剤2,4-D耐性のGMトウモロコシ・大豆」とモンサント社申請の「除草剤ジカンバ耐性のGM大豆」のケースである。
これらのGM作物は、(その2で紹介したように)本家の米国では承認に待ったがかかり、「包括的環境影響評価」を実施したうえで結論を出すことになった。ベトナム戦争で使われた枯葉剤の原料になった除草剤が大量散布されれば、環境への影響は計り知れない、といった反対意見を受けての措置だ。

ところが日本政府はすでに2012年5月「2,4-D耐性トウモロコシ」の輸入・流通・栽培を承認している(アリルオキシアルカノエート系除草剤耐性トウモロコシ、という分かりにくい名称になっている)。また「ジカンバ耐性大豆」は同年10月に「環境への影響なし」との結論を出し、13年10月に食品としての流通などを承認した。
いつでも輸入も栽培もできますよと、前のめりに準備を整えたわけだが、一体どのような審査が行われたのだろうか。市民の不信を解消するために、政府は審査資料を「黒塗り部分なし、コピー可能」で全面公開すべきだろう(注14)。

◆モンサント社と提携した住友化学
バイオメジャーはGM作物の輸入大国となった日本で、商業栽培を始める機会をうかがっている。その準備の一つだろう。日本モンサント社やシンジェンタジャパン社はGM大豆やGMワタの野外実験栽培を日本で実施し、その一部を公開している。
モンサント社と提携し、農薬販売を伸ばそうとしているのが、米倉昌弘・日本経団連会長が会長を務める住友化学だ。両者と住友化学の子会社、ベーラントUSA社の2社は2010年10月、米国における雑草防除分野で長期的に協力していくことで合意している。

モンサント社の主力GM製品(ラウンドアップ・レディ=RR)は、除草剤ラウンドアップ(有効成分はグリホサート)に抵抗性をもつ雑草の増加に加え、ラウンドアップの特許期限切れに伴う、後発メーカーによる安価なジェネリック除草剤の発売という問題も抱えている。そこで注目したのが、グリホサート耐性雑草にも効くとされる住友化学の除草剤フルミオキサジン(日本での商品名はスミソーヤ)とクレトジム(同セレクト)だ。
モンサント社がこれらに耐性をもつGM作物「ラウンドアップ・レディ・プラス」を開発・販売し、住友化学はそれとセットで両除草剤を販売するというのが提携の内容だ。3社は協力関係をブラジルやアルゼンチンにも広げた。

◆カルタヘナ国内法の不備
遺伝子汚染が日本で広がるのは、生物多様性条約に基づくカルタヘナ議定書を実施するための国内法が不備なことにもよる。
カルタヘナ議定書(バイオセーフティ議定書ともいう)は、生命操作生物(LMO=GMOとほぼ同じ)の国境間の移動によって、生物多様性やその持続可能な利用が悪影響を受けないようにするねらいで定められた。予防原則(慎重原則)の確立と遺伝資源国の利益保護を加盟国に求めているのが特徴である(注15)。
日本政府は2003年に議定書を批准し、それを実施するための「カルタヘナ国内法」を制定したが、その内容は(議定書の趣旨に反し)予防原則は明記せず、しかも100年以上前から国内に自生していた植物のみを対象にしたものだった。農作物などは保護の対象にしなかったため、事実上「雑草を守るための法律」「申請されたGM作物を機械的に承認していくための法律」になっている。

カルタヘナ議定書の27条(責任と修復)は、LMOの国境間の移動によって損害が生じた場合(あるいは被害が生じそうな場合)、誰が責任を負い、どのように損害を修復・賠償するかについての国際制度をつくるよう定めている。この制度をどのような内容にするか、なるべく弱い規制を求める輸出国(先進国)と強い規制を求まる輸入国(途上国)の間で何年にもわたって激しい議論が行われた末、2010年の第5回締約国会議(MO
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2013.12.17  問題が噴出する遺伝子組み換え(GM)作物 その3(全4回)
  EUとアメリカで何が起きているか

岡田幹治(フリーライター)

