2017.07.13 これは単なる思い過ごしなのか?
  
宮里政充 (もと高校教員)

 安倍晋三首相は「日本を取り戻す!」と叫んで第二次安倍内閣を発足させた(2012年12月26日)。彼のいう「日本」がどういうものなのかは閣僚人事やNHK経営委員の人選(いわゆるお友達優遇人事)、安保法制や共謀罪法案の強行採決、憲法「改正」への前のめりの姿勢など、実に分かりやすい形で明らかにされてきた。彼は日本会議(「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を推進する民間団体」)を中心とする右派イデオロギーを背景に、日本という国を限りなく明治という「美しい国」に近づけていこうとしており、しかもそれを自分の在任中に成し遂げたいと思っている。私は国民がそういう安倍首相の政治思想や乱暴な政治手法に次第に慣らされていくことの危機感を持ち続けてきた。

 ところが、東京都議選の結果、自民党は惨敗した。国会運営の強引さ、森友・加計問題の真相究明回避の姿勢、連日マスコミを賑わせる閣僚や自民党国会議員の失態やスキャンダル、そして安倍首相自身の、国民に対する傲慢な姿勢――これらがいわば度重なるオウンゴールとなったのである。都民はこの目に余る現状に対し、都政を一挙に飛び超えて安倍政権に鉄槌を食らわせた。私の危機感はすっ飛んだ。だがそれは一瞬のことであって、私はむしろ以前よりも強い危機感を持つようになった。

 小池百合子都知事は安倍首相同様日本会議の会員であり、日本の核保有については、月刊誌『Voice』(2003年3月号)誌上における田久保忠衛氏(日本会議現会長)、西岡力氏(東京基督教大学教授)との鼎談の中で、「軍事上、外交上の判断において核武装の選択肢は十分ありうる」と発言し、その4年後には安倍第一次内閣の防衛大臣に任命された人物である。
 都知事選で自民党と袂を分かつ結果になったとはいえ、政治思想は安倍首相と首相を取り巻く「お友達」に極めて近い。さらに、彼女の腹心の部下である野田数(かずさ)氏は2012年、日本国憲法無効論に基づく大日本帝国憲法復活の請願を東京都に提出した人物である。彼はその請願書の中で「国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄」すべきだと主張した。そして、小池百合子都知事は都議選で圧勝した翌日、彼女の一存で、「都民ファーストの会」の代表を彼に譲った。

 おそらく彼女は今後「都民ファーストの会」を軸にして新党を立ち上げ、国政へ進出するだろう。そして、そこへ国会議員をはじめとして多くの野望家が群がってくるのは容易に想像できる。最近の各世論調査(朝日・毎日・読売・NHK・日本テレビ)すべてが、ついに内閣不支持が支持を上回る結果を出した。政界再編もあるかもしれない。しかし、民進党を中心とする野党の勢力が伸びない限り、所詮は保守・右派同士の内輪もめに過ぎない。日本右傾化の流れはとどめようもないのである。

 小池百合子氏が日本の総理大臣になる日は来るのだろうか。私は、「自民党はもう終わった」と言い放った舛添要一氏を擁立して東京都知事に当選させた自民党なるもののしたたかさを思い出している。勢力関係によっては小池百合子氏を総理大臣に仕立て上げることなど、この党にとってわけもないことだ。そうなった場合、「小池百合子総理大臣」は安倍総理大臣とちがって憲法9条だけでなくもっと本格的な憲法「改正」への道を巧妙にたどり始めるだろう。まさか大日本帝国憲法を持ち出してくることはあるまいが。
 私の危機感は単なる思い過ごしなのだろうか。 (2017.7.11記す)
2017.07.12 青年の教養が向上しない本当の理由について       
    ――八ヶ岳山麓から(226)――
              
阿部治平 (もと高校教師)


すでに2ケ月余り前になるが、文部科学省が小中学校の教員の勤務実態調査を公表した。10年前と比較して勤務時間が4時間から5時間余り長くなり、中学では週63時間18分だ。いわゆる「過労死ライン」に達する計算となる週60時間以上の勤務は、小学校で3人に1人、中学では6割近くにのぼる(毎日2017・04・29)。
この統計の中身には、部活動指導時間が無視できない位置を占めている。以下これについて述べる。

中学高校の教師になると、だれでも部活動「顧問」をやらされる。むりやり顧問にさせられた結果どうなるか。経験のないスポーツ部をあてがわれ、生徒にばかにされたことのある教師はごまんといるだろう。最近の悲劇的な例は、栃木県高校山岳部の合同冬山訓練で雪崩によって亡くなった若い教師である。彼は登山経験がなく、積雪斜面のもつ危険が全然わからないまま生徒を「引率」して、ともに死に至ったのである。私は「山屋」としてことばがない。
スポーツ科学を含めて、その指導法をまともに修得した教師がどのくらいいるだろうか。有名指導者(監督)でも、たいていは練習内容は自分の経験から一歩も出るものでなく、「千本ノック」などの反復練習と「根性教育」が主流にならざるをえない。過度の練習は、生理上も技能向上のうえでも不合理であることは定説になっている。高校大学時代練習に明け暮れた体育教師は、30過ぎるとたいてい自己の身体にそれを感じているはずである。

小中高の教育は「ゆとり」すなわち「ひま」が十分になければならぬ。「昨日の授業はまずかった」とか「今日あの子はふさいでいたがなぜか」と反省し、明日の準備を十分にやって、はじめて生徒に学ぶ楽しさを体験させることができるというものである。
ところが、教員勤務評定では部活動指導が「指導熱心」と評価される。教師の中には功名心をくすぐられて勝つことのみを生きがいにし、なかには1年365日全然休まなかったことを「誇り」にするノーテンキが出る。体は丈夫だが、脳みそはオカラ状態だ。授業はいいかげん、生活観察もおろそかになる。
ひと昔まえ「ゆとり教育」が試みられた。これは近頃テレビへの露出著しい京都造形芸術大学芸術学部マンガ学科教授の寺脇研氏が文部官僚時代に主唱したものである。だが「ゆとりの時間」はたちまち塾通いに変じ、現場からも不満たらたらで数年でとりやめになった。もし大学入試制度の改革と教師の「ゆとりの時間」がこれにともなっていたら、寺脇氏は改革者として称賛されたであろうに。

