2008.07.25
頭蓋を見た指
原田克子 (詩人)
Jは、虚ろに開いた目の底から、動きの鈍くなった舌を懸命
に動かして、語ることが使命のように、脳を回転させる。
後ろ手に縛られ膝を折って座り、髪の毛を引っ張られると、
顔面に電球が眩しい。久しく太陽を見ていない。
組んだ指先の力は知らず知らず骨を刺す。
薬缶からの水が咽喉の奥へと流れ込む。胃に落ちていく速度
にあぶれた水は鼻腔を塞ぎ、呼吸を止める。腹が溝鼠を飲み
込んだ青大将のように脹れると、そこを目掛けて蹴りあげる
ものがいる。咽喉を逆流した吐物は、電球まで吹き上がる。
恐怖とは、
耐え難い苦痛とは、
今、過ぎ去ってしまう時ではないことを知る。
独房に横たわって「逃れることのできない水を飲み続ける行
為」を待つ時間、繰り返されることをただ待たざるを得ない
時間のことなのだ。
Jのかざした指の隙間から頭蓋骨が見える
付着した筋肉や脂肪や皮膚組織が剥ぎ落とされると、自分と
変わらない年齢だ。
なにくわぬ顔で家路に着くと、全身に浴びた汚物を入念に洗
い流したのち、正を執行した満足感と獲得した力とを透き通
る唇に触れて確認し、陶器のように滑らかな肌に愛撫をする。
が、まさぐる指に絡みついている若い毛根の激しさや爪の隙
間に残る微かな肉片に気付かないふりをしている無口な女は、
蓄積させた清算のときを密かに心待ちにしている。
Jが、あらゆる頭蓋骨がいとおしいと思えるようになったの
は、紅を差さなくなった妹の薄紫の民族衣装が、雪解け水の
渦巻く分裂の大河へ、早すぎる春に孵化してしまった蜆蝶の
ように、ちらちらと飲み込まれていったときからだ。
撫でる
摩る
抱く
頭蓋骨の中は浮遊する
浮遊して反転し、再び反転して
愚遊する未来(とき)は続いていく
J
恋人
頭蓋骨たち
の
『新・現代詩』6号 二〇〇二年秋号
2008.06.09
懐かしい街
原田克子
忘れ去るには短すぎる時間と
あえいでも取り戻せない時間の
かつて暗渠にした川の流れをいまは見ながら
時代などとは関係がなく 闊達な笑い声はあふれる
記憶の街を
股関節が軋む左足を庇いながら
喉を潤したい衝動にかられて
さまよう
すでに関節は用をなさない
遠からず異なる方法で
過剰な重力で地表に張り付いた魂だけの物質を
移動させなければならないのだろう
否、魂だけなどとは かっこよすぎる
なにを感じているというのだ
忘れもしない あのとき
体じゅうに水が溢れ
細胞のひとつひとつが満ち満ちていた
そう それを知っているのなら
これからの時間を奪われるものたちのために
もう とどまってほしいと、
だが
股関節は悲鳴をあげ 前へはすすめない
大量の物質は移動するが
きっと 総量というものは一定なので
集まれば減るところがあり
無くなれば増えているものがあり
それならば気づいているはずだ
喜べば 苦しむものがあることを
幾たびも訪れた街
この街に包まれると
そのときを細胞が記憶していて
身体がその時間を取り戻し
溢れ出した涙以上に心が乱れ
絶え間なく降り注ぐ夏の終わりの霧雨が
大気の匂いとともに大地に吸い込まれ
この街の懐かしさという地層に沈殿していく
声のかぎり
あなたを呼んでみようと思う
あの路地やあの片隅の本屋に
傘も持たず濡れながら待っていた
これから永遠にすれ違っていくときを
刻み込んだところ
「なぜ」
に答えられなかったそれぞれの
想い
時代は
軍服や夜間通行禁止をなくし
華やかにものがあふれ
流れ行くひとたちの若き希望
やっと 呼んでみる
懐かしい名前を叫んでみる
佇んでいた最後のうしろ姿
面影だけが 存在した証しなのだから
J
2008.04.22
シュールダンスをあなたと
原田克子 (詩人)
子どもたちが赤い風船をもっている
