2017.03.19 「本日休載」
今日03月19日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会

2017.03.18  朴槿恵大統領罷免!
     韓国通信NO519

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)


3月10日、大統領が正式に罷免された。国政の「私物化」が次々に明るみに出て政権の座から引きずり下ろされた。「政変」というより「革命」という名がふさわしい。現職の大統領でも憲法に違反したら「罷免」という韓国人の選択に全世界が驚愕した。
昨年10月以降、20回に及んだ「ローソクデモ」にはソウルを始め、全国「坊坊曲曲(パンバンゴクコク)」(津々浦々)で「男女(ナムニョ)老少(ノーソ)」(老若男女)たち1600万人が参加したといわれる。想像を絶する参加者数、止むことのない非暴力に徹した蜂起は大統領を頂点とする政財界を震撼させた。市民たちは自分たちが「国の主人公」だと確信した。
大統領側の巻き返しにもかかわらず、市民たちは最後まで運動の手を緩めなかった。8人の裁判官のうち3人が反対すれば現職復帰という甘い期待があったようだが、見果てぬ夢に終わった。大統領は謝罪の一言も無く大統領府を後にした。側近をとおして「不服従」の意思が伝えられ、最後まで憲法を認めない朴槿恵に国民は呆れた。

<朝日新聞を読む>
翌日の朝日新聞朝刊は1面、3面、11面。15面を使って大統領罷免を詳しく伝えた。経緯、慰安婦合意への懸念、日米韓の安保協力への不安、次期大統領候補の紹介、韓国社会に生じた深い亀裂、低迷する韓国経済、日韓関係を見つめなおす提言、さらに「考/論」では柳興洙前駐日韓国大使の「日韓関係混乱を懸念」、小針進・静岡県立大教授の「左派系新大統領に高い対処能力を求めたい」というコメントが続いた。
「オピニオン耕論」では紙面の大半を使って、「罷免の底流」というテーマで、慶応大名誉教授小此木政夫氏、劇作家の平田オリザ氏に語らせた。小此木氏は韓国社会の分断を憂え、克服の道は厳しいと断じ、平田氏は文化交流の展望を語った。
これだけ紙面を費やしながら、韓国社会を揺るがした出来事について掘り下げた独自記事が無いことに違和感があった。多数の市民たちが一体何を求めデモに参加したのか。韓国だけの特殊な出来事だったのか。「混乱」「亀裂」「不安」という借り物の言葉からは、冷静に今回の事件を分析・評価する姿勢は見えなかった。専門家の意見でお茶を濁しただけ。韓国民衆の怒りは何だったのか。そこから日本は「学ぶこと」はないのか。韓国市民に対するリスペクト、謙虚さが少しも感じられなかった。
私が読んだのは「朝日」だけである。他の新聞で素晴らしい記事を読まれた方は紹介して欲しい。

<噴出したマグマとそれがめざしたもの>
判決直前に大統領は報道機関の「ねつ造」を主張した。トランプ大統領も「ウソだ! デッチあげだ!」と報道機関を叩いている。安倍首相の報道に対する干渉は人後に落ちない。批判を認めない特異な価値観を彼らは共有しているようだ。ちなみに最新の報道の自由度ランキングは韓国70位、日本72位、アメリカ41位である。
今回の事態には日本人が読み解くべき「不都合な真実」が多くある。韓国を「特殊」のなかに封じ込め、日本とは無縁な出来事と見なし、都合の悪い問題だけを取り上げようとする姿勢だ。大新聞も避ける不都合な真実について考えた。以下は、始まったばかりの韓国の「市民革命」への私なりの期待である。ローソクデモの主張から垣間見えた韓国社会は、人によっては「危険」。考え方によっては、私たち日本人にとって魅力と期待にあふれたものだ。

<韓国が目指す新しい「国づくり」>
◆まず、次期政権は韓国社会最大の懸案である所得格差、貧困問題の解消を真っ先に取り上げるはずだ。金持ち優遇税制の廃止、大企業への増税によって所得再配分をめざす。非正規雇用労働者の正規雇用化も国をあげて取り組むはずだ。どうする日本!
◆セウォル号事件は現在でも韓国民の一大関心事である。人の命が粗末に扱われてきた象徴的な事件と考えられているからだ。真相究明と責任者の厳正な処罰を求められる。わが国の福島原発事故と好一対である。
◆米韓FTA協定によって農業の将来に絶望した農民たちの不満は大きい。FTA協定の見直し、または廃止。日本はトランプ政権との個別交渉によってすべて投げ出そうとしている。
◆言論の自由の回復。北朝鮮の「脅威」を理由に言論・報道が制限されてきた。特に朴槿恵が大統領就任後に強行した統合進歩党の解散、「スパイ防止法」の成立によって市民的自由、政治活動の自由が制限された。野党の反対を押し切って成立した「スパイ防止法」は廃止されるに違いない。「共謀罪」を狙う安倍内閣との類似性を指摘しておきたい。
◆財閥企業と政府の癒着問題が大きな問題として浮上した。サムスングループのトップが逮捕された。今後は経済の民主化が進むはずだ。わが国でも大企業と政府の癒着があらためて問われそうだ。企業の政治献金は明らかな「賄賂」だ。銀行と政府の癒着。何故東京電力を潰さないのか。
◆大統領(政府)は憲法を無視してはいけない。国政を私物化してはいけない。当然のことだ。普遍的な民主主義のルールを冒したために大統領は退陣に追い込まれた。集団的自衛権容認は明らかな憲法違反だ。安保法制(戦争法)を成立させた安倍内閣は韓国なら完全に「アウト」、日本なら「セーフ」。森友学園の国有地払い下げ問題も韓国なら「アウト」。韓国の「風」が日本に伝わるのを恐れている人たちが日本には大勢いる。
◆慰安婦問題の政府間合意は白紙の可能性。日本政府が朴槿恵退陣によって怖れていたのがこの問題だ。当事者抜きの「合意」だったうえに、安倍首相発言「謝罪する気持ちは毛頭ない」発言は日本側が合意をぶち壊したと考えられる。「少女像」の撤去を迫るのはやめたほうがいい。安倍政権となれ合うのが「親日」ではない。これから真摯な交渉を新政権と行う必要がある。新政権を「反日」と警戒しているのは安倍政権だ。
◆米軍THAAD配置も白紙化の可能性。朝日新聞の記事でもTHAAD配置の白紙化で日米韓の安保体制の足並みが乱れると懸念した。韓国全土が臨戦態勢という状況に韓国人はウンザリしている。日本人としても北朝鮮・中国との緊張緩和を目指す新政権に期待したい。
◆韓国は脱原発を目指す。福島原発事故を目の当たりにして、反原発・反核の主張はローソクデモの中心的テーマになっていた。環境問題の取り組みも一層すすむ筈だ。台湾に続いて韓国も脱原発は必至だ。わが国は世界の常識にいつまでも逆らい続けるのか。

