2017.08.11 次から次へと出てくる森友・加計疑惑の新事実
安倍内閣改造は政権浮揚につながらない

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 安倍内閣改造直後の数日間、マスメディア各社による世論調査が一斉に行われた。調査実施日は、毎日、読売、日経、共同通信が8月3、4日、朝日が8月5、6日だ。内閣改造後の内閣支持率の動向は、各社によって相当の違いがあるとはいえ、いずれの結果も支持率が若干回復し、その分だけ不支持率が減るという傾向を示した。安倍政権は、これでひとまず内閣支持率が下げ止まり、「V字型」とまではいかないが、今後は着実に回復できると期待しているようだ。

 だが、いずれの調査においても不支持率が支持率を上回っていること、及び支持する理由が「これまでよりもまし」「ほかに適当な人がいない」といった相対的理由であるのに対して、支持しない理由が「首相が信頼できない」という絶対的理由である点が注目される。いわば、安倍内閣の支持基盤が不安定で流動的であるのに比べて、不支持を表明している世論の方がより確かな社会基盤を形成していると言っていいだろう。

 加えて、内閣改造後から次々と森友・加計疑惑に関する新事実が出てきていることも注目される。8月4日には森友学園(前理事長)の籠池夫妻が昨年6月、近畿財務局との国有地売買契約をめぐる交渉で、地中からごみが新たに出てきたと難癖をつけ、損害賠償請求をちらつかせて「0円で買いたい」(タダでよこせ)と要求していたことが発覚した(毎日新聞、8月4日)。

このやりとりをめぐる生々しい録音は、フジテレビでも流れた。妻の諄子容疑者が担当者に対して「鬼!」と怒鳴り散らすなど激しい剣幕で迫り、財務局側が土壌改良費としてすでに1億3200万円がかかっているので、それ以下では売れないとひたすら言い訳していたのが印象的だった。また、籠池容疑者が近畿財務局担当者に「ぐーんと下げていかなあかんよ」と求めたのに対して、担当者側は「理事長がおっしゃる0円に近い金額まで、私ができるだけ努力する作業を今やっています」などと応じている(朝日新聞、8月5日)。要するに籠池夫妻容疑者は、昭恵首相夫人の存在を「葵の御紋」にして近畿財務局を恫喝し、最終的には土壌改良費に僅か200万円を上積みしただけのタダ同然の価格で国有地を手に入れたのである。

既にそれ以前においてもNHKのスクープによって、近畿財務局が森友学園に対して「いくらなら出せるか」として事前交渉していた事実も発覚している。財務省の佐川理財局長(現国税庁長官)は今年3月、衆院財務金融委員会で「財務省が価格を提示したことも、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と答弁しているが、それが「真っ赤なウソ」であることが動かぬ証拠で明らかになったのである(朝日新聞、8月5日)。佐川氏は先月5日に国税庁長官に就任しているが、恒例の就任記者会見をいまだ開けないまでに追い詰められている。

次いで8月6日には、政府の国家戦略特区ワーキンググループ(八田達夫座長)が2015年6月、獣医学部新設提案について愛媛県と今治市からヒアリングした際、加計学園関係者が出席して質疑にも答えていたにもかかわらず、内閣府が公表した議事要旨には加計学園関係者の名前も発言内容も一切消されていたことが発覚した(朝日新聞、8月6日)。8日には、愛媛県がヒアリングの内容を非公開にすることを希望したとの部分が削られ、議事要旨が改ざんされていたことも明らかになった(同、8月8日)。ワーキンググループは7日、今後公表する予定の詳細な議事録においても、加計学園側の発言は「公式発言ではない」として掲載しない方針であり、ヒアリングの速記録についても「用済みになったので、今は存在しない」(破棄した)としている(同)。

 八田座長は今年7月、衆院予算委員会でワーキンググループは、「議事を公開している。一般の政策決定よりはるかに透明度の高いプロセス」であり、「一点の曇りもない」と言明した。安倍首相も今月3日、内閣改造後に出演したテレビ番組で「国家戦略特区ワーキンググループの議論はすべてオープンになっている」と口裏を合わせた(朝日新聞、8月6日)。しかし疑惑の渦中にある加計学園関係者の発言はおろか出席自体も議事録から抹殺しようとする動きは、まさに国民には「臭いものに蓋をする」行為だと眼に映る。「李下に冠を正さず」どころか、「盗んだ李を隠す」ような行為だと思われても仕方がない。

 今回の各紙世論調査の中で、私が注目したのは朝日新聞の結果だ。内閣支持率は、前回7月調査の33%から35%へ、不支持率が47%から45%へとほぼ横ばいで変わらなかった。これは他の各社の調査実施日が改造直後の8月3、4日だったのに対して、朝日はその2日後に調査をずらしたことの影響だろう。改造直後はニュースが溢れているので何だか内閣が変わったような印象を受けるが、3日目、4日目となると事態の構造が冷静に見えるようになる。その結果、内閣支持率があまり動かなかったのだ。

 加えて、加計学園に関する質問の中で、「加計疑惑が晴れた」6%に対して、「疑惑は晴れていない」が83%に達したことも注目に値する。「今回の内閣改造は、安倍政権の信頼回復につながるか」との質問に対しては、「つながる」26%、「つながらない」55%だったことも同様だ。つまり、加計疑惑(森友疑惑も含めて)を100%解明しない限り、安倍首相に対する信頼は戻らないのである。

 安倍首相が改造後の記者会見でお詫びの言葉を神妙に並べるのもよい。10秒近く頭を下げるパフォーマンスもいいだろう。でも、国民はもう騙されないと思った方がいい。世論調査の結果を素直に読めば、「論より証拠を示せ」とみんなが思っているのである。その目の前で凝りもせずに百日一日の如く「森友隠し」「加計隠し」を続ければどんな結果が待っているか、誰もがわかっているはずだ。「わかっちゃいるけど止められない」のであれば、国民に引きずり下ろされるだけの話なのである。