近年は学校外のスポーツクラブから有力選手が輩出するようになったが、いまでも、かなりの程度スポーツ選手の養成を学校が負担している。問題はその他大勢が参加するスポーツ系部活動のありかたである。
中学では、高校入試で部活動が重視されるからという理由で、70~80%くらいの生徒を加入させる。親も生徒も部活動を義務だと思い込んでいる。私の勤務した高校のひとつに全員参加という学校があった。理由は、放課後ワルどもが何をするかわからない。そこで教師の勤務時間が終わる5時までは学校に閉じ込めておくという趣旨であった。だが全員参加したらどの部もパンクする。高校を少年刑務所と錯覚した発想だった。

スポーツ系とは限らないが、たいてい練習は放課後4~5時間、さらに授業が始まる前の「朝練」がある。生徒は疲れて授業時間に居眠りする。予復習も宿題もできない。私は退職前の数年間進学高校にいたが、そこでも野球部など名の知れた運動部に参加している生徒は、授業中公然と寝ていた。私の授業では運動部の生徒はいなかったが、それに付随した応援団とかブラスバンドのメンバーがいた。彼らもまた苛酷な練習に疲れはてていた。
毎年春の全国高校野球大会のころから梅雨まで、授業期間の平日にスポーツ系の地区や県の大会があった。各種の大会が二、三重なると、教室に生徒がそろわないから授業を進めることができない。生徒からすれば、いったん勝ちすすめば負けるまでの期間、授業をほとんど受けられない。そのうえ県大会出場ともなると、関係のない生徒でも応援にかりだされる。県教委はこれに対して、授業時間を確保せよというが、そのために具体策を示したことはない。もちろん大会開催は土日だけという地方もあった。だが休日がなくなるからこれも好し悪しである。

さらに野球とかサッカーとか、人気があって注目度の高い部活動は特権が許される。運動部顧問(監督)の中には、高校をプロ選手の養成所と心得ている者がいて、私学はもとより公立高校でも中学まわりをして優秀な生徒を入学させようとする。
 野球部の予算は学校やPTAの会計の中で最大である。それだけでは不足だから、後援会をつくって経費をまかなう。甲子園大会ともなれば、地区大会から特別仕立てのバスで選手を運ぶ。内外から不満の声が起きるが、校長もPTA会長もこれを無視して大勢に従う。異議申し立ては玄関払い。共謀罪が通過した国会のようなものである。

メディアはスポーツ系の部活動で好成績を上げると「文武両道」などと持ち上げる。ところが部活動には、しばしば生徒間の暴行・恐喝・喫煙・飲酒などの非行がつきまとう。だが、発覚してもたいていは隠蔽される。大会出場が危うくなるし、程度によっては部が閉鎖されるからである。
指導教師の暴力はかなり普遍的現象である。近頃は、被害生徒の自殺といった悲劇によって、ようやくその一部が明るみに出るようになった。だが私の知るかぎり、かなりの学校がいまだ公務員法に反して教師の非行も隠蔽している。
いうまでもなく、スポーツ関連の部活動問題を日本社会全体として考えるためには、マスメディアの役割は決定的に重要だ。だがメディアはヒーローを作り出すのには熱心だが、部活動の学校教育における問題に迫ろうという気はない。
たとえば「毎日」や「朝日」も、野球部活動の現場をリアルに記事にしたり、スキャンダルを明らかにすることはきわめて少ない。両新聞社はそれぞれ日本高校野球連盟とともに春と夏の全国高校野球大会の主催者だからであろう。
この稿が皆さんの目に触れるころは、どの県でも夏の甲子園の地区大会・県大会のトーナメントがすでに始まっているだろう。地元の情報サイトやテレビ局が県大会から実況放送をする。そこでは例年の如く、視聴率のためか、商業主義のためか、美談をつくり目立つプレーヤーを称賛しヒーロー扱いするだろう。
高校生の若さでちやほやされれば、たいていはスポイルされるが、それをメディアが問題視することはない。だが、たまには「甲子園」の問題点を分析、反省してみてはどうかね?あらためて「文武両道」などちゃんちゃらおかしいことが確かめられるだろう。

中学高校の部活動は、学習指導要領で「生徒の自主的、自発的な参加により行われる」と定められている。 つまり法制上は自主活動とされ、体育を含めた教科教育は必須だが、部活動はあってもよし、なくてもよしの存在である。
学校がわが国民の文化水準の維持向上に果たす役割は決定的である。学校教育は教科教育を主として成り立っている。現状は部活動と教科教育の優先順位が逆転しているために、選挙権をもった市民というにはいささか知識不足の青年をかなり大量に社会に送り出す結果となっている。これを学校教育制度の「溶解」といわずしてなんといおうか。(2017・07・06記)
2017.07.11 核兵器禁止条約採択を心から歓迎する
世界平和七人委がアピール

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 核兵器禁止条約が7月7日、ニューヨークの国連本部で開かれた条約交渉会議で採択されたが、このことに関し、世界平和アピール七人委員会が同10日、「核兵器禁止条約採択を心から歓迎する」と題するアピールを発表した。
  世界平和アピール七人委は、1955年、世界連邦建設同盟理事長で平凡社社長だった下中弥三郎の提唱により、人道主義と平和主義に立つ不偏不党の知識人有志の集まりとして発足し、国際間の紛争は武力で解決してはならないを原則に、日本国憲法の擁護、核兵器禁止、世界平和実現などについて内外に向けアピールを発表してきた。今回のアピールは126回目。
 現在の委員は、武者小路公秀(国際政治学者)、土山秀夫(元長崎大学学長)、大石芳野(写真家)、小沼通二(慶應義塾大学名誉教授)、池内了(名古屋大学名誉教授)、池辺晋一郎(作曲家)、髙村薫(作家)の7氏。