<どうする日本>
「混乱」「亀裂」「不安」という評価からは何も見えてこない。1600万人が参加した大衆運動を評価するのは容易ではない。前代未聞のエネルギーの爆発は巨大過ぎて私たちの理解を超えている。今後の予測は難かしいが、私たち日本人は今回の「「市民・民衆革命」から謙虚に学ぶ必要がある。今後の韓国の変化に注視していきたい。

『2・19総がかり行動 -格差・貧困にノー!!みんなが尊重される社会を!-』
韓国人の目に「大集会」がどう映ったか。「静でおとなしい」を連発、退屈そうにしていた。銀座までのデモに参加。4千人あまりのデモだったが、東京電力本社前を黙って通りすぎるデモ行進に私もショックだった。「年寄りの参加者が多いのは素晴らしいことだ」と励まされた。日本から老人を抜かしたら何もなくなりそうな現実を強く感じた。これから韓国の若者たちのエネルギーが日本に伝わるのを期待したい。

2017.03.17  反イスラム極右政党予想外に低調―オランダ総選挙
    米国では6イスラム国民の入国拒否大統領令にまたNo!

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)


 オランダの総選挙では、反イスラム、反移民、EU脱退を主張した極右の自由党が、第1党に躍進かとの予想もあったが、議席増がすくなく終わった。同党のウィルダース党首は事実上の敗北宣言をした。自由党の過激な主張に多くの人々が危機感を持って、投票所に行った結果だった。
 一方米国ではトランプ政権が性懲りもなく、前回は裁判所の決定であきらめた、7つのイスラム国の国民の入国を拒否する大統領令から、イラクを除外した6か国の国民の入国拒否の大統領令を発令した。しかし、今度はハワイの裁判所が実施を全国で差し止める決定をくだした。大統領令が発効する直前の16日夜だった。
 どちらの出来事も、人種と宗教の差別を禁じ、移民を受け入れ共存してきた国民多数の意思の表れだった。トランプやウィルダースが展開したイスラム・テロの脅威、反イスラム、反移民のキャンペーンは、限られた国民の支持しか得られなかった。まして米国では、憲法に忠実な裁判官を屈服させることはできなかった。

 中東で生まれ成長したイスラム国(IS)はじめ偏狭なイスラム聖戦主義過激派や、それにつながる国内イスラム過激派の大規模テロを経験した欧米の人々の中には、イスラム教とイスラム教徒に対する警戒心あるいは嫌悪感を抱く人が少なくないかもしれない。
 しかし、ISのように、偏狭なイスラム思想、イスラム法の解釈を信じ、残虐な暴力によりそれを強制し、他者を排除する自称聖戦(ジハード)主義者は、世界人口の4分の1を占めるムスリム(イスラム教徒)のごくごく一部なのだ。ほとんどのイスラム教徒は、過激な聖戦主義者を嫌い、その暴力的行動・テロを恐れ、他宗教との共存を妨げる、イスラム社会の敵だと思っている。これは、中東で計7年間生活した私の実体験の結論でもある。
 ここで私は、著名なパキスタンのジャーナリスト、アハメド・ラシッドの著書「Jihad(聖戦)」(邦訳「聖戦」講談社2002年)から、偏狭な聖戦(ジハード)派を厳しく批判するイスラム教徒のジャーナリストの思想と戦いを紹介したい。出版年は、9.11米同時多発テロ事件の前年。ラシッドは現在、パキスタンのイスラム過激派から死刑宣告の脅しを受けながら、ラホールの自宅を本拠地にして、国内紙と英BBC、フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・ブックレビューの常時寄稿者として活躍している。邦訳(いずれも講談社刊)には他に、「よみがえるシルクロード国家(1996)」「タリバン(2000年)」がある。
 「預言者ムハンマドが説明したように、大ジハード(聖戦)は第一に自ら内部での探求なのだ。それにはムスリム一人一人がよりよい人間になるための努力、彼あるいは彼女をよりよくするための闘いが含まれる。こうしてジハードの参加者は、彼あるいは彼女のコミュニテイに貢献する。さらにジハードは、ムスリム一人一人の神に対する服従、地上での命令を実行する意思をしめすものだ。バーバラ・メトカーフは「ジハードは自らの道徳的尊厳とイスラムへのかかわりの内部闘争であり、政治的行動である」と述べている。
 イスラムが、ムスリムか非ムスリムかを問わず、不正義な支配者に対する反乱を認めていることもまた事実で、ジハードは人々を政治的、社会的闘争に動員する手段にもなりうる。
 ムスリムは、預言者ムハンマドの人生を、大小のジハードを例示したものとして敬っている。預言者は彼の周辺のひとびとに行動の規範となり、神への完全なかかわりをしめすために、一生、彼自身のために闘い続けた。
 預言者は彼が住んでいた腐敗したアラブ社会と闘い、その改革のために、あらゆる手段―それだけではないが、過激な手段を含めーを使った。」
 「しかし、民族、宗派、信仰を理由に、罪のない非ムスリムの男女そして子供を、また、ムスリム同胞を殺すことを、いかなるムスリムの書物も伝統もみとめてはいない。
 罪のない人々の殺害を正当化することは、ジハードの堕落であり、今日の最も極端なイスラム運動である新原理主義過激派を特徴づけるものである。かれら、新ジハード・グループは、腐敗した社会を正しい社会に変革することに関心をもたない。そのために仕事を作り出すことや、教育、支持者たちの社会的向上、また、多くのイスラム諸国に住むさまざまな民族グループ間の調和にも、関心を払わない」(Jihad「聖戦」18-19ページ)