5 GM食品を締め出したEU
◆厳格な表示制度
その1とその2で、遺伝子組み換え(GM)技術によってつくられた作物・食品には、「安全性への疑問」をはじめ「耐性雑草・耐性害虫の発生」や「遺伝子汚染の拡大」、さらには「バイオメジャーによる食料支配」などの問題があり、それらが最近いよいよ明確になってきた実態を報告した。
そんな作物はとうてい受容できないと考える人々が多数を占め、GM作物を厳しく規制してきたのが欧州連合(EU)の国々である。
いまEU加盟国のスーパーなどでGM食品をみるのはごくまれだ。たまに米国産の缶詰などを見かけるが、それには「GMO(GM生物)」と明示されている。

GM食品締め出しの決め手になったのは、2004年に実施された厳格な表示制度である。例外・抜け穴だらけの日本の表示制度とは違い、EUではGM作物を使用したすべての食品は「GMO」と表示しなければならず、不慮の混入も0.9%までしか許されない。レストランなどでもメニューに示されている。
問題はGM作物を使っていても現在の技術では検出できない食品(食用油など)だったが、この点は徹底したトレーサビリティ(生産履歴システム)の導入で解決した。作物の種子にまでさかのぼり、生産、加工、流通の各段階でGMではないという記録の保存を義務づけたのだ。
ただ一つの例外は、GM作物を給餌された家畜から生産された肉、卵、魚、乳製品に表示義務がないことだ(これを避けたい消費者は「有機」表示の畜産物を選ぶしかない)。これが飼料用GMトウモロコシなどの大量輸入を生んでおり、今後の課題になっている。

◆減少する栽培国
EUの行政機関である欧州委員会は、新表示制度の施行と同時にGM作物の一時停止措置(モラトリアム)を解き、輸入や栽培の承認を進めようとしたが、こちらも進んでいない。安全性確認などに時間がかかるうえ、承認された作物について加盟国が(新たな科学的知見が発表されたなどの理由で)一時的な栽培禁止措置を発動するケースが相次いでいるからだ。
事態打開のため欧州委員会は2010年、安全性の確認は共通ルールに基づいて委員会が行うが、商業栽培を国内で認めるかどうかの決定権は各国にゆだねるという改正案を提案した。ただし、各国による栽培禁止の理由は経済的または政治的なものに限り、安全性を理由にはできないという条件つきだった(注7)。

この提案についてはGMの推進派、反対派の両方から異論が出て、いまだに決着がついていない。そこで欧州委員会は2013年1月、14年までの任期中はこの問題に集中し、GM作物の承認審査は行わないことを決めた。
国際アグリバイオ事業団(ISAAA)によると、EU加盟国では2012年中にドイツ、スウェーデン、ポーランドで商業栽培が中止された。10ヘクタール以上栽培している国はスペインだけとなり、わずかながら栽培している国もポルトガル、スロバキアなど4か国になっている。

◆モンサント社も撤退戦略
こうなるとバイオメジャーも商売がやりにくくなる。まずBASFが2012年1月にEU向けのGM作物の研究開発はやめると表明し、13年1月には欧州委員会に提出していた3種類のGMジャガイモの商品化許可申請を取り下げた。
続いてモンサント社が同年7月17日、「EU域内でのGM作物栽培は1品種を除いてあきらめ、7品種の栽培承認申請は数か月以内にすべて撤回する」などという撤退戦略を明らかにした。発表によれば、EUでは(子会社を通じた)非GM種子のビジネスを拡大するとともに、GM作物の輸入と食用・飼料としての利用の許可獲得に注力するという。

栽培申請を続ける1品種は殺虫性のGMトウモロコシだ。1998年に得た栽培承認の更新を2007年に申請したが、いまだに承認されないまま、スペインなどで栽培されている。
モンサント社の発表について環境NGOのグリーンピースなどは、撤退を歓迎しながらも、輸入は継続とされているため警戒を緩めていない。