 アピールは、採択された核兵器禁止条約を「核兵器廃絶に向けての大きな一歩」であり、「被爆者、日本国民にとっても大きな喜び」と評価する一方で、「日本国政府が自ら背を向けて退席し、国連本部外で行われた核兵器保有国と核の傘に固執する少数国の会合に参加し、さらに『条約には署名しない』と改めて表明したことは、歴史に残る汚点であり、核兵器廃絶を目指す世界の人たちに対して恥ずべき行動だった」と批判している。
 アピールの全文は次の通り。

核兵器禁止条約採択を心から歓迎する
世界平和アピール七人委員会


武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晉一郎 髙村薫
 私たち世界平和アピール七人委員会は、核兵器禁止条約交渉会議のホワイト議長をはじめ、今回の条約成立に力を尽くしてきた諸国と国際赤十字、多くのNGO、そして広島・長崎の被爆者、世界各地の核実験の被害者の長年の尽力に心から敬意を表する。

この条約が国連加盟193か国の3分の2に近い賛成122票、反対1票、棄権1票で採択されたことは、核兵器廃絶に向けての大きな一歩であり、長年にわたりその実現を願い、努力を続けてきた被爆者、日本国民にとっても大きな喜びである。

 大量破壊兵器である核兵器の持つ非人道性は議論の余地がなく、放出される放射線の影響は目標にとどまらず地球全体に広がり、長期間にわたって被害を与え続ける。日本国政府が戦争で核兵器を使用された唯一の国として貢献できる機会に自ら背を向けて退席し、国連本部外で行われた核兵器保有国と核の傘に固執する少数国の会合に参加し、さらに「条約には署名しない」と改めて表明したことは、歴史に残る汚点であり、核兵器廃絶を目指す世界の人たちに対して恥ずべき行動だった。

 自らの核兵器保有と核の傘依存を続ける一方で、他国の核兵器開発の糾弾を続けることは、非難の応酬を加速させるばかりか、核兵器使用の危険性を増大させ、国民の安全保障を損なうものであって、核兵器廃絶への道ではない。私たちは、日本国政府を含む不参加国が態度を変えて、現在と将来の世代のために、核兵器のない世界を実現させるこれからの行動に参加することを求める。

2017.07.10 悲劇の朝鮮最後の王女 徳恵翁主(トッケオンジュ)の生涯
   韓国通信NO528
     
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

 昨年、大邱(テグ)で買った小説『徳恵翁主』を読んだ。小説は7年前に発行され、韓国内で大きな反響を呼び起こし、ベストセラーになった。昨年映画化(監督 ホ・ジノ 出演 ソン・イェジン)され、約500万人が映画を見て、一躍、徳恵翁主は「時の人」となった。
昨年夏、友人夫妻と対馬の厳原の万松院にある対馬藩37代当主、宗武志と徳恵の結婚記念碑(下の写真)を偶然見つけ、さらに年末には娘と行ったソウルの昌徳宮で徳恵翁主の住まいを見学した因縁もあり、400ページを越す長編小説に辞書と首っきりで格闘した。一日数ページの読書では筋がわからなくなるのが心配だったが、展開がドラマチックなので楽しみながら読み通せた。
徳恵翁主(1912~1989)は大韓帝国皇帝高宗(コジョン)の娘である。翁主とは側室の子どもに付けられる称号である。高宗の息子李垠(英信王)の妻となった日本人の梨本宮方子 (なしもとのみやまさこ:李方子)は比較的知られているが、徳恵のことは余り知られていない。韓国も事情は同じようで、今回、小説と映画をとおして彼女は有名人になった。
悲劇の朝鮮最後の王女 徳恵翁主(トッケオンジュ)の生涯

李方子は敗戦後、韓国人の妻として日本国籍を喪失、1963年に夫とともに韓国へ「帰国」した。生涯、夫の祖国を自分の「祖国」として生き、福祉活動に献身したことは韓国でも広く知られている。昭和天皇の妃候補だった方子の結婚は「内鮮一体」を目的とした政略結婚だったが、徳恵の場合も同じ政略結婚ながら併合された国の王女だったため人質的色彩が強かった。
高宗は李朝の創始者李成桂から数えて李朝26代国王である。「日韓併合」に抵抗したため、1907年に退位させられ、息子の純宗(スンジョン)に皇帝の地位を譲った。高宗の夫人は虐殺された明成皇后、閔妃(ミンピ)である。失意にあった高宗は末娘の徳恵の行く末を心配して、侍従職の養子を婿にすることを決めたが、急死してしまう(1919)。人一倍気位が高く利発だった徳恵は文学少女に成長するが、12歳(1925)の時、不本意な日本留学を求められ、やむなく学習院に入学する。

小説では母親がいる祖国朝鮮への思いと亡国の王女として辛い毎日が随所で語られる。東京に住む異母兄である英信王夫妻と朝鮮から連れて来た侍女ポクスンが心の支えだったが、やがて精神に異常をきたし始める。徳恵20才、対馬宗家の当主、宗武志(そうたけゆき)伯爵と結婚。拉致同然の日本行きと政略結婚に心はさらに傷つき、東京にいる留学生たちによる「徳恵奪還計画」に期待するが失敗に終わる。夫の武志は「亡国の王女」が心を開くことを優しく見守るが、娘(正恵)を出産してから徳恵の精神状態はますます悪化、東京の松沢病院(精神病院)に入院。娘正恵も両親の民族と地位の違いに悩み自殺するという不幸に見舞われる。終戦後、武志と離婚、小説では韓国人青年たちの手引きによって脱走するようにして祖国へ帰る。
小説のあらすじを追ったが、いたいけな徳恵が日韓併合という歴史の渦に巻き込まれて悲劇的な人生を送ったことに多くの韓国人が血涙をしぼった。宗武志は包容力のある知性溢れる愛妻家として描かれ、事実そうだったようだが、徳恵の祖国に対する思いがそれに勝(まさ)り、愛を受けいけることはなかった。つまり併合による悲劇が彼女の人生の不幸のすべてとして語られる。
小説と映画をつうじて多くの韓国人に歴史に翻弄された少女の人生の不幸と悲劇を再認識させたようだ。それが「徳恵ブーム」となった。(写真/対馬訪問/左/宗武志 右/徳恵)