2017.08.08 「美しい国」造りにはモラルが必要なのです

宮里政充(もと高校教師)

1 総裁選で安倍総理が訴えておられたのが「戦後レジームからの脱却」と「美しい国」でした。「戦後レジームからの脱却」とは、日本が敗戦後六年八カ月もの間、連合軍に占領されていた時代にできた憲法を含む体制から脱却して、名実ともに日本が主権国家に生まれ変わるということです。

2 安倍政権下で「美しい国」を旗印としたとき、正直いってそれほどピンと来ませんでした。しかし、自民党が下野して民主党政権による不道徳極まりない政治を見せつけられると、いま一度「美しい国」という旗を立てるべきではないか、そして道徳的政治とは何か、有道、有徳の国のかたちを具体的に国民に示すべきではないかと思っています。

 上記の1・2の文章は稲田朋美著『私は日本を守りたい』(PHP研究所・2010・7・7刊)からの引用である。続いて、かなり長くなるが、櫻井よしこ著『気高く、強く、美しくあれ』(小学館・2006・8・20刊)から著者個人による日本国憲法改正案の一部、「憲法前文」を引用する。

 日本国は緑深い山々と豊かな海に抱かれた美しい国土に、国民統合の象徴である天皇を戴き幾十世紀もの悠久の歴史を積み重ねてきた。
 自然を畏敬し、命あるもの全てを慈しみ、穏やかな精神文明を育んできた日本民族は、ひとりひとりの国民を大切にし、人の和を尊んできた。上も下も睦びて人の和を以て国柄の基本となしてきた。
 遍く行きわたる教育によって国民は自らを律する倫理観を身につけ、秀れた文化を生み出し、産業を興し、比類なく豊かな社会を築いてきた。現在の日本国は、幾百世代もの昔からこの祖国を築き守ってきた先人たちの心の結実であり、日本国民は、日本を日本たらしめてきた日本文明を、未来世代にたしかに伝えていくものである。
 また日本国と日本国民はこの独立を自らの手で守るものである。正義と平和を実現し、それらを支える勇気と責任の醸成を以て、責任ある国家及び国民の使命と位置づける。日本国と日本国民は、自然を尊び人の和を基調とする日本文明を以て、二十一世紀の国際社会と人類のために貢献するものである。
 日本国民の至高の意志により、日本国の未来への決意を、ここに新しい憲法をもって宣言する。

 いまこの二人の文章を読んでみると、いわゆる右派の論陣を張る人たちが標榜する「美しい国」のイメージがある程度想像できる。そしておそらくそのイメージは稲田氏や安倍総理大臣をはじめとする「日本会議」のメンバーが共有している国家像なのであろう。ただ、櫻井氏の文章には戦争という悲惨な事実がすっぽり抜けているので、歴史のリアリティー感が薄い。特に沖縄で戦火をかいくぐって生き延びてきた私としては「それってどこの国の歴史なの?」と問いたくなる。そもそも「美しい国」造りを目指すにはその国造りの担い手(為政者)がまず美しく凛としていなければなるまい。さもなければ自分の倫理的な低さを棚にあげて上から目線で高圧的に強要してくる、つまり人間として最も恥ずかしく、「美しくない」姿を国民の前に露呈させることになるからだ。そうなれば主権者である国民はそういう為政者には政権の座から降りてもらうという行動に出る。当然のことだ。

 それにしても日本を「美しくしたい」人たちの美しくない言動には辟易する。教育勅語を暗唱し「安倍総理大臣がんばれ」と声をそろえる子供たちに感動の涙を流し、系列学園の名誉校長にまでなった昭恵夫人は自分の身に批判の目が向けられるようになってからずっと沈黙を守り続けている。櫻井よしこ氏はじめ、学園の講師に招かれた右派の論客たち(百田尚樹氏、青山繁晴氏、田母神俊雄氏、曽野綾子氏、渡部昇一氏、八木秀次氏ら)の誰一人として籠池氏夫妻を弁護しない。もちろん、詐欺罪で逮捕された籠池氏夫妻をかばうのはリスクが大きすぎるかもしれない。しかし、たとえ夫妻が罪を犯しているとしても、森友学園の建学の精神に賭けて何らかのコメントを発することはできないものなのだろうか。森友学園は今後経営困難に陥り廃校に追いやられるかもしれない。「そんなこと私には関係ない」という対応は果たして美しいのか? 稲田朋美氏は弁護士なのだから籠池夫妻の弁護を引き受けてはどうだろう。そうすれば彼女を凛とした美しさを備えた人間として認めよう。

 東京都議選の結果が出る前までの安倍総理の言動には目に余るものがあった。傲慢で、強権的で、野党のみならず国民を見下し欺く。その姿は美しい国のリーダーとしては最もふさわしくない、むしろ美しさとは真逆なものであった。私はテレビの画面でその姿を見るにつけ、ストレスがたまり、何か決定的な鉄槌を下す者はいないかと期待し続けていたものだ。その思いは私だけではなかったことが間もなく証明された。国民・都民はバカではないのである。

 日本が美しい国であることを望まない国民は一人もいない。櫻井よしこ氏の「憲法前文試案」を私は全否定するつもりはない。だが、氏が提唱する「美しい日本」を実現するにはその実現を担おうとする人たちに、人間的な力、倫理、モラルが恐ろしく欠けており、そういう人たちに将来の国づくりを任せるわけにはいかないと思う。あるいはそう思う私のほうこそ愛国者なのかもしれないではないか。(2017.8.2記す)

