2019.01.08 「脱・香害」めざし、意見書を政府に提出する市議会が相次いでいる
 シリーズ「香害」第8回 

岡田幹治(ジャーナリスト)

「香害」が新年早々から、被害者を悩ませている。初詣の参拝者でにぎわう神社周辺が、衣服から放出される柔軟剤臭で覆われていたからだ。ある被害者は息を止め、参拝もそこそこに立ち去ったという。
そうした中で、市民や自治体による「脱・香害」へ向けた取り組みが始まっている。その一つが、各地の市議会による「政府や国会に香害対策を求める意見書」の提出だ。

(注)「香害」とは、柔軟剤など香りつき商品の成分で健康被害を受ける人たちが急増している現象を指し、「脱・香害」とは、香害から抜け出すこと、つまり香害の被害者が減り、新しい被害者が出なくなるような状態を指す。

「香料」の成分表示の義務づけなどを求める
先陣を切ったのは、埼玉県所沢市議会だ。昨年10月4日に「柔軟仕上げ剤など家庭用品に含まれる香料の成分表示等を求める意見書」を議決し、首相・文部科学相・厚生労働相・経済産業相・内閣府特命担当相(消費者・食品安全担当)に提出した。こんな内容だ――。
柔軟剤仕上げ剤などに含まれる香料によって、健康被害を受ける人が増えており、中には学校や職場に行けなくなるなど深刻な状況の人もいる。政府は香料成分の表示など、香料の安全性に対して実効性のある法的規制を行うべきである。具体的には次の4対策を求める。
▽「香害」で苦しむ人がいることを周知徹底し、ポスターなどで香料自粛に向けた啓発をすること。
▽柔軟仕上げ剤や消臭剤などを「家庭用品品質表示法」の指定品目にすること。
▽香料の成分表示を義務づけること。
▽国民生活センターに香害専用窓口を設置するとともに、都道府県に香害の相談窓口を設置すること。
これに続いて埼玉県吉川市議会(12月14日議決)とさいたま市議会(12月21日議決)が同じ表題の意見書を議決した(さいたま市議会意見書の宛先は首相、衆参両院議長、厚労相、経産相、環境相)。
一方、宮城県名取市議会は12月17日、「香料の健康被害に関する調査・研究や香料自粛に関する意見書」を議決し、関係大臣に提出している。
この意見書は、日本には香料に関する法的規制がなく、被害者の多くが問題の解決に困難を感じていると指摘し、香害の周知徹底と国民生活センターの専用窓口設置に加え、次の二つを求めている。
▽香料の健康被害に関する調査・研究を行い、法的規制について検討すること。
▽学校を含む公共施設等に芳香剤や消臭剤を置かないことを徹底すること。

背景に香料の安全性への不安
 四つの市議会とも、香害の深刻さを知った議員が提案者となり、他の議員を説得して議決にこぎつけている。多くの議員が賛同したのは次のような事情があったからだと考えられる。
 一つは、深刻な被害が広がっていることだ。これについては本連載で報告してきた。
 二つは、香りつき商品に欠かせない「香料」の安全性に対する不安だ。
香料と一口にいうが、実は3000種類以上の物質(成分)あり、柔軟剤などのメーカーはそれらから複数(数種~百数十種)の成分を選んでブレンドし「調合香料」として使っている。しかし、商品には「香料」として表示されるだけだ。
また成分の安全性は、世界の香料業界の団体(国際香粧品香料協会=IFRA=イフラ)の自主規制に委ねられているが、この「お手盛り」の規制は欠陥が多く、健康に有害な成分を排除しきれていないと、アメリカのNGOなどが指摘している。
柔軟剤などに使用されている香料の中には、「喘息を発症・悪化させる成分」「皮膚アレルギーを発症・悪化させる成分」「発がん性のある成分」「ホルモン攪乱作用がある成分」などが含まれている可能性があるのだ。
しかし、「香料」としか表示されないから、そうした成分を避けたくても避けようがない。

対策に消極的な中央省庁
意見書が多くの議員の賛成を得た三つ目の事情は、中央省庁の消極的な姿勢だ。
香害がこれだけ深刻になっているのに、関係する4省庁(文科・厚労・経産各省と消費者庁)は動こうとしない。ポスター作製などによる啓発も、香害被害の実態調査や原因究明も、香料の規制や成分開示も、国民生活センターの専門窓口設置も、すべて拒否している。
その理由として4省庁は「科学的知見の不足」を挙げる。香料と健康被害との因果関係が明らかでなく、とくに香害被害で最も深刻な「化学物質過敏症」については、病名は登録されているものの、発症のメカニズムには未解明なところがあり、診断基準も確立されていない。だから、当面は研究の進展を見守るという。
被害者が増えている以上、入手し得る最新の知見に基づき、実態調査や原因究明を始めるのが政府の務めだと思うが、霞が関の官僚たちはそうは考えないらしい。
4省庁の挙げる唯一の対策が、日本石鹸洗剤工業会による「衣料用柔軟仕上げ剤の品質表示自主基準」の改定だ。
この自主基準は、工業会加盟メーカーが柔軟剤の容器包装につける表示について定めたもので、昨年7月までは「品名」「成分」「使用量の目安」など8項目だった。
そこに「香りに関する注意喚起」という1項目を加え、「香りの感じ方には個人差があるので、周囲への配慮と、適正使用量を守る旨を表示すること(「無香料」と表示される製品は除く)」を追加したというのである。
しかし、この改定にはほとんど意味がない。化学物質に敏感な被害者は、過剰使用の柔軟剤だけでなく、目安量通りに使用された場合でも反応し、頭痛・吐き気など多様な症状に悩まされるからだ。
以上の事情を背景に議決された市議会の意見書だが、当面は大きな効果を期待できない。都道府県や区市町村の議会の意見書は、地方自治法99条に定められた権限に基づき、国と対等の立場にある地方自治体の議会が国会や政府に提出するものだが、それを受け取った国会や政府に検討したり、回答したりする義務は定められていないからだ。
だが、4市の人口は7万~130万人。市民の代理人である議員たちが議決した意見書は、それなりの重みをもつ。国会議員も官僚もむげにはできないはずだ。
4市に続き、各地で住民が議員に働きかけ、意見書を政府と国会に提出したらどうだろうか。