悲劇の朝鮮最後の王女 徳恵翁主(トッケオンジュ)の生涯

歴史小説である。日本では「事実と違う」、「誇張され過ぎ」といった批判が生まれそうだ。わが国でも歴史上の人物が小説にとりあげられることは多いが、事実について細かく詮索して批判することはあまりしない。日本とのかかわりが多いだけに、「小説」であることを忘れて批判するのは読み方としては感心できない。彼女の人生を描けば苦悩の背景に日韓併合があるのは当然で、過去の侵略の歴史を認めたくない人には面白くないかも知れない。「過去は水に流して」は被害者が語る言葉であり加害者が語る言葉ではない。過去を忘れて「未来志向」というわが国の一般的な風潮からすれば「反日的」な小説であり、映画なのかも知れない。大筋から外れたところで、この小説には従軍慰安婦が登場する。韓国人には徳恵は従軍慰安婦と切り離せないものと受け止められたはずだ。
しかし日本人としては、小説を読み、映画を見て多くの韓国人が何故怒りを新たにし、涙したのか真摯に向きあう必要がある。「反日映画」と片づけられ日本での上映が危ぶまれるが(注)、韓国人の涙を「反日」だとみなして受け入れられないようでは、日韓の相互理解は遠くなるばかりだ。
読み終わって小説『徳恵翁主』が翻訳され出版されていることを知った。齊藤勇夫訳 かんよう出版 2592円。
(注)日本での上映が難しいと思っていたが6月24日から東京と大阪で『ラスト・プリンセス』というタイトルで上映が始まっていることを知った。うかつだった。
悲劇の朝鮮最後の王女 徳恵翁主(トッケオンジュ)の生涯

 <オバカな日本政府、「文大統領発言」に抗議>
日本政府は文在寅大統領が演説の中で「福島原発で1368名が死亡、放射能の影響による死者やがん患者の発生数は把握さえ不可能」と語ったことに対して抗議したという。(6月26日付時事.com)
これは「原発で死んだ人はいません」「原発・放射能は安全」「印象操作はやめて」と言っているようなもの。抗議するなら死者の数は正確には何人なのか、甲状腺がんと放射能は関係がないと主張するならその根拠を明らかにすべきだ。「自宅に戻らないのは自己責任」とまで言いだした日本政府が韓国政府には子供だましのような理屈をつけて「抗議」した。恥ずかしくて言葉もない。
2017.07.09 「本日休載」
今日07月09日(日)は休載します。

        リベラル21編集委員会

2017.07.08 安倍私党グループによる露骨な官僚人事で国家統治機構の正統性が揺らぐ、「お友達政治」(国政私物化)の影響は政権与党のみならず官僚機構全体にも広がり始めた
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 安倍首相は7月4日の閣議で各省庁の主な幹部人事を決めた。菅官房長官は記者会見で「適材適所」などと言い張っているが、その内実は安倍私党グループによる「森友疑惑」「加計疑惑」隠しのための露骨極まりない謀略人事だと言っていいだろう。その象徴が「森友疑惑」関係の一切の書類を隠蔽してきた佐川財務省理財局長の国税庁長官就任、および「加計学園」の獣医学部新設を「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などと文科省を恫喝してきた藤原内閣府審議官が国家戦略特区担当を離れ、経済産業省に復帰したことだ。これで両氏は国会で追及されることもなく、日々ノウノウとして職務に専念できるというものだ。

 この人事は、菅官房長官と萩生田官房副長官(内閣府人事局長)が原案を作り、安倍首相が決めたといわれる。だが、萩田氏自身は「加計学園」の獣医学部新設を「官邸は絶対にやると言っている」「総理は『平成30(2018)年4月開学』とおしりを切っていた。今年(16年)11月には方針を決めたいとのことだった」などと文科省に早期開学を迫った張本人なのだ。アメリカのギャング映画などでは(日本のヤクザ映画でも)、事件の発覚を防ぐために親分が子分に金を握らせて「しばらく消えてもらう」と言い渡すシーンがよく出てくるが、まさにそれを彷彿とさせる人事ではないか。いわば、「安倍私党グループによる、安倍私党グループのための、安倍私党グループの人事」だと言ってよい。
 
 これに「総理の言えないことを私が代わって言う」と文科省に迫った和泉首相補佐官が古巣の国土交通省にでも栄転すれば、「加計3兄弟」(藤原、萩生田、和泉の各氏)の名声はことに高まったであろうが、国交省では和泉氏の然るべきポストを用意できなかったのか沙汰止みになったという。私としては、同じやるなら「加計3兄弟」が揃い踏みをして、国民の前に堂々とお披露目興行し、盛大な喝さいを浴びてほしかった。

 これら一連の人事を見ると、安倍首相が都議選の歴史的大敗を受けた翌日、7月3日朝に述べた「深刻な反省」はいったいどこに行ってしまったのかと考えさせられる。おそらく彼の「深刻な反省」の賞味期限は数時間ぐらいしかなく、翌日になればすっかり元の状態に戻っているのだろう。つまり「舌の根も乾かないうち」に、自分の言ったことが消えていく頭の構造になっているのだろう。でも、これは善意の解釈である。

  ことは簡単でないのでもう少し踏み込んで考えて見ると、彼の「深刻な反省」とは、実は森友疑惑や加計疑惑を隠し通せなかったことを反省しているのではないかと思われることだ。悪事を重ねた政治家がよく反省するように、いわゆる「わきが甘かった」ことを悔やんでいるのである。安倍首相は「お友達政治」なんて悪いとも何とも思っていない。それがバレタことを反省しているのである。とすれば、反省の結果として出てくる方針は、これ以上疑惑の究明が進むことを防がなくてはならないことになる。