手に手に幸せを詰めた風船をもっている
遠足の日の朝雨だったこと
おもいがけず徒競走でビリにならなかったこと
思い出せる長い時間などなかったはずなのに
もう これからのことは考える必要がないかのように
遠くから大きなおとこがやってくる
静かに静かに靴音をならすこともなく
黒い木の実を入れた
堅い鞄をさげて
みたこともないお伽の國への地図を抱え
みんなで行こう と誘いにくる
ダンスを踊りましょう
蛇のようなリズムにのって
ステップを踏みましょう
羊のように並んで
あなたの暖かい指先がわたしの胸元をすべる
わたしの青い爪があなたの喉に刺さる
あなたの緑の涙がわたしの子宮に注がれる
わたしの凍った心をあなたは食べる
子どもたちは赤い風船を離す
上っていく風船に込めた思いを追いかけることもせず
二度と 戻らないもの
また 戻ってくるもの
大きなおとこはゆっくりと近づく
開いた地図のうえには
まんまるに太った蜘蛛の影がうつり
糸を張る楽しい呪文がきこえてくる
お伽の國はいつも祭り いつでも祭り
ダンスは
回転木馬にまたがるように
ステップは
離した風船にとどくように
わたしはあなたの筋張った手を握る
あなたはわたしの括(くび)れを探す
重なり 回り 回り 重なり
回り 重なり 重なり 回り
けして 隙間 を作らぬように
*日英対訳版 クリックすると、日英対訳版が表示されます。
2008.04.04
青のこ
原田克子
白鳥村に舞い降りた青い生命体が
白鳥川と羽衣川の交わりの中州に住み着いた
青とも緑ともつかない背中には凹凸があり
ぬめぬめと粘液状の分泌物がある
そこに枯れ葉や虫の死骸などが付着し
異臭を発する
動きははなはだ緩慢なのに
頭や足や尾などを確認できない
体長は数メートルを超えるようだが
茂みに遮られてしまう
雛子は
くる日もくる日も
物陰にはいつくばり
目を見開いていたのだけれど
全貌はわからなかった
ある日
中州の水溜まりに群れていたお玉杓子が一匹残らず
蛙になった
すると
そちらでもこちらでも
兎が消えた、鶏が消えた、どじょうが消えた
と
騒ぎだした
夏には蛍も光らなかった
爺が叫んでいる
「雛、雛、どごさ行った」
恐る恐る中州の茂みに分け入った男や女やこどもが
こん棒を振り下ろす
ドスッ、ドスッ
鈍い音が村の隅々にまで鳴り響く
輪のように繋がっていた生物は
声を発することもなく、逃げようとするわけでもなく
のたうちながら一本の大きな丸太のようになり
割れ口から
上気して微笑む雛子がぽろりと生まれ出てきた
詩集『シュールダンスをあなたと』より
2008.03.25
フタゴムシ
原田克子
鯉の鰓に付着したフタゴムシは
もう一匹が流れて来るのを待つ
気長に待つ
呼び寄せる術がないのだ
フタゴムシは雌雄胴体なので
一匹でも卵を産めるのだが
大人になれない
二匹が出会えたら
自分の雄性生殖器を相手の雌性生殖器に
挿入して
左右対称につながり合う
いずれ二匹は腸まで癒合させ
対等の対峙は
夥しい卵を産出して
鰓に棲息する
鯉にしてみれば
搾取される養分によって衰弱し
不快さにのたうちまわるのだが
宿主が死ねば自分も死ぬことになる
フタゴムシは
鯉を殺したりはしない
が 不快と衰弱以外は与えない
共生ではなく
寄生なのだから
しかしもしかしたら
寄生虫とよばれるものたちの発生物質が
アレルギーを抑制しているのではないか
と 自分の腸にサナダムシを二匹飼っている
科学者はいった
フタゴムシの効能が認知されるまえに
環境ホルモン物質により
密度を濃くした水中で
鯉はメス化をまぬがれず
フタゴムシも消滅する朝がくる
※フタゴムシの生態は「目黒寄生虫館ガイドブック」より
詩集『シュールダンスをあなたと』より
2008.03.11