2017.08.03 森友学園の籠池夫妻が漸く逮捕された
籠池夫妻逮捕が財務省捜査につながるかどうかは内閣支持率の動向に懸かっている

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

2017年7月31日、大阪地検特捜部は、学校法人森友学園(大阪市)による国の補助金不正受給事件で、前理事長の籠池泰典容疑者と妻諄子容疑者を詐欺容疑で逮捕した。籠池容疑者は「天性の詐欺師」と言われただけあって、身体中のどこを叩いても埃が出てくるような怪しげな人物だ。とっくの昔に逮捕されていてもおかしくないのに、それが昨日までズルズルと引き延ばされてきたのにはそれなりの訳がある。

言うまでもなく、森友学園疑惑は籠池夫妻の単なる詐欺事件ではない。事件の核心は、近畿財務局(財務省)が安倍首相夫妻の意を受けて(忖度して)、国民の財産である国有地をタダ同然の安値で森友学園に払い下げしたという点にある。いわば、安倍政権による国政私物化の象徴が森友学園疑惑の核心であって、それが解明されるかどうかに国民の関心が集中しているのである。

検察は極めて世論動向に敏い政治的な権力組織だ。国民の意向を忖度する上ではどの省庁よりも敏感なアンテナを持っている。森友学園疑惑に関して言えば、それを籠池夫妻の個人的詐欺事件のレベルにとどめるのか、それとも財務省主導の国家的レベルの犯罪として捜査するかが判断の分かれ目になる。検察は、世論動向を見ながらその落しどころを探ってきたのだろう。それが籠池夫妻逮捕までにかなりの時間を要した背景だ。

しかし、籠池夫妻の逮捕だけはどうしても避けられない。放置すれば、「騙した方が得」ということになって法治国家の骨格が揺らぐからだ。だから、遅かれ早かれ籠池夫妻はいずれ逮捕されることになっていた。問題はそのタイミングである。私は、この8月3日に予定されている内閣改造直前に、籠池夫妻が逮捕されたことに重大な意味が込められていると考える。

今回の籠池夫妻逮捕は、森友学園疑惑を国家的犯罪の一環として財務省にまで捜査の手を広げるかどうかについて、検察が国民に投げかけた「リトマス試験紙」のようなものだ。国民世論が籠池夫妻逮捕だけで満足すれば森友学園疑惑はこれで幕引きになるだろうし、納得しなければ次のステージに移ることになる。その決め手になるのが内閣改造に対する国民世論の動向であり、有体に言えば、内閣支持率が上がるか下がるかによって、検察の次の一手が決まるということだ。

検察は「正義の味方」でもなければ「法の番人」でもない。国家統治機構(国家権力)の秩序と安定をまもることが最大の使命であり、そのためには犯罪を見逃すこともあれば、立件することもある。市民で構成される検察審議会が往々にして異議を申したてるのはそれゆえだ。とりわけ国家的犯罪ともなれば、国家統治機構の根幹を揺るがす可能性を秘めているだけに、それをどの程度の影響にとどめるか(逮捕するかしないか、逮捕するにしてもどのように立件するか)は、ひとえに検察の判断に懸かっている。

注目されるのは、大阪地検特捜部が近畿財務局関係者の事情聴取を始めているという情報が流れていることだ。NHK大阪放送局(社会部)がスクープした近畿財務局と森友学園との国有地払い下げに関する事前交渉記録の存在が明らかになったのである。大阪放送局には幸い政治部がないので、スクープした記録がそのままニュースに流されることになった(NHK大阪放送局がんばれ!)。ローカルニュースだけでなく全国ニュースでも流れたところをみると、政治部や上層部の妨害ももはやこれまでとなったのだろう。

検察はこの状況を注意深く見守っていると思う。世論動向を見間違えれば、検察庁の表看板にペンキが掛けられるようなことも起こり得るし、ロッキード事件のように田中角栄首相の逮捕にまで発展すれば、国民の拍手喝さいを受けることにもなる。籠池容疑者が「今日は田中首相が逮捕された日と同じ」と呟いたのは、森友学園疑惑を籠池夫妻逮捕という次元で終わらせるなという彼一流のアピールだったのだろう。

内閣改造人事については巷間様々な憶測が流れている。私たち国民には知るすべもないので拙速な予断は避けなければならないが、一つ言えることは、今後の内閣支持率の動向が森友学園疑惑解明のカギを握っているということだ。支持率が回復すれば検察は財務省追求の手を緩めるだろうし、支持率が回復しなければ次の一手である財務省捜査に着手するかもしれない。

防衛省では稲田大臣の辞任にとどまらず、防衛事務次官や陸上幕僚長の退職にまで発展した。財務省もこのままで済まされるとは思われない(思いたくない)。国税庁長官に栄転した前理財局長をはじめ、元近畿財務局局長など森友学園疑惑関係者は山ほどいる。この氷山の一角でも明らかになれば、後は芋づる式に事件の全容は明らかになる。

次回の世論調査は内閣改造後に行われる。国民世論が森友学園疑惑に対して如何なる審判を下すか、私は固唾をのんでその結果を待っている。

2017.08.03 苦境での内閣改造―政権生命弱体化が過去の事例
 

野上浩太郎(政治ジャーナリスト)