2017.03.16 森友学園:新聞・通信・NHK世論調査
国有地払下げ不適切:80%以上
政府説明不十分:70%:以上


広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

森友学園疑惑究明はいまや国民の声となった、これ以上の籠池隠しは内閣支持率の低下に拍車をかけるだろう、国民世論は「脱安倍」へと着実に向かい始めた(15)

 3月10日から12日にかけてマスメディアの世論調査が相次いで行われた。中心テーマは、言わずと知れた「森友学園疑惑」である。3月14日現在、結果が判明している共同通信、朝日新聞、毎日新聞、NHKの4社についてその傾向を分析してみたい。

各社の質問の数や文章形式はそれぞれ異なるが、質問項目としては以下の4項目に分類できる。
(1)国有地が森友学園に格安で払い下げられたことを適切(妥当)だと思うか。
  ・共同通信、「適切だ」7%、「適切でない」87%
  ・朝日新聞、「妥当だ」6%、「妥当でない」81%
  
(2)政府が払い下げの経緯を十分に説明していると思うか(納得できるか)。
  ・共同通信、「説明していると思う」5%、「説明していると思わない」88%
  ・朝日新聞、「納得できる」12%、「納得できない」71%
  ・毎日新聞、「納得している」6%、「納得していない」75%
  ・NHK、 「大いに納得できる」2%、「ある程度納得できる」10%、
   「あまり納得できない」31%、「全く納得できない」49%

(3)森友学園理事長を国会に招致して説明を求めることに賛成か(必要か)。
  ・共同通信、「賛成」75%、「反対」15%
  ・朝日新聞、「必要だ」70%、「必要ではない」18%
  ・NHK、 「必要だ」55%、「必要ではない」11%

(4)安倍首相と首相夫人の森友学園との関係について。
  ・共同通信、安倍首相の森友学園との関係に関する説明について
   「納得できる」31%、「納得できない」58%
  ・毎日新聞、安倍首相夫人が名誉校長を辞任したことについて。
   「辞任したので問題ない」23%、「辞任したが問題は残る」58%、

 また、安倍内閣の支持率が前回(カッコ内数字)と比べてどう変化したかも最大の関心事だ。
  ・共同通信、「支持する」56%(62%)、「支持しない」31%(27%)
  ・朝日新聞、「支持する」49%(52%)、「支持しない」28%(25%)
  ・毎日新聞、「支持する」50%(55%)、「支持しない」31%(27%)
  ・NHK、 「支持する」51%(58%)、「支持しない」31%(23%)

 注目されるのは、共同通信調査を分析した京都新聞(3月13日付)の解説記事である。以下はその概要である。
(1)森友学園への国有地払い下げ問題で、安倍首相が自身や昭恵夫人らの関与を否定した説明に対して「納得できない」とする回答は、自民党支持層46%、公明党支持層59%、民進党支持層89%、支持政党なし64%に達した。
(2)国有地の評価額から大半に当たる8億円余りが差し引かれた売買に関しては、「適切だとは思わない」とする回答が、自民党支持層83%、その他政党でも大半を占める。
(3)政府による経緯の説明についても、安倍内閣を支持する人の87%が不十分だと回答した。
(4)森友学園の籠池理事長を国会に招致して説明を求めることについては、民進党支持層90%、自民党支持層72%が賛成した。

 これらの結果からまず言えることは、政党支持に関わりなく(保革、無党派層を問わず)森友学園への国有地払い下げは不適切であり、かつ政府の説明は不十分なので、籠池理事長を国会に呼んで説明させるべき、というのが国民の圧倒的な声になっていることだ。とりわけ注目されるのは、自民党支持層から強い疑念の声が出ていることであり、これはこれまで安倍内閣を支持してきた保守層がこの問題に対して明快な説明を求めており、曖昧な幕引きがされるときは一気に「反安倍勢力」に転化する可能性を示している。

 このことは、森友学園疑惑が今回の世論調査ではまだ内閣支持率の大幅な低下につながっていないことの説明にもなる。というのは、これまで安倍内閣を支持してきた保守層やその周辺は、現時点ではまだ内閣不支持までには踏み切っていない。前回調査に比べて支持率の低下は数パーセントの小幅な動きにとどまっているのが、その証拠である。だからといって、安倍政権が今回の内閣支持率下落を軽視していいことにはならない。籠池理事長が「何を言うかわからない」という理由だけで隠し通せるほど、この問題の底は浅くないのである。

 大阪府議会の動きも気になる。松井大阪府知事は、森友学園疑惑が維新の会へ向うことを防ぐため、国民の目を国会に集中させることに腐心している。国会が籠池理事長を承知して説明させるべきだというのである。目下のところその策動はある程度成功しているともいえるが、大阪府議会で籠池理事長の参考人招致が実現すると、そこから火種が国会に飛び火しないとも限らない。しかし、籠池理事長が参考人拒否をいつまでも続けるという事態になると、当然のことながら百条委員会による証人喚問の必要性が高まってくる。松井知事としては頭が痛い問題だが、この対応を誤るとこれを契機に大阪府民の批判が一斉に維新の会に向かうことになり、間近に迫っている堺市長選への影響が避けられなくなる。