諷刺の種
乱鬼龍 (川柳作家)
◆川柳
沖縄に基地ある限り鬼畜あり
沖縄は怒り本土はノーテンキ
イージス艦海のモラルはナミの下
自衛隊ああ堂々のこの程度
国守る視座に人民などはない
行政のレベル社保庁晒け出し
ふざけてる国と政治と世の中と
道路族人の道より金の道
食糧危機迫る明日が視えないか
何事か包み隠して毒餃子
監視社会明日の地獄が視えないか
働けば過労死働かねば飢餓死
2008.01.22
川柳
乱鬼龍 (川柳作家)
犯罪の底に腐った資本主義
グッドウィル資本家だけがグッドウィル
ネット炎上ネットオタクがほざきあう
防衛の美名で国を喰らいあう
薬害の根底にある政治害
神世界サツのダンナの御託宣
舛添のマスは口先から欠ける
民衆の悲鳴に遠い永田町
この国の崩壊偽偽偽と音をたて
去年今年どげんかせんといかん国
(乱鬼龍作・発行「諷刺の種」2007年12月「苦しみ増す」号から)
明けまして全ての矛盾明けてくる
年賀状如実にレベル晒け出る
国を喰うねずみはすでに肥えたり
謹賀新年飢餓新年の声を聞く
正月のテレビに並ぶまぬけ面
本当のねずみは搾取する資本
諸物価は値上げその分内閣支持を下げ
革命もできぬ革命なら要らぬ
お年玉子どもも不況知っている
成人の日の成人の幼児顔
(乱鬼龍作・発行「諷刺の種」2008年1月“仕事始め”号から)
2007.12.05
川柳
乱鬼龍 (川柳作家)
日本という沈む泥船沈む日々
大連立国民などはほっとかれ
恐慌の明日を告げて株価下げ
ワイドショーよりも政治のくだらなさ
マスコミが今日も衆愚を垂れ流し
体調は疲れフトコロなお疲れ
こんなにも闘いがある二十四時
政官の腐敗打倒の日までする
御歳暮に値上げラッシュがどっと来る
一郎のプッツン民もプッツンし
この国の崩壊を告げ記事多弁
資本主義偽装偽善が山とある
資本主義こそが偽装として搾取
叙勲叙勲と偽善者どもの列つづく
爪の火の爪さえ削りとる政治
苦役から死役に代る資本主義
政治家の軽さにツケの重い国
シュミレーションすれば日本に明日がない
本当の危機は主体の危機である
地獄への道を太平楽に吠え
(乱鬼龍作・発行「諷刺の種」2007年11月 立冬そして「立党」号から)
2007.10.31
壊心4 長沼町に陽が沈む
原田克子
父や母、
もはやあなたたちに会いたいとはおもいません
ただこどものことが気掛かりです
ちょうどこの夕日の真下にいる
こどものことが気掛かりです
長沼町を通り抜け
高速道路の向こう側に
幕張の海を埋め尽くした
高層ビルに点滅する明かりは
このままハンドルをきらずに進めという信号のようです
いつかそうしてしまうかもしれません
海を壊し
空を汚したこの手で
また、花をたおりました
でも、こどものことが気掛かりで
長沼町へ向かうのです
戻るわけでもなく
帰るわけでもなく
近づく闇夜が嫌いなわけでもなく
夕日が美しいわけでもなく
詩集『シュールダンスをあなたと』より
2007.10.30
狂歌
乱鬼龍(川柳作家)
政治屋の低いレベルに比べればあまりに高きツケとタタリよ
自民党に付ける薬はすでに無くただ大乱へ向かう秋風
足どりは軽くフトコロ重くあれフトコロ軽き重い足どり
この国の危機の深さに比ぶればはなはだ浅き政治屋の知恵
エリートという無能を知らぬエリートが世間知らずのごたく吠えあう
腐りきる日本を討つ党ありや少しばかりの改革ごっこ
勝負にはならず闘いにもならずそんなごたくを吠えて革新
みんな皆こんな程度がこの日本こんな程度のごたく吠えあう
じわじわと食糧危機が忍び寄るあれも値上がりこれも品薄
政治家に政治を問えば空し過ぎこんな程度の愚物俗物
(乱鬼龍作・発行『諷刺の種』2007年9月“秋ぞ今”号から)