 安倍晋三とは、亡き父親の安倍晋太郎が外相のころ、その秘書官として修行中だった晋三と会って会話を交わしたことがある。その時の印象はとてもよかった。当時、すでに父君は内臓にがんを抱えており、折角の竹下登首相からの信頼と友情に包まれ、後継首相(自民党総裁)就任は確実視されていたのに、がんさえなければ惜しいことだと思いながらその息子と飯を食った。父君ががんであることは政治記者の間で広く知られ、しかも発生場所が膵臓という難しい部分だったために、それさえなければ念願の政府・与党のトップになれたのに「気の毒」という気持ちだった。それを隠しながら「それにしても、秘書をしている息子さんは好漢だなあ」と思った。それが1989年ごろのことだ。
 どういう好漢ぶりだったかといえば、「最近の若者にしては感じがいいなあ。謙虚さがあるなあ」という程度で、強い印象を受けたわけではない。1959-1960年、祖父の岸信介元首相による安保条約の改定強行採決に、一学生として怒り心頭、毎日のように国会周辺デモに加わっていたご縁で、食事をしながら「うーむ。これがあの60年安保をやった岸さんの孫か。それにしては好青年だなあ」と漠然と思ったような記憶を呼び覚まされた。不幸にして父の晋太郎ががんで亡くなれば、この好青年晋三が地盤を継いで楽に衆院総選挙に初当選し、国会議員になることは当然の成り行きであろう。
 幼い晋三が、渋谷南平台町にあった岸邸の中で「アンポ、ハンタイ」と叫びながら祖父の膝に飛び乗ったエピソードは祖父も晋三本人も書いたりしゃべったりしている。大邸宅とはいえ、全学連などは南平台にもデモをかけていたから、幼児の耳に自然にはいってこびりついたのだろう。
 そして50数年後のいま、晋三は「右翼のこころ」を支えに、祖父並みの右寄り政策を掲げて、内閣支持率の低落にあえいでいる。その典型が7月29日に辞意表明した稲田朋美の防衛相辞任表明である。誰が見ても、弁護士出身の稲田は防衛省を率いる識見も指導力も持っていなかった。その結果、在任1年も経たないうちに、とんでもない失言を重ねた。最もわかりやすい失言が都議選の応援演説の中で「自衛隊、防衛省、自民党」がこの候補を応援しているからよろしく、とやったやつで、現職の防衛相がこんな演説をやれば法律(公職選挙法)はもとより憲法そのものに触れることは子供にでもわかる。さすがに稲田は発言した夜に陳謝し取り消したが、これ以外にも危なっかしい失言を次々と重ねた。
 ところが失言や暴言のたびごとに、安倍は稲田をかばいにかばった。なぜか?お互いに筋金入りの右翼であり、同志だからである。特に右でも左でもない普通の市民感覚を持つ多数派市民から見れば、弁護士出身にしては発言のきめの荒さに驚くところだが、安倍からみれば「将来の総理候補」とさえ表現しても見当はずれではない人材であるらしい。
戦前から連日有楽町の駅前で右翼老人としてだみ声で演説してきた赤尾敏は、筆者が若手記者のころ、たまたまそばを通りかかったとき「ビートルズにあの大切な武道館を使わせるのは許せない」とののしった。武道館は日本の伝統を象徴する貴重な建造物で、そこでガチャガチャとやかましいビートルズごときが、歌いギターをかき鳴らすのは許すべきではない、というのが赤尾演説の趣旨だったようだ。ビートルズファンの若者の一人だった筆者は、苦笑しながら通り過ぎた。
その数年前、山口乙矢という17歳の少年が大きな短刀で演説中の浅沼稲次郎社会党委員長の腹部を二度三度と突き刺し、出血多量で事実上即死させた。山口の所属先は赤尾敏のグループで、なぜ浅沼の腹を突き刺して殺したかといえば、ビートルズに武道館を使わせるような左翼の誤った思想は許せないという赤尾老人の思想を狂熱的に信じたからだ。
 安倍は「お友達内閣」とか「お友達人事」を繰り返しているうちに、「一強」と呼ばれるほどの大勢力をかき集めた。だが、先の都議選で歴史的敗北を喫したうえ、同志中の同志、稲田おばさんにまで辞任されては一強も憲法改正もお笑い草だ。そうかといって内閣支持率の急降下ぶりを見る限り、近い将来、解散ー総選挙をやれば確実に自民党は議席を減らし、改憲に必要な3分の2さえ失われる。改憲の発議ができなくなる。8月3日に内閣改造人事を予定しているが、こういう状況の中で改造人事をやれば政権の存続生命は一気に脆弱化するのが過去の例だ。(8月1日記)

 だが安倍もすでに第1-2次にわたり、合計6年間の首相経験を積んでいる。普通なら、閣僚未経験者を数人はめ込むのがこれまでの首相のやり方なのだが、今回は政権の危機対応ともいうべき、中身のある人事を断行した。
 第一に野田聖子氏の総務相起用。第2次内閣の組閣の際には、野田への推薦人を削り、出馬できなくした。
 第二に、うるさ型の河野太郎氏の外相への起用。河野を評価する菅義偉官房長官の進言もあり、河野家伝統の「権力者への噛みつき」を恐れなかった。
第三に林芳正氏の文部科学相起用。彼は自信家で、いずれは首相の座をうかがう秀才だ。安倍がもっとも苦手とするタイプだが、あえて閣内のトラブル生産者となった文科相に引き込み、「林君のお手並み拝見」といったところだ。
これらの人事で、自民党内の鎮静化をはかった。

2017.07.28 安倍支持率急落―改憲を断念すべきだ
野上 浩太郎 (政治ジャーナリスト)