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2019.01.07 四〇歳は「惨勝と解放」に何を見たのか
―堀田善衛『上海にて』を読む(2)―

半澤健市 (元金融機関勤務)


《戦争と哲学と歴史》 
一九四五年の春、堀田善衛は当時上海にいた作家武田泰淳と南京に旅行した。二人は南京の城壁に登った。その時に堀田は次のように考えた。
■中国戦線は、点と線だというけれど、こりゃ日本は、とにかく根本的にぜーんぶ間違っているんじゃないかな。この広い、無限永遠な中国とその人民を、とにもかくにも日本から海を越えてやって来て、あの天皇なんてものでもって支配できるなどと考えるというのは、そもそも哲学的に、第一間違いではないかな。/政治家どもは論外として、たとえば西田幾多郎とか安倍能成などという哲学博士どもは、こういうことを哲学の問題として考えてくれたことがいっぺんでもあったかな。/参謀肩章をぶら下げていばりちらしている連中は/ただの技術インテリにすぎない。/最終的に勝つ、なんということは、これは絶対不可能だ/■

眼前に紫金山の岩肌を見た堀田はこの体験が、のちに日本軍の南京虐殺事件をテーマにした『時間』という作品になろうとは考えてもいなかった。そして岩肌の美をこう書いている。
■『史前』、つまり人間の歴史以前、あるいは『史後』、人類が絶滅して、人間の歴史がおわり果てたときの風景、そういう徹底的なものを、眼前に、たしかにくりひろげて見せてくれるからである。自然は歴史以前にもこうだったでのであろう、そして歴史以後も、恐らくこうであろう。見た眼にはなんのかわりもないであろうという徹底したもの・・・。この場所に於ける現代、近代化、未来、それらのことを考えるためには、私にはもとより及ばぬことであるが――せめて毛沢東ほどに哲学者である必要があるだろう■

私(半澤)が驚くのは二点。一つは「中国戦線は点と線」という認識が、当時は常識ではなかったらしいことである。日中戦争下で、日本軍の支配が「点と線」に過ぎず「面」は中国人民の下にあったのは常識だと私は思っていた。しかしその見方は作家の観察であった。もう一つは堀田自身が、自然の徹底性を人間滅亡後の世界にまで時間軸を拡げて感じていることである。文学者的というより哲学者的である。
『上海にて』は、一九五七年に日本文学者団体の一員として中国を旅行し、さらに一九五九年に単身でインド旅行を経験したのちに書かれた。それがこの壮大なパースペクティブを語らしめたのかも知れない。作家は自分の眼で見たもの、聞いたこと、書物で読んだものを、時に融合し、時に峻別して語っている。

《漢奸の処刑を見る》
 漢奸の処刑を見て作家は次のことを書いた。
■漢奸とは、要するに日本軍の侵略戦争に対する協力者である。/どうしてそういう死刑執行などを見ることになったのか。その当時、漢奸や日本人戦犯の処刑は、屡々公開されていた。/日本人のうち、誰かひとりでも見てこれを、いかにその方法が残酷無慙なものであろうとも、とにかくそれを見た人がひとりでもいた方がいいであろう、と思い、嘔きたくなるのを我慢して大量の汗を流して、群衆のたちこめる濛々たる埃のなかに立っていたのであった。漢奸は、首筋から背中に高札をしばりつけられ、それに名前と罪名が黒々としるしてあった。引き立てられてその男は、護送車から転げ落ち、芝生に跪いた。高声な判決文朗読があって後、兵の一人が大きな拳銃を抜き出し、それを後頭部にあてがった。そこで、私は群衆の海にしゃがんでしまった。銃声一発、ついでもう一発、二発目は、恐らく心臓に対するとどめであったろう。それで終わりなのだ。/イデオロギーも思想も糞もあるものか、と私は思った。そうして、その場を一歩離れると直ぐに、私は到底担い切れないほどの重い、しかも無数の想念が襲いかかって来、その想念の数々のもう一つ奥に、死者と同じほどに冷たく暗い、不動な、深淵と言いたくなるような場所があることに気付かされた。漢奸の名において、中国では、戦中戦後、恐らく千を超える人が処刑された。

《惨敗と惨勝と解放》
 惨勝という言葉を堀田は一九四六年まで知らなかった。山東出兵以来、一八年に亘る日本の中国侵略、太平洋戦争、の苦しい戦いから両国の人民が免れ出たとき日本は惨敗し中国は惨勝した。彼が「惨勝」の字を初めて見たのは四六年夏、延安発行の『解放日報』紙上においてだった。
■当時、私は中国にいて、戦後のただならぬ現実を、いち早く「惨勝」としてうけとった中国の人たちの現実認識に深くうたれた。そして惨敗という、惨憺たる現実を、いち早く「終戦」と規定して、国民のうける心理的衝撃を緩和しようと企画した日本の支配層の、その、たとえて言えば隠花植物のような、じめじめとした才能にも、なるほど、と思わせられた。異様な具合式で、感心させられ、さえした。一民族の、どん底の基底というものは、結局、その民族の現実認識の能力如何にかかっている。勝利直後の、フタをあけてみたときの、中国は、いったいどんな工合であったのか。
十八年にわたる戦災、洪水、饑饉、内戦、日本側からの産業接収に際して起った混乱、損耗、救済物資と称する外国物資の氾濫、それによる民族資本、民族産業の崩壊、投機、倒産、天井知らずのインフレ、失業者、難民、そして内戦■

これらの惨勝経験を作家は細かく叙述している。それらの経験は、中国人民に国内外の世界と歴史の存在を認識させ、「解放」の意義をあらゆる階層の身体に叩き込んだ。堀田はそう強調している。
これに関連して私自身の小さな記憶を書いておきたい。『周恩来』(一九九一年・丁蔭楠DingYin-Nan監督)が、中国共産党七〇周年映画として日本で公開されたのをみた時、私は「抗日戦争の話が殆どない」ことに驚いた。金融マンだった私は、中国人の同僚にその理由を聞いた。彼は逆に、私の質問の意味を聞いた。惨勝を阿片戦争以来の反植民地闘争の勝利という見方もある。そういう観点からは、抗日戦争勝利は長い抗争の一コマに過ぎないのかも知れぬ。私の疑問は今度の読書で少し解けた。