  そのための布陣の第1弾が今回の官僚人事だった。両疑惑に関係した官僚を関係部署から外して異動させる。彼らが当該部署から外れれば、今後は「公務外」のことだとして言い逃れできる。当該部署の官僚たちも「引継ぎを受けていない」とか何とか言って責任を回避することができる。こうして時間がたつうちに、忘れやすい国民の脳裏からいずれこの疑惑は消えていく...。こういう時間シナリオが官邸内で想定されているのだろう。

  第2弾は、山本地方創生担当相が「加計学園」絡みの公文書は内閣府に存在しないと言い切っていることだ。山本氏は次の組閣で閣僚から離れることは確実視されているが、安倍私党グループの1員として加計疑惑はあくまでも「墓場まで持っていく」つもりなのだろう。担当大臣にここまで断言されると、内閣府内では「あった」と言えなくなる。加計疑惑の本命は内閣府なので、ここだけは「死守したい」との決意が透けて見えると言っていいだろう。

  第3弾は、「安倍首相抜き」の国会審議である。既に国会閉会中の委員会審議が開かれることは決まっているが、ことは首相自身に関わる事柄だけに「安倍抜き」では話にならない。まして野党の質問時間を議員数を根拠にして制限するような仕掛けまでが施されると、「審議に応じた」という外皮だけが残るだけで中身は空っぽになってしまう。「空っぽ」の審議を如何にそれらしく見せるか、安倍政権の命運がかかる疑惑だけに官邸の狙いはここに凝縮されている。野党の力量が試されるところだ。

  都議選後のこれら一連の安倍政権の対応から浮かび上がることは、官邸がどんなシナリオを書いても、その限界は所詮安倍私党グループ(利益共同体)の域から出られないことだ。お友達政治すなわち国政私物化の後を消すために幾ら粉飾を重ねても、国政の大義の前には覆い隠せない事態が生じる。すでに多くの国民は、安倍政権がどんな芝居を打つかということよりも、舞台裏でどんな脚本が書かれているか、どんな演出がほどこされるかに関心が移っている。支持率が急落した世論調査がそのことを物語っているし、今後の世論調査がさらに断固とした回答を用意するだろう。

2017.07.07 公文書について考える
        小山の教育通信 [2017.7月-1]        

小山和智 (グローバル化社会の教育研究会事務局長)

 7月1日で「公文書等の管理に関する法律」(平成21年法律第66号)の公布から満8年です。
この法律は、行政機関の諸活動や歴史的事実の記録が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、国民が主体的に利用し得るようにするものです。「将来の国民に説明する責務が全うされるように」と冒頭に掲げられています。

動詞の「book」は“記帳・登録する, 予約・契約する”といった意味です。元はドイツ語の「buch」で、紙のない時代に「ブナ (Beech)」の樹皮や薄板 (注:製材すると白い) に文字を刻んだことに因みます。マレー語の「buku」は“節・関節”ですが、昔は 竹簡 (buku buluh。注:節と節の間) に記録していたので、“本・ノート・経典”の意味にもなりました。

「White book, liber alubus (白書 )」は 表紙が白色の装丁の公式報告書のことですけど、たとえ白い表紙でも、慣習として別の色で呼ぶ公文書があります。
例えば、「Blue book」は 英国では“議会 or 枢密院の報告書”、米国では“政府職員/紳士録”。英国外交委員会の報告書が青表紙だったことに因み、日本でも「外交青書」と呼ぶ慣習になっています。「Red book」は スペインの公式報告書で、英国では“貴族名簿”です。「Yellow book」は フランスの公式報告書。「Green book」はイタリアと英領インドの公式報告書。そして、「Black book」は“閻魔帳, 成績記録簿”です (表紙など付けず密かに保管されるはずですけど…)。

なお、日本の江戸時代の「人別帳」では、犯罪を犯しそうな乱暴者に 付箋 (book-mark) を付けていました。いわゆる「札付き」です。他方、商品に掛値なしの価格を表示する札は「正札」ですが、「正札附き」は(値段に見合った)品質の証明の意味でした。後に“本当のワル”の意味にも使われて、なんともはや……。

6月30日(金)、第60回グローバル化社会の教育研究会(EGS)が、いつもの聖学院中学・高校(東京都北区) で開かれ、同校の伊藤豊 高等部長に『21世紀型教育の現状--- 思考力を育てる取り組み』のテーマで、話題提供をしてもらいました。
学校改革の出発点は「生徒達の持っている力の中に 従来 評価されてこなかった部分があるのでは? 例えば、自分で知識を獲得していく力や仲間の能力を引き出す力など」という問題意識だったとのこと。「21世紀型教育」の柱であるアクティブラーニング(双方向授業)も 課題解決型学習(PBL)も、その評価の元となる「ルーブリック (Rubric)」(学習到達度を示す評価基準の観点を縦軸、尺度<(到達度>を横軸にとった評価表)を策定することが鍵となったようです。

ともすると日本の生徒は自己肯定感が低いといわれ、学年が上がるほど下がっていくといわれますが、それは社会と関わる意識の度合い、接する機会の頻度に関係してもいるそうです。聖学院の教師陣が生徒評価のあり方を見直し、生徒に到達目標を明確に理解させることで、生徒たちの自己評価も大きく改善されていった様子がよく分かりました。
なお、児浦良裕先生の 高3数学の授業も、見学させてもらいましたが、数学があまり得意ではなさそうな生徒も楽しそうに取り組んでいる姿が印象的でした。

それでは、例によって他のニュースも。
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日本旅行医学会 登山医学セミナー 2017年