 都議選での自民党の歴史的惨敗は5年以上も「一強」として政権を維持してきた安倍晋三首相に致命的打撃を与えた。
 50数議席から「23議席」という歴史的惨敗は大ショックだったが、それでも安倍は見て見ぬふりで通り過ぎようとした。祖父の岸信介譲りの憲法改正(特に戦争放棄の9条改正)を究極的ターゲットに,周辺に「お友達」右翼勢力をひきつけながら記録的な長期政権を存続させるーという安倍改憲戦略である。
 どうやらこの戦略は限界を露呈した。都議選の惨敗は「首都東京とはいえ大規模な地方議員選挙に過ぎない」という右翼独特の暴力的論理で乗り切ろうとしたが、そこは幼稚園から大学まで家庭教師の助けで成蹊を過ごした「甘さ」がマイナス方向に作用した。
 右翼思想団体の「日本会議」に内側を固めさせながら、首相官邸に通産・財務・外務などから秀才官僚を集め、各省の幹部人事まで安倍官邸が取り仕切るーという異例の采配である。派閥の力の均衡を政権運営のてことする、長く続いた自民党のやり方はこれまで成功してきた。安倍本人は育ちの良いソフトなイメージが周囲の抵抗感を緩和するが、ほとんどあらゆる事柄を取り扱う内閣官房長官は、若き日に秋田からリュックを背負って上京してきた菅義偉氏が持ち前のこわもて方式で守り抜いた。
 吉田茂・元首相の孫の遊び人,盟友麻生太郎副総理兼財務相が「安全パイ」として支える。こちらは、自らの政権運営には失敗したものの、安倍が一期目の総理ポストを投げ出した際の難病「潰瘍性大腸炎」が再発する可能性に期待しており、早めの退陣があれば「スワ」と老体に鞭打って政権を引き継ぐつもりだ。そのため,祖父吉田茂が固めた軽武装・経済成長路線を保守本流として引き継ぐ宏池会の大同団結を図った。そのために宮沢喜一、河野洋平、加藤紘一らリベラル色の強い人脈を排除し、無色透明の岸田外相を後継者のリーダーに据えた。みずからは不良老人であるから80歳すぎの政権バトンタッチならこなせる、と内心期待している。
 だが都議選惨敗直後、安倍にとって予想を上回る事態が続いた。50-60%を堅持してきた内閣支持率がすさまじい速さで低落し、一部は26%台(毎日)にまで下がった。都議選で圧勝したのは小池ゆり子都知事が巧みに釣り上げた「都民ファースト」の素人集団だが、素人集団が自民党を叩き落としたパワーは安倍への都民の不満がすさまじく鬱積していることを示した。続いて地方都市でも同じ現象が起きていることを示したのが仙台市長選である。(了)

筆者紹介:
元共同通信社政治部長。著書に、中公新書「政治記者」、中公新書ラクレ「現代政治がわかる古典案内」


2017.07.21 稲田防衛相のPKО日報に関する国会虚偽答弁の発覚で、安倍政権の内閣改造作戦は台無しに
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 京都では祇園祭の季節を迎えて連日猛暑が続いている。昨年の祇園祭は「くじ改め」(山鉾巡行の順番を確かめる儀式)の前で観覧する機会に恵まれたが、今年はさすがの暑さに閉口してパスし、家の中に引きこもっていた。なのに、政界では安倍政権の失態が次から次へと暴露されて火が噴き、熱気はますます高まる一方だ。

 7月19日の各紙朝刊は、防衛省が南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を「廃棄」したとしながら陸上自衛隊が保管していた問題で、稲田防衛相が日報保管の事実を知りながら、防衛省・自衛隊幹部が事実を非公表にするとの方針を了承していたと伝えている。

 稲田氏はその後の国会で、日報が陸上自衛隊で保管されていた一連の経緯については「報告を受けていない」と説明し、「改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」とまで踏み込んで答弁していた。答弁は真っ赤なウソで、事実は、防衛省・自衛隊の最高幹部が集まった今年2月の緊急会議で、「廃棄」されていたとする日報が保管されていたことを公表するかしないかの討議が行われ、稲田防衛相が組織全体で公表しない(隠蔽する)ことに同意していたのである。

 稲田氏は、これまでもしばしば虚偽答弁の疑いで国会の追及を受けてきた。森友学園の顧問弁護士に就任していた事実も当初は「ない」と言い張り、法廷に出廷していた事実を突きつけられて漸く答弁を撤回し、自分の記憶に基づいて答弁したのであってウソをつくつもりはなかったなどの詭弁で、その場を切り抜けてきたのである(安倍首相が任命責任の追及を恐れて罷免しなかった)。

  今回も稲田氏は7月18日、このニュースを流した共同通信社の取材に対し、2月の緊急会議で非公表の方針を了承したかどうかの事実関係については、「ご指摘のような事実はありません」と書面で回答している。また19日午前には、防衛省で記者団に対し、日報を陸上自衛隊が保管していた問題について「隠蔽(いんぺい)を了承したとか、非公表を了承したとかいう事実はまったくない」と真っ向から否定した。菅官房長官も記者会見で、稲田氏から18日夜、電話で隠蔽を否定する報告を受けたことを明らかにし、「しっかり調査し、今後とも誠実に職務にあたってほしい」と激励したと言う。ウソの上塗りを平気で重ねる稲田氏や菅氏の態度は、ナチスのゲッペルス宣伝相も「真っ青」というところではないか。

 事柄の真偽は、今月24日に予定されている閉会中の予算委員会審議の場で明らかにされるであろうが、その前に稲田氏が辞任して雲隠れすることも予想される。新たな防衛相の任命はまずないだろうから、安倍首相あたりが防衛相を兼任することになるかもしれない。しかし、その場合においても安倍首相は説明責任および任命責任を厳しく問われることになる。国民の疑惑には丁寧かつ真摯に説明すると言っただけに、この際、これまでの国会審議のような居直りやすり替えは一切通用しない。針のむしろに座るほかないのである。

