2020.03.19 「悪夢」のアベノミクス
盛田常夫(在ブダペスト、経済学者)

 「黒田バズーカ砲」で始まった目先の景気浮揚を狙うアベノミクスは、コロナ災禍に遭遇して、元の木阿弥になりそうだ。自然災害であれ人災であれ、危機的状況の勃発時に、経済政策の正否が明々白々となる。アベノミクスの政策的正当性が疑問視されながら、株高や円安を成果と錯覚した人々は、アベノミクスを礼賛した。危機的状況でこそ、経済政策の真価が問われる。アベノミクスは膨大な資金投入で経済成長を図ろうとしたが、その目的を達成できずに、国家債務を積み上げただけだ。
 「元の木阿弥」と言っても、すべてが元に戻るわけではない。ボンボン宰相の火遊びのお陰で、資金供給のために日銀が引き受けた膨大な国債や株式が不良債権として残り、他方で政府の累積債務が上積みされた。これが目先の利得のために払った代償である。政治家も国民も、ポピュリスト政策の結末を直視すべきだ。「経済成長路線に乗せることができなかった」では済まない。そんなことは初めから分かっていたことだ。にもかかわらず、年金資産までを株式投資に流用し、官製相場で特定株主に漁夫の利を得させ、円安で特定企業が円安差益を貯め込んだ。なんのことはない、一部の人々と企業が「濡れ手に粟」を掴み、積み上がった負債が将来世代の国民に先送りされただけではない。日本社会は膨大な国家債務を抱える脆弱性を、さらに深刻化させた。これほどの不合理・不公正はあるだろうか。安倍内閣の罪は重い。万死に値する。まさに「悪夢」のアベノミクスである。

 アベノミクスが「高度成長をもう一度」というまったく根拠のない景気浮揚策にすぎず、国民の歓心を煽るものであることは、このブログでも何度となく指摘してきた。安倍内閣は国家財政を毀損させ、日銀資産の不良化と政策手段の狭隘化をもたらし、将来社会の持続可能性を土台から掘り崩した。
 戦後の若い世代が大量かつ持続的に新規労働力として市場に入り、消費財市場が拡大し、生産が持続的に拡大した高度成長時代は、すでに過去の時代である。日本経済と日本社会ははるか昔に青年期を終え、熟年期から老年期に入っている。今や人口減少が始まり、経済も社会も縮小する時代を迎えている。にもかかわらず、「高度成長をもう一度」という根拠のない政策を強引に推し進めれば、一部の企業や社会層が利得を得ても、社会は累積債務を積み上げるだけのことになる。政権を維持することしか念頭にない安倍政権の短期的ポピュリスト政策は、経済の一時的高揚の勢いに乗じて、自民党念願の憲法改正と自衛隊の海外派遣を狙ったものだ。しかし、その浅はかな「目的」の実現のために、ボンボン宰相は日本社会に途方もない債務を累積させた。「悪夢の内閣」、「戦後最低内閣」であることは間違いない。

 円安と株価上昇をアベノミクスの成果と誇ってきた安倍晋三だが、このボンボン宰相は政府の累積債務がもたらす深刻な結末に思いが及ばない。もっとも、それはたんに安倍晋三の頭にないだけでなく、アベノヨイショの「経済学者」も同類である。彼らは国家財政の赤字など、なんとでもなると考えている。しかし、国家の累積債務は国の体力にかかわる重大問題である。コロナ災禍であれ、大地震であれ、原発事故であれ、日本社会が大きな困難に遭遇した時に、累積債務で体力を失った政府がとりうる政策は限りなく制約される。余力の無い政府が赤字国債をさらに積み上げれば、確実に円の暴落が始まり、インフレ昂進を避けることができない。超インフレによって国家債務は減額されるが、国民資産もまた減価し、国民と国民経済は未曾有の困難に直面することになる。だから、長期的視野を欠く経済政策は百害あって一利なしなのだ。短期の景気浮揚ではなく、社会の安定的持続を政策目標にしなければならない。
 「安倍晋三とその仲間たち」は危機的な事態を迎えても、自分たちの責任を絶対に認めないだろう。天災が困難をもたらしたと主張するだろう。そうではない。天災に遭っても、余裕をもって国を再建できる体力をもっているか否かによって、政策の真価が明らかになる。体力が十分にあれば、日本株や円貨が売り浴びせられることはない。しかし、疲弊した日本経済が巨大な天災に遭遇すれば、その足許を見透かされよう。危機を迎えても、それを克服できる体力があるとみなされれば、日本売りはない。ところが、その体力をアベノミクスは限りなく衰えさせてきたのだ。
 日本の公的年金資産は年間GDPの三分の一程度しかない。200兆円にも満たない。にもかかわらず、なけなしの年金資産を株式投資に流用し、富裕層に散々儲けさせた挙げ句、定期的に襲われる金融危機で資産を減らしたらどうなるのか。ただでさえ小さな資産である。10兆円も20兆円も資産を毀損して良いわけがない。国会で「株式投資で年金資産が毀損したらどうなるのか」と聞かれて、安倍晋三はしゃあしゃあと、「当然、給付に影響がでる」と答えている。ボンボン宰相のお遊びで、年金が溶けてしまうことなど許すことはできない。ボンボン宰相の個人財産をすべて補填に回しても高が知れている。しかし、少なくとも政治家個人の責任をはっきりさせるために、自らの私財を投じて政策失敗を国民に謝罪すべきだ。