◆厳しい規制を生んだ四つの理由
 EUではなぜGM作物が厳しく規制されているのだろうか。白井和宏(生活クラブ・スピリッツ専務)は四つの理由を挙げている(アンディ・リース『遺伝子組み換え食品の真実』の訳者解説)。
 まず消費者の強力な抵抗だ。EUにも産業振興や貿易拡大のためにGM作物を普及させたい人々(欧州委員会や一部の加盟国政府)はいる。しかし、BSE(牛海綿状脳症)問題などで苦い経験を重ねた消費者の政府と食品企業に対する不信感が強く、これがGM食品反対運動を強力なものにしている。

二つ目が強固な市民社会の存在である。EUではさまざまな分野でNGOが活発に活動しており、それを多数の市民が支えている。厳格な表示制度の導入は、消費者、農業、環境など幅広い市民団体が連携して当局に強力に働きかけた成果だ。
三つ目はEUのバイオメジャーが非力だったことだ。モンサント社が米国政府と一体化して世界市場を制圧していったのに比べ、欧州に本拠を置くシンジェンタ社(スイス)、バイエルクロップサイエンス社(ドイツ)、BASF(同)は消費者や農業生産者の強い反対を突き崩すことができなかった。
最後はEU地域が食料の生産大国であり、GM作物に依存しなくてもよいことである。

6 GMサケと表示で大揺れの米国

◆2倍の速さで成長するGMサケ
 EUとは正反対に、GM作物を推進し、世界最大の生産国になったのが米国だ。そのGM発祥の国がここ3年ほど大きく揺れている。
 きっかけはGMサケの登場だ。承認されれば世界最初のGM食品動物になるこのサケは、米国のベンチャー企業、アクアバウンティ・テクノロジーズ社が開発し、「アクアドバンテージ」と名づけられた。

普通の大きさのアトランティック・サーモンに、(2メートルにもなるためキング・サーモンと呼ばれている)チヌーク・サーモンの成長ホルモンをつくる遺伝子を導入し、さらに(寒い冬季も成長する)ゲンゲというウナギに似た魚の遺伝子も組み込んである。こうすれば、普通のサケが出荷サイズになるまで30か月ほどかかるのに、16~18か月で出荷できる。価格は安くなり、養殖の飼料が少なくて済むので環境にもよいという。
ア社の計画では、カナダのプリンスエドワード島にある施設で雌の発眼卵(眼がはっきり分かるまでに成長した卵で、輸送しやすい)にし、それを中米パナマに移して、内陸部のタンクで育てて養殖業者に卸す。雌の発眼卵は不妊になるよう処理してあるので、万一逃げ出しても生態系への影響はないという。

◆フランケン・フィッシュへの懸念
GMサケの問題点は二つに大別できる。一つは食品としての安全性への不安だ。GMサケには免疫力が弱く成長後死亡しやすいなどの問題がある。成長が早いだけ毒素の蓄積も早く、成長ホルモンの濃度も高いが、それらを人が摂取すればがん細胞を刺激するなどの影響が出るとみる研究者もいる。
二つ目が環境への影響で、魚は作物と違って自由に泳ぎ回るから危険性はより大きい。たとえば不妊のサケが養殖中に大量に逃げ出すと、サケの滅亡を引き起こす恐れがある。また不妊の技術は絶対ではなく、逃げ出したGMサケが生殖能力を回復する可能性があり、その場合はGM遺伝子が拡散する危険性がある。GMサケを養殖場に完全に封じ込めることなど不可能なのだ。

このため、米国の食品医薬品局(FDA)が2010年に「食べても安全」という評価を公表すると、異論が続出して大きな社会問題になった。続いてFDAは2012年12月に「ア社の方式であれば環境への重大な影響はない」という評価書案を発表した(注8)。これにもまた200万を超す意見が殺到し、いまだにFDAは承認できていない。
GM大国の米国でも、この化け物のようなGM魚を口に入れることには嫌悪感をもつ人が多いようだ。メディアには、人体をつなぎ合わせてつくられた小説中の怪物になぞらえて「フランケン・フィッシュ」という表現もしばしば登場する。
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2013.12.13  問題が噴出する遺伝子組み換え(GM)作物 その2(全4回)
 「バイオメジャー」による食の支配を許してよいのか