惨勝の後に来た「解放」はどんなものだったのか。
堀田は一九四六年の国民党の徴用時代に、現地の大学で日本を語った。そこで大学生から受けた質問をこう回想している。「日本共産党は米占領軍を解放軍と規定したそうだが、資本主義国から来た軍隊が最終的に人民解放を支持するとは思えない。堀田の意見は如何」であった。まだ政治にうとい二八歳の作家はしどろもどろの答えしかできなかった。
解放とは何か。五七年の中国旅行時に、日本の作家たちは「革命」「革命以前」「革命以后」という言葉を中国人から聞かなかった。ほとんど「解放以前」「解放以后」の言語であった。
■そのことから、私は素人考えというものにすぎないかもしれないけれども、中国共産党と中国人民解放軍による、新民主主義革命というものが、革命そのものよりも、その実質実体としての、人民解放、中国の自然とその資源の、人民全体としての解放、人民と自然のエネルギーの解放として、つまり実質実体的なものとしてうけとられているということを、それは動かぬものとして感じさせられ考えさせられもした。/それはおそらく、明治維新のとき、御一新ということばによって、日本の歴史が、民族としても、個人としても、くっきりわけて把握されていた事情と似ているであろうと思われる。現在の日本における、戦前、戦中、戦後という区分けは、個人の人生においてははっきりしたものがあると思われるけれども、民族としては、戦争責任者が戦後の責任者として見事にえらばれ得るという事情によってくっきりと行っているという具合ではないと思われる■

《魯迅の墓を見なかった作家》
 堀田は一九四二年冬と四三年秋に魯迅を熱心に読んだ。改造社の全集を読んでその小説には感心しなかったが魯迅の写真に感じたという。当時の読書ノートに書いたことをこう書いている。
■十六年前の読書ノートには次のようにしるしていた。「魯迅の(写真の)あの、何よりも第一に、何ともいい様のない深い憂いを湛えた、うるんだ眼の裏には『村芝居』「故郷」のような風景が灼きついているのだ。そして幼年時代の回想が、かくまで美しく描かれるためには、『阿Q正伝』『吶喊』『狂人日記』などのような辛くいたましく、不気味な現実がなければならなかった。これは、この二つの系列は表裏一体のものだ。この二つが魯迅の眼だ・・・」。あれから十六年たった今日でも、私はそう思っている。

優しくて、冷酷で、それから正反対の形容をいくつでも並べることの出来るあの眼が、何か物凄いことを語りかけていた。魯迅と日本、魯迅がもった異民族交渉というものもまた、実に徹底的なものであった。その例を、多くのなかから一つだけあげておこう。次に引用するのは、魯迅が日本文で書いた「私は人をだましたい」という題で、『改造』の一九三六年四月号にのったものの末尾である。
「・・・云いたいことは随分有るけれども『日支親善』のもっとも進んだ日を待たなければならない。遠からず支那では排日即ち国賊、と云ふのは共産党が排日のスローガンを利用して支那を滅亡させるのだと云って、あらゆる処の断頭台上にも日章旗を閃かせして見せる程の親善になるだろうが、併しかうなってもまだ本当の心の見える時ではない。自分一人の杞憂かも知らないが、相互に本当の心が見え瞭解するには、筆、口、或は宗教家の所謂る涙で目を清すと云ふ様な便利な方法が出来れば無論大いに良いことだが、併し、恐らく斯る事は世の中に少いだろう。悲しいことである。・・・終りに臨んで血で個人の予感を書き添へて御礼とします。」
この文章の、最後の一行を平然と読みすごすことの出来る日本人も、中国人も、一九三六年当時も、また今日でも、恐らくいないであろう。その間に、「血」の歴史があり、「血」の歴史を経て、今日の中国と日本とでは、いまだに正式の国交すらないのである■

魯迅の小さな墓を、一九四五年に武田泰淳と見たことを回想して、堀田はこの文章を書いている。訪中の日本文学者たちは改修されて大きくなった魯迅の墓を見に行った。堀田は行かなかった。近代、現代の日中の歴史を比較してその在り方のちがいを痛感してこの作家は行かなかったのだと語っている。社会と文学、それの日中での認識の違いを彼は強く意識したのである。

《作家がここから四〇年で見たものは》
 引用ばかりで私の感想をいう紙数がなくなった。簡単に書く。
作家は一方で更に続くであろう解放と建設の困難を予感している。一方で新中国を希望に溢れた特異な理想郷になるだろうと展望している。本書は次の叙述で終わる。
■私は今回中国を旅して、革命解放が、同時に中国の悠久な歴史への復帰という面を、広く強くもっている、と感じてきた。毛沢東の詞「雪」にある、秦皇、漢武、唐宗、宋祖などの歴代王朝の歴史のなかに現在の中華人民共和国をおいてみるとするならば、それは、人民王朝時代とでもいうべきものであろうか■

四〇歳の作家の観察力に私は圧倒される。このときから六〇年が経った。二〇一八年までの歴史を知っている私は、しかし堀田善衛の予測力に成績をつけようとは思わない。更に四〇年を生きて一九九八年に死んだ作家が、インドの現実やスペインの芸術家やフランスの哲学者のなかに何を見たのか。私の興味はこの一点にある。閉塞の時代からの出口を求めて読書の旅を続けたいと思う。(2018/12/24)

2019.01.06  「本日休載」

 今日、1月6日(日) は 休載します。

   リベラル21編集委員会
2019.01.05  干支(えと)は漢字文明圏に広がる共通尺度

伊藤力司 (ジャーナリスト)

「今年は亥年、去年は戌年」は子供でも知っている。あちこちから頂く年賀状に、今年はさまざまな猪、去年は犬のデザインが描かれていた。絵心のある人にとって、年賀状を書く楽しみのひとつは毎年変わる12の動物のデザインを考えることにあるようだ。

それはそれとして干支とは十二支、つまり12の動物と十支、つまり甲(コウ きのえ)、乙(オツ きのと)、丙(ヘイ ひのえ)、丁(テイ ひのと)、戊(ボ つちのえ)、己(キ つちのと)、康(コウ かのえ)、辛(シン かのと)、壬(ジン みずのえ)、発(キ みずのと)と、順番を示す10の漢字とを組み合わせたものだ。今年2019年は「己亥(みがい)」の年となる。

「亥」という漢字には「無病息災を願う」意味が込められているというが、実際には亥年には災害や事故が発生する傾向がある。1923年の亥年には関東大震災があったし、1995年の亥年には阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生した。前回の「己亥」つまり60年前の1959年には名古屋を中心に一大被害を及ぼした伊勢湾台風が襲っている。どうか今年は大災害が起こりませんように!