 これにたいして、野党はどうか。長期的視野に立って、アベノミクスに対抗できる政策を提示してきただろうか。野党も、与党と同じように、短期的思考のポピュリズムに陥っていないか。消費減税などと言うピント外れの政策で右往左往するのではなく、年金資産の保全と、毀損の政治責任をしっかりと問わなければならない。ボンボン宰相だって、人気回復のために消費税減税を打ち出すことに躊躇しないだろう。その程度の政策に、国民の受けを狙って野党が躍起になっているようでは、アベノミクスと五十歩百歩だ。与党も野党も、ポピュリズムの罠に陥って、そこから抜け出すことができないのだ。
 財政赤字の累積についても、与党だけでなく、野党もきわめて鈍感だ。国の借金などどうにでもなると考えている点で、野党も同じ穴の狢だ。政治家がこうだから、国民も「なんとかなるのではないか」という幻想から抜け出すことができない。まさに、政治家も国民も「今だけ良ければ良い」という超短期志向にどっぷり浸かっている。
 安倍晋三だけでない。政治家も国民も、毎年積み上げられる国家財政赤字の行く末に思いを馳せることができない。経済学者と称する面々も、「これだけ債務を累積させても国家財政が破綻していないのだから、この状態を続けても問題無いのではないか」という楽観論に支配されている。「原発は百%安全」、「大地震は来ない」のと同じで、「国家財政は破綻しない」というのは浅はかな期待であり幻想である。市井の人々がそれを信じるのは仕方がないとしても、政治家や「経済学者」と称する者が幻想を振りまくのは、社会的犯罪である。
 政治家も国民も、財政赤字は現世代の浪費が将来世代に回した「付け」であるという実感をもてない。日本社会がこの問題に真正面から向き合わなければ、将来、必ず、国民は立ち直れないほどの大きな困難に直面する。

 天からお金が降ってくるわけではない。国が負担するとは国民が負担するということだ。現世代が社会的消費(社会保障サーヴィス・給付)を浪費しているとすれば、社会的消費を減らすか、負担を増やして赤字が出ないようにするしかない。後者は私的消費の一部を削減して、社会的消費に振り替えることを意味する。だから、消費増税で私的消費が減るのは当然のことである。GDPが減るから消費増税は間違いというのは筋違いだ。しかも、GDPがどのように算出されるのか、GDPがどれほど国民福祉にと結びついているのかを知らないで、GDPを語ることは止めた方がよい。社会保障の水準を支えるものは何なのか、持続的に安定した社会を維持するために何が必要なのかを考えるべきだ。GDPの定義も知らずに、あたかもGDPだけが国民経済の豊かさを測る指標と考えているGDP至上主義は、考え方として間違っている。多くのエコノミストと称する連中も、GDPが実体経済を反映する指標だと考えている。このGDP至上主義が国民経済の行く末を過らせる。GDPを増加させることが社会を幸福にさせることではない。
 アベノミクスを批判する者は、アベノミクスが依って立つ短期的思考とポピュリズム思考から脱却する必要がある。短期志向とポピュリズムが野党をも支配しているとしたら、日本社会に未来はない。
2020.03.18 韓国通信NO631
        
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

『運命』文在寅自伝―から日本を考えた
 廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が自殺してから11年の年月が流れた。若者たちの熱狂的な支持をうけ彗星のように現れ、若干57才で第16代大統領に就任。当時の韓国社会の熱気は日本にまで伝わってきた。「人が暮らせる世の中へ!」。誰もが人間らしく生きられる民主的な福祉社会の実現をめざし、がむしゃらに突き進み、そして挫折した。
 亡くなってから2年後に発表された本書、文在寅の自伝には弁護士廬武鉉との出会い、側近として仕えた廬武鉉大統領の奮闘ぶりが生き生きと、敬意と愛情をもって語られていて大変興味深い。
 ローソク革命から生まれた文在寅大統領の政治信念は廬武鉉との「運命」的な出会いから生まれた。弱者と人権に対する強い思い入れと、過去と未来に対する歴史観は廬武鉉譲りで揺るぎない。
 廬武鉉政権は失敗したと言われる。政権末期の政権内の混乱、側近の金銭問題、支持者たちからの批判。国民の誤解も多かった。亡くなってからその偉大さが改めて評価され、歴代の大統領の中でもっとも尊敬される大統領になった。本書は文在寅の自伝だが、その大半が「兄貴」であり、「親友」だった廬武鉉について語られているのも本書の特徴となっている。
韓国通信631写真
 読後感を以下に記しておきたい。
 廬武鉉政権が崩壊した翌年、日本では民主党政権が誕生した。選挙の圧勝にもかかわらず、三人の首相が交代し、あっけなく政権交代を余儀なくされた。以降、在職最長の安倍政権が今日まで続く。
 民主党政権短命の理由は何だったのか。「決められない政治」「自民党に似た古い体質」という批判は決して間違いではない。しかし冷静に思い起こすなら、財界、官僚など既成勢力の巻き返しは激しく、検察も、マスコミも、足腰が弱く、脇の甘い民主党政権に遠慮会釈なく集中砲火を浴びせたことも事実だ。
 そっくり同じことが韓国の廬武鉉政権時代に起きていた。わが国では民主党政権に対する蔑視と冷笑だけが残り、「他に適当な人がいない」という根拠のない安倍政権支持の基盤となった。
 廬武鉉政権と日本の民主党政権を単純に比較はできないが、強いて言うなら、古い政治体制に挑戦した新政権が、既得権勢力と「世論」という厚い壁に遮られたという共通点がある。「自伝」は韓国を知る上で、また日本の政治を考えるうえで他山の石となる。
 そこから読み取れること。
 自公政権に代わる新しい政治は、単なる政党の数合わせからは生まれない。市民に真摯に寄り添う政治勢力の結集が求められている。それを可能にするのは、待つことではなく、一人ひとりが自分のローソクを掲げて積極的に声をあげ、政治に参加することがいかに大切か。文在寅から教えられたことだ。  岩波書店 2018年刊定価2700円税
                                         
常磐線3.11物語
 新型コロナウィルス騒ぎで心が落ち着かない。何処も「中止」「中止」の話ばかり。スポーツクラブも休みとなり、少し運動不足気味だ。今月20日に予定されていた「さようなら原発」の集会も中止になった。
 ウィルスは不安だが、社会はバラバラに、そして排他的雰囲気が漂い始めた不気味さがある。「緊急事態宣言」は恐怖を煽るだけの安易な無策に感じられる。国際的にも国内的にも孤立して生きる不安。大恐慌の前兆が広がる。このままではオリンピック開催はありえない。
 東日本大震災、福島原発事故から9年。コロナウィルス騒動は福島原発事故のおぞましさを思い出させる。オリンピック成功の後に予定される憲法を変えるという安倍政権のシナリオに変更はない。いのちと生活は二の次。非科学性(見通しの甘さ)と独善性(政府の都合)が浮き彫りになった。