 森友学園疑惑は、いまや今後の政局の行方を左右する「時限爆弾」ともいえるほどの大問題に発展しつつある。東京では都議会の百条委員会で豊洲問題をめぐる暗闇の一端が明らかになりつつあるが、大阪の森友学園問題もそれに劣らない破壊力を秘めている。これからも注視していきたい。(つづく)

2017.03.15 やめられないとまらない――チベット・モンゴル高原の環境汚染(2)
       ――八ヶ岳山麓から(214)――
                 
阿部治平 (もと高校教師)
 
だが中国は違う。羊八井発電では利用済み廃水をなんら処理することなく、直接堆龍河に流し込む。羊八井の地下水の砒素含有量は1ℓ当り5.7㎎、中国の汚水排出基準は、全砒素量の最高濃度が1ℓあたり0.5mgである。羊八井発電所の廃水は11倍余になる勘定である。
羊八井発電所の廃水は毎年2000万tに達し、発電所下流の26ヶ村の人畜の生活水は直接の危害を受けている。堆龍河はラサ川の支流である。その水はヤルザンボ川に入る。ラサ川にせよヤルザンボ川にせよ現地住民の生活水である。チベット高原の大湖ヤムジョユムツォの流域住民の生活水にも、基準量を越えるセレンやアルミニウム・硝酸塩が含まれている。だが、自治区政府はこれをまったく問題にしていない。
水汚染の最大の原因は、鉱産資源の大規模な略奪的開発であり、いかなる保護措置もとられないことにある。そのためチベット全体の表流水のカドミウムは基準値をはるかに超えている
(王维洛論文http://woeser.middle-way.net/2017・02・17)。

中国では、ことはチベット自治区に限ったことではない。チベット高原東北の青海省にも内モンゴル草原にも深刻な汚染がある。チベットや内モンゴルだけではない。中国では環境汚染はすでに水も土も健康と生命の危険のレベルに達している(高橋五郎『農民も土も水も悲惨な中国農業』2009朝日新聞出版)。
毎年1200万tの食料が重金属に汚染されている。いわゆるカドミウム米問題である。その損害額は毎年200億元に達するとしている(「環境観察」2016・12・07)。
これは中国の牧畜地帯に限らない。モンゴル国(外モンゴル)でも鉱山開発による自然破壊が進んでいる。チベット高原・モンゴル高原から中央アジアのステップにいたる広大な内陸アジアは、伝統的には牧畜地帯であった。草原は入植者によって開墾されるようになると、砂漠化が進んだ。1980年代に入ってからは砂漠化どころではない、牧民の健康と生命を直接脅かす変化が生まれている。石油・石炭・天然ガスなどのエネルギー資源、鉄鉱やボーキサイト鉱、貴金属、希土類元素を求めて、急速で大規模な開発が進み、それが重金属汚染を進めているからである。しかも、住民はその恐ろしさを知らされていないことがほとんどだ。

すでに柳瀬滋郎・島村一平編著の『草原と鉱石――モンゴル・チベットにおける資源開発と環境問題』(2015明石書店)は、ソ連時代からの内陸アジアのステップにおける、鉱山開発と環境破壊の実態を明らかにした。「序文にかえて」はこういう。
「2012年のデータによると、モンゴル国において鉱業がGDPに占める割合はすでに21.4%に達し、農牧業の14.8%を凌駕している……(モンゴル国は)もはや『遊牧の国』ではなく『地下資源の国』なのである。そうした中、モンゴルでは首都を中心に大気汚染や水質汚染といった環境汚染が懸念されている。また、地方の小規模金鉱においては水銀を用いる違法な精錬が行われており、現地メディアにおいても問題視されている」
同書ではモンゴル国におけるソ連時代からの地下資源開発の歴史と社会変貌、地下資源開発による環境破壊の現状、また中国の内モンゴルと青海チベットの地下資源開発の危険性が指摘されている。そして鉱山開発とそれに伴う環境破壊は、否応なしに民族問題となって現れる現実を記している。

ここでただちに思い至るのは、2014年 11月アジア太平洋経済協力首脳会議で明らかにされた、習近平中国共産党総書記の「一帯一路」という経済圏構想である。「一帯一路」は、世界の人口の6割を占める65カ国でインフラ整備を進め、貿易を拡大する構想だ。中国主導のグローバリズムである。ロシアのプーチン大統領もこれを支持している。すでに中国からイギリスまでの長距離鉄道が動き始めている。
当然東トルキスタン(新疆)・モンゴル国から西アジアの資源開発は投資の焦点になる。中央アジアの低開発で資源の豊富な国々はこれに飛びつく。中国やロシアの今日の開発方式を進めれば、企業は莫大な利益を上げるだろうが、環境の汚染はとめどがなくなる。
内陸アジアのステップの自然環境は、21世紀に大きく変貌するだろう。それも悪いほうへ。
2017.03.14 やめられないとまらない――チベット・モンゴル高原の環境汚染(1)
      ――八ヶ岳山麓から(214)――
                 
阿部治平 (もと高校教師)
 
産経は3月9日、「大気汚染解消へ都市ランキング公表へ、結果責任で必罰化」という見出しで中国の環境汚染対策を報じた。今回の人民代表大会(全人代)で、「深刻な状況が解消されず国民の苛立ちが高まる中、危機感を抱く当局は実績を上げられなかった地方政府の責任を追及する“成果主義”を導入する構えだ」
李克強首相は5日の政府活動報告で「空気の質の改善を急ぐことは人民大衆の切実な願いだ。合格をもらえる結果を出さなければならない」と危機感を示し、冬季の暖房について石炭燃料から電気・ガスへの転換を急ぐ考えを示したという(2017.03.09)。――いかにも遅い。30年遅い。