日 時  7月 8日(土) 午前10時20分~午後4時
場 所  東医健保会館 (東京都新宿区南元町 4)
テーマ  『雪崩の科学--- その実態と現状対策』『アウトドア活動・高齢者における低体温症』 ほか
※ 栃木県の高校生ら8名が死亡する雪崩事故---自然災害ながら正しい知識は必須です。米スタンフォー大の P.S.Auerbach教授の講演は貴重な機会です。翌9日(日)、大阪医科大学(高槻市)でも開催されます。
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国際文化フォーラム 30周年記念事業「学校のソトでうでだめし」第1回

日 時  9月 9日(土)・10日(日)・30日(土)・10/1日(日)の4日間。午前10時~午後5時(10/1は6時半)
場 所  TJF国際文化フォーラム(東京都文京区音羽1-17-14)
テーマ  『ことばの世界を服で表現してみたら?』ナビゲーター:川口 知美(舞台衣装家)
※ 服づくりの経験は不要。詩を味わいながら 高校生同士で“舞台衣装”を作ります。「ことばをモノで表現する ⇔モノで表現したことをことばにしてみる」の試みです。申込み受付:7月12日(水)まで。
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情報公開法の施行 (2001年4月) の前に、大量の行政文書が廃棄されました。当時の日本には、公文書管理法がなく、文書公開請求は「存在する文書」のみが対象だったので、将来に禍根を残さないようにと……。10年後、公文書管理法が施行されましたが、「遅くても、ないよりはまし」です。

『新・海外子女教育マニュアル(改訂版)』が発行されました。渡航前から帰国にいたるまでの教育のあり方について羅針盤の役割を果たしてきた基本書です。
初版(1985年) の制作中に、書名を巡って議論したことを思い出します。「マニュアル」は“品がない”と、財団上層部に極めて不評だったのですが、結局、駐在員家族の皆さんに好評ということで決まりました。

『くまのパディントン』(英1958年)のマイケル・ボンドさん(満91歳)が6月27日に亡くなりました。BBCのカメラマンながら、多くの短編を書かれ、異文化の狭間で揺れる子どもたちを 励ましてくださいました。

幼い頃の夏の思い出と重なる花「ネジバナ(Spiranthes)」……桃色の小さな花が 茎の周りに螺旋状 (spiral)に並ぶので「ねじれ草」と呼んでいました。最近は 滅多に目にしませんね。
「絶滅危惧種」と聞くたびに、いずれなくなるだろう職業のことが気になります。羅宇屋、指物屋、道具屋、荒物屋…… 落語でも滅多に聞かなくなっています。印刷屋、レコード針屋も、風前の灯ですね。

それでは皆さん、ごきげんよう。

小山 和智 ( OYAMA, Kazutomo)

 http://www.toshima.ne.jp/~kyoiku/
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(過去のニュースは 下記をご覧ください。)
http://www.toshima.ne.jp/~kyoiku/shijo-news.htm
2017.07.06  アフガニスタン 2001年以来最悪の危機に(下)
          国家破綻を救う、周辺諸国と米、ロの協調ができるか

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 たびたび本欄でも紹介しているパキスタンの国際的ジャーナリスト、アハメド・ラシッドは、1978年に王族出身のアフガン政権が、若い左翼民族主義勢力のクーデターで打倒され、翌79年末には後継の親ソ連政権を支援するためソ連軍が大規模に介入して以来のアフガン・ウオッチャーだ。現在、アフガニスタンのニュースと分析を、おもに英BBC,ウォールストリート・ジャーナル、NYレビュー・オブ・ブックなどに書き続けている。
 そのラシッドは、カブールの政府・外交特別警戒地区での大規模爆弾テロ(死者170人以上)の後の6月5日、BBC電子版での分析を次のように書き出しているー「カブールで先週発生した破滅的な自爆テロは、政府、その政策そして何より、アシュラフ・ガニ大統領への国民の信頼に危機をもたらした。アフガンスタンは、破綻しつつある国家から、破綻した国家へと急速に動いている。爆弾テロは、経済の混乱を一層深め、野党勢力のガニ大統領への辞任要求とデモをさらに強めさせることになった」
 さらにラシッドは18日、NYレビュー・オブ・ブック掲載の「アフガニスタン:それは遅すぎる」でさらに詳細に分析し、次のように書いているー「アフガニスタンは、いまや、多くの人が理解しているよりも、はるかに深刻な危機に直面している。軍閥の指導者たちや閣僚を含む政治家たちは、ガニ大統領と軍事・治安担当の閣僚たちが無能で傲慢そして民族間の憎悪を煽ると非難して、辞任を要求している。カブールの街頭では、毎日十ものデモが、若者たちや最近の爆弾テロの犠牲者の家族たちによって行われている」
 本稿の(上)で書いたように、2014年、米国の強い介入で発足できたガニ大統領の政権は、大統領と同格のアブドラ官房長官以下が離反して弱体化、大統領選挙をやり直して、挙国体制を作り直さなければ、経済再建も、30万人余の国軍・警察のタリバンとの戦いも進められない状態になった。米国以外にはNATO諸国さえも軍の再増派は見込めず、米国のトランプ政権も、現在の8千人態勢に3-5千人の増派をやっと国防長官が口にし、軍にその規模などの策定を委ねた。
 アフガニスタンでは、89年のソ連軍撤退後、パシュトゥン、タジク、ハザラ、ウズベク各民族ごとの軍閥が割拠して流血の権力争いをやった時期も、国家として破綻状態だった。国民がその状態に苦しむなか、98年にパシュトゥン人の硬直したイスラム主義武装集団タリバンがほぼ全土を支配して、3年間のタリバン政権時代を維持した。しかし2001年9月、米同時多発テロ事件を起こしたとされる、国際テロ組織アルカイダの本拠地がアフガニスタンにあったため、ブッシュ(子)政権下の米国が主導して、大規模な戦争を開始、タリバン政権は崩壊した。
 それ以後、米国中心に、NATO諸国はじめ日本を含む諸国が、2004-14年のカルザイ政権による国家再建を支援してきた。
 一方、01年の戦争で政権が壊滅、辛うじてパキスタンの山岳地帯に逃れたタリバン指導部は、パキスタンのイスラム過激派の支援を受けて組織を徐々に再建。カルザイ政権下のアフガンの農村部に再潜入し始めた。2014年からのガニ政権下、とくに農村部、地方都市で行政の不備、役人の腐敗行為などへの国民の様々な不満の強まりをくみ取って、タリバンはさらに影響力、支配地域を再建していった。カタールはじめ湾岸諸国の一部王族や金持ちの秘密資金供与がタリバン再建を助けている、という情報もあった。
 本稿(中)で紹介した、BBCが現地報道したタリバン支配地域は、タリバンにとって最も進んだ、安定した地域で、他の地域では競合地域も多いが、政府支配地域が57%に減少したという米政府の見方は楽観的過ぎるかもしれない。タリバン自身は国土の80%を支配したと言っている。現に、農村部だけでなく、北部の省都クンドゥーズ(人口30万人)などもタリバンの支配下になる形勢だ。
 タリバンは、2001年の壊滅的敗北と、その後の再建の過程、支配地域での住民との接触の中で、多くのことを学び、現代の人々の生活、要求、希望をくみ取る寛容が必要なことを、ある程度理解したのではないだろうか。それによって、国家再建への挙国一致政権を作り直す過程に、タリバンが参加する可能性が生まれた。
 アフガニスタンには、別な危険も迫っている。それは、シリア、イラクで壊滅しつつある偏狭なイスラム過激派「イスラム国(IS)」の残党が、アフガニスタンに逃げ込みつつあることだ。すでにISは数年前からアフガンに拠点を築いた。ただ、タリバンの協力が得られず、支配地域を東部の1州にしか拡大することができなかった。トランプ政権になって、米軍はアフガンのIS拠点を、巨大な爆風と音響を発生する爆風爆弾の実験場に使った。一方ISは、カブールでの軍病院襲撃(3月、医師、患者ら50人以上死亡)に犯行声明をだした。ISは、アフガンでの再建を狙っている。
 ロシアがアフガニスタン、パキスタンへの影響力を強める「新グレートゲーム」に取り組み始めたことを、1月に本欄に書いた。プーチン政権が、アジア中枢部進出の野心を抱いていることは確かだと思う。アフガニスタンを「破綻国家」転落から救い、再建するためには、隣接国でタリバンを保護してきたパキスタンをはじめ、タリバンをひそかに支援しているロシアとイラン、インドそして中国、もちろん米国とNATO諸国すべてが参加するアフガン再建国際会議がどうしても必要ではないだろうか。ラシッドは、国際的な「外交努力」によって、公正な大統領選挙をやり直し、挙国政権を作り直すことに望みを託している。タリバンを含めた挙国体制、あるいは協調を得た政権ができれば、アフガニスタンを国家破綻から救うことができる、かもしれない。トランプ政権が約束した米軍増派などでは、何の役にも立たない。(了)
2017.07.05 君は野田数(のだ・かずさ)を知っているか
―都議選結果は警戒を要す―