<アンダーコントロール>
 2020年のオリンピック誘致に成功した安倍首相が、フクシマについて「状況は統御されている」、アンダーコントロールと全世界に胸を張った。
 福島の状況はいまだに4万人を超す避難民。避難解除されても帰れない放射能汚染地区。行きどころのない放射能汚染水と除染物の山。廃炉作業も全く進まない。事故9年目を迎えて、事故の後始末は始まったばかりの状況だ。
 福島をたびたび訪れる首相や天皇には福島に住むことをすすめたい。加えて国会議事堂、官庁、裁判所、皇居が福島に移転すれば、復興は本格化するはずだ。まず「隗より始めよ」だ。地産地消、彼らに福島のコメと野菜と魚も存分に食べて欲しい。
 形だけの復興五輪は明らかな「棄民」政策だ。

<常磐線全線開通の欺瞞>
 避難地域を次々に解除して、復興と見せかける欺瞞。その欺瞞は3月14日に全線開通した常磐線の例を挙げれば十分だろう。沿線に住む人間としては、8年以上も不通だった常磐線の開通を聞かされると、今頃「フザケルナ」と叫びたくなる。
 改札近くにある電光掲示板は近郊のJR、地下鉄、私鉄のたった5分の遅延でも時々刻々と知らせる。しかし常磐線の「不通」を知らせたことは一度もない。「原発事故による」不通を知らせなかったのは明らかな事故隠しだ。駅員に抗議したこともある。<写真上/スーパーひたち/下/線路が流された機関車>
 その常磐線が開通する。正確に言うと、品川(上野)と仙台を特急列車が3往復、普通列車が11往復である。早速、安倍首相は7日に福島を訪れ得意げに常磐線全線開通を祝った。
韓国通信631写真(2) 
韓国通信631写真(3)

<常磐線に乗ろう>
 子どもの頃、わが家は夏休みと冬休みに、父の実家のある仙台へでかけた。東北本線はトンネルが多く、蒸気機関車の煤煙に泣かされた。常磐線は海が見える。時間は両方とも各駅停車で8時間くらいだった。各駅停車を楽しむ汽車の旅だった。
 東北新幹線ができてから常磐線は利用しなくなった。我孫子に住むようになって一度だけ特急列車に乗ったことがある。津波と原発事故の直前だったので記憶は鮮明だ。
 9年ぶりの全線開通。常磐線で仙台へ行くつもりだ。しかし、晴れがましい復興記念乗車にはならない。復旧したあたりが危険地域であることに変わりはない。電車は密室なので放射能が車内まで侵入することはなさそうだが、放射線測定器の針が振り切れるほどの高濃度の中を走る。福島第一原発から2.5キロ、避難区域に沿って走るので当然だ。車窓からは茨城県の東海原発、福島原発が見学できる。
 常磐線に乗ってほしい。放射能の中を疾走する「スーパーひたち」に乗って、9年前の事故を思い出してほしい。かつての蒸気機関車の煤煙に代わる見えない放射能を想像して欲しい。避難区域の風景を見て原発事故が終わっていないことを感じて欲しい。
 常磐鉄道は常磐炭鉱の石炭を輸送するために1896年に開通した富国強兵の国策鉄道だった。

<韓国から鉄道労働者がやってきた> 
 東日本震災の年、韓国の若者たちが集めた義援金を手に被災地宮城県にやってきて復旧作業を手伝った。引率したリーダー趙貴済さんの活動報告が残された。
 彼らの活躍ぶりに感動して、私は韓国通信に3回に分けてレポートした。
 あれから9年。日本の社会は変わった。原発事故の責任が民主党政権にあるような言説まで飛び出す状況も生まれた。自分の責任を転嫁して自己を正当化する風潮―嘘、改ざん、口裏合わせーが政治の世界を中心に蔓延している。
 北朝鮮の脅威を煽った挙句、ネットウヨなみの感情的な反韓・嫌韓の言動が政府から飛び出すようになった。「美しい日本」は醜悪の真っ只中にある。コロナ脅威のなか、日本人は品格と優しさを取り戻すことができるだろうか。3.11に対する見舞いが全世界から寄せられたことを忘れない。台湾から多額の募金が寄せられ、被災者たちを感激させたことも。
 苦しい時こそ助け合う。
 大震災直後、北朝鮮の金正日委員長から義援金が届いた。それを知る日本人はあまりいない。彼の葬儀(2011.12)に日本政府は弔意はもちろん、一円の香典も送らなかった。日本の将来が心配だ。憎悪の応酬からは何も生まれない。拉致問題の解決は遠のくばかりだ。
2020.03.17 アフガン戦争報道で、女性を忘れないBBC(下)
タリバンと交渉した女性ファウジア・コーフィ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 1996年から2001年のタリバンの支配下では、タリバンは女性たちの学校教育と雇用を禁止し、彼ら流の解釈による厳格なイスラム法を押し付けた。それには、石投げによる死刑とむち打ちが含まれた。
 これまでの人生、アフガニスタンから出たことがないファウジア・コーフィは、このような処罰に耐えてきた人々のことを知っていた。
 発言の番になったタリバンの交渉者は、彼女の性の対等要求にたいして応じたー
「女性は首相になれるが大統領にはなれない。女性は裁判官になれない」
 コーフィは発言したー「私は同意できない。だが、言い争いはしない」「だが、この会談はどちらでもいいという結論を許してもいない。最近のタリバンの方針では、女性は働くことができるし、教育をうけることも許されるーしかし、イスラム法とアフガン人の文化の範囲でだ」
 コーフィのような人にとって、この問題は難問だった。イスラムは一つの聖書コーランしかないのに、多数の理論的思考の流派がある。子供時代から「私は、さまざまイスラム学者から異なった見解を聞いてきました。タリバンは極端なコーランの解釈に従っています」