中国でもっとも空気も水もきれいだと思われているのは、チベット高原である。この実態をお話ししましょう。
数年前チベット自治区主席は、毎年2000億トンの水を産出しつづければ、1トン当たり0.1元として毎年200億元の収入が得られる。自治区政府が優遇条件を出せば水関連企業を引きつけ、「好水資源」開発ができるという皮算用をやった。このチベット自治区開発の優遇政策に飛びついたのが、食品飲料メーカー「娃哈哈(ワハハ)集団」である。
理事長宗慶後は1987年浙江省の杭州に「娃哈哈公司」を設立し、あっという間に中国最大の食品飲料メーカーに成長した。現在世界第5という大企業である。宗慶後は2009年2300万ドルを投下して、ラサに「西蔵水」を生産する工場を建て、瓶製造・瓶詰・包装の一貫したオートマチック生産をやる計画だった。
ところが去年の全国人民代表大会のとき、全人代代表の宗慶後は、突然「娃哈哈公司」は高原水資源開発の大計画を放棄したと発表して人々を驚かせた。「娃哈哈集団」はチベットに技術人員を送り、独自の実地水質検査をやった。結果、これぞという水源は軒並み重金属に汚染されていた。いま宗慶後はチベット高原には環境基準値に合格した新しい水資源はまったくないとみている。
世界の屋根の氷河を水源とする「西蔵好水」はなぜ重金属が超過したのか?汚染はどこから来たか、汚染のレベルはどのくらいか、汚染はどういう広がりを見せているか。

中国でも飲用水の重金属には基準値規定がある(以下1ℓ当たり㎎。括弧内は日本の基準値)。ヒ素0.1(0.01)、カドミウム0.05(0.003)、6価クローム0.05(0.05)、鉛0.01(0.01)、水銀0.001(0.0005)である。
チベット高原の水調査をした科学者には、この数値を超過する実態がわかっている。だがこれは中国でいう「敏感的問題」である。彼らは政治的圧力を恐れて全体像を明らかにしない。かろうじて特定の汚染現象にふれるだけで、水質調査の結果は「基本的に合格」と発表するのである。

1980年代初めNHKテレビのチベット紹介番組には砂金採りの漢人集団が登場した。中国では砂漠・草原は無主地と見なされるから、草原の砂金も早い者勝ち、勝手次第である。これら漢人は「わがなきあとに洪水は来たれ」式に牧民の放牧草地を掘りかえした。ついで企業家が低価格で地方政府から鉱産資源開発権を買い取った。草原は広範囲に破壊され、そのあとには大量の残滓と廃水とがのこされた。
その後チベットには四大鉱脈が発見され、金・銅・ホウ素・リチウム・クロウム・亜鉛・モリブデン・アンチモン・鉄・プラチナなどの埋蔵量が多く、開発は容易とされ、内地企業の注目の的となった。青蔵鉄道開通後、チベット高原の資源開発は一層拡大した。水と土の大規模汚染が始まった。

砒素による大規模汚染の例をあげましょう。
1976年チベット自治区の温泉名所・羊八井(ヤンパージャイン)に、はじめて1000キロワットの地熱発電機が設置され、77年10月に動き出した。1985年李鵬が視察に訪れ、この年発電能力は1万1000キロワットとなった。1990年江沢民が視察したとき発電能力は1万9000キロワットとなり、ラサ電力の40%を供給した。
地熱発電は元来持続可能なエネルギー源である。地熱貯留層に井戸を掘り、地熱流体を取り出す。セパレータで流体を蒸気と熱水に分け、熱水は還元井から地下に戻す。蒸気でタービンを回転させ、発電し終わった蒸気は復水器で冷ました後、蒸気の冷却に使用する。使用ずみの水は還元井から地下に戻すという循環方式をとるのが一般的である。

2017.03.13 無念を語る「語り部」への期待
 ―論文「死者のざわめき」を読む―

半澤健市 (元金融機関勤務)

 本稿は、宗教人類学者の山形孝夫氏(1932~)が、『世界』(2017年4月号)に書いた「死者のざわめき―語り継がれる「記憶の森」」の紹介である。私は、この文章に不思議な感情の高揚を感じたので、是非多くの人に読んで欲しいと思い、自己流の要約文を書く。(直接の引用は、■から■と表示する)

《死者のざわめきだけが聞こえる》
 東日本大震災の二年後、筆者は、仙台で開催された志賀理江子写真展「螺旋海岸」で不思議な経験をした。
■人間も、自然も、動物も全く動く気配がなかった。すべては根っこのあたりから破壊され、息の根を止められて静止している。そのほかには何もなく、近く見つめすぎると、ただ、ざわめきだけが聞こえてくる。まるで、死者の「語り」のように聞こえてくる。イタコによる死者の口寄せのようにである。人間だけではない。大津波に呑みみ込まれたおびただしい数の奇妙な岩石も、海岸線を蔽うようにるいるいと重なる黒松の倒木の行列も、波間に消えた魚市場も、ぐにゃりと曲がった鉄格子の窓も、夜中のカラスも、要するに二〇〇枚を超す一〇〇号大の写真のひとこまひとこまが、何かを語りかけ、つぶやいている。いったい、わたしは何を見ているのか。全くわからないままに、死者のざわめきだけが聞こえていた。■

 山形は、そこで体験した「仮想空間」と、会場を出てから見えた「現実空間」を比較する。果たしてどちらが現実なのか。彼は、そう自らに問うた。
 多くの事例を示し思考を重ねながら、筆者の考え出した答えは、近代のもつ無機質への批判であり、戦前の日本や現代のウガンダに存在した「共同体」再現への欲求であり、新たな「語り部」の出現への小さな期待であった。

《近代国家・近代科学の批判》
 たとえば近代批判は次のように現れる。
ここでいう、「もうひとつのこの世」とは、死者と生者が共生し、語り部の存在する共同体を示していると、私は読んだ。
■このたびの3・1の大津波が露呈したのは、日常に隠されたもうひとつのこの世の現実ではなかったのか、とわたしは思った。
そうした経験の地平からすると、わたしたちの生きてきた囲い込みと排除の論理に立つ近代国民国家も、幾重にも防御された民主主義のシステムも、なぜかフィクションのように見えてくる。耳ざわりのよい言葉遊びの擬態のように見えてくる。そして、そのようなフィクションの中心に、あたかも戦後日本の繁栄と正義の証しのように、さながら国家統治の原理のように原発安全神話が君臨していたのではなかったか。いったい、どちらがほんとうなのか。■