今では「戊辰戦争」(1868年明治維新の戦い)、「辛亥革命」(1911年清朝打倒革命)くらいしか干支による年次を思い起こすことはないが、明治維新後に西暦が導入される前は干支による表記が年次を示す普通の尺度だった。漢字2字で年次が指定できるのは、漢字がわかる人にとっては確かに便利である。

物の本によると、干支は今から3000年ほど前の殷代の中国で発明され、漢代のころから広く使われるようになったとか。中国から徐々に周辺諸国に伝わり、日本、朝鮮、モンゴル、ベトナム、タイ、ビルマ、インド、アラブ世界、ロシア、ベラルーシなどにも広がったとされる。日本には5世紀末までに朝鮮半島の百済を通じて伝わったという。

これだけ広範囲に伝わったのは、漢字さえ知っていればたちどころに年次がわかるという簡便さの賜物だろう。干支は年次だけでなく、時刻や方位を指定するのにも使われた。だから日常生活にとって便利な必需品であったわけだ。また人間になじみのある12種の動物を組み合わせたことも親しみやすさを増したと思われる。

ところが中国では一般的でも国によってはあまり一般的でない動物もある。例えば「亥」は日本では「猪」だが、中国やその他の国では「豚」である。「丑」はどこでも「牛」だが、ベトナムだけでは「水牛」である。「寅」はどこでも「虎」だが、モンゴルだけでは「豹」となる。「卯」は「兎」が一般的だが、タイとベトナムでは「猫」である。「酉」はどこでも「鶏」だが、インドだけでは「ガルーダ」となる。

また明治維新以前の日本では年次だけでなく、日にちにも干支が指定されていた。今日(こんにち)ではすたれてしまったが、昔からの行事の日取りには干支が残っている。例えば「初午」は、2月最初の「午」の日に稲荷神社に参詣する日。「端午の節句」は5月初めの「午」の日で男児の誕生と成長を祝う日―今日では5月5日の「子供の日」。「土用の丑の日」ウナギなど「ウ」のつく食べ物を食べる日。「酉の市」では11月の酉の日に神社に市が立つ―などなど。

干支についてあれこれ書いてみたが、明治以来効用を失ってきた干支は21世紀の日本では自然に消え去るだろう。ただ毎年の年賀状にネズミ、ウシ、トラ、ウサギ、タツ(竜)、ヘビ、ウマ、ヒツジ、サル、ニワトリ、イヌ、イノシシの画が描かれ続けるだろうし、男女を問わず「自分は○○年生まれ」と述べて、つい年齢を告白してしまう?習慣は残るだろう。(了)
2019.01.04 2018年に死亡したジャーナリスト53人
CPJ(ジャーナリスト保護委)が発表 2017年比大幅増加

隅井孝雄 (ジャーナリスト)

アメリカ、ニューヨークに本部を置くCPJ(ジャーナリスト保護委員会)は、12月19日録、2018年中に取材がらみで、命を落としたジャーナリストは確認できただけでも、53人にのぼると発表した。
意図的殺害34人、投獄された記者251人
サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル•カショギ氏と同様な意図的殺害は34人、戦闘に巻き込まれての死亡は11人、抗議行動が騒乱状態となった取材現場での死去が8人だった。2017年の全体の死亡者は46人だった。
 特に、今年の特徴はあきらかな殺害行為で命を落としたジャーナリストが昨年の18人にほぼ倍増したことだと言える。
 またCPJによると、取材活動に関連して投獄された記者の数は251人、うちトルコ、中国、エジプトが全体の半分以上を占める。
 しかし先日安全が確認され、帰国した安田純平さんのような、行方不明者、政府以外に拘束されているジャーナリストは実態がつかめないため、数字は含まれていない。
 一方パリに本部のある「国境なき記者団」の発表(12月18日)によると、死亡したジャーナリストは、前年比8%増の80人、うち故意に殺害されたのが49人。この中にサウジ政府の直接関与で殺害されたカショギ記者も含まれる。
CPJは23人の死亡については、確認が取れていないため報告書の統計数字に入っていないが、それを含めると死者は76人に達し。「国境なき記者団」とほぼ同数の死者がいることになる。
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▼主要国の首脳、ジャーナリストの活動を敵対視
 2018年の特徴は、国のトップが、ジャーナリストの権利擁護を図るどころか、ジャーナリスト活動を抑圧する側にまわっていることである。国家が記者殺害にまで手を染めたサウジアラビアを始め、大量のジャーナリストを次々に拘束し、批判的メディアを次々に閉鎖する行動が中国、トルコ、エジプトなどで顕著だ。カショギ記者殺害でサウジと一見対立しているように見える、トルコのエルドアン大統領は国内の新聞を次々閉鎖、大量のジャーナリストを拘束している。
主要メディアをフェイクニュースと呼んで、取材活動を妨害する一方、Foxニュースやシンクレアラジオなど体制支持のメディアを育成する米国トランプ大統領は、カショギ殺害事件について、「ムハンマド皇太子はやったかもしれないし、やらなかったかもしれない」(11/20)と述べて、非道な行いを免罪した。サウジは米軍需品の大きな取引先である上、イラン封鎖の共同作戦に欠かせない国として敵対しない態度を優先した。
また、機密保護法でジャーナリストの活動を大幅に制限、メディアに圧力をかけて規制する日本安倍首相も、典型的な規制主義リーダといえる。

▼アフガニスタンではジャーナリスト狙った二重テロ
アフガニスタンは依然としてジャーナリストにとって最も危険な国となっている。2018年には戦闘やテロに巻き込まれて死亡したジャーナリストは18人にのぼっている。これはCJPが記録を取り始めて以来最大となる。
4月30日にはISの自爆テロで一挙に9人のジャーナリストが殺害された。手口は、最初に自爆テロ、ジャーナリストたちが集まったところを、狙いを定めて第二の爆発を起こすという手口だった。
戦乱が続くシリア(9人)やイエメン(3人)で死亡が続いている。シリアのジャーナリスト死亡は昨年に比べ、減少していることが報告された。またガザでは住民蜂起を取材中のパレスティナのジャーナリストがイスラエルの兵士に狙撃され死亡した。
2019.01.03  現象描写あれど本質深耕に至らず 
2019年元旦の全国紙を読む