▽「私はブルカを買ったことがありません」
 ファウジア・コーフィは1996年9月に初めてタリバン兵士を見た。
 「タリバンが首都カブールを取ったとき、私はカブールで医学を学んでいました。私の住むフラットの5階から、彼らを初めて見ました。タリバンはライフルで武装し、街路で戦闘していました。」
 数日後には、子供時代からの野心は壊され、タリバンの命令で医学校から追い出された。彼女はカブールに住み続け、医学校から追い出された女子学生たちに英語を教えた。
 「それは落胆の日々でした。」と彼女は振り返った。
 タリバンは女性たちに、家の外では全身を覆うブルカを着るよう布告を出した。
 「私は、決してブルカを買いませんでした。私は、私たちの文化の一部とは考えられないものに対して、お金を使わなかったのです」
 彼女の抵抗は、自らのコストになった。身の安全のために、自らの動きを抑えなければならなかった。
 タリバンの「道徳局」は街中をパトールし、ブルカを着ない女性たちを打ち据えた。
 「9・11」の後、米国のアフガンへの攻撃によってタリバンが駆逐されたとき、大部分の国民が、救われたと感じた。
 「私たちは恐れることなく街を歩き、タリバンに殴られるのを恐れずに買い物ができるようになったのです」

▽銃撃された私たちの車列
 タリバン支配の崩壊後、コーフィは国連の仕事―元少年兵たちのリハビリの仕事に加わった。彼女の夫が投獄中に感染した結核で死亡したのち、二人の娘が残されていた。
 にもかかわらず彼女は、2005年に国会議会選挙が行われることが発表されると、立候補することを決めた。彼女の父は議会議員で、彼女の当選に父の地盤が役立ったことを認めている。
 「でも、私にとっての試練は、父とは別の自分のアイデンティティを創り出すことでした。」と彼女は語る。
 議員としての1期目に、彼女は議会の副議長になる努力を続けた。タリバンがアフガニスタン南部で彼女を殺害しようとしたのも、その期間だった。
 「2010年3月、国際婦人デーを祝うためにナンガハルに行きました。その帰路、私の車列に銃火が浴びせられました。川の対岸からも、銃撃されたのです。私と娘二人は、私の守護役が山脈のトンネルに導いてくれたおかげで助けられました。そこから私たちはヘリでカブールにつれていってもらったのです。」

▽「誰もが平和を求めています」
 10年後、タリバンと米国は和平合意に調印しようとしている。(坂井注:2月末日に調印)
 タリバンは追放されてから、復帰して戦闘を再開するまでに数年しかかからず、現在は2001年以来、最大の地域を支配している。
 10年間に失われ、傷ついた人間の生命は巨大だ。数万人の一般国民が死傷した。アフガニスタンは世界でもっとも貧しい国の一つのままだ。約250万人のアフガン人が外国で難民登録し、それ以外の約200万人が国内で難民化したまま。未亡人女性は200万人ほどと推定され、生きるために苦闘している。
 「誰もが平和を願っています。私たちは戦争の中で生まれ、戦争の中で育ちました。私たちの世代も、その子供たちも、平和の価値を知りません」とコーフィは語る。しかし、それは、どれほどの価値でも取引できないのだ。
 「平和は尊厳、正義、自由とともに生きることを意味しているのです。民主主義に代わる道はありません」
 タリバンが公然と姿を現すことに合意するとしても、彼らがどれほど変わったのか、不明だ。タリバンのスポークスマン、スハイル・シャヒーンはBBCに「平和に反対する者たちは、女性の権利を交渉材料に使っている」と述べている。
 しかしファウジア・コーフィはいうー「女性は非常に多くのものを失いました。これ以上、失なえるものはありません。
 彼女の娘さん二人はカブール大学で、メディアとインターネットとともに、成長した。
 「私の娘たちも、他の女の子も、彼女たちの家に縛り付けることはできません。この国を支配しようと望む人は、このことを自らの計画に入れなければなりません」とコーフィは語った。(了)


2020.03.16 アフガン戦争報道で、女性を忘れないBBC(上)
タリバンと交渉した女性ファウジア・コーフィ

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

  2000年以来、反政府勢力タリバンに対してアフガニスタン政府軍、米軍主力の多国籍軍が戦い続けてきたアフガン戦争の報道で、BBC(英公共放送)はアフガン女性の現状と地位、主張をたびたび紹介してきた。今回のトランプ政権とタリバンの和平交渉では、議題にもならなかったようだが、BBCは「アフガン和平交渉:タリバンと交渉する女性」と題して、女性リーダーの一人、ファウジア・コーフィの活動を詳しく報道した。公式なアフガン政府代表団ではなく、非政府有力者たちの全アフガン代表団が、モスクワでタリバンと会談を重ねていたのだった。
 米国政府代表団は2月末、タリバンとの和平協定調印。1週間後には米軍撤退を開始したが、残された問題は山積している。その中でも女性の権利と地位を高めることは、残された重要課題の一つだ。
 ここでは、BBC(2月27日)のSwaminathan Natarajan署名の報道を紹介しよう。
 ―医者になりたいというファウジア・コーフィの子供時代からの夢は、1990年代に戦闘的なタリバンがアフガニスタンを支配した時に砕かれた。女性を公職から追い出した、このグループは、彼女の夫を投獄し、のちに彼女が政治家になった時には、彼女を殺そうとした。
 コーフィは、同国でかっては支配者だったことがあるこの強硬なイスラム主義者たちとの、何ラウンドにも及ぶ会談を重ねた、全アフガン代表団の中の数人の女性の一人だった。
 モスクワで行われた昨年の会談では、彼女と、もう一人の女性人権活動家のライラ・ジャファンは、70人の男性たちとホテルの部屋に入った。
 部屋の一方の側にはタリバン、その向かい側には全アフガン代表団の男性の政治家や人権活動家たちと彼女たち2人が座ったー

 「わたしは彼らに、アフガニスタンはいま、さまざまな見解をもつ人たちで代表され、一つのイデオロギーで縛られてはいないと、わたしは話しました。
 タリバン代表団の一部の代表は、わたしを見つめました。数人はノートをとっていました。別の数人はわたしの全身に目を走らせました。
 長時間に及ぶ会談の中で、タリバン側はアフガン政府との直接交渉を拒否し、“傀儡政権”は承認しないと言いました。
 しかし、米国とロシアの持続的な圧力によって、妥協が成立、タリバンは非公式なアフガン代表団と会談することに合意しました」とコーフィは、振り返った。
 コーフィは、3回、この非公式代表団の一員となった。彼女は、和平交渉をはじめ交渉チームには、もっと女性の団員がいるべきだと主張した。
 「我々の交渉代表には女性が含まれているのだから、あなたたちも女性を含むべきだ」と彼女が主張すると、タリバン側はたちまち笑い出しました」と彼女は語った。(続く)