 山形の論理を要約しながら続ける。
 マルクスとフロイトは、「宗教は悩んでいる者のためいき」であり、「人類一般の強迫神経症」といった。そのような自然と人間の一元論で「死者のざわめき」に迫ることができないのである。

《古代から前近代までの先達の知恵》
 その昔、「日本列島」に住む人間は、自然に宿る「霊」(または「カミ」)を信じた。折口信夫は、タタリとは霊が立ち現れる場所を指すコトバだったと言い、山折哲雄は「タタル霊」を鎮める祈祷者のなかに、空海や最澄がいたのだと考えた。
古代から中世にかけて、死者のタタリを占うシャーマンの世界と、タタリを鎮静化する仏教僧とが、「カミ」と「ホトケ」に分業化し、相互補完的に共存して、近代に至るまで「死者のざわめき」をやさしく鎮静化してきた。
■そうした構図が総崩れに崩れ落ちたのは、広島と長崎に落とされた原爆という名の近代物理学の知恵の結晶である〈悪魔の炎〉であったのだ。日本流の宗教的に構築された家族主義も天皇制を支柱とする日本式ナショナリズムも、この〈悪魔の炎〉によって、消滅し、機能を失ってしまった。それが第二次大戦の結末である。「死者のざわめき」の震源を辿ると、どうしてもこの〈悪魔の炎〉に辿り着く。
 その時から数えて七十余年、東日本を襲った3・11の大災害が暴露したのは、東北の海辺の町々に今にいたるまでひっそり命脈を保ちつづけてきた、思えば懐かしい日本的家族共同体であり、その消滅であったのだ。■

《能のシテとワキ―語り部への期待》 
 山形は最後に、安田登の著作『異界を旅する能―ワキという存在』を引いて、能におけるシテとワキの役割を説明する。シテは、無念を残して世を去った霊である。主に遊行僧によって演じられるワキは、シテの無念を「分ける人」(分キ)なのである。そして「語り部」でもあるのだ。もともと「死者のざわめき」とは、山形が書いた書評の対象『死者のさわめき―被災地信仰論』(磯前順一著)のタイトルであった。

 書きながら山形の心に聞こえてきたのは、被災地から聞こえてきた「語り部」になりたいという切実な声であったという。大川小学校の悲劇を生き延びた若者、わが子を失って途方にくれる悲しみの母、父は大川小の先生だった若者たちである。我々は、谷中村の田中正造、水俣の石牟礼道子という先駆者をもっている。
 山形の文章は、多くの3・11論が、社会科学からの立論であるのに対して、宗教論の立場にたっている。この立ち位置は、しばしば「絆」、「癒し」、「慰め」に親和的だという批判を浴びる。その論点を意識しながらも、山形的視点は人間の心情に、深く浸透するものであり、教条的一般論への鋭い批判となっていると痛感する。(2017/03/10)


2017.03.12  「本日休載」

今日03月12日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会

2017.03.11  関西在住・広原盛明のつれづれ日記・転載
          なぜ安倍政権は隠ぺいするのか

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

なぜかくも、安倍政権は総力を挙げて事態を隠蔽するのか、「森友(アベ友)学園疑惑」隠しは却って安倍政権の命取りになる可能性が大きい、国民世論は「脱安倍」へと着実に向かい始めた(14)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その45)

 トランプ大統領当選から金正男暗殺事件へ、この間、国際問題を中心に回ってきた朝昼のトークショーが最近は一転して森友学園疑惑に向かっている(森友学園のことを関西では「アベ友学園」と呼んでいる)。しかも国会は開会中、国会審議を通して毎日新しいネタが次から次へと提供されるので、報道側にとっても視聴者側にとっても一番面白い展開になっているのである。事態の推移は興味津々の有様で、「アベサマのNHK」に愛想を尽かした視聴者が、民放テレビに連日クギづけになるのも無理はない。

 3月6日午前の参院予算委員会審議の模様が面白かった。冒頭、与党側から質問に立った西田議員(京都区選出)は、「森友学園問題は冤罪だ!」「安倍夫妻は利用されただけだ!」「国有地売却と安倍夫妻は何の関係もない!」と声を張り上げて安倍首相を擁護した。通常、質問者は政府側答弁者の方に向かって質問するのだが、この日の西田氏はもっぱら野党席側に向かって「横向き」に質問するなど、質問の方向が違った。おかげで安倍首相は冒頭に一言二言、「私は関係ありません」と言っただけで、後は西田氏の独演にまかせて座っているだけとなった。

 西田氏といえば、知る人ぞ知るウルトラ右翼。夫婦別姓問題などには命を懸けて反対する極め付きの国家主義者だ。だから彼が質問に立つということは、自民党のこの問題に対する態度を知るうえで大いに参考になる。予想通り、西田氏は攻撃の的を野党と報道機関に絞り、森友学園疑惑に関する野党質問は安倍夫妻を「冤罪」にも陥れかねない不当な内容であり、それを大げさに報道するマスメディアは「フェイクニュース」(偽情報)を拡げているだけだと非難した。

 私はときおり映し出される安倍首相の顔を見ていたが、彼は頷くこともできず喜ぶこともできず、終始複雑な表情を浮かべて黙ったままだった。だが、内心では「迷惑至極」とまではいわないまでも、かなり困っていたに違いない。なぜなら、西田議員が躍起になって安倍首相を弁護すればするほど、視聴者の気持ちが自分から離れていくのを知っているからだ。「贔屓の引き倒し」とはまさにこんなことをいうのだろう。もっとも彼自身がいきり立って答弁に立ち、質問者に対して「そんな発言は犯罪者扱いだ!」「印象操作だ!」などと言うときには、我を忘れているので視聴者の反応などまったく気にしていない。きっと激しやすい人物なのだろう。