半澤健市(元金融機関勤務)

今回で10回目である。年男の老骨に鞭打ったが、年々密度が薄くなる。
その文、引いて見えていると自己満足している。
まず社説から見ていく。各社の立ち位置、主張がそれなりに見えるからである。

《社説を巡覧するとこうなる》
 朝日社説は「政治改革30年 権力のありかを問い直す」と題して、89年に政治不信への対策として世に出た自民党の「政治改革大綱」から始まる。それは政権交代可能な小選挙区制へと結実した。そして長い過程を経て、行き着いた先が「安倍一強」であり、国会の「官邸の下請け機関化、翼賛化、空洞化」である。そこで国会を強くする必要がある。しかし一から出直すというわけにはいかない。とすれば、バージョンアップで対応するしかない。それに続く提言は、「弱い国会を強くせよ」「解散権の行使再考を」などのスローガンと細かな手続き論の提示である。正論ではあるがまことに平凡な指摘が並んでいる。天下の朝日社説とは思えぬ代物である。正論が30年続いた結果がこの体たらくなのにである。

毎日社説は「次の扉へ AIと民主主義 メカニズムの違いを知る」と長いタイトルである。タイトルの主副が分かり難いが、要はAI技術と人間感情とのギャップについての考察である。脳科学者茂木健一郎の「情報爆発と個々人の処理能力のギャップに目をつけると、悪用を含めいろんなことができる。その意味でAIが人間の能力を超すシンギュラリティーはすでに起きている」という言葉を引用して、社説はこう述べる。「政治的に見れば、SNS(交流サイト)は人びとの不安を増幅させて社会を分断する装置にも、権力者が個々に最適化されたプロパガンダを発信する道具にもなり得る。(しかし)民主主義の価値は試行錯誤を重ねるプロセスにある。」「私たちはこれまでAIに無防備過ぎたかもしれない」「議論をする。互いを認め合う。結論を受け入れる。リアルな肌触りを省いたら民主主義は後退する」と続けながら、次のように結ぶ。「平成が間もなく幕を閉じ、冷戦の終結から30年が経つ。次なる扉の向こうには何が待っているのか」。結論に方向性を期待するとこういうウッチャリを喰うのである。

読売は長文の「米中対立の試練に立ち向かえ―新時代に適した財政・社会保障―」である。国際・外交論が全文の8割ほどを占める。米国の対中認識は、戦略的パートナーから最大の脅威中国に変わった。不安定なトランプ外交に対して、米国を国際秩序維持に関与させること、中国に安易に譲歩せず、高関税の掛け合いには自制を求める。これが日本の対米外交の役割だ。中国も経済にも陰りが見え始めたとはいえ中国を封じ込めることはできない。日本は中国と問題指摘を通じて話し合いを行い国際ルールの順守を求めるべきである。防衛に関しては日米同盟を基盤とし米軍との提携強化、豪州・東南ア諸国との協力を推進することを謳う。
残りの2割は国内論で、平成の30年は「不安定」と「停滞」だったという総括である。その内容と提言は常識の域を出ていない。同文は読売英字版「The Japan News」に英訳が掲載されている。

日経の社説「基調はイノーベーション」は、平成30年間の停滞を、グローバリゼーションとデシタル化に遅れたとする。そして、対策をイノーベーションに求める。中間層の厚さ、世論分断が小さい、多額の内部留保という好条件のもとで、労働流動性向上、分配政策実施によって資本主義と民主主義を守れと主張する。一貫して新自由主義を鼓吹する日経らしい論説である。ただしイノーベーションが、中間層の没落と世論分断に結果するだろうという危惧は語らない。

産経は「年のはじめに」というのが社説である。
乾正人論説委員長が「さらば『敗北』の時代よ」というタイトルで書いている。僅差に迫っていた日米経済は平成時代に米に大差を付けられた。乾は三つの理由をいう。一つは戦後復興に成功したことからの「慢心」、第二に「政治の混乱」(30年間に首相が18人)、第三に中国の共産党独裁政権を支持したことである。天安門事件以後の海部政権による円借款の再開、宮沢政権による天皇訪中の実現など、日本側に取り返しのつかない失策があった。これが中国の成り上がりの出発となった。トランプ政権は、いずれこう言うであろう。「俺をとるか。習近平をとるか」。日米安保があれば大丈夫という思考停止の時代は終わりを告げる。産経社説はこう結ぶ。「厳しい選択を迫られる新しき時代こそ、日本人は戦後の呪縛から解き放たれる、と信じたい」。

産経は編集局長井口文彦が「揺らぐ世界秩序 羅針盤たる新聞に」と題して「リアリズムに徹した取材と分析で、日本が進むべき道を提示していきます」としている。『元号の風景』が始まり、『楠木正成を読み解く』の連載も始めるという。

東京の社説は「分断の時代を超えて」と題する。冷戦終結から自由と競争が激化し、グローバルな格差と不平等の時代となった。目下最大のテーマは民主主義の危機である。社説は、ドイツの政治学者カール・シュミットの「国民を『友と敵』に分断する政治」論を紹介する。今、世界で進んでいるのはシュミット流の「分断政治」である。多数派の独走、議会手続きを踏んだふりをして数の力で圧倒する。国民の権利が奪われている。これが現状認識である。されば健全な民主主義を取り戻すにはどうしたらよいのか。
事実に基づく議論、適正な議会手続き、議員各人の責任感。これが対案である。そしてこう結ぶ。「民主主義は死んだりしません。民主主義は私たち自身だからです。生かすのは私たちです。危機を乗り越えて民主主義は強くなるのです。その先に経済も外交も社会保障もあるのです。分断を超え対話を取り戻さねばなりません」。