アフガンと女性写真(1)
アフガン和平のため、タリバンと交渉を続けてきた非政府の全アフガン代表団のリーダーの一人、ファウジア・コーフィさん。アフガン議会の数少ない女性議員の一人。英公共放送BBC電子版(2020.2.27)の報道写真。
2020.03.15  「本日休載」
今日03月15日(日)は休載します。

リベラル21編集委員会

2020.03.14 ■短信 ■
           「ほぼ11AM劇場」へどうぞ
       山谷哲夫監督プロデュースのドキュメンタリー映画上映会


 優れたドキュメンタリー映画がつくられても、一般の映画館ではなかなか上映されないので、一般の人がそれを観る機会がない。そんな現状を憂えたドキュメンタリー映画監督の山谷哲夫さんが、東京・渋谷の映画館の協力を得て、3年前から同映画館でドキュメンタリー映画を上映する「ほぼ11AM劇場」を開催している。上映は午前10時45分からなので「ほぼ11AM劇場」というネーミングだ。
 今回の上映会は第4次で、以下の要領で開催される。

日時:3月20日(金・祝日)~26日(木)

会場:アップリンク渋谷(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階。JR渋谷駅から徒歩12分。文化村通りを抜け東急本店通りを経由し、セブンイレブンを越えた先。電話03-6825-5503)
 
上映スケジュール:
20日=「夜あるいはなにものかへの註」(千秋健監督、1977年)
21日=「天皇の名のもとに―南京大虐殺の真実」(クリスティン・チョイ+ナンシー・トン監督、1995年)+「沖縄のハルモニ」(山谷哲夫監督、1979年)
22日=「夜あるいはなにものかへの註」
23日=「在日―戦後50年史歴史編」(呉徳洙監督、1997年)
24日=「天皇の名のもとに―南京大虐殺の真実」+「沖縄のハルモニ」
25日=「夜あるいはなにものかへの註」
26日=「小三治」(康宇政監督、2009年)

定員:58人。各回入れ替え制、全席指定、満員の際は入場不可

チケット: 劇場オンライン(劇場HP https://shibuya.uplink.co.jp/)・劇場窓口にて販売
(岩)
2020.03.13 『サル化する世界』の警句
盛田常夫(在ブダペスト、経済学者)

 春秋時代の宋にサルを飼う人がいた。朝夕四粒ずつのトチの実をサルたちに給餌していたが、手元不如意になって、コストカットを迫られた。そこでサルたちに「朝は三粒、夕に四粒ではどうか」(朝三暮四)と提案した。するとサルたちは激怒した。「では、朝は四粒、夕に三粒ではどうか」と提案するとサルたちは大喜びした。
 このサルたちは、未来の自分が抱え込むことになる損失やリスクは「他人ごと」だと思っている。――内田 樹『サル化する世界』(I 時間と知性-ポピュリズムと民主主義について、文藝春秋社、2020年)より

 現代人は限りなく「サル化」している。内田によれば、それは現在の自分と将来の自分を同一視することができない「自己同一性」の欠如によるという。自己同一性という難解な用語を使わなくても、「人は目先の利益は分かるが、将来の損失が自分に降りかかるものとは認識できない」ということだ。単純な思いつきで「消費税を5%に下げることができる」と騙され、近い将来に15%に上げなければならないとしたら、「朝三暮四」の「サル」と変わらない。もっとも、将来の消費税が15%で打ち止めされることはなく、EU諸国のように20~25%に上げたとしても、日本の財政赤字の抜本的な解決が難しいほどに、日本の公的累積債務は増え続けている。
 債務が累積するとはどういうことか。それは現世代の国民が身の丈以上に社会的給付を受けていることを意味する。赤字を積み上げた分だけ現世代が浪費し、その付けを将来世代に回しているのだ。その積み上がった浪費額はGDPの2倍以上、20年分の税収に達する。この巨額の「累積債務」=「現世代の浪費」は、すべて次世代の国民につけ回しされる。今さえ良ければ、将来の災禍は野となれ山となれというのは「サル」と同じ。自分たちの子供や孫が苦しむことを実感できないのだ。国の借金などどうにでもなると思っているのだろうか。軍国主義国家の戦時国債に騙され、政治主導の経済管理が社会主義下の国民経済を崩壊させたことから何も学ばない人類は、「サル化」の道を歩んでいる。
 現代の日本の財務状況のなかで、増税なしに、社会保障給付水準も下げないという「虫の良い話」はあり得ない。増税しなければ、社会保障給付を減らすしかない。ところが、「サル化」した人間は、目先の消費税引上げに抵抗するが、断続的に実行される給付削減に抵抗することはない。仕組みが良く分からないものには抵抗しない。増税は嫌だが、給付削減は仕方が無いと直感的に思うのだろう。
 政治家の無責任なポピュリスト政策によって積み上げられた債務は、戦争や大きな自然災害に見舞われた時に、必ず国民を大きな苦境に陥らせる。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、現代人はもっと賢いはずではないのか。
 人類は文字を獲得することによって、過去と現在を時間的に繋げることに成功し、時間意識を持ったはずだが、経済的な利益や国家社会の話になると、時間意識を持てなくなる。目先の甘い誘惑に負け、それが将来の大きな損失を招くことを実感することができない。歴史を辿れば、それを実感できるはずだが、如何せん、それは自らが体験したことではないから、身につく時間意識(歴史意識)にはならない。つまり、内田の用語を借りれば、自己同一性を我が物にすることができないから、人類は何度も同じ過ちを犯す。

 政治や政治家は無責任だ。彼らは絶対に責任を取らないし、取れるはずもない。安倍晋三であれ山本太郎であれ、自らの政策の結末に責任を持つことはない。有権者の票を得るための甘言に、人々は簡単に騙される。「サル」にならないために、どうすれば良いのだろうか。少なくとも、目先の利得が、将来にどのような災禍をもたらすのかを考える思考力を身につける必要がある。
2020.03.12 「世界は中国に感謝すべし」ですって―中国の言論は自由です!
                        