 安倍首相自身は「悪い時には悪いことが重なる」と思っているだろうが、このことは決して偶然に起こったことではない。これまでお友達内閣の度重なる弊害には目をつぶり、国政私物化の事実や責任を一切取ろうとしない積年の弊害が、ここにきて一挙に表面化しただけのことだ。来るべき時が来たのであり、自民党が安倍首相に追求が及ばないようにどれだけ野党の質問時間を削っても、国民は見るべきところを見ている。国民の信頼を失った首相はもはや「水に落ちた犬」同然なのであり、溺れるほかはないのである。

 とはいえ、予算委員会審議を何とか乗り切って水辺に這い上がったとしよう。そこで待っているのは、内閣改造という次の難関だ。安倍政権は支持率が落ちるたびに内閣改造を繰り返し、表面だけを変えて国民の目をごまかしてきた。でも、そんな姑息な方法はもう通用しない。死に体になった安倍政権と心中するような馬鹿な政治家はいないだろうし、いたとすれば、それは「閣僚不適格」の人材が集まるだけの話だ。すでに改造前の世論調査においてさえ、内閣改造に「期待しない」が過半数に達している。改造後の世論調査ではさらに決定的な民意が示されるだろう。

 思えば、長い道のりだった。だが、「権力は腐敗する」「絶対権力は絶対に腐敗する」との格言通り、安倍政権はいま音を立てて瓦解しつつある。各社の世論調査では支持率が30%台に急落し、不支持率が50%台に急上昇している。中には支持率が20%台に落ち込んだ結果もあらわれてきており、支持率回復の目途は全く立たない状態だ。「信なくば立たず」の世論の恐ろしさを初めて味わった安倍首相に対して、残された道は総辞職しかないだろう。有終の美を飾るといった表現には似つかわしくない人物であるが、「野垂れ死にだけはするな」との最期の言葉を送りたい。

2017.07.13 これは単なる思い過ごしなのか?
  
宮里政充 (もと高校教員)

 安倍晋三首相は「日本を取り戻す!」と叫んで第二次安倍内閣を発足させた(2012年12月26日)。彼のいう「日本」がどういうものなのかは閣僚人事やNHK経営委員の人選(いわゆるお友達優遇人事)、安保法制や共謀罪法案の強行採決、憲法「改正」への前のめりの姿勢など、実に分かりやすい形で明らかにされてきた。彼は日本会議(「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を推進する民間団体」)を中心とする右派イデオロギーを背景に、日本という国を限りなく明治という「美しい国」に近づけていこうとしており、しかもそれを自分の在任中に成し遂げたいと思っている。私は国民がそういう安倍首相の政治思想や乱暴な政治手法に次第に慣らされていくことの危機感を持ち続けてきた。

 ところが、東京都議選の結果、自民党は惨敗した。国会運営の強引さ、森友・加計問題の真相究明回避の姿勢、連日マスコミを賑わせる閣僚や自民党国会議員の失態やスキャンダル、そして安倍首相自身の、国民に対する傲慢な姿勢――これらがいわば度重なるオウンゴールとなったのである。都民はこの目に余る現状に対し、都政を一挙に飛び超えて安倍政権に鉄槌を食らわせた。私の危機感はすっ飛んだ。だがそれは一瞬のことであって、私はむしろ以前よりも強い危機感を持つようになった。

 小池百合子都知事は安倍首相同様日本会議の会員であり、日本の核保有については、月刊誌『Voice』(2003年3月号)誌上における田久保忠衛氏(日本会議現会長)、西岡力氏(東京基督教大学教授)との鼎談の中で、「軍事上、外交上の判断において核武装の選択肢は十分ありうる」と発言し、その4年後には安倍第一次内閣の防衛大臣に任命された人物である。
 都知事選で自民党と袂を分かつ結果になったとはいえ、政治思想は安倍首相と首相を取り巻く「お友達」に極めて近い。さらに、彼女の腹心の部下である野田数(かずさ)氏は2012年、日本国憲法無効論に基づく大日本帝国憲法復活の請願を東京都に提出した人物である。彼はその請願書の中で「国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄」すべきだと主張した。そして、小池百合子都知事は都議選で圧勝した翌日、彼女の一存で、「都民ファーストの会」の代表を彼に譲った。

 おそらく彼女は今後「都民ファーストの会」を軸にして新党を立ち上げ、国政へ進出するだろう。そして、そこへ国会議員をはじめとして多くの野望家が群がってくるのは容易に想像できる。最近の各世論調査(朝日・毎日・読売・NHK・日本テレビ)すべてが、ついに内閣不支持が支持を上回る結果を出した。政界再編もあるかもしれない。しかし、民進党を中心とする野党の勢力が伸びない限り、所詮は保守・右派同士の内輪もめに過ぎない。日本右傾化の流れはとどめようもないのである。

 小池百合子氏が日本の総理大臣になる日は来るのだろうか。私は、「自民党はもう終わった」と言い放った舛添要一氏を擁立して東京都知事に当選させた自民党なるもののしたたかさを思い出している。勢力関係によっては小池百合子氏を総理大臣に仕立て上げることなど、この党にとってわけもないことだ。そうなった場合、「小池百合子総理大臣」は安倍総理大臣とちがって憲法9条だけでなくもっと本格的な憲法「改正」への道を巧妙にたどり始めるだろう。まさか大日本帝国憲法を持ち出してくることはあるまいが。
 私の危機感は単なる思い過ごしなのだろうか。 (2017.7.11記す)
2017.07.11 核兵器禁止条約採択を心から歓迎する
世界平和七人委がアピール