《わがなきあとに洪水はきたれ》
 6紙の社説を読んだ感想は以下の通りである。
1.現状分析 テーマは国際的には「米中対立」、国内的には「安倍一強」に収斂する。  共通点はナショナリズムと覇権抗争、格差と分断、技術進歩と人類である。
2.対策と提言
状況の急速な変化、事実の提示に精一杯である。具体的で説得力のある対策は提示
されていない。
3.問題点
自由と競争がなぜ分断と格差をもたらしたのか。東西冷戦が終熄して「資本の論理」が衣装を脱ぎ捨て裸で暴走したからである。即ち「グローバリゼーション」とそれを支える「新自由主義」である。これは私の考えだ。しかしここまで下降して、その原理が「ニュース」にどう現れるかを論じたものはなかった。敢えていえば「日経」の「イノーベーション」推進論、毎日の「AIと民主主義」の対決、東京の「観念的理想主義」が、それなりに現状と対峙していると読んだ。

毎日の一面左の「未来へつなぐなぐ責任」と題する小松浩主筆稿に触れておきたい。国内外の諸問題―大災害・財政危機・格差問題・エネルギー・戦争と平和―を提示したあと、小松はこう述べる。「過去と切り離して、現在があるわけではない。過去の世代が何をなしたかに、あとの世代の生き方も運命づけられる。18世紀のフランス革命前、ルイ15世の愛人として権力をふるい、浪費の限りを尽くしたポンパドール夫人は『わがなきあとに洪水はきたれ』と言ったとされる。『いまさえよければ』が破滅を招いたのである」。そして文章を次のように結ぶ。「日本で今年生まれる赤ちゃんの半分以上は、22世紀を見るだろう。私たちには、世代を超えた重い責任がある。『あとは野となれ山となれ』というわけにはいかないのだ」。

まことにもっともな結論である。しかし、私(半澤)は、フランス貴族の捨てゼリフに共感を覚える。日本の高度成長を支えた企業戦士が、平成30年のゼロ成長を見て、居酒屋で呟くセリフとそっくりだからである。そして、おそらく好況を生きたことがない若者諸君も同じ心情をもっているのであろう。この「明るいニヒリズム」が日本の空間を覆っている。私は、居酒屋で同僚諸君に「この明るいニヒリズムを基盤にして、安倍政権は、日米一体の軍事ケインズ政策へカジを切ったんだよ」と言う。すると彼らは、納得したのか納得しないのか不明だが、明るい微笑を私に向けてくるのである。

《スクープ・特集・インタビュー・座談》
 朝日が一面トップで「昭和天皇 直筆原稿見つかる」と打った。晩年の作、252首である。直筆であるだけでなく、訂正や注記が残されていた。その中の二首に関する作家半藤一利(88歳)のコメントについて触れる。

■国民の祝ひをうけてうれしきもふりかへりみればはずかしきかな
(国民の祝いを受けて嬉しきも振り返りみれば恥ずかしきかな←半澤の変換)

■その上にきみのいひたることばこそおもひふかけれのこしてきえしは
(その上に君の言いたる言葉こそ思い深けれ残して消えしは←半澤同)

一首目は、1986年4月29日の天皇誕生日、在位60年の記念式典に詠んだもの。「はずかしきかな」について、半藤はこう述べている。「戦時中に勤労動員された私は、その式典まで昭和天皇には大元帥陛下としての戦争責任があると考えていた。ところが、式典の最中、天皇のほほを涙がつたい、先の戦争による犠牲を思うとき、『なお胸が痛み、改めて平和の尊さを痛感します』と語った。今回の原稿にこうある(ここに第一首が入る)。あの涙は偽りではなかったのだと、今、改めて思う」。

二首目は、元首相岸信介が死去したときに詠んだ歌である。
半藤はこう述べる。「天皇自身の注釈として『言葉は声なき声のことなり』とある。安保改定が国論を二分し、国会をデモ隊に包囲される状況の中で岸首相が語った『いま屈したら日本は非常な危機に陥る。私は《声なき声》にも耳を傾けなければならぬ』を思い起こさせる。(中略)『声なき声』」という注釈と歌を会わせると、昭和天皇は、岸首相の考えを『おもひふかけれ(思い深けれ)』と評価し、深く思いを寄せていたのかと複雑な思いにとらわれる。(中略)あるいは日米の集団的自衛を定めた安保改定に賛成の気持ちを持っておられたのだろうか。それをうかがわせるような直筆の言葉がのこされていることに心から驚いている。生涯、大元帥としての自分がなかなか抜けられなかったのか」。

半藤一利の、言葉を選んだコメントは、デリケートな感情を表現している。戦争責任については免責に近い感情を表しているように読めるし、安保に関しては「心から驚いている」と言っている。私はいま堀田善衛の著作を読んでいるが、そこでの強い昭和天皇批判に比較して、随分穏やかな言葉であると感じる。「記憶」が「歴史」に変わるとき人の心情がどう変化するかを示したものとして、私は興味深く読んだ。
朝日は一面でAIに人工集中から見た「2050年の日本」を予想させている。京大と日立の協力を得て出た結果は2万通りに及んだ。このまま都市集中型が続くと国自体が持続不可能になるとの予測が出ている。相当な地方分散型の人口集中が、辛うじて持続可能なシナリオが描けることになる。「明るいニヒリスト」にとっても厳しい選択は襲いかかっている。
AIの利用に関しては、日経が「新幸福論」という続き物で取りあげ、アタリ、オズボーン、山際らの識者の意見を示すなど興味ある分析を載せている。日経は恒例の経済と金融の予想を企業経営者や市場専門家に質問している。日経平均株価についてだけ触れれば、予想中で2019暦年の最高値は26000円、最安値は18000円である。

東京が映画監督是枝裕和にインタビューした。監督は今、パリでカトリーヌ・ドヌーブ主演の映画を撮っているのである。全編フランス語で、スター女優とその娘の関係を描くものという。今年公開予定である。昨年『万引き家族』でカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを獲得し、新年には「朝日賞」に輝いた是枝の言葉から一部を抜き出しておく。
よく考えた人の言葉である。

「(権力側の)『大きな物語』に回収されないためには、それぞれの作り手が、多様で『小さな物語』を自らの足元に一つずつ置いていくことが大切だと思っています」。
〈問い:受け手はそれらから気付きがあればいい?〉
そうです。今の閉塞状況への新薬を一本の作品に期待するのは逆に危険。映画や小説にできることは恐らく、免疫力を少しでも高めていくような地道な作業だと思う。今は免疫力が弱まっているから、いろんな病気にかかってしまうのでは。