田畑光永 (ジャーナリスト)

 コロナウイルス肺炎はまだまだ世界中に広まりそうだが、本家の中国では累計患者数が8万人を突破し、死者も3千人を越えたあたりで、さすがに勢いが衰えてきたようである。それは喜ばしいことなのだが、さてこの2か月ほどを振り返って、事態をどうとらえるか、中国国内ではさまざまな議論が飛び交っている。中には冒頭に掲げたように、思わずえっ?と驚くような内容もある。
 発端がどこか、正確には私は分からないが、米紙『ウォールストリート・ジャーナル』が2月3日の紙面でコロナウイルス肺炎をめぐって「中国はアジアの本当の病人」という記事を載せたあたりから、火の手が大きくなったように思える。このタイトルに使われた「病人」とは、19世紀末、日清戦争に敗れた清国の弱さを上海で出されていた英人経営の英字紙「字林西報」が“Sick man of East Asia”と書いたのが始まりと、中国の検索サイト「百度」にあるが、その中国語訳「東亜病夫」もしくは「東方病夫」は当時の中国人によっても使われたらしい

 しかし、いくら昔の言い方とは言え、中国を蔑視する言葉であるのは間違いないから、当の相手が災難に遭っているときにわざわざそんな言葉を持ち出してくるのは、記者としてほめられた姿勢とは言えない。
 これに対して中国が怒った。それも民間人ではなく政府が怒った。そして2月19日、外交部は同紙の3人の北京駐在記者の記者証を無効とし、5日以内に中國から退去することを求めた。こうなると米政府も黙っているわけにはいかない。3月2日、新華社など中国の党・政府系メディア5社の在米職員総数を現在の約160人から100人に減らすように通告した。
 問題の根っこは、こういう新しい感染病の発生をその発生地、この場合は中国の問題と見るか、そうではなくて人類が新しい敵に遭遇したと考え、その遭遇点がたまたま中国であったと考えるか、の違いにある。もともと中国に好感情を抱いていない向きは前者に傾きがちであるし、当事者の中国は他国のために必死で防波堤の役割を果たしていると自負したいはずだ。
 3月5日、中国紙『環球時報』(電子版)は米政府系と言われるフォックスTVのキャスター(同紙の音訳によると名前はジェシー・ユートスと読める)を「ごろつきキャスター」と非難した。この人物は番組の中で「コロナウイルスを中国起源と決めつけ、中国は正式に謝罪しろ」と要求したのだそうである。そしてさらに背景説明として、「中国共産党は国民に十分に食べさせないので、中国人は飢えている。人民は絶望し、調理不十分の安全でない食物を口に入れている。それが新病原の発生についての科学者の見方だ」とのべたという。

 これに対して、中国の『環球時報』は「共産党がメシを食わせないから、人民は生煮えの蝙蝠や蛇を食っているというのが、米国の有名テレビのキャスターの中国認識か」とかみつき、「米国でH1N1インフルエンザが流行した時、エイズが最初に米国人に発見され、その後、世界に広まった時、中国のキャスターはテレビで米国人に謝罪を要求したか」と切り返した。
 一方、こういう正面からの怒鳴り合いでなく、別の声を上げた中国のキャスターもいた。中国中央テレビ(CCTV)の邱孟煌氏である。この人は2003年からCCTVのキャスターとして、「第10放映室」、「文化正午」といった番組を担当し、昨年で画面出演からは降りたそうだが、自身のツイッターで「謝罪」問題でこう提案した。

 「『東亜病夫』などという看板は1世紀以上も前に粉々になったものだが、(それとは別に)今、われわれはおだやかな口調に謝罪の意をこめて、しかし悪びれることなく、また居丈高になることもなく、マスクをして、世界に向かって軽く頭を下げ、『すいません、ご迷惑をかけます』と言ったらどうだろう」
 なるほどきわめて理知的であり、穏当な姿勢である。中国が全体としてこういう態度であったら、受け取るほうも「まあまあこれは人類全体の災難ですから、一緒に撲滅しましょう」ということになる、はずと思ったのだが、現実にはそうはならなかった。なにを弱腰な!という非難を浴びて(らしい)、氏のツイッターは閉鎖され、CCTVとの縁もきれてしまったという。なんかやりきれない気分である。
 それに代わって登場したのが、本文のタイトルに掲げた「世界は中国に感謝すべし」という一文である。正確にはこのタイトルの頭に「理直気壮」という4文字がついているので、合わせると「堂々と言う、世界は中国に感謝すべし」となる。筆者名は「黄生」、いくつかの経済関係の新聞に転載されているそうで、ネットで簡単に読むことができる。

 なにをそんなに息巻いているかと言えば、この病気が武漢周辺で大量発生した当時、米をはじめ各国は中国からの人間の入国をきびしく制限し、かつ米が先頭を切って在留自国民をチャーター機で帰国させたために、中国は手の打ちようがなく、経済的にも大きな打撃を受けた。米トランプ大統領のやり方は「落井下石」(井戸に落ちた人間に上から石を投げる)であった、というのである。そして要旨次のように続く―
 「今、情勢は逆転し、中国では武漢地区以外での患者の発生は減少したが、米などでは患者が多発し始めている。米疾病センター(CDC)の役人によれば、米国内ではマスクも薬も(欧米各社の製品でも)90%以上が中国で生産されたものを輸入している。もし中国がマスク、薬の輸出を禁止したら、米は『コロナウイルス肺炎地獄』に落ちこむことになるのだ。

 しかし、中国人民と中国政府はそんなことはしない。井戸の中の米国人に石を投げることもしないし、マスクと薬の輸出を禁止することもしない。にも関わらず、事ここに至ってなおまだ中国は世界に謝るべきだなどという声がある。とんでもない言い草だ。
 中国は新型肺炎を撲滅するために大きな犠牲を払い、巨大な経済的コストを負担し、ウイルスの伝染経路を遮断した。そんな国がほかにあるというのか。さらに付け加えれば、鐘南山院士(注:呼吸病学の専門家、中国工程院々士)の研究では、中国で最初に発症したとはいえ、この病毒の発生地は中国とは限らないのだ。米、イタリー、イランなどでアジアと接触のない症例が存在することがその証拠だ。中国が謝る理由などなにもない。アメリカも世界も中国に謝るべきなのだ。・・・」