 一方、西田議員の質問に対して答弁に立ったのは財務省理財局長だった。こちらの方は準備通り「先生の仰せの通り」を連発し、従来行ってきた説明を長々と繰り返す役割に徹した。「説明不足」とは説明する時間の長短ではなく、中身があるかどうかのことを言うのだが、この局長答弁は永田町や霞が関の模範となる官僚答弁そのもので、意味のない相槌を打つことで西田議員の独演(大立ち回り)を盛り立てた。太鼓持ちとはこんな人物のことをいうのだろう。

 おそらく二人は安倍首相の前で点数を稼いだなどと思っているのだろうが、視聴者の方はもはや官僚答弁の内容などを気にしていない。その表情や口ぶりから事態の本質を感じ取っているのである。その点、理財局長の能面のような表情と白々しい答弁は権力者の言いなりになる(官僚の矜持を失った)役人の本質を余すところなく物語っていて、森友学園疑惑に加担してきた官僚機構の腐臭を振りまくに十分だった。森友学園疑惑に関する国会審議は、いまや安倍政権関係者の疑惑隠しを益々際立たせる段階にまで到達したのだといえよう。

 これを裏書きするのが、政治学者の御厨貴氏が司会進行を務める3月5日(日)早朝のTBS番組「時事放談」だった。今回の放談者は二階自民党幹事長と漆原公明党幹部の二人、まさに言い放しの放談会でまるで狐と狸の芝居を見ているような錯覚に襲われた。今回の「時事放談」は司会者が一切反論しない。司会者が用意してきた質問を淡々と読み上げると、その度に二階氏がなにかしらぼそぼそと呟き、漆原氏が調子よく合わせて「はい、次の質問どうぞ」となる。
 
 だが、この一問一答形式の放談会は非常に面白かった。例えば、森友学園疑惑に関して自民党は何か調査でもするのかとの質問に対しては、二階幹事長は「そんなことをやっている暇はない。大事な要務に支障が生じて仕事が滞る」と一蹴し、漆原氏は大きく頷いて「いま会計検査院が調査をしているから」と引き取る。見事な連係プレーだ。自民・公明の国会裏の連係プレーを目の当たりにしているようで、両党が森友学園疑惑をどう覆い隠すか、どう終止符を打とうとしているかがよくわかった。要するに合理的な説明は一切放棄して、事態を徹底的に隠蔽して幕引きを図ろうというものだ。

 3月7日、参院自民党は森友学園疑惑の中心人物、籠池理事長の参考人招致を拒否した。証人喚問ではなく参考人招致でさえ応じられないというのである。「籠池隠し」が国民の批判を招くことはよく分かっているが、それでも隠さなければならないほどの大きな暗闇が背後に横たわっているのだろう。いまや国民は一連のいきさつを通して、どす黒い暗闇が安倍政権を取り巻いているのがよく分かるようになったのである。それとともに安倍首相の人物像に対する評価も釣瓶落としに下がっていくだろう。何しろ籠池氏は大阪では「天性の詐欺師」と称されている人物なのである。こんな人物に一国の首相夫妻が引っかかるなんて情けない限りだが、それが現実のものになったところに、国民は「地球儀外交」を掲げる一国の宰相の器の大きさを知ったのである。(つづく)

2017.03.10  今日のジャーナリズムの姿勢を鋭く問う
           『米騒動とジャーナリズム 大正の米騒動から百年』

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 大正期の日本を震撼させた米騒動から来年(2018年)で100年になる。その記念すべき年を前に『米騒動とジャーナリズム 大正の米騒動から百年』という本が刊行された。1918年(大正7年)夏に富山県東部沿岸地域に端を発し、全国に波及した米騒動の意義を追求したものだが、騒動が全国化する上で新聞が大きな役割を果たしたことが丹念な検証を通じて明らかにされており、はしなくも今日のジャーナリズムの姿勢を鋭く問う内容となっている。

 本書は、金澤敏子(ドキュメンタリスト・細川嘉六ふるさと研究会代表)、向井嘉之(ジャーナリスト)、阿部不二子(細川嘉六ふるさと研究会顧問)、瀬谷實(ジャパン・プレス・サービス代表取締役)の4氏の共著である。いずれも細川嘉六ふるさと研究会のメンバーで、金澤、向井、阿部の3氏は富山県、瀬谷氏は東京都の在住だ。
 
 細川嘉六は富山県出身の国際政治学者・社会評論家。東京帝国大学を卒業後、大阪住友総本店、読売新聞社などに勤務するが、その後、大原社会問題研究所に入所、労働問題や植民地問題を研究する。が、戦時下最大の言論弾圧事件とされる「横浜事件」に連座し逮捕される。戦後、第1回の参院議員選挙で共産党公認で全国区に立候補、当選する。

 金澤さんらは、郷土出身の細川の学問的業績を調べて行くうちに、細川が米騒動の詳細を最初に著した、いわば米騒動研究の先覚者であることを知り、米騒動の全容と歴史的意義を改めて解明する研究を思い立つ。研究は4年に及び、その集大成が本書である。

 本書によれば、1918年(大正7年)7月に富山県で起きた米騒動は「越中の女一揆」と呼ばれる。そのことからも分かるように、騒動の主役はおかかたち(女性たち)だった。
 本書によると、大正期の富山県は日本有数の米産地で、ここでつくられた米は主として富山湾の海岸から船で北海道へ送られていた。ところが、1914年(大正3年)に第1次世界大戦が始まったことで日本経済が好景気となり、米の需要が急増、米価が暴騰した。
 この影響をもろに受けたのが、富山湾沿岸の漁師町の人たちだった。もともと田んぼを持たず、貧しかった漁師町の人々は値段が高騰した米を買えなくなり、馬鈴薯で飢えをしのがざるを得なくなったからだった。
 