岡田幹治(フリーライター)

3 避けられない「遺伝子汚染」
◆補償額が750億円にも
GM作物はこれまで自然界にはなかった形質(遺伝によって伝えられる生物の形態や特徴)をもつので、その花粉が飛散して近縁の植物と交雑すれば、生態系(生物多様性)に影響を与える。作物の開発・生産・流通の過程で種子がこぼれて自生・交雑し、在来作物の農家に経済的損失を与えることもある。
このような「遺伝子汚染」を防ぐため、GM作物の導入に当たっては環境影響評価が行われ、問題なしと判断されたものだけが栽培を許されることになっている(日本では環境省と農林水産省が評価を担当)。またメーカーや流通業者も厳しい管理をしている。しかし、ひとたび環境中に放出された遺伝子は、どんな対策をとっても完全に封じ込めることはできない。

とくにGM作物の栽培が増え、輸出入量が増えるにしたがって、汚染は増え、損害とリスクが世界的に拡大している。経済的損害をもたらした事件は米国を中心にすでに数百件起きている。
最も損失が大きかったのが「リバティリンク(LL)ライス事件」(2006年)である。LLライス(コメ)はバイエルクロップサイエンス社が開発した、除草剤グリホシネート(商品名バスタ)に耐性のあるGMライスで、3系統が開発されたが、うち「601系統」は実用化されず、安全性の承認も受けていなかった。それが非GMのコメに混入していた。日本やEUが輸入を停止したため農家が大損害を受け、消費者とともに訴訟を起こした。補償額は7億5000万ドル(約750億円)にもなった。

◆GM小麦が見つかった!
このような遺伝子汚染を防ごうと米国農務省は対策を取っているが、汚染はなくならない。2013年5月には、商業栽培されたことのないGM小麦がオレゴン州で見つかり、日本の農水省は直ちに同州産小麦の輸入を一時停止した(農水省は同年8月、原因不明のまま輸入を再開した)。
米国農務省の5月29日の発表によると、オレゴン州の農家がラウンドアップをまいても枯れない小麦を見つけて研究者に連絡したのが発端だ。農務省の検査で、モンサント社のRR小麦と同一の遺伝子をもっていることが確認された。このGM小麦は、同社が1998年から2005年までオレゴン州を含む16州の圃場で試験栽培をしたことがある。
除草剤耐性のGM小麦はモンサント社が開発したが、日本など輸入国の消費者が強硬に反対し、2004年に撤退が表明された。最近は干ばつ耐性のGM小麦の開発が進められており、米国やオーストラリアで試験栽培が行われている。

それにしても、なぜ除草剤耐性GM小麦が試験栽培の終了から8年もたって現れたのか。気づかれないままに広がっていたとすれば、オレゴン州だけのことではないかもしれないし、すでに輸出されていた可能性もある。農務省は非常に深刻な事態ととらえ、調査を開始した。
しかし、汚染ルートなどの解明は進まない。そんななか、モンサント社の最高技術責任者が6月20日の記者会見で「故意の妨害行為(サボタージュ)の結果だという確信を深めている」と語った。だれがやったかなどは分からないが、「バイオテクノロジー(生命技術)を好まない人がおり、問題をつくり出す機会として利用したとみるのが公正だ」と述べたという。
自分に都合の悪いことは責任を転嫁するのが、モンサント社の流儀らしい。

◆有機農業ができなくなる
 GM作物による汚染はまた、非GM農業、とりわけ有機農業を脅かす。GM作物の花粉が飛散して有機農産物と交雑してしまうからだ。米国やカナダではすでに有機農業がきわめて困難になっているが、最近、大問題になっているのがオーストラリアである。
 同国ではGMナタネ(キャノーラ)の栽培が州ごとに解禁されており、西オーストラリア州では2010年1月に解禁された。すると、1年も経たないうちに有機農家スティーブ・マーシュのナタネの約70%がGMナタネに汚染されてしまった。10年12月に有機認証は取り消され、これを受けて同国の有機生産者協会は有機農業をGM汚染から守るための立法が必要との声明を発表した。マーシュは12年4月、隣人のGM農家を訴える同国初の裁判を起こしている。