産経が、櫻井よしこが司会して安倍晋三首相とバイオリニスト五嶋龍の「新春対談」を掲げている。五嶋の発言は、安倍礼賛が思ったより少なく、少しは批判的な質問もしているのが面白いといえばいえる。

産経の皇室記事は代替わりの行事、式典などを列挙し祝祭性を強調している。朝日が今上天皇と皇太子両夫妻の象徴性、反戦平和志向を強調するのと対照的である。確かに一連の祝祭で天皇家と安倍政権は物理的に一体化する。その回路で新天皇を「大元帥路線」に取り込む。そんなことを考えている人間がいるかも知れない。

読売は小澤征爾インタビューを載せた。若手養成の楽しさを語る鬼気迫る小沢の表情が痛々しい。同じく「読売新聞オンライン始まるよ」という4頁ものがあったが、印刷板読者は無料でアクセス可能とあるだけで瞥見の限りオンライン版のみの料金表示はなかった。

《なかなか全部に手が回らない》
 定評ある日経の文化面を反映して「元旦第三部」という紙面で「平成の『ベスト5』」と題して、文芸・演劇・映画・音楽の各ジャンルから5本ずつ、批評家が選んだものを解説していた。意表をつかれたなかなか面白い企画である。因みに各ジャンルのベストワンは次の通り。
■文芸 『1Q84』、村上春樹、2000-10年
■エンタメ『ホワイト・ジヤズ』、ジェイムズ・エルロイ、1992年
■演劇 『S/N』、ダムダイブ、1994年
■歌舞伎 歌右衛門『建礼門院』、歌舞伎座、1995年
■映画 『アバター』、ジェームス・キャメロン監督、2009年
■映画 『バトル・ロワイヤル』、深作欣二監督、2000年
■音楽 『アッシジの聖フランチェスコ』、読売日響、サントリーホール、2017年
■ポップス 『sweet19blues』、安室奈美恵、1996年

朝日賞、毎日芸術賞など書きたいことは多いが紙数が尽きた。以上でご勘弁を願う次第である。(2019/01/02)
2019.01.02 「本日休載」

今日 1 月 2 日(水)は休載します。

リベラル21編集委員会


2019.01.01 今年は護憲派にとって決戦の年
2019年の年頭にあたって

リベラル21編集委員会

 新しい年が明けました。今年は、本ブログにとって創刊13年目にあたります。読者の皆さんにはこれまでのご支援に心から感謝するとともに、引き続きご愛読くださるようお願い申し上げます。

 今年は、日本にとって画期的な岐路の年になりそうです。
 なぜなら、安倍首相が昨年(2018年)12月10日の記者会見で、「2020年に新憲法を施行したい」と語ったからです。安倍首相がこの方針を言明したのは一昨年(2017年)5月のことでしたから、首相としては、その方針に変わりのないことを改めて公言したことになります。
 この結果、首相の意を受けた自民党は、今年、改憲に向けての作業を加速させるでしょう。おそらく、自民党は衆参両院での改憲発議を急ぎ、改憲案が国会で承認されたら、改憲案をめぐる国民投票を行い、国民の賛同を得られれば2020年から改定憲法を施行というスケジュールを描いているものと思われます。

 自民党が狙う改憲の中身は「自衛隊の明記」「緊急事態条項の創設」「参院の合区解消」「教育無償化」の4項目ですが、最大の狙いが「自衛隊明記」、つまり9条改憲にあることはいうまでもありません。
 自民党によれば、9条に自衛隊を明記するにあたっては、1項(戦争放棄)と2項(戦力不保持)を残すという。このため、安倍首相は「9条に自衛隊を明記しても、これまでと何ら変わりがない」と明言しています。 

 しかし、自衛隊が憲法に明記されると、自衛隊が果たす役割は根底から変わってしまうのではないか。安倍政権によって制定された安保関連法ですでに限定的に可能になった、自衛隊による海外での武力行使を含む集団的自衛権の行使が、おそらく、全面的に認められるようになるでしょう。
 その結果、日米安保条約という名の軍事同盟で結ばれた米国とともに自衛隊は地球のあらゆる地域に出かけて行って戦うことになるのではないか。自衛隊員は米国のために戦う可能性が一段と増すでしょう。これは、多くの国民から支持されている「専守防衛に徹する自衛隊」像から逸脱します。
 
 しかも、このところ、安倍内閣は、9条改憲の前に自衛隊を「専守防衛」から解き放そうとしているのではないかと思わせる事象まで起きています。例えば、安倍内閣は12月18日、「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を閣議決定しましたが、そこで、事実上の「空母」の導入に踏み切りました。歴代内閣が、憲法に基づく専守防衛の観点から「攻撃型空母」は保有できない、との立場をずっと維持してきたにもかかわらず、です。これでは、「自衛隊を9条に明記しても、これまでと何ら変わりがない」との首相発言も信用できなくなります。

 自民党の攻勢に護憲派はどう対処しようとしているのでしようか。さまざまな活動が計画されていますが、護憲派にとっての最大のターゲットは7月に予定されている参院選挙です。
 現在、衆院、参院とも改憲勢力が3分の2を占めています。もし、護憲派がこの参院選挙で議席の3分の1以上を占めることが出来れば、自民党をはじめとする改憲勢力による参院での改憲発議を打ち砕くことができます。つまり、自民党の狙いを阻むことができるのです。
 参院選挙で護憲勢力が議席の3分の1以上を獲得するためには、1人区で護憲勢力が勝利することが必要です。それには、野党がまとまって統一候補を立てることが不可欠です。果たして、野党は統一候補を立てることができるかどうか。野党の責任は極めて重いと言わざるえません。
 これに対し、自民党は、参院選挙と衆院議員選挙(総選挙)を同時に行う「同日選挙」で参院選における野党の共同戦線を切り崩すのではないか、との見方が出ています。同日選挙となれば、野党間の選挙協力は難しくなり、1人区で野党統一候補を立てられなくなるはず、というのが自民党側の戦略です。
 