 こうした事態に声を上げたのが、台所を預かっていたおかかたちだった。著者の1人、金澤さんが言う。「相次ぐ米の暴騰に怒ったおかかたちは、米の買い占めなどで暴利をむさぼる米商人や富豪に対し、浜での米の積み出し作業阻止と米の安売りを強く要求しました。おかかたちは米を求め、まさに生きるために立ち上がったのです。儲けのためなら人間の命がどうなっても良いのかと抗議する、やむにやまれぬ必死の闘いでした」。これが、米騒動の発端だったという。
 
 金澤さんによると、この騒動は富山湾から全国津々浦々に伝わり、瞬く間に1道3府38県に広がった。騒動あるいは暴動に加わった民衆は数十万人にのぼった。政府は120地点に延べ9万2000人の軍隊を出動させて鎮圧にあたったが、全国で死者20数人、重傷者1000人余り、起訴された人7700人、そして死刑2人という痛ましい結果を残したという。一方、政府側は同年9月に寺内正毅内閣(軍人・官僚で組織されていた)が総辞職し、日本初の政党内閣の原敬内閣が誕生する。
 「米騒動は、日本の近代にあって、明治と昭和のはざまという時代に、新しい『民』の存在を確認することになったのです。米騒動は日本の最初の民衆運動であったと言えます」と金澤さん。

 ところで、著者たちが米騒動の全容を明らかにする上で役に立ったのは新聞だった。なぜなら、米騒動に関する資料はそう多くなかったからである。調べてみると、当時の新聞が米騒動を報道していた。そこで、著者たちはまず、米騒動に関する当時の新聞記事の収集に努め、富山県内の5紙、全国紙では20紙余りを収集した。こうして、地方紙、全国紙合わせて6000点の新聞記事が集まった。その一点一点を読解して行った。

 その結果、明らかになったのは、「富山日報」「北陸タイムス」「高岡新報」「北陸政報」などの地元紙が騒動の経過を詳細に報じていたことだった。
 例えば、1918年(大正7年)7月25日付の「富山日報」はこう書く。
 「下新川郡魚津町の漁民は近来の不漁続きに痛く困憊(こんぱい)し、生活難を訴ふる声日に高まり、果ては不穏の形勢を醸(かも)すに至りしは昨報の如くなるが、二十三日も汽船伊吹丸が北海道行きの米を積み取る為入港し、艀船(はしけぶね)にて積込みの荷役中、かくと聞きし細民等は、そは一大事也、さなきだに価格騰貴せる米を他国へ持ち行かれては、品不足となり益々(ますます)暴騰すべしとの懸念より、群を成して海岸に駆け付け米を積ませじと大騒動に及びし為、仲仕人夫(なかしにんぷ)も其(その)気勢に恐れを懐(いだ)き遂に積込みを中止したり、依(よ)って伊吹丸乗組員も此上(このうえ)群集せる細民と争うは危険なりと考え、目的の積込みを中止し早々に錨を抜いて北海道に向け出帆せり」

 この記事では、騒動に加わった人たちを「細民」としているが、他紙は「貧民」「女房共」「女軍」「女群」「女人団」「婦女団」などといった呼称を使っている。いずれにせよ、地元紙の報道は極めて積極的であった。

 しかも、富山県で発生した米騒動が全国化するきっかけとなったのも地元紙の報道であった。というのは、「高岡新報」の米騒動第1報(1918年8月4日付)が、翌8月5日付の大阪朝日新聞、大阪毎日新聞に掲載されたからである。それは「女軍米屋に薄(せま)る」「百七八十名は三隊に分れて」「町有志及び米屋を襲ふ」という3本見出しの記事だったが、これが全国紙に掲載されたことにより全国ニースとして全国をかけめぐった。これを機に米騒動は全国的規模に拡大する。米騒動が全国に知られるようになったのはメディアの力だったのだ。 
 これに対し、寺内内閣は騒動鎮圧のために軍隊を出動させるが、その一方で、報道機関に対し米騒動に関する記事の掲載禁止命令を出す。一部の新聞は発売禁止処分を受ける。新聞社側はこれに激しく反発し、各地で「寺内内閣の非違を弾劾し、其引責辞職を期す」記者大会が開かれる。そうした中で、同年8月25日に大阪で開かれた関西記者大会を報じた同26日付の大阪朝日新聞夕刊の記事が、政府に新聞弾圧の口実を与え、後に「白虹事件」と言われるようになる筆禍事件が起こる。

 本書の著者の1人の向井嘉之氏は、本書の中でこうつづる。
「米騒動ではジャーナリズムは明らかに民衆とともにあった。大正の米騒動では、少なくともジャーナリズムは民衆の視座から権力と対峙する峰を作った」
 そして、同氏はこう続ける。「戦後七〇年が過ぎた。そして民衆が全国で蜂起した米騒動から一〇〇年になる。筆者は今、これからの言論のゆくえ、ジャーナリズムのあり方に危うさを感じている。今こそ、『民衆』をキーワードにジャーナリズムを問い直す必要があるのではないかと思う。『民衆』という言葉がもし現代になじまないのであれば、『市民』と置き換えてもいい」

 1月21日、富山市内で『それは米と新聞から始まった』と題する講演会があった。本書が2016年第22回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞したことから、それを記念する催しで、著者4人がこぞって登壇した。向井氏も『米騒動とジャーナリズム』と題して講演、米騒動で新聞が果たした役割を語ったが、その中で、「新聞の役割は民主主義を強化することと、権力を監視することだ」と述べ、「なのに、今のジャーナリズムを見ていると、言論への権力の威圧が続いているのに、新聞社の社長らが首相と会食したりしている。そんなことでいいのか」と疑問を投げかけた。

 「米騒動とジャーナリズム 大正の米騒動から百年」の発行所は梧桐書院(東京都千代田区神田和泉町1-7-1。℡03-5825-3620)。407ページ。定価2000円(税別)