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 核兵器禁止条約が7月7日、ニューヨークの国連本部で開かれた条約交渉会議で採択されたが、このことに関し、世界平和アピール七人委員会が同10日、「核兵器禁止条約採択を心から歓迎する」と題するアピールを発表した。
  世界平和アピール七人委は、1955年、世界連邦建設同盟理事長で平凡社社長だった下中弥三郎の提唱により、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人有志の集まりとして発足し、国際間の紛争は武力で解決してはならないを原則に、日本国憲法の擁護、核兵器禁止、世界平和実現などについて内外に向けアピールを発表してきた。今回のアピールは126回目。
 現在の委員は、武者小路公秀(国際政治学者)、土山秀夫(元長崎大学学長)、大石芳野(写真家)、小沼通二(慶應義塾大学名誉教授)、池内了(名古屋大学名誉教授)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)の7氏。

 アピールは、採択された核兵器禁止条約を「核兵器廃絶に向けての大きな一歩」であり、「被爆者、日本国民にとっても大きな喜び」と評価する一方で、「日本国政府が自ら背を向けて退席し、国連本部外で行われた核兵器保有国と核の傘に固執する少数国の会合に参加し、さらに『条約には署名しない』と改めて表明したことは、歴史に残る汚点であり、核兵器廃絶を目指す世界の人たちに対して恥ずべき行動だった」と批判している。
 アピールの全文は次の通り。

核兵器禁止条約採択を心から歓迎する
世界平和アピール七人委員会


武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晉一郎 髙村薫
 私たち世界平和アピール七人委員会は、核兵器禁止条約交渉会議のホワイト議長をはじめ、今回の条約成立に力を尽くしてきた諸国と国際赤十字、多くのNGO、そして広島・長崎の被爆者、世界各地の核実験の被害者の長年の尽力に心から敬意を表する。

この条約が国連加盟193か国の3分の2に近い賛成122票、反対1票、棄権1票で採択されたことは、核兵器廃絶に向けての大きな一歩であり、長年にわたりその実現を願い、努力を続けてきた被爆者、日本国民にとっても大きな喜びである。

 大量破壊兵器である核兵器の持つ非人道性は議論の余地がなく、放出される放射線の影響は目標にとどまらず地球全体に広がり、長期間にわたって被害を与え続ける。日本国政府が戦争で核兵器を使用された唯一の国として貢献できる機会に自ら背を向けて退席し、国連本部外で行われた核兵器保有国と核の傘に固執する少数国の会合に参加し、さらに「条約には署名しない」と改めて表明したことは、歴史に残る汚点であり、核兵器廃絶を目指す世界の人たちに対して恥ずべき行動だった。

 自らの核兵器保有と核の傘依存を続ける一方で、他国の核兵器開発の糾弾を続けることは、非難の応酬を加速させるばかりか、核兵器使用の危険性を増大させ、国民の安全保障を損なうものであって、核兵器廃絶への道ではない。私たちは、日本国政府を含む不参加国が態度を変えて、現在と将来の世代のために、核兵器のない世界を実現させるこれからの行動に参加することを求める。

2017.07.08 安倍私党グループによる露骨な官僚人事で国家統治機構の正統性が揺らぐ、「お友達政治」(国政私物化)の影響は政権与党のみならず官僚機構全体にも広がり始めた
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 安倍首相は7月4日の閣議で各省庁の主な幹部人事を決めた。菅官房長官は記者会見で「適材適所」などと言い張っているが、その内実は安倍私党グループによる「森友疑惑」「加計疑惑」隠しのための露骨極まりない謀略人事だと言っていいだろう。その象徴が「森友疑惑」関係の一切の書類を隠蔽してきた佐川財務省理財局長の国税庁長官就任、および「加計学園」の獣医学部新設を「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などと文科省を恫喝してきた藤原内閣府審議官が国家戦略特区担当を離れ、経済産業省に復帰したことだ。これで両氏は国会で追及されることもなく、日々ノウノウとして職務に専念できるというものだ。

 この人事は、菅官房長官と萩生田官房副長官(内閣府人事局長)が原案を作り、安倍首相が決めたといわれる。だが、萩田氏自身は「加計学園」の獣医学部新設を「官邸は絶対にやると言っている」「総理は『平成30(2018)年4月開学』とおしりを切っていた。今年(16年)11月には方針を決めたいとのことだった」などと文科省に早期開学を迫った張本人なのだ。アメリカのギャング映画などでは(日本のヤクザ映画でも)、事件の発覚を防ぐために親分が子分に金を握らせて「しばらく消えてもらう」と言い渡すシーンがよく出てくるが、まさにそれを彷彿とさせる人事ではないか。いわば、「安倍私党グループによる、安倍私党グループのための、安倍私党グループの人事」だと言ってよい。
 
 これに「総理の言えないことを私が代わって言う」と文科省に迫った和泉首相補佐官が古巣の国土交通省にでも栄転すれば、「加計3兄弟」(藤原、萩生田、和泉の各氏)の名声はことに高まったであろうが、国交省では和泉氏の然るべきポストを用意できなかったのか沙汰止みになったという。私としては、同じやるなら「加計3兄弟」が揃い踏みをして、国民の前に堂々とお披露目興行し、盛大な喝さいを浴びてほしかった。

 これら一連の人事を見ると、安倍首相が都議選の歴史的大敗を受けた翌日、7月3日朝に述べた「深刻な反省」はいったいどこに行ってしまったのかと考えさせられる。おそらく彼の「深刻な反省」の賞味期限は数時間ぐらいしかなく、翌日になればすっかり元の状態に戻っているのだろう。つまり「舌の根も乾かないうち」に、自分の言ったことが消えていく頭の構造になっているのだろう。でも、これは善意の解釈である。