 こういう威勢のいい文書があちこちに転載されるのも、勿論、言論の自由の一部ではある。しかし、違う立場の主張は消され、その作者がさまざまな社会的圧迫を受けるのでは、せっかく公開されたものの価値も大きく減じるということが中国では理解されていないようである。
 前回、紹介した李文亮医師の命を賭した努力も、弾圧されたり、持ち上げられたり、権力にもてあそばれただけで、後続なしに終わるのでは本人もさぞかし無念であろう。さしものコロナウイルスも中国の言論世界を覆う霧を払う力はないらしい。(200308)






2020.03.11 「3・11原発事故で日本は致命傷を負った」

小倉志郎 (元原発技術者)

 2011年3月11日に東京電力福島第一原発が事故を起こしてから、今月の11日で丸9年になる。しかし、同事故は未だに終息していない。しかも、いつ終息するかの見通しも立っていない。環境に撒き散らされた放射性物質によって、人々の「被ばく」という被害は時間の経過に伴い、今も増え続けているからだ。
 
 国際放射線防護委員会(ICRP)も被ばくによる被害はどんなに低レベルの放射線による被ばくでも被ばく量に比例する被害があることを認めている。すなわち、「被ばく」には「これ以下なら安全」という数値はない。
 福島県ではその面積の約7割が森林山岳地帯であり、その地域は除染の対象外になっている。したがって、居住地域を除染しても風雨によって森林山岳地帯に残る放射性物質が居住地域に拡散して来る。
 強制的避難地域が除染によって、1年間の被ばく量が「20mSv」未満になったから帰還してよいと政府が決定しても、浜通り地方では戻ってきたのは元の住民の1割前後であり、かつ、そのほとんどが高齢者で若い人々はほとんど戻ってこない。これでは、地域の人口は減る一方である。高齢者が寿命で亡くなるのに、この地域で赤ん坊を産む人々が減るのだから、他の地域に比べて人口が加速度的に減ることになる。すなわち、この地域の人口はゆっくりとゼロに近づくだろう。
 
 この原発事故によって、日本は福島県に限らず、放射能汚染によって広大な肥沃の土地を失ったと言えるだろう。放射能汚染の程度に濃淡があるが、その濃淡は連続的に変化するから、その失われた土地の範囲を一本の境界線によって示すことは不可能だ。
 原発の内部では、汚染区域から放射性物質が区域外に広がらないように、その境界に設けたチェックポイントで、作業員が外に出る際は、汚染区域内で使った作業衣、マスク、手袋、靴など身に着けていた衣服・装備を全て区域外用のものと取り替えている。

 しかし、福島県をはじめとして、周辺の県の汚染区域でそのような放射能汚染拡大を防ぐ対策はまったく行われていない。要するに、汚染濃度の高い区域から汚染濃度の低い地域の間で着替えもせずに行き来しているか、汚染濃度の高い地域から汚染濃度の低い地域への放射性物質の拡散が進んでいる。自動車も電車も福島県と県外とをなんのチェックもせずに出入りしている。人の衣服やタイヤに付着して放射性物質がどんどん福島県外に拡散してゆくだろう。自動車のエンジンの吸気フィルターには放射性物質が大量に溜まったまま、最後は廃棄物としてそのまま捨てられるのだろう。さらに、放射能で汚染された廃棄物や土壌を再利用して、放射能汚染物の保管量を減らそうとしているが、これも放射能汚染範囲を広げる結果になるだろう。放射能汚染物に対してこんな扱い方をしていれば、いずれ、日本中が低レベル放射能汚染地域になってしまうだろう。
 
 その結果、先祖代々引き継いできた故郷のきれいな生活環境は今後どう変わってしまうだろうか? たしかにそれは「ただちに目に見える」形で現れてはこないだろう。しかし、数十年、数百年、あるいは数千年というタイムスパンで展望すれば、日本の国土がゆっくりと人が安心して暮らせなくなる方向へ向かわざるをえない。
 汚染した地域に残るお墓にお参りする人がいなくなる。神社やお寺を中心にしたお祭りや芸能など伝統文化は継承する人がいなくなり、伝統文化はやがて廃れてしまうだろう。
 
 もっと恐るべきことは、日本中に広がった低レベル放射能汚染環境の中で、若い男女が結婚して妊娠した場合、昔なら「おめでた」として親類縁者から祝ってもらえたが、今後は両親の「内部被ばく」による影響で先天的障碍を持った赤ん坊が生まれはしないかという「心配の種」になってしまうことだ。その心配から出産前の胎児に対する精密診断の要望が増え、出産前の胎児という命の選別につながるかもしれない。
 現にベトナムでは、ベトナム戦争末期に米軍が散布した枯葉剤による先天的障害児が多数生まれて、出産前の胎児の検査が行われ、障碍の程度によって出産するか否かを選択する場合も出ている。日本は枯葉剤の代わりに放射能汚染によって同様の運命を背負ってしまった。

 3・11福島原発事故は日本がいずれそのような恐ろしい状況になる可能性をつくり出してしまった。しかも、その可能性をなくす手段を、私たちは持っていない。どんなにお金や時間をかけても原発事故が起きる前のきれいな国土に戻ることはないのだ。なにしろ、半減期が千年とか万年というオーダーの放射性物質が環境に撒き散らされてしまったのだから。3・11原発事故を「致命傷」と呼んでもあながち的外れではないだろう。どうすれば良いのだろうか? それには、日本に今生きている私たち一人ひとりが「致命傷」を直視し、考えるしかない。その答えは多分一つだけではないだろう。(了)
2020.03.10 世界はコロナウイルスとの戦いに共同して立ち向かおう
         
村田忠禧 (横浜国立大学名誉教授)