 こうしてみてくると、今年は護憲・改憲をめぐる決戦の年になりそうです。護憲派にとっては、まさに正念場です。

 ところで、私たちリベラル21編集委員会は、ブログのスタートにあたり、ブログの理念に「護憲・軍縮・共生」を掲げました。日本国憲法を護り、軍縮を促進し、お互いに助け合って共存するために努めようという宣言でした。
 私たちリベラル21編集委員会はこのところ、この理念に自信を深めています。なぜなら、新聞社各社の世論調査により、国民は今、改憲など望んでいないことがますます明白になってきたからです。
 例えば、日本経済新聞とテレビ東京が12月におこなった世論調査で、安倍首相に期待する政策を複数回答させたところ、「社会保障の充実」がトップで46%、以下、「景気回復」40%、「教育の充実」30%、「財政再建」28%、「外交・安全保障」26%、「政治・行政改革」16%と続き、最下位が「憲法改正」で10%でした。
 また、同月の朝日新聞の世論調査では、「安倍首相は2020年に新しい憲法を施行したいとの考えを改めて示しました。この安倍首相の姿勢を評価しますか」との問いに対し、「評価する」33%、「評価しない」48%でした。
 国民の意思はもはや明白です。 

私たちリベラル21編集委員会は、はなはだ非力ではありますが、今年も護憲の訴えを積極的にブログで展開してゆきます。 
 以上、年頭に当たっての私たちの決意をお伝えして、読者の皆さんへの新年のご挨拶といたします。                           
                                 2019年元旦
2018.12.31 「貫く棒」はいずこに
年末雑記(3)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 いうまでもなく高浜虚子の「去年今年 貫く棒の如きもの」からの借用である。1950年の年末、虚子76歳のこの名句、あるいはすくなくともこの有名句には、さまざまな解釈と評価があることは、ネットをしばらく彷徨えば分かるが、ここでは「去年も今年をも丸抱えにして貫流する天地自然の理への思いをうたう」(大岡信)という解釈にしたがっておきたい。
 さて、日本漢字能力検定協会が公募した「今年の漢字」の1位は「災」であったそうだ。この結果は説得力がある。ちょっとした台風がとんでもない大量の雨を降らせ、道も家も押し流すという災害が頻発した。日本には安心して住める場所などどこにもないのではないか、とさえ思えるほどであった。それは日本だけの現象でなく、世界中のテレビニュースが毎日のように各地の災害を報じた。災害はなにも水害だけでなく、干ばつもあれば、突発的な地震、津波もあったが、夏の熱帯低気圧が雨を降らすというきわめて日常的な気象現象が大災害をもたらすという事態は、考えようによれば突発的な災害より恐ろしい。
 5~60年ほど前のことだが、農林省(当時)の西丸震也さんという技官(?)が温暖化の問題を指摘し、このまま気温が上がり続ければ梅雨末期に降る雨で大きな被害が出るようになると警告する文章を雑誌に載せた。それを読んで、私ははじめてこの問題を知り、ひどく驚いたことを今でも覚えている。その後、ローマ・クラブの「成長の限界」などが出て、経済成長と自然との関係に私も関心を持つようになったが、一方では、温暖化は人為によるものではなく、気候自体の長期的変動の範囲内だから心配いらないという説が唱えられたりして、対策が後手後手に回っているうちに今日の事態を迎えてしまった。これはもうわれわれの孫子の世代くらいでは到底元に戻すことはできないだろうから、人類は地上で暮らす場所を考え直さなければならなくなるのだろう。「貫流する天地自然の理」も人間はいつの間にかねじまげてしまったのかと嘆息するのみである。
 「災」が今年の漢字とすれば、その英語版として「○○ファースト」はどうだろう。D.トランプ氏が一昨年の米大統領選のさなかにこの言葉を使い始めた時には、普通人なら人前では使うのをはばかるような言葉をわざと喚いて、注目を集めるような野卑な人間が大統領職をねらうのか、民主主義はそこまで寛容なのか、と驚いたものだ。
 ところがこの人物はこの言葉を連呼しながら、当選を果たし、この言葉は今や多くの国の議会選挙や大統領選挙で大流行りである。皆が「おのれファースト」を唱え始めたら、最後は喧嘩になるしかないから、互いに考えを聞きあう忍耐心を持ち、最後は多数に従うという民主主義のルールがなんだか時代遅れになったような雰囲気さえある。
 長い歴史の末にようやくたどり着いた、人は誰でも自分の運命について平等に発言権を持つというこのルールは国家関係にも準用されるべきものとして定着しているか見えたのに、それが野心家によって軽々と足蹴にされる時代がきてしまった。
 東西対立が東側陣営の崩壊によって終息した前世紀末には、権力者による独裁政治は結局は民主主義に及ばない制度として世界に公認されたかに見えた。社会主義の故郷であったソ連邦は当時の大統領によって終焉を宣せられ、ロシアにもどって、大統領は選挙で選ばれることになった。ところが、現在そこに君臨するのはほとんど終身その地位にいるつもりではないかとさえ思える、かつての独裁者でさえ顔負けの大統領である。
 アジアの社会主義大国であった中国では、建国20年もたたないうちに革命指導者に対する行き過ぎた個人崇拝から発し、後に「10年の災厄」と公式に総括された政治運動で国内は大きく混乱した。後継者たちは社会主義の旗を掲げたまま「改革・開放」政策を唱え、外資を積極的に導入して、市場経済を実施することによって経済を発展させることには成功した。しかし、やがて政治も改革されるはずという内外の期待には背を向けたまま、現在の「国家主席」は今年、自らの発意で「一期5年、2期まで」という憲法の規定を廃止させてしまった。国民が国家主席にやめてもらいたくとも、それを実現するための手続きはあの国にはない。
 その中国でも共産党機関紙『人民日報』が主催して「今年の漢字」を公募する。そして今年の「今年の漢字」は「奮」と決まったと発表があった。この字は大きな鳥が田んぼから羽ばたいて飛び上がるさまをかたどったものとのことである。中国にも今年はいくつか台風が上陸したはずなのに、元気のいいことである。
 68年前の年末に高浜虚子が感じ取った天地自然の理は、ちょうどわれわれが生きてきた間に「貫く棒の如きもの」からすっかり姿が変わってしまったのか、それともそれをも含めて「棒の如きもの」なのか。ともかく今年もまもなく去年になる。
2018.12.30 「本日休載」

今日 12月 30日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会