4 バイオメジャーによる食料支配

◆6社寡占で弊害も
 GM作物を本格的に展開しているのは、シンジェンタ(スイス)、バイエルクロップサイエンス(ドイツ)、BASF(同)、ダウ・アグロサインス(米国)、モンサント(同)、デュポン(同)という六つの多国籍企業だ。
 これら6社は世界の農薬売上高で6位までを占め、また種子の売上高ではモンサント、デュポン、シンジェンタが3位までを占めている。農薬会社も種子会社もたくさんあったのだが、1990年代に入って農薬会社の再編成が進み、さらに巨大な資金力をもつ農薬会社が種子企業を合併・買収していった。中でも6社は研究開発力や販売力で群を抜いており、農業関係のバイオテクノロジー(アグロバイオ)に注力している。このためこれらは「バイオメジャー」「国際バイオテク企業」などと呼ばれている(注4)。

バイオメジャーは激しく競いながらも、汎用性の高いGM特許をもつモンサント社と相互にライセンス(特許権許諾)契約を結ぶなど協調的態度をとっている。独占的利潤を稼ごうとしているのだ。
企業買収などの結果、米国の種子市場では寡占度が高くなった。久野秀二・京都大学大学院教授の2010年の発表によれば、たとえば大豆種子市場では、1980年には大学や公的機関による「公共種子」が70%を占めていたが、98年には公共種子のシェアが10%に落ち、モンサントグループが24%、デュポングループが17%を占めるようになった。そして08年にはモンサントグループがライセンス供与分を含めて63%を握るに至った。

こうなると、値上げがしやすくなる。モンサント社が新しく導入した除草剤耐性GM大豆「RR2Y」を例にとれば、2010年の種子価格は1ブッシェル(15万粒)当たり70ドルとなった。01年のGM大豆の2.43倍であり、非GM種子の2倍になる。
またワタ種子の100ポンド(42.5万粒)当たりの価格は、2001年には217ドルだったが、特別の機能向上がないのに値段は上がり、10年には700ドルになった。これは非GM種子の5.9倍になる。

◆モンサント社の血塗られた歴史
GM世界の巨人・モンサント社は1901年、ミズーリ州セントルイスに化学薬品の会社として設立された。20年代からPCB(ポリ塩化ビフェニール)を生産し、60年代にはベトナム戦争で使われた枯葉剤を製造していた。PCBにも枯葉剤にも強力な毒性があり、米国内やベトナムで深刻な健康被害を引き起こして大きな問題になった。
90年代には、GM微生物によって量産した「組み換え牛成長ホルモン(rBGH)」で大きな利益を上げた。rBGHは牛に注射すると成長が早く、乳量も増えるが、ヒトのがんを誘発するなどの毒性があり、EU、日本、オーストラリアなどでは使用を禁じている。このような製品で稼いできたモンサント社の歴史は、血塗られたものなのだ。

利益のためには虚偽の宣伝やデータの捏造もした。除草剤ラウンドアップについて「生分解性があり、土壌に蓄積されません」などとした安全性に関する広告が虚偽で、かつ誤解を招くものだと1996年に判決を受けている。

◆農家を囲い込む
モンサント社は2002年に大変身を遂げた。化学部門や医薬部門を切り離し、農薬事業と種子・遺伝子事業を経営の二本柱とする、農業関係に特化した企業になったのだ。以後、急成長を続け、売上高は03年の49億ドルから12年度の135億ドルへ、純利益は6800万ドルから20億ドルへ急増した。売上高の内訳では、03年には農薬事業が7割近くを占めていたが、12年には種子事業が7割以上を占めるようになった(石井勇人『農業超大国アメリカの戦略』などによる)。
急成長の秘密の一つは、ラウンドアップとそれに耐性をもつGM種子のセット販売を始めたことだ。こうすれば除草剤と種子の両方で稼げる。

同時にモンサント社は、種子や遺伝子に認められた特許権をフルに活用した(注5)。
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