半澤健市 (元金融機関勤務)

《「都民」圧勝を正視しない能天気な人々》
 2017年7月3日の「報道ステーション」(テレ朝)で、キャスターの後藤謙次は、都議選の勝敗二党―自民と「都民ファースト」(「都民」)―の選挙戦後の対応に触れた。安倍首相の反省は具体策を欠き、小池知事は二元代表制原則を意識して、秘書の野田数(のだかずさ)に代表を譲った。後藤はこう言って小池の素早い対応を好意的に評価した。

野田への代表委譲は「都民」の内部規定では合法的らしい。しかし巨大な存在となった「都民」の代表を小池と野田の二人で決めたことに、有権者から疑問や批判が出ている。「小池が代表として都議選を戦ったことは何だったのか」というわけである。
早くもオポチュニスト小池の本性が出た。これが私の印象である。

《「都民」代表は安倍に劣らぬ右翼である》
 野田数とは何者か。結論をいうと、なかなかの「右翼」である。
「ウィキペディア」を信用して重要な項目を摘出して下記に掲げる。

■略歴
1973年 東京生まれ 早大教育学部卒
2000~01年 小池百合子衆院議員(保守党)秘書、00年衆院選立候補・落選
2003~09年 東村山市議(自民党)
2009~12年 東京都議(自民党、北多摩第一区)
10年から『正論』、『WiLL』、『SAPIO』等に執筆
2012年 地域政党「東京維新の会」結成(自民党離党)、都議会査団で尖閣海域視察
2012年 「日本維新の会」から衆院選立候補・落選
2013年 「日本維新の会」から都議選立候補・落選
2013年~14年 アントニオ猪木衆院議員秘書
2016年 小池百合子都知事選選対責任者、小池の知事当選後特別秘書となる
2017年 「都民ファーストの会」代表(6月1日から7月3日の間は小池)

■政策・主張
・2012年 日本国憲法無効論に基づく大日本帝国憲法復活請願を東京都議会に提出。
・「我が国の独立が奪われた時期に制定された」と現行憲法の無効を主張し皇室典範は「国民を主人とし天皇を家来とする不敬不 遜の極み」「国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄」すべきことを主張。石原慎太郎東京都知事主導の東京都の尖閣諸島購 入に賛成し国による購入には反対した。
・新しい歴史教科書をつくる会から分かれて発足した日本教育再生機構の常任理事を務めた。

《代表交代は情報公開の上の民主的な決定か》
 ウィキペディアから私はなるべく事実を記した部分を抜粋したつもりである。
容易に分かるのは、野田数という人物は「右翼」的・「日本維新」的な思想の持ち主らしいということである。

小池旋風は、都政だけでなく国政にも、強い衝撃を与えた。
定数127名中、55名を擁する「都民」の代表が、現行憲法を否定し「大日本帝国憲法」の復活をうたう人物であるのを、読者は知っているだろうか。音喜多駿(おときたしゅん)「幹事長」も知らぬうちに再び代表になったのである。