  ことは簡単でないのでもう少し踏み込んで考えて見ると、彼の「深刻な反省」とは、実は森友疑惑や加計疑惑を隠し通せなかったことを反省しているのではないかと思われることだ。悪事を重ねた政治家がよく反省するように、いわゆる「わきが甘かった」ことを悔やんでいるのである。安倍首相は「お友達政治」なんて悪いとも何とも思っていない。それがバレタことを反省しているのである。とすれば、反省の結果として出てくる方針は、これ以上疑惑の究明が進むことを防がなくてはならないことになる。

  そのための布陣の第1弾が今回の官僚人事だった。両疑惑に関係した官僚を関係部署から外して異動させる。彼らが当該部署から外れれば、今後は「公務外」のことだとして言い逃れできる。当該部署の官僚たちも「引継ぎを受けていない」とか何とか言って責任を回避することができる。こうして時間がたつうちに、忘れやすい国民の脳裏からいずれこの疑惑は消えていく...。こういう時間シナリオが官邸内で想定されているのだろう。

  第2弾は、山本地方創生担当相が「加計学園」絡みの公文書は内閣府に存在しないと言い切っていることだ。山本氏は次の組閣で閣僚から離れることは確実視されているが、安倍私党グループの1員として加計疑惑はあくまでも「墓場まで持っていく」つもりなのだろう。担当大臣にここまで断言されると、内閣府内では「あった」と言えなくなる。加計疑惑の本命は内閣府なので、ここだけは「死守したい」との決意が透けて見えると言っていいだろう。

  第3弾は、「安倍首相抜き」の国会審議である。既に国会閉会中の委員会審議が開かれることは決まっているが、ことは首相自身に関わる事柄だけに「安倍抜き」では話にならない。まして野党の質問時間を議員数を根拠にして制限するような仕掛けまでが施されると、「審議に応じた」という外皮だけが残るだけで中身は空っぽになってしまう。「空っぽ」の審議を如何にそれらしく見せるか、安倍政権の命運がかかる疑惑だけに官邸の狙いはここに凝縮されている。野党の力量が試されるところだ。

  都議選後のこれら一連の安倍政権の対応から浮かび上がることは、官邸がどんなシナリオを書いても、その限界は所詮安倍私党グループ(利益共同体)の域から出られないことだ。お友達政治すなわち国政私物化の後を消すために幾ら粉飾を重ねても、国政の大義の前には覆い隠せない事態が生じる。すでに多くの国民は、安倍政権がどんな芝居を打つかということよりも、舞台裏でどんな脚本が書かれているか、どんな演出がほどこされるかに関心が移っている。支持率が急落した世論調査がそのことを物語っているし、今後の世論調査がさらに断固とした回答を用意するだろう。

2017.07.05 君は野田数(のだ・かずさ)を知っているか
―都議選結果は警戒を要す―

半澤健市 (元金融機関勤務)

《「都民」圧勝を正視しない能天気な人々》
 2017年7月3日の「報道ステーション」(テレ朝)で、キャスターの後藤謙次は、都議選の勝敗二党―自民と「都民ファースト」(「都民」)―の選挙戦後の対応に触れた。安倍首相の反省は具体策を欠き、小池知事は二元代表制原則を意識して、秘書の野田数(のだかずさ)に代表を譲った。後藤はこう言って小池の素早い対応を好意的に評価した。

野田への代表委譲は「都民」の内部規定では合法的らしい。しかし巨大な存在となった「都民」の代表を小池と野田の二人で決めたことに、有権者から疑問や批判が出ている。「小池が代表として都議選を戦ったことは何だったのか」というわけである。
早くもオポチュニスト小池の本性が出た。これが私の印象である。

《「都民」代表は安倍に劣らぬ右翼である》
 野田数とは何者か。結論をいうと、なかなかの「右翼」である。
「ウィキペディア」を信用して重要な項目を摘出して下記に掲げる。

■略歴
1973年 東京生まれ 早大教育学部卒
2000~01年 小池百合子衆院議員(保守党)秘書、00年衆院選立候補・落選
2003~09年 東村山市議(自民党)
2009~12年 東京都議(自民党、北多摩第一区)
10年から『正論』、『WiLL』、『SAPIO』等に執筆
2012年 地域政党「東京維新の会」結成(自民党離党)、都議会査団で尖閣海域視察
2012年 「日本維新の会」から衆院選立候補・落選
2013年 「日本維新の会」から都議選立候補・落選
2013年~14年 アントニオ猪木衆院議員秘書
2016年 小池百合子都知事選選対責任者、小池の知事当選後特別秘書となる
2017年 「都民ファーストの会」代表(6月1日から7月3日の間は小池)

■政策・主張
・2012年 日本国憲法無効論に基づく大日本帝国憲法復活請願を東京都議会に提出。
・「我が国の独立が奪われた時期に制定された」と現行憲法の無効を主張し皇室典範は「国民を主人とし天皇を家来とする不敬不 遜の極み」「国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄」すべきことを主張。石原慎太郎東京都知事主導の東京都の尖閣諸島購 入に賛成し国による購入には反対した。
・新しい歴史教科書をつくる会から分かれて発足した日本教育再生機構の常任理事を務めた。

《代表交代は情報公開の上の民主的な決定か》
 ウィキペディアから私はなるべく事実を記した部分を抜粋したつもりである。
容易に分かるのは、野田数という人物は「右翼」的・「日本維新」的な思想の持ち主らしいということである。

小池旋風は、都政だけでなく国政にも、強い衝撃を与えた。
定数127名中、55名を擁する「都民」の代表が、現行憲法を否定し「大日本帝国憲法」の復活をうたう人物であるのを、読者は知っているだろうか。音喜多駿(おときたしゅん)「幹事長」も知らぬうちに再び代表になったのである。

「都議選結果は警戒を要す」は早くも深刻な現実である。「専門家」の多い知的集団の「都民」都議諸氏はどうお考えであろうか。(2017/07/04)