新型コロナウイルスの特性把握

 昨年12月末に湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス肺炎の被害は湖北省だけでなく中国全土に広がった。習近平国家主席が率いる中国政府は1月23日より武漢市と外部との交通を遮断し、総力を挙げて感染拡大阻止の戦いを展開した。しかし当初は新型ウイルスの特性をつかめていないため、手探り状態にならざるを得なかった。武漢は中国のど真ん中に位置し、交通の要衝であり、人や物の往来がそもそも盛んなうえに、春節を迎える人々の大移動が発生する「春運」と重なった。そのため武漢では爆発的に感染が広がってしまった。
 次第に明らかになったことは今回のコロナウイルスは感染力が非常に強く、症状が現れない状態でも他人に感染することや、検査結果でいったん陰性とされても、しばらくして陽性になることもある、という厄介な特性がある。また高熱が出たため大勢の人が病院に押し寄せたため、病院が感染拡大源と化してしまうこともあった。そのため医療関係者が感染し亡くなる事例も多く発生している。初動の対応に問題があったとの批判は否定できないが、残念ながら新生事物の認識は一挙に実現できるわけではなく、多くの実践の積み重ねを通して実現されるのが一般的である。

強力な指導力と中国独特の解決策

 中国政府は人口1,100万の大都市・武漢を封鎖するという前代未聞の作戦を展開した。中国にはある地方が災害等の重大な困難に直面した時、人民解放軍を素早く投入して処理にあたるとともに、全国が競うように分担して支援する「対口支援」という解決策がある。これまでもチベット、四川大地震、新疆などの問題解決に活用されてきたが、今回も全国からの武漢市への支援とともに、専門医療体制の弱体な湖北省の武漢市以外の16の市、州に対し19の省が医療従事者や物資を支援する活動を展開した。感染者が大量に出ることが見込まれたため、火神山、雷神山という二つの専門病院をわずか15日間で建設し供用させた。素早く、集中的で強力な対応が感染拡大を防ぐうえで大いに役立ったことは間違いない。
 1月27日から2月19日までは毎日、新たな感染者が4桁台で出現していたが、2月20日以降は3桁台に収まるようになった。新たに治癒した人は2月12日までは3桁台であったが、13日以降は4桁台に増えており、2月28日の新感染者は427人、新治癒数は2,885人、新たな死者は47人である。中国を除く世界の新感染者数は1,027人で、3日連続で中国以外の国々の新感染者のほうが多い状態が続いている。(3月1日現在WHOが公表しているデータでは台湾、香港、マカオも含む中国の新感染者は579人、中国以外の新感染者は1160人、新たな死者は中国が35人、中国以外は18人とのこと)
 WHO(世界保健機関)はこの事実を踏まえ、これまで中国を危険度で最高レベルの「とても高い」としてきたが、中国以外の国々をも危険度が「とても高い」に切り換えた。中国以外の国で感染者が急増している国は韓国(3736 新586)、日本(239 新9)、イタリア(1128 新240)、イラン(593 新205)、新たにフランス(100 新43)が加わり5カ国で感染者累計が3桁以上になっている。南米のブラジルでも感染者の発生が確認されたため、五大陸すべてで新型コロナウイルス被害が発生したとなる。中国の新型肺炎との戦いを「対岸の火事」であるかのように見てきた米国でも感染者は62に及び、韓国駐留米軍にも感染者が出るという深刻な事態が発生している。米国CDC(疾病対策センター)は、アメリカでもいずれ新型コロナウイルスの継続的な感染が起きるとの見通しを表明。WHOも各国に警戒を呼びかけている。
 これまで中国の多くの工場で生産が停止し、部品の供給が途絶えたことで日本企業の生産活動に深刻な影響が生じている。ウイルスに国境はない。人間が用意するさまざまなバリケードをくぐり抜け、世界中で暴れ回っている。世界経済に深刻な影響を及ぼすものとの懸念から、株式市場も連日下落している。中国との連携を阻もうとする「デカップリング」(分断)政策が有害であり、不可能であることを新型コロナウイルスが立証している。

犠牲を少なくするために共同してコロナウイルスとの戦いに勝利しよう

 3月1日までの中国の新型コロナウイルスによる死者は2,873人に及ぶ。二カ月ほどでこれほどの死者が出るとは、人類がまさにコロナウイルスとの「戦争」状態にあることを意味している。最初の主戦場が中国。そこではまだ最終段階にいたってはいないが、最悪の状態からは脱しつつあるように見える。油断は禁物だが、4月末には制圧できるであろうとの専門家の推定も出ている。
 一方、中国以外の国々(日本を含む)はこれから拡大期に入る恐れがある。韓国、日本、イタリア、イランがまず注意すべき国々と見なされているが、他の国でも日々感染者が増えており、油断は禁物。
 中国はこれまでのコロナウイルスとの戦いで多大な犠牲を出しながら、被害の拡大を抑え込むことができるようになった。世界中から中国の奮戦にたいし、声援・支援が寄せられた。危機意識をしっかり持つとともに、この難局を必ず乗り切ることができる、という自信が共有できているから、着実に、力強くウイルスとの戦いを展開でき、一定の成果を収めることができたと言えよう。新型コロナウイルスは制御可能という事実を世界に示すことができれば、目に見えぬ敵への恐怖におののくことなく、冷静に、科学的に「脅威」に立ち向かうことができるだろう。
 中国の「成果」は数千人に及ぶ犠牲のうえに成り立っていることを忘れてはならない。犠牲を可能な限り少なくするためには、第一主戦場で戦いつつある中国の成果と教訓を全世界に公開し、共有することが大切である。もちろん「成果」の共有化は引写しであってはならない。それぞれの状況に応じて適切に調製される必要がある。同時に「成果」の共有化はもちろん必要だが、失敗の事例とそこから得た教訓を隠さず公開する必要がある。未知の世界を開拓する時に連戦連勝は不可能である。敗北や失敗を恐れず、それを直視し、再び同じ失敗を繰り返さないよう努力することが重要である。真の勇者は敗北を直視することから生まれる。

<村田忠禧氏>むらた・ただよし。東京大学教養学部助手、横浜国立助教授、教授をへて、横浜国立大学名誉教授。神奈川県日中友好協会副会長。日本現代中国学会・全国理事。専門 中国現代史、現代中国論、日中関係論