「都議選結果は警戒を要す」は早くも深刻な現実である。「専門家」の多い知的集団の「都民」都議諸氏はどうお考えであろうか。(2017/07/04)

2017.07.04 安倍政権の終焉を告げる都議選の歴史的大敗、都民に審判されたのは自民党東京都連ではなく安倍政権そのものだった
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
                      
 全国注目の的、東京都議選が2017年7月2日投開票され、自民党が歴史的大敗を喫した。候補者60人を擁立して安倍首相をはじめ総力戦で臨んだ自民党は、過去最低の38議席を大幅に下回る23議席(現有57)に止まり、都議会議長や都議会自民党幹事長の現職幹部が揃って落選した。各紙の見出しが単なる「大敗」や「惨敗」ではなく、「歴史的大敗」「歴史的惨敗」とあるのはそれを示すものだ。戦後の都議選史上かってない自民党の大敗北であり、「空前」(絶後ではない)の出来事が起こったのである。

 公明党と選挙協定を結んだ「都民ファーストの会」が55議席(現有6)と圧勝し、公明党が全員当選の23議席(現有23)を確保したことも驚きだった。そんな嵐のような選挙情勢の中で、民進党が5議席(現有7)に後退したのに比べて、共産党が19議席(現有17)に前進したことは特筆される。野党第1党の民進党が首都東京でかくも振るわないようでは、今後、政党としての存在意義を問われることにもなりかねない。

 今回の都議選が安倍政権の審判選挙になったのは、幾つかの理由がある。第1は、都議選の日程を睨んで国会が理不尽にも閉会され、森友疑惑や加計疑惑の隠蔽はもとより、「共謀罪」の本会議採決が法務委員会の審議をすっ飛ばして強行されたことだ。国権の最高機関である国会審議が、安倍政権の私的思惑(国政私物化)によって蹂躙されたのである。国会閉会中にも新しい問題が出てくれば審議に応じるという安倍首相の口約束はその後、加計疑惑に関する萩生田発言など新資料が出てきたにもかかわらずにあっさりと反故にされた。憲法53条に基づく野党の臨時国会開会要求も握りつぶされ、何時になったら国会が開催されるか現在は目途も付かない。「安倍政権の横暴ここに極まれり」といった事態が国民の前に立ちはだかるに及んで、自公与党が国会での審議に応じないのであれば、都議選で決着付ける他はないとの空気が広がり、それが安倍政権に対する厳しい審判となったのである。

 第2は、豊田真由子議員(安倍チルドレン)による秘書への罵詈雑言や暴行事件、稲田防衛相(安倍首相の秘蔵っ子)の『自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いする』との憲法違反発言、そして下村自民都連幹事長(安倍首相側近、自民党幹事長代行)に対する加計学園からの〝闇献金〟騒動など、安倍グループによる不祥事件が都議選の最中に連続して暴露されたことがある。自民党は離党しても国会議員は辞めないでほとぼりが冷めるのを待つ(豊田氏)、憲法違反の発言をしても大臣を辞任することもなければ、罷免されることもなくそのまま居座りを続ける(稲田氏)、加計学園から献金を受け取ったことを認めながら〝闇献金〟であることは否定する(下村氏)など、安倍グループの厚顔無恥の面々に対して鉄槌を下さなければならないとの都民感情(国民感情)が一気に強まったのである。

 都議選の歴史的大敗後、事態を打開すべく与党側からは国会閉会中の委員会開催や臨時国会開催の話も出ている。しかし、森友疑惑や加計疑惑はもともと安倍首相の「お友達関係」による国政私物化の典型であるだけに、丁寧に議論をすれば国民の納得を得られるような類の案件ではない。議論すればするほど疑惑が深まり、安倍政権はますます泥沼に足を取られるだけのことであって、審議に応じればことが解決するような簡単な話ではないのである。おそらく「審議に応じる」といった話は当座の時間稼ぎのための口実に過ぎず、残された手段は、内閣改造(首のすげ替え)による「印象操作」しかないのではないか。

 問題は、内閣改造が成功するかどうかだ。新しい政策を打ち出すに当たってそれにふさわしい清新な閣僚を起用するというのが通常の姿であるが、今回の場合はそれとは根本的に違う。あまりにもお粗末な側近や閣僚を一掃するには大ナタを振るわなければならず、場合によっては「手術が成功しても患者が死んでしまう」ことになりかねないからだ。改造ポストは、都議選の歴史的大敗の戦犯である「THISグループ」(T=豊田議員、H=萩生田副官房長官、I=稲田防衛相、S=下村幹事長代行)をはじめとして、共謀罪でデタラメ答弁に終始した金田法相、加計疑惑隠しに走った山本地方創生担当相、公文書隠蔽に躍起となった松野文科相など枚挙の暇もないが、これら不良閣僚の摘出手術のためには相当な出血を覚悟しなければならない。

 だが、内閣改造で事態を収拾できるかどうかは予断を許さない。最大の問題は、内閣改造を断行しても肝心の「頭のすげ替え」だけはできないことだ。安倍首相自身が都議選大敗の元凶である以上、頭のすげ替えをしない限り内閣改造は成功しない。言い換えれば、「内閣総辞職」でもしない限り事態は根本的に収集できないということだろう。これは、安倍首相自身にとっても受け入れがたいことであるに違いない。だから、都議選後の事態収拾は長引くほかはない。臨時国会の開催もしない、丁寧な審議もしないし説明責任も果たさない、内閣改造はするがそれで目先が変わるほどの期待もできない...。安倍政権はいまや完全に行き詰まっている。

   小泉進次郎氏の入閣や橋下徹氏の起用なども噂されているが、彼らの起用如きで事態が変わるほど国民は馬鹿でないし、安倍政権の信頼が回復できるほどの効果も期待できない。それほど安倍政権の体質は腐っているのであり、信頼は地に堕ちているのである。さて、安倍首相はどうする。次の一手に関心がそそられる。